モネ……(6
長いです!でも分けません!
「次!最後!絶対!」って言ったので(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
どうせなら70話から新章入りたいので(//∇//)
ちゃんと見直したけど長いから誤字脱字多そうだなぁ(汗)
誤字脱字報告していただけると助かります(>人<;)
「……ウィリアム様……夜会の時に踊った相手が私だって覚えてないみたい……」
ティアは度々図書室を訪れる様になったウィリアムが、自分との会話を楽しんでくれている様だと喜んでいた。
だがこの日は、帰って早々ソファでクッションを抱え……落ち込んだ声音でそう言った。
「《まだウィリアム様も幼かったですからねぇ……気付いていないのにお声をかけられたなら、本当に運命的で素敵じゃないですか》」
モネはそう言って慰め、ティアの頭を撫でる。
ピンクの瞳が光っていた———。
◇
頻繁に図書室での交流が交わされる様になると、ティアは少しだけ———自身の行動がすべからずな行いではないかと 躊躇する様になる。
「《お嬢様からお誘いしている訳じゃ無いのですし、図書室には司書の方も居られるのでしょう? 二人きりでは無いのですし……そんなにお気になさらなくても大丈夫ですよ》」
モネはそう言ってティアの気持ちを軽くした。
◇
「モネ! モネ! ウィリアム様がね! 『ティアが居るのはいつもこの曜日?』って聞いて下さったの! どの時間に居るのかも気にかけて下さったのよ……どうしよう……まるで…逢瀬の約束みたい」
両手を胸の前で組み頬を赤らめてはにかむティアをモネは微笑みながら見る。
その後ティアは苦悶の表情を浮かべたが……。
「私からお約束してる訳じゃない……から……ウィリアム様は行き違いにならない様、居るか居ないか確認してるだけ……だものね」
モネが慰めなくてもティア自身で気持ちを持ち直す様になった。
◇
ある日———。
学園から帰宅したティアは酷く落ち込んでいた。
「学園で……私[絵ガラスの君]って呼ばれてるみたいなの」
「絵ガラスとは図書室のステンドグラスのことですよね? [絵ガラスの君]と言う事は麗しいと言う意味合いで、褒め言葉では? 何故そんなに落ち込んでいらっしゃるのです?」
「褒め言葉として言ってる人も居るけど……冷たい視線も感じるの……多分……婚約者がいるウィリアム様と頻繁に会ってるのが不誠実だと———軽蔑されてるのかも」
「何かひどい事を言われたりしたのですか?」
モネの問いかけにティアは小さく首を振る。
「……ウィリアム様とお会いになるのをやめた方がいいとお考えですか?」
モネのその言葉にティアはギュッと目を瞑り、ブンブンと首を大きく振ると小さな声で申し訳なさそうに呟く。
「面と向かって非難された訳じゃ無いし…… 直接誰かに注意されるまでは……それか、ウィリアム様が来なくなるまでは……」
不安そうなティアにモネは眉尻を下げ、手のかかる子供を見る様に微笑む。
「では、そうなる前に……お嬢様のご友人を……ウィリアム様とお嬢様の関係を誤解していないご友人をお招きしてお茶会をいたしましょう。そこで改めて、『やましい事はしていない』と説明すれば、ちゃんと理解して頂けますよ」
「そう……ね」
モネはティアの前に跪き、優しく両手を握って安心させる様に優しい声音で話す。
「大丈夫ですよ。そうすれば、ご友人方がウィリアム様とお嬢様は『如何わしい関係では無い』と言う事を広めて下さいます」
「……そうよね。ありがとう……モネ」
ティアはモネの手を握り返した。
開かれたお茶会で、モネは招待客の令嬢に触れて回る。
そして暗示をかけた茶菓子や茶葉を手土産に持たせた。
特に茶葉を多めに渡せば、各々が他の令嬢をもてなす時に使われる。
そうやって暗示は広がって行った……。
微力な暗示は簡単な事しか残せない。
———《ティアに非は無い》———
———《二人に非は無い》———
