トリステス・エインガー辺境伯令嬢
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「お帰り…トリステス。」
エインガー辺境伯王都邸の玄関口で…トリステスの叔母が、学園から帰宅したトリステスを待ち構えるように出迎えた。
「⁈!はい!……た…只今戻りました…」
厳しい表情の叔母の出迎えに、トリステスは困惑する。
「……そのままでいいから、一緒に執務室に来なさい。」
「……はい。」
只事じゃない事が起こってる…と、トリステスは肌で感じた。
▽▽▽
トリステスは
東の辺境を治める、エインガー辺境伯家の三女
姉が二人…兄が一人…弟が一人…妹が一人…
大家族の中間子で、後継の兄と控えの男児に弟も居る…
二人の姉は、近郊の有力な貴族と婚約を結んでいて…家門は安定した状態なので
トリステスは…比較的、自由に暮らしていた
東の辺境地は、暑過ぎず…寒過ぎず…雄大な牧草地に、美しい景色…
辺境の地は、女性でも馬に乗れるのが当たり前で…勿論トリステスも幼少の頃から、颯爽と馬を操っている。
いずれ二人の姉の様に、有力な貴族と婚約して…結婚し…この地で子を産み育てるのだと…
それは素晴らしい事だと…ずっとそう思っていた
トリステスは、自領を愛していた。
◇
トリステスは…二人の姉もそうだった様に
高学部の三年間だけ、王都の学園に通う。
「王都で良い人が出来るかも知れないわね」
「もし、そんな出会いがあったら言いなさい。話を進めてやるから。」
父も母も、
「辺境伯領の地盤固めのような婚約は姉二人で充分だから。」と言って…
トリステスには…自由な婚姻をさせてやろうと思っている。
どうやら父母は…二人の姉に、政略的な婚約をさせてしまったと少々気に病んでいるらしい。
二人の姉は全然気にして無いし…
婚約相手との仲も良好で「良い婚約が結べて嬉しい♪。」と喜んでいる。
それでも、自分達が珍しく恋愛から始まった結婚だったからか…心に引っ掛かる物があるのだろう。
その引っ掛かりを取り払う様に、トリステスに自由な出会いを願っている。
トリステスも、『自由な恋愛は嬉しいケド……』
相手を王都で探す気は無い。トリステスは辺境伯領が好きなのだから…
◇
トリステスが住む事になった、エインガー辺境伯王都邸は…トリステスの叔母が主人を努めている。
辺境伯領は王都から馬車で半月程も掛かる距離なので、叔母は王都邸で橋渡しとして調整役の仕事をしている。
婿を取っていたが…早くに他界し、以来…一人身である。
◇
学園でトリステスは目立つ存在だった…
女性にしては背丈が170と長身で、王都ではあまり見ない赤髪…黒い瞳は辺境伯領に多く見られる色だった。
学園に通い出して間もなく、トリステスは田舎者のような扱いを受ける…
王都の令嬢は、その殆どが王都から出た事がなく…辺境伯領を僻地だと思っている者が多数居る。
東の辺境伯領は決して田舎ではなく、高い城壁に囲まれた巨大な街があり…
隣国の文化も身近にある為、王都とは趣の違う物が流行っているが……洗練された物が沢山ある。
ただ、トリステス自身が余りオシャレに興味が無く、シンプルで機能的な物を好んだ事も相まって…流行りを知らない田舎者と思われたのだろう。
だが…田舎者だと思われてても、特に意地悪をされる事も無いし…
辺境伯領は教育水準が高く…トリステスは成績が良かったので、クラスで馬鹿にされる事も邪険にされる事もない…
『好きに言ってれば良いわ。痛くも痒くも無いんだもの。』
言いたい者には好きに言わせて置けばいいと…わざわざ否定も訂正もしなかった。
中々友人が出来ないのは寂しいが…居場所もある。
