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【閑話】スネーク

スネークside


「ええと…右から、父、母、祖母、祖父、曽祖父、うちの寺のスタッフさん達です」

 

「は、はじめまして!緑川 蒼と申します!」


 蒼がスーツ姿で父に右手を差し出す。

父がカチカチに固まりつつも手を差し出し、そっと触れる。


「は、あ、はじめまして!息子がいつもお世話になっております!!!今日は葬式が多いので兄弟が出払っていて申し訳なく…」

「いえいえ、突然お邪魔してしまって申し訳ないです。こちらこそうちの旦那様達も来れなくてすみません…」


 ぺこぺこお辞儀合戦になってしまっている…。

母が苦笑いでそれを止め、境内をご案内しなさいと告げる。



 

「蒼、こちらへ。大したものはありませんが」

「そんな事ないでしょ。大きいお寺さんだねぇ…落ち葉ひとつ落ちてないね」

「お掃除も修行の一つですからね」


 履き清められた境内を歩き、目的の場所へ。

手水舎で手と口を潔め、小さな社へ向かい階段を登る。


 両脇の竹林に風が吹き、さらさらと葉が触れる音が耳を、澄んだ冷たい風が頬を撫でる。

 木漏れ日が落ち、空は穏やかに晴れ渡って雲が流れていく。雨と雪が多いこの地方でここまで晴れるのは珍しい。

蒼は晴れ女ですね。



 

「気持ちいいねぇ…自然がいっぱい。…たけのこ掘りとかする?」

「ふっ、蒼はどこに行ってもそうですね。筍は春に腐るほど生えますから、お渡ししますよ。もう少しすれば生えてきます」

「やった!筍堀もしたいけど…時間がないかなぁ…」

「そうでしょうねぇ」


 竹林の間にわずかに残った残雪が日の光を弾いて輝いている。

木漏れ日に照らされた蒼が、長い髪を靡かせながら階段をゆっくり登っていく。

 私にとっては神様という存在は蒼そのものだ。私たちに日の当たる未来をくれた、尊い女性(ひと)


 


「奥さんは今日いないの?」

「会いたがっていましたが、キキの定期検診と被ってしまいまして」

「はーん、わざとだね。スネークがスケジュール被せるわけないもん」

「うっ」


 その通りなのですが…くっ。

 旦那様方や他のメンバーが来られない日を作ったのは確信犯です。たまには独り占めさせて頂きたいので。


 


「ふふ、ご実家のお寺がこんな素敵なところだって知らなかった。年末のお参りはスネークのところに来ようかな。三十歳過ぎた事だしね」

「…そうですね…」


 先月、忌まわしき三十の齢を超えた蒼。

延命薬で神経を増やしに増やして問題の脳内チップを潰している可能性は高かった。

 しかし、念には念をと体の機能を一時的に完全に止める仮死薬を使用し、蒼の体をガチガチに縛り付けて迎えたその日を…私は忘れられない。


 

 最終的には何事もなくその日を越えたが、仮死薬を飲んだ蒼の姿に、その副作用に苦しんだ一週間の様子に私たちは打ちのめされた。

 息をしていない彼女を、普段疲れすら微塵も見せない弱った姿を見て私達まで死にそうだった。

 

 ようやく回復した蒼が祈りを捧げた神にお礼参りを、との事で実家の寺に来ることになった。

 何事もなく済んだのはキキの功績だ。私はただ祈っただけ。それしか出来なかった。

 キキはもうじき二度目のノーベル賞にノミネートされるらしい。本人は二度とごめんだね、と怒っていた。


 


「ここでいいの?」

「はい。お賽銭を投げて線香を立て、合掌で大丈夫です」

「はぁい」


 肩にかけたショルダーバッグから封筒を取り出し、わしっと掴まれた…帯付きの札束。札束!!??


