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【閑話】新婚旅行3


千尋side


「ただいまぁー!子供達の面倒見てくれてありがとう!」

「おかえり。二人とも静かにしてたぞ。ほーれ、ママン達が帰ってきたぞー」


 ファクトリーについてすぐ、ちょうど入り口近くの食堂にいたキキ。

 長男の成茜と次女の翠を手渡されて、蒼が微笑む。旅行中は艶っぽかった蒼がママの顔に戻った。どっちも可愛いな。



 

「ただいま、良い子にしてたの?偉かったねぇ」

「キキ、お土産買ってきたから。みんなで分けてくれ」


 段ボールに入ったお土産をどさっとテーブルに置くと、キキが目をキラキラさせながら中を覗いてる。



 

「おお!温泉まんじゅう!黒糖か!!…こりゃなんだ?漬物?」

「そう。生姜を甘辛く煮たやつ。こっちは山クラゲの漬け物、こんにゃくに、焼きまんじゅう」

「えっ!?饅頭焼くの?群馬は変わってるな…」


 キキが焼きまんじゅうのセットを繁々と眺めてる。俺も初めて食べたが、酒蒸し饅頭に味噌と醤油と砂糖が入ったタレを絡めて食べる郷土料理だった。

 小腹が空いた時にはいいし、子供も好きだと思う。

 

 どこに行っても売ってるから結局買うことになったけど…買ってきたものはどれもこれも酒のつまみになりそうなものばかりだ。渋い。


 

 

「おっ?!ご一行のお帰りか?」

「おーう、蒼帰ってたのか!」

「宗介!土間さん!!」


 そわそわしている蒼から子供二人を昴と慧が引き取って、いつものように土間さんに抱きついてる。あれも恒例になったな。


 

 

「土間さん!!!享さんに会ったの!!」

「あぁ、やっぱそうか。SNS見たぜ。来季の招待状送っといたからな」

「ほんと!?わあぁ!もう、早く産まなきゃ!!楽しみすぎて…はぁ、はぁ」

 

「お前興奮しすぎだろ。産んでからにしろよ」

「だって!宗介!凄かったんだよ!!私ヘアピンのショートカット習ったから!!!あぁー早く試してみたい!!」


「なんだそりゃ…あ、まさかあれか?ヘアピンを直線で抜ける…」

「そう!土間さんには最初に習った時に話したでしょう?私の勘は間違ってなかった!!」

 

「あぶねーモン習ってきたな…WRCなら追い抜き合戦がねぇから出来なくもねぇか…」

「ほーん?あとで教えろ。コースの事前情報仕入れたからな。必殺技が増えるのはいい。お前を表彰台から下ろすわけにはいかねぇしな」


 三人してワイワイ話してる。あの話には中々入れないんだよなぁ。


 


「なんか、嫉妬するよな」

「確かにぃ…来年度からますますレースに行きにくくなるし」

「流石に子供三人連れて海外は無理があるしな」


 三人夫は苦い気持ちでレースチームを眺める。

蒼が自分の事で楽しんでいるのはいいんだが、流石にちょいちょいレースに行くのは難しくなった。

 

 一昨年もほとんど行けなくて宗介に任せっぱなしだったし、毎回ちゃんと日本に帰ってくるけど蒼は子供達に独占されっぱなしだったし。

今回の旅行でキキ達が預かってくれて、本当にありがたかった。最高だったな、色んな意味で。



 

「なーなー、お前らちゃんとやる事やったか?蒼と触れ合うのは手を抜くなよ。蒼のホルモンバランスはお前らにかかってんだからな」


 キキが焼きまんじゅうと山クラゲのパックを抱えながら横に座ってくる。キキも酒飲むの好きだもんな。良いつまみになるよ、それ。


「まぁ、うん。はい。ホルモンバランスが俺たちにかかってるのか?」

「そうだ。男女がペアの場合横に寝てるだけでホルモンが活性化する。もう一人子供が増えたら毎晩交代で蒼と寝るとしてもちゃんと触ってやれよ。

 蒼の体調はお前らが握ってんだからな」


 そ、そうなのか…言われなくても四六時中くっついてるけど…。でも、そうなると…。


 

 

「レース参戦中は?交代で行ったほうがいいのかな」

「あ、あー、そのー、それはそのー…」

 

 キキの目線の先には宗介。白髪混じりだった髪が真っ黒に戻って、最近ますます若々しくなっているアイツ。そう言うことか。若返りの秘訣は。


「なるほど。決闘かな」

「千尋はしょっちゅうしてるだろ。次は俺だ」

「そう言う事なら俺も参戦したいんだけど?」


 

