政略結婚する前提のお茶会って大変
「お慕いしている方がいるのです」
婚約前提の最初の顔合わせという名のお茶会で、私の婚約者候補であるエリノア嬢はそう泣いた。声も上げず、絹のハンカチを握り締め、申し訳ございませんを繰り返しながらはらはら泣いた。
「……それは、失礼ですが、思い合う相手がいるということで……?」
動揺のあまり、かなり礼を逸した事を聞いてしまったが、令嬢は何も咎めることもなく、ただ首を振った。
曰く、相手もエリノア嬢の感情を薄々察しているが見ないふりをしていると。幼馴染で、とても快活な方だと。
ただ、性格が明るいからかどうかわからないが、どうも地に足がついていないと。ただお慕いしているだけで、現状人様に顔向けできないことは何一つないと。
ふむ。
その幼馴染とどうなりたいは本当にないのですねと念を押せば、はいそうです、ただただお慕いしているだけなのですと言う問答を経て、私はどうしようもなかった。
ふむ。
とん、と人差し指を顎で叩いて思考する。
え、これ、なんかめんどくせえな?
いや、つまりこれってさ、俺、このお嬢さんのお美しい初恋を綺麗に昇華させて、しかもこっちの好感度も上げて、遠い未来に私たち幸せでしたねにっこり、みたいなやつに持ってかなきゃいけない感じなの? で、それを猫被ったままやんの?
いやいやいやいやめんどくさくね?
もう、いっそここでじゃあなかったことでって解散でよくね?
「では、この婚約は、あなたにとって不本意な……?」
頷け、エリノア嬢。もうここで頷けば色々全部早い!
そもそもね、俺ね、自分で言っといてなんだけど、こういう語尾濁した質問本当に嫌い。言いたいことあんなら全部言えよボケと思うわ。
でもそんな本音言うと貴族社会で生きていけないのよねー。知ってる知ってる。言わざるを得ないのよねー。くっそめんどくさい。知ってる知ってる。
案の定、エリノア嬢は首をふる。うん。知ってた。でもその誠実性は俺欲しくなかったー。
「貴方様のお家が、三年前からの飢饉で苦しんでいるところに、このようなことを言うのはおかしいとわかってはいるのです……。けれど、」
ああはい。よくご存知で。俺の家は資金援助、そちらの家は家名による箔付が目的ですね、知ってる知ってる。
お家大事よねー。お家のためなら色々飲み込んじゃうよねー。でも自分の気持ちは言った方が相手にとって誠実だと思うよねー。
でもほんっとにそれ欲しくなかったのよ。
いや、ほんとにこれ、アホほどめんどくせえ。
「バレたか、ユリ!?」
「バレてねえわ、300匹くらい猫被ってたわボケェ!」
兄の第一声にまず手が出た俺は悪くない。絶対に合ってた。そもそも、この顔合わせ自体が兄の采配だったんだから。
「て言うか、あっち美しい初恋拗らせたお嬢さんだったんだけど!?」
「あ、そうそう。あちらの親御さんからお願いされてさー。なんかユリならいけるかなって」
「お前は、どこに、何を、いかせんだよ!!」
出た拳は高笑いする兄に簡単に流される。畜生、こいつほんとに軽々上にいきやがる!
「可愛かったっしょ?」
「見てねえわ! 見る前に泣かれたわ! てゆうか、何!? ちょっと最終目標共有させて!?」
はいはい、と俺の拳をいなした兄が息を吐く。情報共有タイムだ。腹立つわー。実は婚約が目的とかじゃなくて、俺巻き込んでなんかめんどくさいの処理したかっただけだろこれ。
「なんかねえ、エリノア様の幼馴染、あんまりいい噂聞かんのよ」
「ああ、お美しい初恋のお相手?」
「怒ってんなあ。そうそう、美しい初恋のお相手、だから親御さんは引き剥がしたいんだってさ」
引き剥がすって何よ。距離取りたいの? 取ればいいじゃん。……ああ、そうか。感情の話ね。わかるわかる。
いや、分かってたまるか。
「お前の出世話に俺巻き込んでんじゃねえわ!」
結局兄は一度も殴れなかった。畜生!