 

「ちょっ!蒼!!なんですかその札束!」

「え?だってお礼でしょう?本当はもう少し持ってけって言われたけど、下ろすの今日になっちゃったから、上限額しか持って来れなかったの。……あっ!もしかして少ない?あとで渡せばいい?」


  

「多すぎます!!!普段の節約思考はどうしたんですか…」

「だってお礼だよ?必要なことに使うのは当たり前でしょう?あっ、そうか…お賽銭箱じゃなくて直接渡した方が安全?はい、ありがとうございました。」


 そう言う問題ではないと思いつつ言葉が出てこない。

私に札束を押し付け、備え付けの線香に火をつけて捧げる。



 

「お賽銭で普通おいくらなんだっけ?一万円札とかで良いの?」

「小銭にしてください」

「むぅ…」

 

 若干不満そうにしながら500円玉をそっと賽銭箱に差し込れ、両手を合わせて頭を下げる。

 

 雲の割れ間から強く、眩しい光が降り注いで蒼が白く染まっていく。

地上から噴き上がってきた風が、体を持ち上げるかのようにして髪を舞い上がらせる。

 

 風に踊る竹葉が風の形をなぞり、蒼が微笑んだ。

……綺麗すぎる。私が戴く女神がそこに居る。確かな存在として神々しい姿を見せつけてくる。

 


 白い肌がより透き通って、儚げな気配が…死の匂いがより一層強くなった。

蒼が消えてしまう…まだ、逝かないでくれ…。


 


 思わず蒼の肩を掴むと、びっくりした顔ので振り向かれる。

蒼の琥珀の瞳に映る自分。なんて酷い顔をしているんだ。


「どしたの?スネーク…」

 

 不思議そうに尋ねる顔。優しい声が耳に届く。

肩から手を外し、ほっと息を吐いた。

 あまりにも神々しくて、どこかに行ってしまいそうで…思わず手を触れてしまった。不可侵の女神であるひとに。

 


 

「すみません…」

「寂しくなっちゃった?」


 小首をかしげる蒼に、思わず泣きそうになる。

 この世に命を引きとどめたばかりの笑みは一層優しくなっている。

この優しさは、私達にとっては胸が痛くなるものだった。


 

「…はい。」

「珍しいね。…手を繋ぐくらいなら浮気にならないよね?」


 差し出された小さい手。

 カーレースでできた豆やタコが所狭しと並んでいる。体の細胞増殖が慢性化しているはずなのに、絶えずできるこれは蒼の努力の証だ。

 …これくらい、許してくれますよね。神様も、私の奥殿も、蒼の旦那様たちも。


 小さな手をすっぽり包んで握り、微笑む蒼の体温が私の揺らいだ心を落ち着けてくれる。

 蒼が触れた手から、心に伝わった命の脈動が身の内に水紋を広げ、鏡のように凪いで行くように感じた。



 

「すみません。大の男が」

「いいの。スネークの貴重なデレを堪能しないとねぇ」


 お互い笑顔で手を繋ぎ、階段を降りる。

片手に札束、片手に蒼。これは後で昴に返却しよう。そうしよう。

 お金など1円もいらない。蒼がいてくれればいい。


 階段を降りると沢山の人たちが群れをなして本道に歩いていく。

…そう言えば、今日は朔日だった。寺で芋煮を振る舞う日だ。


 


「参拝の人たち?すごい沢山だねぇ」

「毎月の朔日には芋煮を配るんです。それを食べに来た人たちですよ」

 

「えっ!そうなの?忙しい日に来ちゃったんだ…ごめんね」

「いや、私も忘れていましたから。この地方の芋煮はご存知ですか?たくさんありますし昼にでもいかがでしょう」


 蒼は目をキラキラさせている。わかりやすい。普段美味しいものを食べている蒼が満足できるかはわからないが、大きな鍋で煮たものは別格の美味しさがある。

何より、私の郷土料理を食べて欲しい。


 


「食べたいけど、私の分…あるかな?」

「ええ、いつも余らせて数日は家族で食べるんですから。たくさんあります」

「わ!じゃあ食べたい!」

「では本堂へ。参りましょう」


 手を繋いだまま上着のポケットに札束を捩じ込み、足を踏み出した。


 ━━━━━━


「嫌いなものありますか?大丈夫?お芋が好きなの?たくさん入れますねぇ」

「お嬢ちゃん末息子の嫁かい?」

 

