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【完結】爪先にともる熱と恋 R15ver  作者: 只深


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【閑話】シルバー

銀side


「じゃあソフトの開発はその方向で。デバッグの人員は研修が終わってるから、雪乃は好きに作って下さい。楽しみにしてます」

「かしこまりましたわ〜!!」


 


 元組織の元トップスリーの幹部ルームだった、現会議室に社員が集まっている。

 蒼がレースを終えたまま帰国して今季の決算報告、来季の会社方針の話し合いだ。

全員スーツの中で蒼と宗介、土間の3人はレーシングスーツのまま。

 

 日本でのレースは珍しいからな。こういう機会でもなければ社長との直接会議が難しいんだ。

 遠隔はタイムラグがあるし中々進まねえが、やはり直接の顔を合わせてできる方がいいな。顔色が見れてすぐに判断できるってのがいい。

 レースを終えてから来てへとへとのはずなのに、文句言わずに来てる蒼には頭が下がるぜ。


  


「じゃあ次、銀。報告からお願いします」

「おう」


 立ち上がってスーツの裾を直し、蒼に向き直る。真剣な顔の蒼は鋭さを帯びて、鋭利な刃物のようだ。仕事に関しては妥協を許さない蒼の冴えざえとした目線を受け取り、気を引き締める。


 

 

「今季の目標予算からは今のところ+250%、地方銀行、メガバンク、ブライダル系の会社にも提携を結んで来店型契約窓口の代理店を40店舗増やした。

 年金、医療が特に伸び率が良く前年比+150%、トップ売り上げの10名は幹部社員に昇格、社員数は+40%。

 歩合の割合もトップスリーは10%増。生命保険会社から代理店契約の打診が20件、全て通す予定だ」

 

「数字は素晴らしいし社員が増えたのは良いことだね。金融庁からも優良企業の推薦の話がきています。新規参入の保険会社の内容は?」

 

「生保が10、損保が7、ペット保険が3。ペット保険に関しては内容が微妙だが…生保の加入者から120件ほど要望がある。契約予定外のペット保険は正直入る意味がねぇ。貯蓄のほうがマシだ」


 ふむ、と頷いた蒼が新規参入の会社資料を眺める。相変わらず読むのがはええな。



 

「生保損保は問題なし。ペット保険は有名な会社ばかりだね。でも内実的にはどれも加入する旨みがない。会社的にも数字は微々たるものだし、対象になる病気が少ないし、一度罹ったらそれが除外される。

 定期保険だから、本当に必要になる老年期に使えなくなるね…お客様のためにもならないな…」

 

「そこがネックなんだ。ペットの保険が必要になるときに使い辛ぇものしか存在しない。だがな、戦争、災害…あとは流行病のパンデミックが起きた時に役に立つんだぜ」

「…例えば?」


「一昨年はやった流行病の時なんかがそうだ。飼い主が病にかかり、一人暮らしで預ける者がいない場合に役立つ。保険会社が無償で預かり、面倒を見て主人の快癒時に返却する。

 本来ならペットホテルか動物病院で預けられるが、金もバカにならねぇし本人達は面倒を見られないストレスの中で、病に立ち向かわなきゃならねぇ。ペットホテルもピンキリだから保険会社の保証があるなら安心ってもんだろ」

 

「保険会社がペットホテル施設を持ってるの?」

「いや、提携のホテルだが、管理が行き届いてる。直結型だから指導も入る。

 ペット自体の安全も保障されるし、金がかからないことで飼い主の負担も減る。そう言う良いホテルばっかりならいいんだが世間にはそう多くはねぇ」


 蒼がじっと見つめてくる。わかってんな。

俺はニヤリ、と笑って新しい資料を懐から出し、蒼の前に置く。



 

「そこで、ペット保険とセットで使える…新規事業としてホテルの経営を提案したい。うちなら優良なサービスが間違いなく提供できる。ペット保険会社にも探りを入れたが数が足りてねぇそうだ。

 ペットだけでなく人間も泊まれるようになれば緊急事態以外の時にも使えるし、伝染病で隔離して別棟だとしてもすぐそばにいられるホテルなんぞ存在しねぇ。うちは優秀な病院も抱えてるし、パンデミック解除の後で現況ではどんな高い宿も満杯になるご時世だ」