トリステスは入学して直ぐに乗馬部に入った。
馬に跨り…風を切るように走れば、嫌な事も寂しさも吹き飛んでいく…
不満があるとすれば…遠乗りの場所
小高い丘や、浅い山道…小ぶりで整備された森に林…
学園生が遠乗りに許される場所は、安全が確認された場所ばかり…
勿論…王都にも王都の近くにも、辺境伯領のような大平原は無い…
「……早く領地に帰りたい…」
トリステスは馬と共に風を感じながら…心は辺境伯領を渇望していた
◇
二学年に上がって直ぐの頃…
乗馬部にウィリアム王太子殿下が入部した。
麗しいウィリアムの乗馬服姿に、乗馬部の数少ない女子生徒はキャーキャーと歓呼の声を上げる
女子生徒が騒ぐ中…トリステスは、185はあるウィリアムの身長を見て
『あんなに背が高いなら、大きくて骨の太い馬を用意しないと…』などと考えていた。
ウィリアムは、王城に自分の馬を持っていて、王族の嗜みとして幼少の頃から乗馬を習っている。
だから、乗馬の腕前も流石なもので…女子でウィリアムの騎乗についていけるのは、トリステスだけだった。
生徒会や王族の公務に勉学と、何かと忙しいウィリアムが乗馬部に顔を出せるのは
せいぜい週に一回程度…
腕前の近い者同士がペアを組むので、自然と…ウィリアムはトリステスとばかり組むようになる。
乗馬をしながら、トリステスは辺境伯領の事を話し…ウィリアムは婚約者のクレアの事を話す。
トリステスは…クレアの事を愛しい眼差しで語るウィリアムを微笑ましく思い…
ウィリアムと同じ様な熱量で、自領について熱く語る自分を…
『私は辺境伯領に恋してるんだな…』などと、詩的に考えてしまい…己れに苦笑した。
ウィリアムはトリステスを田舎者扱いしないし…辺境伯領の事も興味津々で聞いてくれる…
騎乗しながら、お互いの私的な事を、浅からずに語り合える距離感に…
王都で初めて、友人が出来たと思った。
王太子相手に烏滸がましいので、口にはしないが…
だが…本当の意味での友人と呼べる相手が居ない王都に、自分は孤独を感じていたのだと気付いてしまった
それに…王太子の方からペアを組む事を望まれるのは、トリステスは特別だと言われてるみたいで…嬉しかった。
そうして、何度もウィリアムとペアを組むトリステスに対して…周りの生徒からの扱いが変化する
端的に…田舎者扱いされなくなり、寧ろ…麗人に対する様な待遇になった……
簡素な装いは、シンプルを追求した機能美と褒め立てられ
恋愛に興味を示さない様子は…男性に媚びない、気高く気品のある令嬢…と解釈される
トリステスは
『随分と扱いが変わるものなのね…』と思いながら
手のひら返しを呆れつつ、持て囃される事に少なからず…愉悦を感じていた。
『王太子の影響って凄い…』
良い方向に注目されるのは、居心地が良かったのだ…
だから…放置した…ウィリアムと懇意にしていると言う噂を…
『……別に…嘘じゃないし…友人だし…』
噂される懇意と言う言葉には恋愛の色が乗っている事に気付いてはいたが…
強く否定はしなかった…
周りがそう思っていても…実際、二人は友人なのだから…堂々としていれば良い…自分達に疾しい事は無いと思う事で正当化されると…
気付けば、トリステスは[草原の麗人]と呼ばれる様になっていた……
◇
「トリステス嬢…王領に今度の休み、遠乗りに行かないか?」
「えっ?…王領ですか?」
「うん♪。あそこは、辺境伯領程じゃ無いけど、かなりの面積がある平原だから。思い切り走れるよ♪。」
「本当ですか?。是非!行きたいです!……あっ…でも、二人きりでですか?」
トリステスは流石に不味いと思った…