「いえいえ、息子さんの会社の…一応、社長です」

「社長さん!?まぁー!」

「あらぁ、凄い人によそってもらっちゃったわ!」

「ご利益がありそうねぇ」

 

「お寺のご飯だからご利益は元々ありますよ」


「どうしてこうなったんでしょうか」


 


 エプロン姿で芋煮を配る蒼。大きな鍋の火を弱めながら蒼が微笑む。


「働かざる者食うべからずって言うでしょ。はい、次のひとー」


「はっ!?蒼さんじゃないですか!?」

「私のこと知ってるってことは…レース見て下さってんですか?」

「もちろんです!!!さ、サインください!」

 

「あはは、いいですよ。ご飯食べた後にまた来てください」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 苦笑いの蒼と握手を交わして去っていく老爺。あれは車の整備工場をされてる方だ。蒼のことを知っていても不思議ではないか…。

 なんと言っても数年連続世界チャンピオンですからね。


 


「人が途絶えたかな?」

「そろそろおしまいですね。サインは無理しなくていいですよ」

「ううん、レーサーの先輩に教わって持ってるから大丈夫。後でお名前聞かないとね」

「はー、そう言うものなのですか…」


蛇身(だしん)、社務所で食べてもらいなさい。もうそろそろいいだろう」

 

 祖父が蒼からお玉を受け取り、微笑みながら告げてくる。


 

「はい。蒼…好きなだけ盛っていいですよ」

「わーい!やったぁ!!芋煮って里芋のことなんだね。剥くの大変でしょう?」


 カラカラと祖父が笑い、蒼の頭を撫でる。

 


「蒼さん、里芋洗い機と言うのがあるんじゃ。皮も自然にむけるよ」

「専用の機械があるんですか!?」

「そうじゃよ。ここいらでは芋煮はしょっちゅう作るしな。大きいお祭りでは里芋だけで3トン使うからの」

 

「…トン…!?」

「クレーンで鍋を混ぜるんじゃよ。知らんか?」

「は、はい。初めてお聞きしました。凄いですね」

「ふっふ。鍋がでかいとこう言うものはなぜか美味くなる。冷めないうちに食べておいで」

「はい!ありがとうございます」

 


 蒼がどんぶりに並々と芋煮をよそい、そーっと歩く。

 

「持ちますよ」

「あっ、はい。私すぐ躓くから…お願いします」

「はい」


 

 お椀を受け取り、歩き出した途端に早速つまづく蒼に思わず吹き出してしまう。

 

「むぅ」

「どうしてそうドジっ子なんでしょうかね。私たちの中では一番強い人なのに」

「一番は宗介でしょ。私もなんでだろうと思い続けて三十年になりました」

「長いですねぇ」

「ふふ、ほんとにね」



 

 社務所のドアを開けてもらい、土間で靴を脱いでこたつにお椀を置く。

蒼のお椀はずっしり重い。私のお椀は少なめ。

 どう見ても逆の量ですが、私は胸がいっぱいなのであまり食べられませんね。

 


「いただきまーす!」

 蒼がふーふー、と冷まして里芋を口にする。ハフハフしながら満面の笑みになった。どうやら口に合ったようだ。


「わぁ!!美味しいねぇ。ごぼうにレンコンににんじん、大根、鶏肉と里芋…こんにゃくもある!」

「野菜がたくさんなのが美味しいのですよ。こんにゃくはいつぞやいただいたお土産の方が美味しいですが」

 

「あれ手作りだからねぇ。でも味が滲みてて本当においしい。地味豊ですなぁ」

「そう言っていただけて嬉しいですよ」


 

 自分も箸をつけ、汁を啜る。うん、この味だ。

 組織に入ってからしばらく帰っていなかったが、蒼のおかげで実家にも顔を出すことが多くなった。

家族とも円満だし、自分の家庭もほどほどに円満、こうして蒼と共に食事ができることが何よりの幸せ。

 

