種明かされた方もなかなか大変
エリノア嬢にしては珍しい粗相の後、それを謝るでもなく慌てるでもなく、彼女はただ俺を見ているだけだった。
沈黙は長くなりそうだ。こっちとしてはもうカード切り終わったんで、特に追撃する気もないし、まあ、のんびり待とうかね。
しかし、ほんとに謎なのは人選だ。あの騎士、ええと、なんて名前だったか、いいや、そこ重要じゃねえや、だからそいつを初恋の相手に選んだ理由がわからねえ。もうちょいマシな奴は絶対にいたはずだ。
沈黙は続く。彼女はずっと俺の目を見たまま、薄く笑うだけだ。
俺知ってるぞー、その顔、ものすっごい頭フル回転させてんだろ、今。兄貴が親父に言い訳考えてる時と同じ目の熱だ。このまま有耶無耶になるならそれもまたよし、みたいなこと考えてる時のやつだ。
「……世迷言だと思って欲しいんですけれど」
「はい」
始まった。
「良くないものを好きだと言うと、言った人の価値すら落ちる気がしませんか?」
ふむ。何言い出してるのか分かんねえけどとりあえず頷いとくか。
「そうですね?」
言ってから想像する。自分が嫌だと思うもんを良いと言った人間の話……。ああ、兄貴が婚約した時に、その相手正気かって思った感じか? それならまあ、うん、分かるけども。
「……あまりにも長く、それを言う人って、なんだか、そういう人でしょう?」
「はい」
ああ、分かるわ。一回線路敷いたから分かりやすい。諦めるよね。義姉に対して俺本気で思うもん。ああ、この人違う世界見てる人だわーって。で、近寄らんとこって思ったわ。……。ふむ。
なるほど?
「あの人、良くないものでしょう? でも私好きだってずっと言ってますの」
「……つまり、自分も良くないもんだってしたいのか」
狙ったのは自分の市場価格を落とすことか。まあ確かになー。金持ってる、親は俺の兄貴の上司になれるくらいには有能、エリノア嬢自身も優秀と来たら、早目に囲んどこうって狙ってくる連中は湧いてくるわな。いや、でもなんで? 人選ミスにも程がないか? もうちょいなんかあったろ。いや、彼女の最終目標がわかんないからなんとも言えんけど。
「……実は、ほんの幼い頃、極秘で、王族系列の方とのお茶会があったのです」
「こっわ!!」
「そう、怖かったの! むちゃくちゃ怖くて! もう逃げ出したくて必死になるでしょ、そんなの!」
「心の底から同情申し上げる……」
重々しく頷くと、同じように返された。
「なのに、あのクズ……」
「あ、ここで出てくんの」
苦々しげな声に思わず笑いが出た。やっぱあんた、お美しい初恋も何もねえじゃねえか!
「言うに事欠いて、あのクズ、婚約したら俺を取り立ててくれなんてほざいたのよ、ありえないでしょう!?」
すげえ! 絵に描いたようなやつだ! 思わず手を叩いて笑ってしまった。
「あんた、よく殴らなかったなぁ……!」
半分本気で感心する。エリノア嬢は俺の拍手に我に返ったみたいだったけど、いくらなんでももう遅い。そんなの自分でもわかってるんだろう、彼女はもう開き直って、今まで見たことのない表情で笑う。
「あまりにも腹たったから、もう、巻き込んでやりました!」
「怖いわー……。何その爆発力……」
「人を道具にする人は人に道具にされてもいいと思ってます!」
こっわ!!