ウィリアムに非難が向くと、結局ティアとの逢瀬が叶わなくなるので『二人に非は無い』と言う事を加えた。
モネは知らなかった……[草原の麗人]と[ローズマリーの君]と呼ばれる二人の存在を———。
[絵ガラスの君]が許させるなら、他の二人も許される……。矛盾が起きない様に暗示は執行される。
モネは忘れていた———。かつての夜会での失敗を……。
歪められた負の感情が、どの出口を選ぶのかを……。
[絵ガラスの君][草原の麗人][ローズマリーの君]
『ウィリアムの相手全てに非が無い』となってしまった暗示のせいで、誹謗・嘲笑の矛先はクレアに向けられる。
そうしてティアの学園での居心地の悪さは消えた……。
◇
その日、ティアは真っ青な顔で帰宅した……。かなり急いで帰って来たのか息も上がっている。
使用人達の帰宅の挨拶に応える事なく自室へ駆け込んだティア……。
モネは、ノックしても返事がないティアの自室のドアをそっと開けた。
「失礼しますお嬢様……大丈夫ですか?」
そう問いかけたモネの目線の先には、ソファに座り自分を掻き抱く様にして俯いているティアが居た。
「……もう図書室には行かないわ……行けない……」
そう呟くティアの顔は、長い髪がカーテンの様に掛かっていて見えない。
「? ……お嬢様⁈ 何があったんです」
今まで見たことの無いティアの唯ならぬ様子に、モネは慌てて駆け寄り、ティアの前に跪く。
長い髪を掻き分けて辿り着いたティアの顔は酷く蒼白だった。
「——————クレア様が来たの。……図書室にご用があったのかしら……クレア様が……私……ウィリアム様がいらしたのかと思って扉を見たら……クレア様がいて……そしたら……そうしたら、クレア様のご友人かしら……ご友人がクレア様に……『この時間に図書室に近づいてはいけませんわ!』って言ったの……」
そう言うと、晒された顔を隠す様に両手で覆った。
「私のいる所は『クレア様に近づいて欲しくない場所』なんだって初めて気付いたの……あんな目で睨まれる様な事をしてるんだって」
ティアは声も体も震えている。
「不道徳って聞こえたの……痴れ者って言ってた……」
常に守られて来たティアは非難される経験が無いに等しく、打たれ弱かった。
人に睨まれるのも初めてで、軽蔑などと言う感情とは無縁に育てられたのだから……。
クレアの友人の蔑む様な視線は、ティアの心を簡単に折った。
(力を使っても完全に取り払えない程傷付いて……お可哀想に……)
ティアは自分自身を悪いと思っている。矛先を変えると別の悪者を作る事になるが、根が善良なティアは誰かのせいにする事が出来ず……一番得意な矛先を変えると言うモネの能力は上手く作用しない。
モネが必死に慰め、能力でティアの気持ちを軽くしても『もう学園にも行かない……』と言う気持ちしか撤回できず———。
ティアは学園には行くものの、図書室へ足を運ぶ事はなくなった。モネはそれを残念に思ったが……。
(少しでもウィリアム様の心に印象が残ったでしょうから……この先側妃を娶る未来があった時の候補対象にはなれたかもしれない)
そう思い、ウィリアムとの交流をこれ以上進める事はしなかった。
モネはティアの夢をどうしても叶えてあげたかった。
ティアの幸せを……ティアの想う幸せを……サーシャに頼まれたから。ティアを守って幸せにしたかった。
だが、それだけでは無い事に気付かない。
それが全てと思い込んでる事に気付かない。
モネはティアに自分を重ねている。それはいつからだったのか……もしかしたらティアが産まれた時からだったのかも知れない。
そして———ウィリアムにジェイデンを……クレアにサーシャを重ねている。
ティアが側妃になれば……国が認めている側妃という存在になれば……。自分も認められる。ジェイデンやサーシャに対して後ろめたい存在では無くなる……。
モネは自分の存在を許されたい。
だからティアは幸せにならなければ。
ティアが幸せになれば自分も幸せになれる。
モネの心の奥底に歪んだ幸せの法則が隠れている。