 平和というものは素晴らしい。


 


「なんか、普通のおつゆじゃないのかな?すごく美味しい…どうやったらこんな味になるの?」

「汁物は大鍋で煮ると、異常な旨味が生まれます。私にも原因はわかりませんが」

「はぁー、そうなんだ。じゃあスネークのところでまた食べたいな」

「ええ、また連れてきますよ」



 

 二人で黙々と食べていると、玄関の引き戸がカラカラと音を立てて開かれる。


「あれ?末の弟がいる。珍しいな」

「あれほんとだ!イベント事にはあんまり来ないのに」

「なんか可愛い子がいる!…浮気!?」

「お静かに。食事中ですよ。浮気じゃありません。ウチの会社の社長です」


 蒼が箸を置いて、正座で背筋を伸ばす。

 長兄、次女、三女が袈裟を着て坊主姿で現れる。私と違って頭は丸めていませんが正真正銘の坊主たちですね。



 

「初めまして!緑川蒼と申します!」

 

 兄姉たちが同じテーブルに腰掛け、蒼をじっと見つめる。

 

「蒼ちゃんか…君かわいいなぁ。俺、長男の通泰(みちやす)。こっちが次の生まれで裕子(ゆうこ)、その次の八重子(やえこ)蛇身(だしん)は末っ子だ」

 

「ちょっと、私もお話ししたいのに。兄ちゃんが言っちゃうの何?」

「そうだよ!蒼ちゃん、うちに嫁に来て!アニキの奥さん募集中なの!」

 

「はぇ?あ、あの…」


 頭痛がする。確かに兄は嫁御がいない。眉間を揉みつつ蒼の左手を指差す。


「彼女は婚姻済みです。三児の母ですよ」

「えっ!?本当だ…あーーーがっくり」

「そうなのぉ?全然そんなふうに見えない。私よりピチピチなのに」

「ほんとにね!肌キレイだねぇ、化粧水何使ってるの?」



 蒼が姉二人に囲まれ、兄はがっくり肩を落として蹲り、蒼があわあわし出して…。


「す、スネーク…」

「すみません、蒼。姉さん達は落ち着いてください。蒼が芋煮を食べれないでしょう」

「「ごめぇん」」

「スネーク…か」


 兄が起き上がり、3人が顔を並べて蒼を見つめている。

蒼が食べづらそうにしているが…あまり言うと拗ねるから…。私もさっさと食べてしまおう。


 ━━━━━━


「ほぉ、犯罪からは手を引いたのか」

「はい、まぁ…そうですね」

「殺生は業になるからな、それは良かったよ」

「あの組織がねぇ…そう言うこともあるのかぁ」

「で、蒼ちゃんの獲物は?」


「えっ!?あ、あの…M9と鞭です…」

「兄さん、スナイパーをファクトリーでやったのは蒼ですよ。武器はなんでも使えます。」

「あっ!超長距離スナイプの!?すごい!!司令官もしたんだろ?戦争にいたら大将だな蒼ちゃんは」


「大将はちょっと…お兄さん達は戦争についての云々をご存知なんですか?」


 蒼が驚きつつ尋ねる。うちの家訓ですからね。全員戦争を経験しています。


 


「うちは法名もらう前に戦争に参加するのがしきたりでね。俺は戦車が得意で、妹二人は歩兵止まりだけど刃物の扱いが上手い」

「私は歩兵じゃなくて通信兵だったんです!刃物は心当たりあるけどそんなに使ってないしぃ」

「私は偵察隊。私はたくさん使ったよ。蒼ちゃん何でもできそう」


「何でもできますよ。緑川宗介氏…『サグ』の弟子ですから」

「「「嘘でしょ!?」」」

 

「生まれた時から教わっていたんです、彼に。陸海空動かせます」

「う、うーん。海はちょっとわかんないよ。漁船は動かせたけど」


「「「動かせるんじゃん」」」

「えーと…あはは。でも何故宗介のこと知ってるんですか?」


 兄弟全員で苦い顔になる。


 