「待ってー。あんた、最終的にどこ行きたかったのよ……」
うわぁー……、こいつの攻撃力すげえなぁ……。流石にちょっと引くわ。
これが美しい初恋の正体ですわ、なんて澄まして紅茶を飲む仕草は相変わらず美しかった。
ぶっちゃけ、上手く行ってんの、なんて兄貴から聞かれたのはそのお茶会から大体三ヶ月ぐらいたっていた。
「もういい加減、顔は見たろ? 可愛かったっしょ?」
「顔っつうか、なんつうかはまあ、見たけども」
「あ?」
何言ってんだこいつって顔された。ああうん、そうなるわな。
あの時の話は誰にもしていない。なんか言いたくなかった。だってあの令嬢が子供の頃から秘密にしていたもんを初めて教えてくれたんだ。なんか、面倒でも抱えていたかった。
いや、あの、あの子、ちょっとすごい子だぞ。ちゃんと優秀な子だ。ただ、多分ちょっと兄貴寄りの人間で、ちょっと人の感情が駒に見えて、ちょっといろんなもんを巻き込む度胸というか、爆発力があるだけで。
……いや、だけっていうには色々面倒だけど、いや、うん。でもなあ。
「まあ、兄貴の思う色々は全部外れたわざまぁ、は言っとく」
「あん? てめえ、何ほざいた」
いきなり職場モードに入った兄から逃げて、さて、と本日のノルマに手をつける。これでも何もしないでふらふら遊んでいるわけじゃない。
我が家の後継は兄ではあるが、奴は他にも仕事を抱えているので細かいすり合わせなんかはほとんど俺に回ってくる。そのおかげで俺にも兄貴も知らないような独自の情報網が出来たんだけど。
そこにはまだあの幼馴染を追わせている。そろそろ奴の耳にもエリノア嬢の婚約話が届いた頃だろう。
なんか縋りついたりすんのかなぁ。それとも俺を取り立てろってまたほざいてくるのかなぁ。
エリノア嬢どうすんだろ。それによって俺の出方変わってくんだけど。
けどまあ、あの感じならこっちにとってはそう悪いようにはならんだろ。
とりあえず俺は静観しとこう。どうせ遠からず自爆すんだろ。
爆発は思っていたより遅かった。もっと早くに来ると思っていたのに、奴、ああそういや結局俺あいつの名前覚えらんなかった、とにかく奴がエリノア嬢に接近したのは婚約が正式に発表されてからゆうに半年は経った頃だ。
場所は予想通りに夜会の場だった。だろうな。騎士なんて職業、基本的に私的な時間なんてないもんだし、あったとしても婚約者のいる身でエリノア嬢がうかうか異性と会うなんてありえない。
「エリー」
自分の目で見るのは初めてだった。美丈夫、という話は聞いていたから驚かないし別に怯まない。ああこいつね、くらいの感想しかない。
知らない愛称で俺の婚約者を呼ぶ男。俺にも俺の隣にいる兄にも目もくれない。なるほどね、これは確かに。ていうか。
エリー? エリーって誰? エリノア嬢? 彼女の親しい人は誰もこの子をエリーとは呼ばんけど。
「エリー? 久しぶり。最近公開練習にも来なかったよな。体調でも悪かった?」
……え、これ、周り見えてないくらい馬鹿なの? それとも見なくていいと思ってるくらい馬鹿なの? しかもエリーってまた言ったぞ。これ、エリノア嬢どうすんの? 対処できんの?
目を覗こうと視線を下げる。けど、前髪の陰の炎が見えて一瞬で後悔した。あーあースイッチ入っちゃってるー。てめえこのやろう何があってもぶち転がすって目ぇしてるー。頸動脈喰らいつく目だわ、これ。
エリノア嬢の前に出された手はひどく柔らかそうなのが見て取れた。え、騎士の手ってなんかさあ、もっとこう……いや、いいや。これ以上こいつに対して云々考えるのもう多分無駄だわ。
「ユリウス様、少々離れますわ」
俺の腕からするりと手を離してエリノア嬢がゆるりと笑う。ここで奴に挨拶を返さないのも分かる。大事にする気はございませんという意思表示だ。
でもなー。完全にヤる目をしてたから、なんかちょっとやばい方向にまで想像が飛ぶのよ。
「エリノア」
呼んだ声の意図に気がついたのかどうか、とりあえずこれみよがしなクズの手を取らなかったので、うん、まあ、よしとしよう。