 俺が話している間に計画書を見終わって、蒼がいい笑顔でにっこり微笑む。

いいな、こういうやり取りができるのは最高に気持ちいい。



 

「わかりました、銀の計画で進めて。全て任せます。予算だけ雪乃と相談してね。利益が出せる自信があるなら規模は大きくてもいい」

「了解」


「はー、じゃあ一旦休憩にしましょう。土間さん、うちの決算書類くださーい」

「はいよ。こっちが予算、こっちが決算。年間スケジュールはこれだ」


 全員立ち上がり、机の上のペットボトルを手に蒼の下に集まる。


 


「ん?みんな休憩していいんだよ?」

「蒼、休憩しにきてんだ。癒しの天使パワーを吸いにきてんだから、チャチャいれんな。自覚を持て」

「なっ…い、癒しの…むむむ…」


 宗介に言われて顔が真っ赤になってやがる。

いいよなぁ、宗介は。ずーっと蒼と一緒だもんな。臭いセリフも言い放題だ。憎たらしい。


 


「はー、でもみんな有能すぎるなぁ…うちの部門だけだよ+ーゼロなの。申し訳ない…」

「お前ぇが会社の舵とってるからうまくいくんだよ。俺たちの提案前に把握してるのはなんなんだ」

 

「把握なんかどこにいてもできるでしょう?うちの事務員さん達が優秀なおかげだよ」

 

 蒼の澄ました顔の横で旦那達が苦笑いになる。


 

 

「会社の内実の把握から、病院、不動産、ソフト開発、お坊さんの学校に、WRC、生保に損保にペットホテルも始めるんだろ?警察系、政府にも繋がってるし。とんでもない会社になったな」

「俺たちは内容を学ぶだけで頭がパンクしてる」

「そのうち車系統の開発も始めそうで怖いよねぇ」

 

 蒼が慧からそろり、と目を逸らす。宗介も、土間も。まさか…。


 

「…車自体はアレだけど、あの…レース用部品の開発販売をしたくてですね…」

 

「既製品に不満があるんだから、作るしかねぇんだよ。プラス収益が見込めるんだから問題ねーだろ?生産ラインに載せりゃレースのマイナスも減る」

「…俺は何も言えん。話の半分もわかってねぇ」


 レース部門以外の奴らは全員でため息が落ちる。そうなるとは思ってた。


 

 

「どこまでいくんだうちの会社は」

「あはは…F1みたいに巨額が動くわけじゃないから、レースの部門でプラスを出すにはこれしかなくてね、部品ならもうオファーが来てるの」

 

「えっ!?いつの間に??そんなことしたらうちの不動産より利益出そうじゃない?」

「桃、それを言うなら保険部門もですよ。銀が辣腕すぎます。蒼も提案前に理解していたのが怖かったですし。生保の内実を把握しているなんて、あの人を殺せそうな分厚い約款を読んであると言うことですよ…」


 

 スネークと桃が青くなってやがる。

 おう、そのうち追い抜いてやるからな。不動産と違って金の動きは鈍いが、まぁまぁの額が動く金融商品を転がしてんだ。


 

「そぉんな事言ったら、私の担当はなんなんですの?まるでギャンブルじゃありませんか」

「うん、ギャンブルだねぇ。雪乃のやりたい事やるとそうなる。前回のソフト大赤字だったもんねぇ」

 

「申し訳ございません…ぐすん」

「雪乃、その分会社の税金が減るんだからミソッカスは必要なんだ。うちも利益が出過ぎてるからな。」

 

「キキの場合はもう全然お金の問題じゃありません!うぅ、安定が欲しいですわ。はぁ…」

 


 

 雪乃とキキがつつき合ってるが、蒼がニヤニヤしてんな。


「雪乃は安定しなくていいの。そこが面白い部門なんだから。宝くじ買ってるようなものだし。雪乃自身への投資なんだから好き放題やってね」

 

「蒼!あぁーー!!私…来季が赤字でしたらこの身を捧げます…」

 

「「「却下」」」

 