「名前は最近まで知らなかったんだけどさ。Thug(サグ)って名前で上官達に恐れられてた存在って…酒飲むとよく話に出てくるよ」

「あぁ!宗介のコードネームをご存知でしたか。あれは前の組織までの物ですけど…」

 

「そうなんだ?彼に出会って生き残れたら奇跡って言われてたくらいだったんだよー。蒼ちゃんが強いってのも納得だわ」

「でもこんなに可愛いのにぃ。人妻じゃなければ触り倒したい」

「やめなさい」


 好みまで似るのはやめてください。本当に。



 

「あーあ、俺も海外で戦争傭兵やって蒼ちゃんに出会いたかったな。末っ子羨ましい」

「「ほんとにね」」

「本当にやめてください。まったく…」


 べったりくっついた姉二人を引き剥がして、蒼を背中に隠す。

肩に置かれた蒼の手が熱を伝えてくる。思わず口の端が上がってしまった。

 


「はー、なるほど」

「好みは似るのか」

「罪深いやつだな、末弟は」

「口を閉じてください。ウチの兄姉がすみません…」


 

 肩に置いた手の上に蒼が顔を置いて、ふふ、と笑いをこぼす。


 穏やかな微笑みに私を含めた兄弟でポーッとなり、嘆息を落とした。


 ━━━━━━


 わちゃわちゃ揉まれながら昼食を終え、高速に乗ってようやく帰路へ。本人は上機嫌で助手席に乗ってくれているが、話をしているうちに兄が本気で口説き始めてしまい…私は背中にびっしょり汗をかきました。

 スマートフォンには昴からの着信が300件を超えているが、見ない。見れない。

 

 怖すぎるんですよあのヤンデレさんは…。盗聴器はどこまで有効範囲内なんだ。



  

「スネークいいなぁ、ご兄姉がいて。お家の方針もすごいねぇ。人の命を知るために戦場に行くの?」

「はい。宗派はお陰で破門されています。坊主のくせに殺傷するなとね」

 

「うーん。でも、根本を知るには…大切なことだとは思うよ。スネークはどうして傭兵続けたの?」

「つまらない話ですよ?」

「いいの、聞きたい」

 


 蒼の視線を受けながら、深いため息をつく。


 整備された高速道路。真っ直ぐに続く道は通常では石一つ転がっていない舗装道路。

 

 傭兵の時に走っていた道はゴツゴツした岩がたくさん転がっていた。オフロード用のジープに揺られながら移動して、一日中土煙に塗れ、ブーツの中は砂が溜まり、傷口に入り込んだ土や鉄粉が動くたびに痛みをじわじわと伝えていたのを耐えて眠ったあの頃。

 

 今は土間さんに整備していただいて、安全になった車で蒼と二人平坦な道を穏やかに走っている。

まるで、夢のようだ。


 

 

「…理解、できなかったんです」

「なにを?」


「命の意味…私が生きている、意味が」


 沈黙が返ってきて、蒼が息を潜める。

私が私のペースで語るのを聞こうとしてくれているのがわかる。彼女は、そう言う人だ。


 

 

「私は寺の末っ子で、兄ともそう歳が離れていません。兄や姉には厳しく教育していた父に…それはそれは可愛がってもらいました。祖父や、祖母、母にもです。

 坊主としての教育はほとんど受けていません。学校の成績も微妙でしたし、やんちゃしようとした事もありましたが何もかもが虚しくて。

 厳しく叱られる兄が羨ましかった。

可愛がられている癖になぜか必要とされていないと感じて、独りよがりな寂しさの中にいたんです」

 


 兄や姉からしたら、甘やかされていた私を疎ましく思う事もあったろう。あれだけ厳しい教育を受けていた3人は、ずっと実家で働き、今では引退した祖父、父の代替わりとして働いている。

