戦争抑止
「ライン型幾何学都市建造の当初の目的は、小型の核兵器を防ぐことだったそうなのです。
そこに最大の意義があったみたいですね」
私は今、亜香里に誘われ、ライン都市を出て旧市街地に向かっている。
タクシー代金は亜香里が出してくれた。
てっきり、関所か何かがあるものと思っていたが、そんなものは無く、自由に出入りすることができる様子だった。
「小型の? どうして?」
「ツァーリーボンバーのような超高威力の水爆は、どうあがいても防ぐことはできないのです。
しかし、小型の戦略核ミサイルさえ完封できたとすると、理論上、国家間同士の戦争を無くすことができるのです。
進軍してくる軍隊を小型の核で一掃できれば、戦争にならないからです」
なるほど……。
「誤射による被害を完封できればそれでいいってことね?
どうせどんなに悪質な独裁者であろうと、都市部に核は落とせない。
しかし誤射はありうるから、それを防ぐということなのね……」
「その通りです。
戦争を無くせるというのは、たしかに非常に人道的な、画期的な進歩です」
タクシーの車窓から見える風景が徐々にごちゃごちゃしたものに変化してきた。
電線、電柱、色々な壁にカラフルな屋根、不揃いな建物群に迷路のような道路……。
なんだか懐かしい気分になってしまう。
「本当に泊めてもらっていいの?
ホテル代まで出してもらうなんて、悪いわね」
「どうせ取材費が出ていますので、気にしないでください」
亜香里は【旧市街地を保存する会】という組織のメンバーだった。
分かりやすいネーミングだと私は思った。
日本ではピンとこない話だが、主に掘っ立て小屋や高床式住居や日干し煉瓦で日々の生活を営んでいる発展途上国では、『さっさと全部ライン型幾何学都市にしてしまえ』という乱暴な意見が多数出てきているらしかった。
問題は、発展途上国でインフラの質を急上昇させた場合に起きるであろう人口爆発を、いったいどうやって防ぐのかということだった。
そのような観点から見ても、未来都市と旧型都市は半々くらいにしておくのがベストである。
亜香里たちの組織の主張はそう言うもののようだった。
「ライン型都市に住んでもらう代わりに、最大二人っ子政策を受け入れる、約束させるというのは無理なのかしら?」
私がそう聞くと、亜香里は腕組みをしてう~んと唸った。
「その国の国民性によると思います。
そもそも論として内政干渉になりますし、国連がちゃんと人口抑制政策を頑張ってくれればよいのですが……」
ふむ。
確かに難しい問題なのかもしれなかった。
昔の日本も産めや増やせよ政策をしていた時期があったので、いまさら他人の国に『人口抑制しろ』とは言えないのかもしれない。
「もうすぐホテルに着きます」
3車線の道路がすいていたので、ほんの10分ほどで旧市街地内のホテルに到着した。
ガラス製の自動ドアに、絨毯に小型のシャンデリア。大理石の受付。
通路の端に設置されているのはウォータークーラーだった。
その横には手洗い用の水道が。
ちょっと感動してしまいそうになる。
カードキーを渡されて案内されたのは7畳くらいの広さの個室だった。
バス・トイレ付き。
私は早速、蛇口をひねってみることにした。
水が出た。
「おお……」
思わず声が漏れてしまった。
レバーを左に反転させると。
お湯が出た。
「おお……お湯だ……」
便座に座ってボタンを押すと、
「わお……ウォシュレットだ……」
15歳で交通事故にあうまで、こんなにも贅沢なインフラに囲まれていながら、そのことに無自覚でいた私。
今ならわかる。
この水(お湯)が出るということの凄さが。