「雪乃は執事殿と婚約されたのに…やめたほうがいいのでは?私の事業こそ横ばいですよ」



 スネークが雪乃に突っ込んで、雪乃が顔を真っ赤にしてる。

資産家の旦那と離婚して、生まれてからずっと傍にいる執事と婚約したんだよな。

 忍者見てぇなやつだが、あいつもいいやつだ。

蒼も認めてるんだから信用度は最初から振り切れてるしな。

 


 

「雪乃は結婚式するならお手伝いさせてね。スネークはお坊さんしてるんだからいいでしょう?正しくは先生だけど」

「坊主の学校ほど地味なものはありませんよ」


「そんな事ないよ。哲学の塊を教えてるんだもの。スネークはすごい人なの。収支の問題じゃないでしょう?人の命の根源を教えてるんだから。自信を持ってやってください」

「う…はい…ありがとうございます…」



 

 みんなしんみりしてやがるな。蒼がそう言うところに触れるとすぐこうなるんだ。

仕方ないと言えばないが。新しい話題を振ってやるか。


 

「蒼、ペットホテルの件だが、視察に行きてぇ。お前次のレースどこだ?」

「あっ、フランスなんだよね…ちなみに今日しかスケジュールに空きがありませぇん」

 

「ぬ、そうか…遠隔でやるか?」

「うーん、うーん、一度はちゃんと現地を見たいな…近郊?」

 

「あぁ、ここから車で30分くらいだが…休みはねぇのか?」

「うん、今回新しいエアロパーツつけて宣伝したいから現地でシェイクダウンするの…旦那様達、夜遅くなってもいい?」


「俺たちも手一杯だからついていけない…」

「仕方あるまい…」

「銀、手を出すなよ」


「出すかよ、バカだな。出せるもんならとっくの昔に出してんだよ」

「銀、そう言うのは二人っきりの時に言わなきゃ意味がねーんだよ。お前本当に不器用だな」


 宗介が心底呆れた顔してるが、俺はそう言う位置を狙ってねぇんだ、そもそもが。お前と違うんだよ。



 

「本当にプラトニックなのは俺だけだからな?蒼」

「うう…うぅ…!!」

「「「タチが悪い」」」

 

「あぁーいいですわねぇ!ヤキモキしますわぁ!」

「何で雪乃は喜んでるの…」

 

「アタシもだろ?銀」

「キキと俺は確かにそうだな」

「てことだ、蒼。休憩はこんなもんにしてさっさと会議を終わらせて、アタシも連れてけ。旦那達はその方が安心だろ」

「チッ。たんこぶ付きか…仕方ねぇな」


 

「じ、じゃあ…会議を早く終わらせましょう…」


「この会社やべぇな」


 土間…今更だぞ。


 ━━━━━━


 

「ま、まって!?…嘘でしょ!?」

「ふふん」

 

「あーあー、蒼の反応を見る限りこのぼろ車がそう言うモノだと理解できるほどにはなったな」

「ボロとか言うな。走行距離10万キロ以下の激レア上級品だぜ」

 

「わあぁ!わああぁ!!!」


 俺の車に乗りに来た蒼が目をキラキラさせながらぐるぐる車の周りを回ってる。

 

「エンジンかけるか?」

「お願いします!!!」

「お、おう」


 


 車のキーを回し、エンジンをかけると、蒼ががっくり膝を折って地面に倒れ込む。

 

「お、おい…大丈夫かよ…」

「あぁ…イイ…すごぉい…なんて素晴らしい音…」

「…ふつーじゃないのかこれは」

「キキ!!!」

「ひっ」

 

 蒼が立ち上がり、キキの方をガシッと掴む。目がこえぇよ。

 


「いい?これはね、日本人にとっては伝説の車なの。スバルインプレッサWRXSTIの初代モデルなの。2リッターの直列4気筒DOHCターボ…そして水冷、ロマンの音なの!!!」


  

「ふ、その反応が見れりゃ満足だ。運転するか?」

「はぁっ!?だめ!恐れ多いでしょ!!あー…ありがたや、ありがたや…」


 両手を擦り合わせてなむなむ言い出してるが。お前大概だな。


「時間がねぇしさっさと行くぞ」

「…怖いよ、蒼」

「ふえぇ…だって…うぅ」


 怯えたキキが後部座席に座り、蒼が泣きながら助手席に乗ってくる。


 