 私は遠い昔…それをさせて欲しかった。


 今では自分からそこに飛び込めば良かったのにと思うが、羨ましがるばかりで欲しがっていた子供の私は、自分の価値を見失った。


 私は必要なんだろうか?といつしかその甘い考えに囚われて。

ぬるい湯にいつまでも浸かっているように…身勝手な不幸から抜け出ることができなかった。


 どうしようもなく、幼かったのだ。


 


「戦争に行くことを止められましたが、それさえ私の価値がないと言われているような気がして…半ば逃げるようにして海外へ行きました。

 人を殺せば何かわかると思っていた。死に瀕した人を助ければ何か得られると思っていたんです。

 甘ったれて育てられた私がこうなるまでには時間がかかりましてね。

今思えばよく生き残ったものですよ」

 

「そっか…。どのくらい行ってたの?」

「二十年ほどですかね。戦争に疲れた頃に死にかけました」

 



 海外へ非公式に出ていた自分がなぜか日本軍に属することになり。

 上官が酷い人間だった。

大昔のやり方を重んじて、自己犠牲を強いるやり方でたくさんの部下を死なせていた。

 

 完全に無駄死にで功績など残せない奴がなぜか昇進し、勲章をぶら下げていた。……意味が、わからなかった。

 

 

「それから、どうしたの?」

「戦争に嫌気がさし、実家にも戻れず悪い組織の仕事をするようになりまして。何もかも中途半端で放り出していましたから特技がなかったんですよ。

 あとは銀や桃と同じです。昴と千尋に殺されかけました。その時には慧もヤンチャでね。怖かったですよ」

 

「そうなの?今はあんなに優しいのに…」


 三人とも非道な振る舞いをしていた人達だった。

 本当の素性を聞いて…それこそ人を、日本を守るためにやるべき事をやっていたのだと納得はしたものの、底冷えのする目線は私の中に刻み込まれている。

 

 あの三人が組織のトップに君臨するのは納得だった。

 

 ただ、冷たさの中に合理性があり、人として扱ってくれること…命を失うような仕事の場合は手順を踏み、死なないように対策を何重にも張り巡らせて人材を派遣することを徹底していた。

 どんな人間でも等しく命を大切にしていた。だからこそ残虐な振る舞いをしていたんだ。

 


 

 小さな組織も大きな組織も犯罪をする団体は人材を駒としか思っていないのが普通だった。

 いつ死んでも良い、道具としか思っていないし、思えないのが普通なんだ。

 

 それがこの組織に入ってから大きく変わったことだった。

不殺の決まりはないが、無駄に殺さないと言うのは本当のところでは難しい。人の命を散らしてしまった方が楽な事もある。

 私もまた、その考えでいた。



 

「今も昔も変わらず心根は優しいままです。私が認めてもらおうと私欲で殺しをした時に、慧にボコボコに殴られましてね」

「わぁ…」


「本当に怒っていましたよ。小さな子を殺した私に対して二度とするな、とね。殺した方が後々の面倒が減る。

 子供を残せばその子の命の責任を負わねばなりません。慧は子供を生かして里親制度に乗せる達人です。救ってきた命を数えた方が早い」

「そっか…そっかぁ…」


 


 高速から降りて、組織ビルの間近の信号機で止まり、蒼のまっすぐな視線を受け取る。

 夕陽に照らされて、琥珀色の瞳が一層美しく見える瞬間。

ただ、ひたすらに私を映すその瞳が全てを語っていた。


 

「生死を実体験として持つあなたが教えることは、本当に生きた知識になる。過ちも、成功も、苦労も全て…やってきた事全部に意味がある様にしたのはスネークが努力したから。

 それを教わる人の心の底まで沁みて、その人の糧になるね、きっと」


「…はい、そう…できるよう精進します」


蒼の言葉を噛み締める。口の中に苦く、甘く、辛くそれが広がる。


 

 

 あなたの言葉こそ、心に沁み入るものなんですよ。そう受け取ることができる自分であることが誇らしく、そして出会った頃からずっと死を背負ったあなたが尊く、愛おしい。


 口の中で咀嚼した全ての言葉を飲み込み、ただ頷いてアクセルを踏んだ。

 

 

2024.06.19改稿

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