◇
モネはその日、ジェイデンの執務室から下げたティーセットの乗ったトレイを持って廊下を歩いていた。
目の前から慌てた様子の執事長が早足で向かって来る。
すれ違い様……手に書簡を持っているのが見えた。
(?……あんな執事長、珍しい…………あ! 急がないと、そろそろお嬢様がご帰宅になる)
執事長の背中を見送り、モネは急いで厨房へ向かう。トレイの上ではティーセットがカチャカチャと小さな音をたてる。
届けられた書簡が、歪んだ均衡の終わりを告げる物だと言う事を、モネはまだ知らない。
程なくして帰宅したティアを出迎えたモネ。
図書室に足を運ばなくなって一ヶ月近く経つが、まだ表情は暗い。その様子がモネは心配でならなかった。
ティアがモネに鞄を渡したところで、執事長がティアに声をかける。
「お嬢様。旦那様が至急、執務室へ出向かれる様にと仰せです」
「? ……分かったわ」
モネは鞄を持ったまま、執事長に着いて行くティアの後ろを歩く。
(お嬢様がお帰りなって早々呼び出されるなんて初めてだわ……何かしら……何か嫌な予感がする……)
執務室に着き、執事長が扉をノックする。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
「入ってくれ」
直ぐに返事が返され、執事長が扉を開ける。
「お帰りティア……話がある。入りなさい」
部屋の中から聞こえて来るジェイデンの声は、いつもの穏やかな声音ではなく緊張感が漂う———。
促され入室するティアに、モネも続こうかと思ったところで、執事長に止められた。
「モネ。入室はお嬢様だけだ。我々はここで控える」
「……はい」
自分だけで無く、執事長まで執務室の外で待機する。その事に心の内が激しく動揺するモネの目の前で、扉が静かに閉じた。
「モネ、お嬢様の鞄を置いて来たらどうだい?」
執事長がそう気遣うと、モネは首を振り。
「いえ……このままで大丈夫です。このまま……お嬢様をお待ちします」
モネはこの場を離れたくなかった。
◇
一時間近く経ち、扉を静かに開けて出て来たティアの顔色は蒼白だった……。
モネはどう声を掛けていいか分からない。
開いたままの扉から執務室の様子が少し見えた———。
執務机に肘を着いて頭を抱えるジェイデンが見える。扉は入室した執事長の手で静かに閉められた。
ティアがふらりと歩き出したので、モネは黙って着いて行く……ティアの足取りは覚束無い。
自室に着いたティアは、足の力が抜けた様にドサリと音を立ててソファに座り込んだ。
「お嬢様! 大丈夫ですか⁈」
鞄を置いたモネが慌てて駆け寄る。
「王城から召喚状が届いたの———。私宛に召喚状が……」
震える声でそう言ったティアの顔は酷く青褪めて、太ももの両脇に置いた手は、腕を懸命に突っ張って体を支えている。
(召喚状?……王城に呼び出されるって事?……お嬢様が?)
モネが驚きに目を見開き、言葉が出ないでいると、ティアが続けて話し出す。
「お父様に『王城に呼び出される事に何か心当たりはあるか?』って聞かれて……思い当たる事なんて一つしかなくて…………ウィリアム様と図書室で会ってた事を話したの……」
ティアの手がソファの硬い生地をギュッと掴む。誤魔化していた悪戯がバレた子供の様な様子に、モネは慌てて慰めの言葉をかける。
「あっ……で……でも! 学園の図書室ですし……司書の方も居たのですから、別に悪い事では」
「いいえ。悪い事よ……。お父様に『二人きりに近い状態で何度も会っていれば、不貞と言われても仕方ない』って言われたわ……本当にそうよね……」
ティアは言葉に詰まり目に涙が滲み出す。
「王家と公爵家との婚約に水を差す行為だって———」
モネはガツンと頭を殴られた様な衝撃を受けた。
モネの中では、ウィリアムとクレアの結婚は確定事項で……その上で、側妃と言う立場をティアに望んでいた。
(……そうだ……なんで気付かなかったんだろう)