「はぁ、尊い…待って。銀…インプでクラッチ蹴っ飛ばしてたの?」

「あ、あー、いやー、あのー…今はしてねぇ」

「してたんだね?はい、運転見ますから早く発進して」

「こえぇ…」


 俺の呟きにキキが笑いを堪えきれずに吹き出し、仕方なく発進した。


 ━━━━━━


「ふん、まぁいいでしょう。クラッチの操作がちょっと荒いけど、合格ラインだね」

「すまん…」

 

「でもアクセルの開け方はとっても上手。こんなに優しい運転ができるなら教えてあげるよ?ドリフト」

「…検討する」


 

 ホテルの視察が終わり、キキを送り届けた後に蒼がドライブを所望して延長戦と洒落込んでいる。

 蒼と二人でドライブとかとんでもねぇ餌をぶら下げられて、まともに運転できているかわかんねぇ。


「次、そこ左ね」

「おう。…どこ行くんだ?」

「今日は流れ星が見られる日なの。ちょっと夜景見に行こうよ」

「…おう…」



 

 信号で止まり、蒼をチラッと覗く。俺のだ運転をじっと見ていた蒼と視線がぶつかり、ふわふわ笑う。

 …なんだこりゃ。俺は明日死ぬのか?


「銀、青だよ」

「…おう…」


 

 山道に入り、スイスイ登って街灯がだんだん減って行く。暗闇の山道の中、古い車のか細い光が道路を照らしていた。

 低いエンジン音、蒼と俺の呼吸が重なって心地いい沈黙が降りる。

 

 こう言う時間は昔から好きだ。

 気心の知れた仲間とでしか、ありえねぇモンだからな。まさか永遠の片思い相手にできるとは思っていなかったが。


 

 

「銀はお仕事楽しい?無理してない?」

「あぁ。ハンドガン構えてるより面白ぇな。俺が数字を追いかけるのが好きだってよく分かったな」

「んー?そうだねぇ…」


 

 やりがい、ってもんがどんなもんなのかを俺は人生の上で初めて経験していると言ってもいい。今月の数字、来月の予測、年間決算、人の給料、先のことを読んで、事業を展開することの楽しさ。

 

 それを蒼に説明する時にそりゃ苦労はする。情報収集、数字、裏付け、根回し、全て終えた状態でなければ容赦無く差し戻されるからな。完璧なデータを求めるのは報告時だけでなく常に把握していろと言うことだ。大掃除と一緒だな。

 コツコツ積み重ねるのが一番大切なんだ。



 

 人の保険は…辞書みてぇな約款をきちんと理解してる営業マン自体の存在が稀な、めんどくせぇ内容が山ほどある。営業一人一人に資格が必須だし金融庁に睨まれるような事を微塵でも匂わせれば終わりだ。

 

 だからこそ、仕組みの根本を理解させている人員がいりゃ必ず儲かる。当たり前のことができてねぇ世間の現実を、本当はあるべき現実として実現させたのは…それこそマニュアルを作った蒼の手腕だ。

 

 客に対して何も押し付けねぇ、話を隅から隅まで聞く、相手の現状を整理してやる、商品知識をどこよりも正しく頭に入れる。

 単純な事しかしてねえがうちで入ったやつは加入後抜けることが一切ない。こんなこと本当はありえねぇんだぞ。



 

 蒼が俺に人の心を動かすにはどうするかを教えたから出来たことなんだ。

教育ってもんがどれだけ難しいのか…思い知った。初めの数年間は本当にきつかったな。

 宗介も言っていたが、俺自身人を導くのなんかやったことねぇし、教育なんて経験がねぇ。

 

 軍隊みてぇなやり方以外知らなかった。だが、蒼は俺が必ずできると信じて疑わなかった。

 一緒に苦労して、育てたやつが契約をとって喜んで、その後勝手に育って行くのが快感でしょうがねぇ。

口には出さねぇけどな。恥ずかしいだろ。……仮にも殺しばっかりやっていたんだ、俺は。


 蒼は首を傾げ、うーん、と唸ってそのまま黙る。おれの運転をしばらく眺め、ふふ、と微笑む。…なんだよ。


 