「そ、そう言うなよ。健康のためだし、仕事なんだし、あの二人はお互いちゃんと弁えてるだろ?そう言うことはしないよ。プラトニックだ」

 

「だからだろ…心が繋がってるんだから」

「お世話になるならますます話し合わないとね。肉体言語で」

「そう言うことだ」


 

「おーこわ」


 俺たちの不穏な会話を露とも知らない宗介が、少年のような眩しい笑顔で微笑んでいた。


 ━━━━━━



 


「もう!こんなに擦り傷作って!千尋ももうすぐパパになるんだからやんちゃしないの。」

「ごめん…」


 帰宅して、お茶を飲みながらリビングでだらけている。子供達を寝かしつけるのに昴と慧は蒼の部屋に行ってるんだ。

 今日はみんなで寝るって話になったからな。

 

 お土産を組織のみんなに渡した後、俺たちは久々に宗介とやり合って、夢中になってしまって全員ボロボロ。

 蒼に手当てをしてもらえたのは嬉しいけどさ。

 

 おかしいよな、宗介もコドラの仕事やってるのになんであんなに体が動くんだ?俺は鍛え直さないとならなくなった。悔しい。


 


「久しぶりに体を動かして楽しかった?」

「旅行中に散々動かしたろ?」

「も、もう!そう言う話じゃなかったでしょ…」


 救急箱の蓋を閉じた蒼を膝に抱えて、唇に触れる。三日間キスされてた蒼の唇が腫れてる。


「リップ塗ってるな、よしよし」

「うん…」

「ごめんな、毎回こんなにして…蒼の負担を考えて加減するつもりなのに、どうしても出来ない…」


 真っ赤になった蒼が目を逸らして、モゴモゴしてる。夫婦になってから結構経つけど、蒼はいつまで経っても恥ずかしがり屋で…そこが可愛いんだけど。

 俺たちもいい加減落ち着いた方がいいとわかってはいても、夢中になってしまってこうして毎回負担をかけている。



 

「べつに、負担じゃないし…私だってしたいんだからいいの」

「んー、うーん。…宗介を見習わなきゃとは、思ってるんだけどな」

「…そこで宗介を出さないの。出産してレースに参加したらまたしばらく会えないんだし…いいの。」


 頰を膨らませた蒼が胸元に顔を押し付けてくる。

 蒼の中には、今第三子が居る。

 最後の子になるだろう、俺の子が。


 


「…蒼、俺の子で、最後にしよう。これ以上蒼の体に負担をかけたくない」

「んー、んー…うーん…旦那様がそう言うならいいけど…」

 

「うん、三人とも同じ意見だよ。事実として体に負担ばかりかけてる。蒼はやりたいことたくさんやって、俺たちはそれを追いかけるから。一年空くごとに蒼が体を戻すために苦労してるだろ?それでも三人の子を産んでくれて、本当に感謝してるんだ」


 蒼が参加しているカーレースという物は、ドライバーもコドラも相当な体力が要る。常に重力や緊張感の中に身を置いて、ただ車に乗るだけじゃなく頭も使う。乗り続けるために体もメンタルもずっと限界を漂い続ける。

 海外移動も慣れてるとはいえ時差や気温の差があるし…蒼も宗介もずっと鍛錬を欠かさない。俺も、もう少し頑張らないとな。


 

 

「うん…へへ。二人目はだいぶ出産楽になったけどねぇ。計算してないのに誕生日が旦那様達と同じ月になるのはすごいと思うの。運命ってやつかな?」

 

「そうだな。蒼に導かれて、俺たちは運命の輪の中にいる。優しくて、暖かくて、幸せな輪っかの中だ。もうそこから出たりしない。幸せで仕方ないよ」

「うぅ…」


 蒼に真剣に話すと、いつもこうなるんだ。

 さいセリフ、って言われてるけど俺はただ思うままに話してるだけなんだけどな。本当のことだし。



 

「ヘイヘーイ、抜け駆けしてるとこごめんだけど、(みどり)が落ち着かなくて…ママにお願いしていいかな」


 次女の(みどり)を抱っこして、慧がリビングに現れた。まだ小さいからな。慧にそっくりの吊り目が赤くなってる。

蒼が俺の膝から降りて、翠を抱っこして抱え、ソファーに座る。


「寂しかったかな?ごめんね、いつも一緒にいられなくて…」

「んまー!あうあう」


 慧が横に腰を下ろして、ため息が落ちた。

 

「翠は成茜より言葉の発達が遅いかもしれないね」

「単語は話すんだけどな。成茜は早すぎだろ。一歳前に名前を呼んでたし」

「そうだなぁ…昴の血かな」



 