簡単では無いが、ウィリアムとクレアは婚約解消出来る不確定な関係で……ティアは婚約を壊す存在になっていた事に初めて思い至った。
(どうしよう……お嬢様が何かお咎めを受けたら……)
モネは事の深刻さに気づく……
その晩、モネはジェイデンに事情を聞きたかったが、ジェイデンは翌日王城に赴く為に、後回しに出来ない仕事を夜を徹して片付けていて執務室から出てこなかった。
◇
翌日。
モネを含めた使用人が見守る中、ジェイデンとティアは伯爵家の馬車に乗り込む。
二人とも死人のような顔色だった———。
(一体どんなお咎めをうけてしまうんだろう……)
二人が王城に出向いている間、モネは気が気じゃなく仕事が殆ど手につかなかったが……邸宅の使用人の殆どが同じ様な状態だったので咎められる事はなかった。
◇
夕刻前、ジェイデンとティアの乗った馬車が戻って来た。
何故かもう一台馬車を引き連れて……。
行く時よりも深刻な表情のジェイデンと、そんなジェイデンに支えられながら馬車を降りるティアの憔悴した表情に、モネを含め出迎えた使用人達に動揺が走る。
「モネ。ティアを休ませてやって」
「はい!」
ジェイデンはティアをモネに託すと、執事長にもう一台の馬車の説明をした。乗っていたのは王城から付けられた護衛だという。
そうして、護衛の半数が正面玄関に立つ、残りは客室に案内する様指示を出し、ジェイデンは執務室へ向かう。
「お嬢様、お邸に入りましょう」
ティアは何も答えず、手を引かれるまま邸に入った。
モネと他に二人の侍女が付き添い、やっと辿り着いたティアの自室。
ふらつくティアから何とかドレスを脱がして、そのまま眠ってしまっても良いようにナイトウェアを着せた。
されるがままのティアはベッドに横たえると目を閉じる。
それを確認して二人の侍女は通常業務に戻り、モネはジェイデンにティアの様子を報告しに行く。
モネが執務室の扉をノックすると直ぐに返事が返された。
部屋に入るとジェイデンと補佐官と執事長が慌ただしくしている。扉の側には侍女長が控えていた。
「後は、この書簡を直ぐに領地に送るように」
そう指示された執事長は数通の書簡を、補佐官は書類の束を持ち、モネと入れ替わる様に出て行った。
一段落したのかジェイデンは背もたれに身を預け、ため息を付いた。
「ハァ……ティアの様子はどうだった?」
「お嬢様は随分憔悴されていて……こちらの声掛けにもあまりお答えにならず。心ここに在らずといった様子です。お疲れなのでしょう、ベッドに入って直ぐにお眠りに……」
「……そうか」
「旦那様、私をお呼びになった理由をお聞きしても?」
疲れた様子のジェイデンに侍女長が恐る恐る声を掛ける。
ジェイデンはそれに応える様に体を起こし、執務机に両肘を付けて手を組んだ。
「丁度モネも来たから……侍女長とティア付きのモネには先に話しておく。……」
そう言った後、ジェイデンはしばらく沈黙した。
『話しておく』と言ったのに一向に話し出さないジェイデンの様子に、事態の深刻さが伺える。
モネと侍女長は黙って待つしか無かった。
「——————ウィリアム殿下の婚約者、クレア・ドケーシス公爵令嬢が自死未遂なさった。先週金曜の事だ」
思いもよらない話にモネと侍女長は息を呑んだ。驚きの余りモネは口元を手で抑える。
「ウィリアム殿下は複数人の令嬢と懇意にしていた。その内の一人がティアだった……」
(は?……複数人?)
モネは驚きに目を見開き思わず声を出しそうになり、口が微かに開く。
「クレア嬢はその事に心を痛めていたそうで、限界を迎えてしまったそうだ」
モネの体が微かに震える……。
かつての自分が((公爵令嬢は気持ちの強い方の様だから))と思った事が過ぎる……。
(どうして私は……あの令嬢は何があっても平気な人だなんて思ったんだろう……)
モネは額に汗が滲んだ———。
(だからお嬢様はあんなに憔悴して! クレア様の自死未遂の原因が自分にもあると……ああ……どうしよう……私は……お嬢様に間違った事をさせてしまった!)