「銀の所の社員さんはね、きちんと根本から理解してる人が多いからちゃんと結果が出るんだよ。 

 もちろん銀の手腕もあるけど。銀はそこだけじゃなくて他のところに楽しさを見出してる。人として尊敬できるなって私が思うところ。

 だから全部任せられるの。口に出して言わないのが、銀らしい。そう言うころもかっこいいよね」


 微笑んだ蒼がほんのり頬を染めた。

 お前こそ…そう言うところだよ。

まったく。言わなくても見て欲しいところを見てやがる。はーあ、敵わねぇな。こいつには一生頭が上がらん。



 

「その辺に止めてライト消してー」

「おう」


 山頂に広がる畑のど真ん中。複数の車が静かに停まってる。

…何故こんな山の中に、しかも畑の中に駐車場があるんだ?わけがわからん。


「ビュースポットって謎に駐車場あるよね。ありがたいけど」

「ほんとにな…」


 ライトを消して、ほんの少しだけ窓を開ける。

 寒い時期だ、暖気をしたままの車がほとんどだな。農作物もねえから大丈夫だろ。

 暗闇に目が慣れてくると、眼下に広がる街の灯り、それに負けないほどの星空が暗闇に浮かび上がる。

上も下もピカピカしやがってロマンチックな場所だな?



 

 シートベルトを外した蒼が背もたれに背中を預けて静かにため息をつく。

 蒼がただのドライブでここにくるとは思えねぇ。

二人してフロントガラス越しの輝きを見つめた。


 

「銀、私が死んだ後は会社を昴に任せるけどその後は…銀に任せたいの。遺言状にそう書いた」

「…気が早ぇだろ。おれは器じゃねぇ」


 静かに語り出した蒼の瞳の中には遠い街の灯りを灯している。

ほのかな月明かりの中、穏やかな顔が浮かび上がる。

 

 クソ重たい話だ。心の準備させてくれよ。


 

 

「器と言うか、確かに才能はあるよね。プレイヤーとしての力がある人、マネジメント側に回れる人。どちらも努力は欠かせないけど、先を見る視野は違う。

 銀は間違いなくマネジメント側だよ。私と常に同じ目線が持てる」

「…そう、だといいが。お前に並び立ちたくてやってんだからな」

 

「ふふ。人を育てる能力って言うのは、つまるところ本当の優しさが必要になる。ただ甘やかせばいいわけじゃないでしょう?雪乃みたいな規格外の人は別としてね」

 

「まぁな。あいつは怒られると萎縮しちまう。野生の天才は褒めて伸ばすべきだろ。人によって育て方を変えるのは定石だ。それを見誤らねぇのが難しい」


 

 うん、と頷いた蒼。蒼が決めたことをひっくり返すつもりはねぇし、蒼が作り上げた会社をダメにするつもりもねぇ。ただ、俺がその資格があるのはわからんが。



 

「銀は幸せになってほしいけど、難しいね。私と同じで頑固だし」

「相手がお前なんだから、しょうがねぇな」

 

「そう言われても私はどう答えたら良いのかわかんないよ。酷い事しか言えないのに」

「返事なんか求めてねぇよ。おれは現状で幸せなんだからほっとけ」

「うん…」


 蒼が眉を下げて、目を瞑る。

 片思いを成就させなきゃならん決まりなんかねぇ。桃もスネークもそれを相手に伝えて結婚してんだからみんな同じ穴の狢だ。

 ただ、今の状態がたまらなく心地いい。本当に幸せなんだ。

お前が好きだって思える事が、出逢えたことが幸せで仕方ねぇんだよ。



 

「お前が長生きしねぇと困るんだから、先の事なんか遺書に書いたら忘れろ。なるようにしかならねぇし、くだらん事に拘ってねぇで好きにやれ。お前を追っかけることが一番楽しいんだからな」


  

「銀は優しすぎるよ。…みんなもそうだけど…私があげられるものなんて、何一つないのに。

 何かあげられる人達にさえ、私が残せるものは深い傷だけなのに…」


「お前が生きてるだけで何もかも貰ってんだよ。何も考えなくていい。蒼が幸せな事が俺たちの幸せだって言ったろ。自分のことを幸せにするってのを一番にしてくれ。わざわざ言われなくたって、お前が大切にしたものを無碍になんかしねぇ。絶対にだ」