休みの日に、二人で遠乗り…と見られるのは…婚約者が居る人として良い約束では無い。
「う〜ん…僕は王太子で、護衛が付いてくるから…二人きりとは言わないんじゃないかなぁ…」
『………そうか…護衛…当然、護衛が付いてくる。……二人きりじゃ無い。…草原♪。駆けたい。』
不貞の範囲にならないと思ったら、トリステスに断る理由は無かった。
◇
「最近ウィリアム様は[草原の麗人]と親しくしている」
「よく一緒に遠乗りに出掛けている」
そんな噂が広まるのは早かった…
しかし…トリステスは『軽率だった…』と後悔はするものの
ウィリアムの度々の誘いを断らなかった…
王領の草原を駆けるのが、辺境伯領を思い起こさせて…楽しかったのだ…
そうして…益々二人の仲が噂されれば、トリステスと親しくしようとする沢山の令嬢に囲まれる
戸惑いつつも、愉悦が勝る…
◇
ある日…トリステスは
学園のカフェテリアから校舎へ続く園路を、クラスメイトに囲まれながら歩いていた…
遠目から…カフェテリアの中に、クレア・ドケーシス公爵令嬢の姿が見えた
どうやら…友人と談笑している様子に、トリステスは『可愛らしい方だな…』と思った
今まで…遠目に見たクレアは、気品のある高位貴族といったイメージだったので…人間味を感じていなかった。
それが…談笑している様子から、途端に生身の人間らしさが見えて……
『あの人の婚約者と懇意にしている…』罪悪感が微かに湧いた……
そう思ってたところに、クラスメイトの一人が話し出す
「最近はクレア様とお茶をする時間も取られてないみたいですよー」
その言葉を受けて、クラスメイト達はどんどん饒舌になる…
「それはきっと、トリステス様との時間の方が大切だからですわ。」
「遠乗りの為の時間を作る為に、クレア様とのお茶の時間を削って、生徒会のお仕事を片付けてるんですよ。」
トリステスはクラスメイト達の言葉を、否定も肯定も出来ず、苦笑いで聞き流した
罪悪感が沸々と湧いてくる…
すると…クラスメイト達が、誰かに気付いて口を噤んだ。校舎側からやってきたのは、エタンセル・フラム侯爵令嬢だった…
『…フラム侯爵令嬢…確か…ドケーシス公爵令嬢に心酔してるって……』
そう思い出した瞬間…エタンセルと視線が交わった
ゾワリ…と、背筋に寒気が走る。
エタンセルの真っ直ぐな視線に…トリステスは思わず目線を逸らした……そして、感じた自分の感情に戸惑う
羞恥だった…
トリステスは…エタンセルの問い正す様な視線に、自分を恥じたのだ。
途端に、トリステスは青褪める…
軽い気持ちで、正当化していた事が…不埒な行いだった事に思い至った…
『……私は…何をしてるの…』
トリステスの頭の中に、エタンセルの眼差しが貼り付く…罪悪感と羞恥心に押し潰される。
翌日…乗馬部に行き、ウィリアムに「学業に専念する事にします。」と伝言を頼んで
退部届を提出した。
トリステスは願った…
『早く噂が消えます様に…』と…
一刻も早く[草原の麗人]を剥ぎ取りたかった…
◇
エインガー辺境伯王都邸の執務室…
ソファに座らされたトリステス
その向かいのソファに座った叔母が、ローテーブルの上に書簡を置いた。
「叔母様……これは…」
トリステスは青褪めながら尋ねる
「王城から届いた…貴方への召喚状よ。」
トリステスは声を呑んで、口からヒュッと音が漏れる…
「トリステス…貴方が王都に来てから、してた事で…私に話せて無い事があるのかしら?」
叔母の射抜くような視線に、トリステスはカタカタと震えながら……せめてきちんと話そう。と、声を絞り出した…
この時のトリステスは、自分が自由を失う事になるとは、思ってもみなかった…