顔色が悪くなって行くモネを他所に、ジェイデンの話は続く。
「一命は取り留めたが、自死未遂のせいで虚弱になられたと……それも理由の一つとして、ウィリアム殿下のなさり様に耐えられないと、クレア嬢は婚約解消を願われた。……ウィリアム殿下はそれを拒絶なさって、王太子妃はどうしてもクレア嬢が良いと仰ったそうだ。……協議の末、クレア嬢が条件を出された。『虚弱になり公務執行が困難な為、第二王太子妃を娶る事。ウィリアム殿下とは白い結婚を。なので血筋を絶やさない為に側妃を娶る事。側妃は三人、いずれもウィリアム殿下と懇意にしていた令嬢から選ぶ事』」
そこまで話した後、ジェイデンは組んでいた手を解いて顔を覆う。
「——————ティアは側妃候補に選出された」
「そんな!」
思わず侍女長が叫んだ。その隣でモネはポカンと口を開けている……体の震えも止まった。
「侍女長、護衛の方々の世話の手配を。モネはティアの様子にいつも以上に気を配ってやって……再び登城するのは明後日だ。明日改めて使用人達に通達する……済まないが後の事はよろしく頼む……私は少し仮眠を取るよ」
そう言ってジェイデンは立ち上がると、ソファに身を預けた。
「では、失礼致します」
侍女長がそう言いモネと二人部屋を出る時には、もうジェイデンは寝息を立てていた。
「じゃぁモネはお嬢様の事をお願いね」
「…………はい」
侍女長と別れ、ティアの自室へ向かう間……モネの頭の中ではジェイデンの言葉が響いていた。
『ティアは側妃候補に選出された』
(……選出された……側妃候補に……側妃に……お嬢様の夢が叶う!)
モネの口端が微かに上がる。
先程感じたクレアに対する罪悪感はちゃんとある。だがそれにも増して喜びが勝った。
(あぁ……これからが大変だわ……しっかりとお嬢様を支えないと……)
モネの心は使命感に熱くなる。
ティアの自室の扉の前———寝ているティアを気遣い、モネはノックをせずに静かに扉を開けた。
すると、ベッドに寝ていたはずのティアは頭を抱える様にしてソファに座っていた。
モネはティアの側に寄って、優しく声を掛ける。
「お嬢様………お嬢様大丈夫ですか?」
その言葉にティアはゆっくり顔を上げ、口を開いた。
「ああ…モネ……どうしよう……私……クレア様に対して酷い事を……なのに私……私、ウィリアム様が好きだから……どうしても浅ましい考えが……」
細々とした声で心の内を溢すティアをモネはそっと抱きしめ、瞳が怪しく輝いた。
「浅ましくなんかありませんよ。人を想う気持ちは抑えられないものです。どんな形でもお嬢様の願いが叶ったんです。それを喜んでいけない理由はありません」
「でも……でも、ウィリアム様が私を望んでる訳じゃ無い…」
「大丈夫です。誠心誠意愛情を持って尽くせば、きっと愛を返してくださいます。肌を合わせれば情も芽生えます。私の大切なお嬢様が愛されないなんて事ありません」
「………そうかしら…でも、ウィリアム様の愛を望む資格が私には…」
「大丈夫です。御子を産む資格が与えられたんです。いずれ愛は付いてきます。大丈夫です。モネが側に居ます。お守りします。大切なお嬢様」
「………………うん。私……頑張るわ……」
ティアの誓いのような返事にモネは心底満足した。
◇
ティアとジェイデンが再び登城した日曜の後、後宮入宮の準備に伯爵家は慌しかった。
ティアの荷物の選別と箱詰め———。慌ただしく動き回って三日経った時、そろそろ自分の荷物も纏めないとと思ったモネは気付いた。
(私の他には誰が後宮について行くんだろう?)