 

「……うん…」


 蒼の瞼が開き、涙が一筋伝う。

 涙にまで輝きが宿り、それをそっと拭って微笑む蒼を…ただ、ひたすらに見つめる。



 

「あ、流れ星」

「…あん?どれだ?」

 

「あっち!ほら、また」

「…思ったより地味だな」

 

「ふふ、そう言うものでしょ。不思議だねぇ。流れ星って。想像がつかないほど遠くにいるのに、こうして私たちから見えるんだもの。星ってキレイだな…静かに瞬いて、私たちに光をくれる」


 


 千尋は、蒼をゴールデンアワーに例えた。

天使だの、女神だの、大仰なあだ名をたくさん持つ蒼は俺にとっては星だ。

 

 小さな星に見えるが本体はとんでもなくでかいし、いつまでも光って、その輝きで俺の心を揺らし続ける。

 遠くの空に浮かぶ蒼には一生手がとどがねぇ。

触れ合ったり、愛してると囁き合うことはない。

 

 それでもこうしてそばに居てくれる。好きでいることを許してくれる。

俺たちの幸せを願って、ずっと守ってくれる。


 掴む前に遠くにいるって、気づいちまったがもう遅かった。死ぬまで片思いだが俺はこの先これを満たす気はねぇ。

ずっと思い続けて、追いかけ続けて、その輝きを見ていたい。


 

 蒼が死んだら、俺はどうなるんだろうな。残したものを無碍にはしねぇなんて言っちまったしすぐには死ねねぇな。

 寂しいが仕方ねぇよ。俺ができる愛情表現は、これしか許されていない。



 

「何となくだけどねぇ…銀は私と縁があると思うの。同期の子とくっつく気はしてなかった」

「ほぉん?養子にでもしてくれんのか」

 

「えぇ…なりたいの?でも、なんか違うなぁ…んー。うちには二人娘がいるよ」

「…まだ赤ん坊だぞ」

 

「そうだね。でも、うん…銀はきっと家族になる。組織から一緒のみんなはそうだと思う。命として、魂として…きっと生まれ変わっても、そばに居てくれる人たちだと思うの」


 蒼の言葉を噛み締める。にやけちまうだろ。



 

「ふん、そりゃいい。昴が言ってたが俺も追いかけてやるからな。魂が変わったとしてもお前から離れてなんかやらねぇ」

 

「もう。本当にしそうで怖いよ。…でも、銀が居てくれるなら安心だなぁ。…二十歳までは手を出しちゃダメだよ?」

「何言ってんだよ。お前の娘とくっつく訳ねぇだろ」

 

「んっふふ、どーかなぁ。楽しみだなぁ」


 


 馬鹿なこと言ってるとは思うが、蒼の家族になれるもんならなってみてぇな。

スネークが言ってたんだ。『縁あるものが必ずそばに生まれ変わる。私たちは本当に一連托生なのですよ』ってな。

 いつか、どこかで、今じゃない何百年後かには蒼を手に入れられたりするんだろうか。

 

 いや、そうならなくたってそばに居られりゃ構わんな。


 


「銀、随分前にダメにしちゃったバンダナ。返すね」

「…最初の野戦の話か。何年前のだよ…」


 手渡された薄い箱に入ったバンダナ。相良を庇って、昴を庇って蒼の血まみれになったバンダナは今俺の手にある。今更代わりを寄越すなんて律儀なんだかなんなんだかわからん。


 

「ありがたくもらっとく。…刺繍入れたのか?スゲェな」


 真っ黒なバンダナに、シルバーの糸でKと刺繍されている。

シルバーでいいだろここは。


「最初はSで入れたけど、本名が銀聖(かねまさ)だから変えたの。ずっと忘れてたから。やっと返せてよかった」

「ふん…大切にする。あんがとな」

「うん…」


 


 頭の後ろで手を組んで、運転席のシートに背を預ける。ポケットに突っ込んだバンダナが暖かい様な気がする。涙でも出てきちまいそうだ。

 

 無数の流れ星に一応、祈っておくか。


 俺の命が、蒼といつまでも共にあれるようにしてくれ。ずっと、ずっと…。


 


 

 

 

2024.06.19改稿

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