 蒼が翠を抱っこして数分、静かに寝息を立てだした。こっちに来たってことは昴でも寝なかったんだろうな。ママが抱っこすれば数分で寝てしまう子供達も立派な蒼大好き派閥だ。


「…お、寝たか。流石ママだな」

「成茜は寝られた?」

「うん。すやすや寝てるよ」


 昴が戻ってきて慧の横に腰掛ける。

 三人して蒼がママをしてる姿を眺めて、口の端が勝手に上がってくる。

 本当にかわいいんだよなぁ…何年経っても蒼は新しい魅力を見せてくる。

女性としても、ママとしても、レーサーとしても…きっと何十年経っても蒼が魅力的な人なのは変わらないだろう。



 

「翠も大きくなったらレースやる?成茜もやりたいって言ってたもんねぇ」

「蒼の子だからな。血は争えん」

 

「成茜は頭いいよねぇ。こないだ蒼の本読んでたでしょ。難しい漢字だらけなのに平気で読んでるんだよ。天才なの?」

「本を読む子はそうだろ。俺もそうだった。文脈から推測して漢字が読めるようになる。うちの子はみんな本の虫になりそうだな」



 

 ふふ、と微笑んだ蒼が翠の頬を撫でる。


「本はいいよねぇ、知らない世界のことや、人の感情の動きや、大切なものを教えてくれる。

 アニメもいいけど自分の中で作り上げた実像を動かせるのが活字の良いところ。本当の意味で本を読めるって言うのは才能らしいよ?」


「ほう?才能?」

「うん、ただ読むだけなら誰でもできるけど、活字が頭の中で映像化したり、言葉そのものじゃなくて隠された意味を感じたり、そう言うのは誰でもできるわけじゃないの。

 活字離れは良くないと思うなぁ。脳みそは使わないと劣化するでしょう。私と千尋が一緒に本を読んであんな風になれるのは、才能があるからだってキキが言ってたよ」


 昴と慧がしかめ面になった。拗ねてるな。


 

  

「活字が映像化すると言うのがわからん…文字を読んで理解は普通に出来るが…どうやって変換してるんだ」

「ホントさぁ、あの漢字の海の中に飛び込めるんでしょ?どうなってるのか全然わかんないよね…千尋だけずるい」


「俺は小さい頃から読んでたからな。歴が違うんだよ。言葉の本当の意味を知ってること、書いてある物の知識を持っていること、それが最低限必要だし蒼の本は中々難しい仕様だから。だからこそ深く潜れるんだが…これは慣れるしかない」

 

「そうだねぇ。うちにある本は私と千尋の厳選した本しかないから。あれに小さい頃から触れられるって言うのは本当に良いことだよね。うちの子みーんな天才で優しくて心が深い子になるよ、きっと。昴も慧も既にそうなんだから本を読むことに慣れれば簡単にできるようになると思うけど」

 

「「なるほど」」


 


 ふ、確かにな。読み込んだ本の感想を言い合う時は昴や慧の視点から学ぶことも多い。それぞれが全く違う視点なのはちゃんとした心も知識も持ってるからだ。

 うちの一家は本当に面白い。一家といえば宗介はどうなんだろう?


「宗介は本読むのか?」

「あー、本と言うよりも詩集が好きだね。宗介もクサイよ」

「えっ!?そうなのか!?…こっちも鍛錬が必要か…」


「ゲーテとか島崎藤村、中原中也、銀色夏生さんとかが好きみたい。歌になってるのは石川啄木が好きだって…」


 ん?なんか赤くなってるんだが。なんだ?


「石川啄木といえば初恋というのが有名だな…」

「ほー、なるほど…あ、これか」

「初恋ねぇ…」


 


 蒼が目を逸らす。こりゃ宗介が歌いでもしたな。

慧がスマホからヨーチューブの歌を流す。

 軽やかな音調に乗せて切ない歌詞が紡がれる。3回同じ歌詞とは…ますます感情を揺さぶる仕様だ。

 初恋の痛みか…宗介にぴったりの歌だな。

 愛の夢に、初恋に…あいつも中々ロマンティストだ。負けてられん。


 

「はー、これは宗介の歌だな」

「間違いないねぇ」

「腹立つな」


「ん゛っ、おほん。そ、そろそろ寝ようかなぁ」

「よし、蒼の肉布団じゃんけんだ」

「「うむ」」

 

「またそれなのぉ…」


 蒼が眉を下げるが、三人一緒ならそうなるの。観念してください。


 宗介の切ない気持ちの歌を聞きながら、俺たちはそれを断ち切るために拳に力を入れた。

 

 

 

2024.06.19改稿

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