側妃付きの侍女が一人の訳がない……と確認の為、モネはジェイデンの執務室へ向かった———。そこで衝撃を受ける事になる。
◇
「ティアは単身で入宮する。侍女をつける事は出来ない」
侍女の選別について尋ねると、ジェイデンはそう答えた。
モネは大きく目を見開いた後、声を上げてジェイデンへ問う。
「そんな! どうしてです! お嬢様一人でだなんて!!……お願いです旦那様。お嬢様には私が付いていないと! 私がお守りしないと!」
モネの余りの取り乱し方に、ジェイデンは慌てて椅子から立ち上がりモネの両肩を掴んだ。
「落ち着きなさい。仕方が無いんだ。王家の慣例にこちらから要望する事はできない」
ジェイデンは諭す様な声音でモネを諌める。
「でも……でも、お嬢様お一人では……」
モネが震える声でそう言うと、背後から声が掛けられる……。
モネが入宮の事で執務室で騒いでいると知らせを受けたティアだった。
「モネ?……どうしたの?」
心配気に掛けられた声に振り向くと、眉尻を下げたティアが執務室の様子を伺っていた。
「あ……あの……入宮はお嬢様お一人だと……侍女は付けられないと聞いて……私……」
モネの声は動揺で震えている。そんな様子のモネを安心させようと思ったのか……ティアは明るい声音で。
「私は一人でも大丈夫よ。他の側妃候補の二人も単身で行くんだもの。私だけ我儘を言うわけにはいかないわ」
そう言われると、モネは引くしか無かった。
◇
一週間経ち、ティアの入宮する日の朝———。
モネはティアにネックレスを渡した。
「見た目はネックレスですが、宝石に見える部分は容器になっていて、中に香油が入ってます。催淫効果のある香油です」
その説明を聞いたティアの顔は真っ赤になる。
「さ……催淫効果って……そんなの」
「使う機会が無いのが一番良いのですが、人の心は繊細です。上手く事が運ばない事もあります。お守りの様なものだと思って下さい」
微笑んでいるが、モネの目は真剣で……ティアの顔の赤みは引き、言葉をしっかりと受け止める。
「うん……モネ、ありがとう……大好きよ」
そう言って幼い子供の様にモネに抱きついた。
「私も大好きです。お嬢様……お元気で……きっとまた会えます。それまではどうかお元気で……」
モネは側に居られないティアの為に、出来る最大限の事を考えた。そして、かつて習った薬作りの中の『催淫香』の事を思い出した。媚薬も作れたが、王族に媚薬を盛るのはリスクが高い。自分が側に居ない状況でティアに危険を冒して欲しくなかった。
だから余り知られていない『催淫香』を作る事にした。
制作はギリギリ間に合い、出来上がった香油に力を込めた。ウィリアムにより強く催淫の効果が出る様にと……。
別れの時———。
「テオが間に合わなくて残念だ……陛下が規約の改定を約束して下さっている。そうすれば手紙のやり取りできる様になる……会える日もきっと来る。それまで寂しいかもしれないが、頑張るんだよ」
ジェイデンは涙が滲むのを堪えて、眉間に皺を寄せながら微笑んでいる。
そんな様子の父にティアの目に涙の膜がはる……
「はい。ありがとうお父様」
震える声でそう言った瞬間、ティアの目から涙がボロボロと溢れ出した。
ジェイデンは愛しい妻にそっくりな愛娘を優しく抱きしめる。ティアの涙がジェイデンの肩口に染み込んでいく……
(済まないサーシャ……こんな事になってしまって……)
ジェイデンは心の中でサーシャへの謝罪を呟く。
見送りに出ている使用人達は、二人の様子に皆んな啜り泣いている。モネもその中に居た。
涙を拭い、赤く腫らした目のティアを載せて馬車は走り出す……ティアの胸元には香油のネックレスが揺れていた。
◇
ティアが入宮した日の夜遅く———。
モネはジェイデンの寝室を訪れる。
一人きりで入宮させたティアが心配で寝付けず……同じ様にジェイデンも心配で落ち込んでいるだろうと……。
何より、娘を入宮という形で失ったジェイデンを慰めたかった。
いつもの様に扉を開けたジェイデンの手に触れ、部屋にスルリと入って行く。
「……サーシャ」
ジェイデンは口づけた後、サーシャの手を引きベッドへ導く……