結局、エリノア嬢は俺の婚約者候補のまま、何度か会った。兄は顔見て惚れろと言うが、彼女の顔をちゃんと認識する前に兄のしたり顔がチラついて、なんかもう惚れるとかそういう次元の話じゃない。
じゃあ、一方でお美しい初恋のお相手はというと、兄がぽろんとこぼした言葉通り、なるほどあまり良い噂はなかった。
上司と女には愛想が良いくせに、部下と同期には当たりが強い。手柄を横から掠め取り、失敗は人になすりつけている。
……ちょっと調べただけでこれだ。もちろん同僚からの評判は最悪。あーあ、馬鹿だ。騎士なんて周りと連携取れなきゃすぐダメになる職業なのに。もう、これ、俺が手を出さなくても終わってくんじゃね?
いや、心の底から疑問なんだけど、これの何がよくてエリノア嬢は惚れたんだ? 子供の頃になんかあったのかねえ。それとももうちょっと裏があんのか?
ふむ。
ちょっと探るか。これ、場合によっちゃ兄貴に出方も変わってくだろうし。
ちょっと調べてみたけど、あの騎士、昔っから外面だけ良い奴だったっぽい。家族……というか、親父と長男にだけ媚びていた、周りにはやっぱり威張り散らしていただけで、エリノア嬢も最初の頃はむしろ嫌厭していたらしい。
なのに、ある日突然お慕いしていると言い出したんだとか。結果、奴はますます態度を悪化させ、現在に至る、と。なのに彼女は相変わらず美しい初恋を主張し続けているのだそうだ。
……なんっか、変だな、この話。
エリノア嬢、これ、惚れてない可能性あるっぽいぞ。昔からのクズに恋してるっていう認識らしい。
なんかの言い訳に使ってんのか? なんだ? 結婚したくないのか? いや、だとしたら俺が仄めかした時に言うだろし。
これもう、こっちでごちゃごちゃこねるより彼女本人に聞きに行った方がいいのかもな。
昼下がりのお茶会は毎週の恒例だ。
そこで繰り返されるのはいつもなら中身のない会話だけれど、今日はちょっと毛色が違う。聞きたいことがあるわけだ。
音もなくカップを置くエリノア嬢は相変わらず優雅で、お美しく、高貴だった。
「……ところで」
口火を切った俺を見返す目すらも静かで優雅なままだ。その目を見るほど疑問が湧く。
エリノア嬢の学院の成績は顔合わせの前の釣り書きにきっちり書いてあった。
全体的に優秀な成績だったけど、特にずば抜けていて目を引いたのは経営学だ。
だから最初の顔合わせの時にいきなり泣き出したのを見て、あまりの落差に顔を見るところじゃなかったんだ。
そのあとのお茶会でだって会話してると浮き彫りになったのはその計算能力の高さだった。普通のお嬢さんって自分の領地ならともかく、俺のとこであった不作騒動とその顛末って知ってるもんなの? そんなわけないだろうが。
この子、実は愛してるのは数字じゃねえの? 数字っていうか、領地というか、経済というか、運営というか、そういうやつなんじゃねえの?
そして俺は知ってるぞ、それって兄貴とおんなじタイプだ。要するに、人の感情とかいう見えないもんに一切信用を置かない感じだ。
あのイカれ兄貴でさえ外では好青年で通せんだから、この子にできないわけがない。
「ひとつお聞きしたいことがあるんです」
彼女の後ろ側には何がいるんだろう。
「あなたが本当にお慕いしているには誰ですか」
あるいは。
「え……」
戸惑う様子のエリノア嬢に微笑んだ。いつまで経ってもこういう時ってどんな顔すればいいのかわかんねえ。
「言い換えますか?」
なんかもうほんとにめんどくせえな。もういいかな、どうせもうこれ結婚しない方向はないだろ。
「あんた、ほんとに惚れてんの何よ?」
かしゃん、と彼女の手元でカップが鳴った。