ベッドに入るとジェイデンは再びサーシャに深く口付け、夜着を脱がし始めた。
『ジェイデン……私心配なの……ティア一人で行くなんて……』
サーシャの胸に顔を埋めながらジェイデンは宥める様に話す。
「大丈夫だ……大丈夫。そのうち会える様になる……陛下が規約の改定を約束して下さった。教団との話し合いは時間がかかるだろうが」
モネの体がビクリと揺れた。
「教団?……何故……教団が?」
「側妃に関する権限は本来教団が……」
そこまで言うと、ジェイデンは突然顔を上げた。
話し声がサーシャと違うと感じたからだった。
「……………モネ?」
ジェイデンは自分がモネを組み敷いている事に気付いた。
「!———」
モネは大きく目を見開く。
(しまった……力が)
モネはジェイデンの口から出た『教団』の言葉に激しく動揺して、力が乱れ暗示が解けてしまった。
今まで一度も『暗示が解ける』失敗はしなかったのに……たった一言でコントロールを失う程『教団』はモネにとって恐怖の対象だった。
ジェイデンは慌てて体を大きく起こし、モネから二人分程後ずさる。
モネは青褪め、布団を引き上げ胸元を隠した———。
「……なんだ? どうして君が……サーシャは?……いや、私は……夢を見ていた筈だ……なんで」
動揺しているジェイデンはなんとか状況を把握しようとブツブツと呟いているが、一向に纏まらない。
その様子にモネは益々青褪め、カタカタと小刻みに震え出す。
ジェイデンは右手で額を抑え、眼球はウロウロと左右に揺れる。
「これは……いつもの夢だった筈だ……いつもの……サーシャと……サーシャを抱いて……」
ジェイデンは自身の肌けた胸元に手を当てると現実が見えて来た……。
上げたジェイデンの視線がモネを捉える。
モネの息が詰まった。
「………………モネ……お前」
《———————————————》
力の暴走
この状況から逃げ出したいと言う感情が瞬間的に能力を暴走させた。
念波のような物の衝撃を間近で受けたジェイデンの体は大きく揺れて倒れる。
「ハァッハァッハァッハァッハァッ……」
モネの鼻からポタポタと血が落ち、呼吸を浅く繰り返した。
◇◆◇
バタバタと走る音が廊下に響く。
「父上が倒れたって⁈」
ティアが入宮した翌日の昼過ぎにテオは王都邸に到着した。
到着早々受けた知らせが、ジェイデンが倒れたと言う事だった。
「本日、いつもの起床のお時間に寝室を訪ねましたら……旦那様がベッド上の足元の方に横になって倒れられてて……倒れられてると思ったのですが……その」
テオの後ろを必死に着いてくる執事長が、息も絶え絶えに報告を述べるが、最後の方で言葉を濁した。
ジェイデンの寝室に着くと、ジェイデンはベッドで横になっていて、側には医師が座っている。
「容体は?」
テオが静かだが重い声音で医師に問いかけた。
慌てて立ち上がった医師は、困惑しながら報告する。
「……それが……所見では悪い所が見当たらないのです」
「は?……父は倒れたんだろう?」
「それが……よく分からないのです。心音も穏やかで……診た限りでは、寝ていると言うのが妥当で……ただ……目を覚さないのです」
「…………目を覚さない?……どうして?」
「それを調べます」
医師は申し訳なさそうに頭を下げた。
テオは困惑して額に手を当てる。
「一体どうして……なんでこんな訳のわからない事が……」
テオはしばらく考えてから。
「分からない物は仕方ない……引き続き検査など…父の事をよろしくお願いします」
そう言ってテオは医師に頭を下げた。
テオは寝室を出ると、ジェイデンの執務室へ向かう。
「僕は父上の執務室を使わせて貰うよ。このままの状態が続くなら……やらなきゃいけない事が山程ある。……モネに執務室にお茶を届ける様に言って。ティアの入宮前の様子を聞きたい」
そう執事長に指示すると……。
「……テオ様『モネ』とは誰ですか?」
執事長はそう返した。
「…………は?……何……何の冗談……」
テオは苦笑いして執事長を見る……その表情は、心底分からないと言った様子だった。
邸の人間は誰一人モネの事を覚えていなかった———。
モネの力の暴走は邸全体を包む程の広範囲のものでした。




