ティア・ラクリマ伯爵令嬢
40話目を迎えました。(゜ω゜)
ここまでお付き合いいただき、
ありがとうございます(๑>◡<๑)
誤字報告、とても助かってます。ありがとうございます。
木曜日の午後
ラクリマ伯爵邸の執務室で伯爵は、王城から届いた召喚状を手に青褪めていた。
[以下の者は明日の午前十時迄に、謁見室まで参見する事。
ティア・ラクリマ伯爵令嬢。必ず保護者一名帯同。]
(……何故…ティアに呼び出しが……?)
「ティアが帰って来たら直ぐに執務室に来るように伝えてくれ…」
伯爵は執事にそう命じた。
▽▽▽
ティアは産まれた瞬間に母を亡くした。
ラクリマ伯爵夫人の忘形見のティアは、母譲りのミルクティーの様な薄茶の髪に澄んだ碧眼を持ち。夫人に生き写しで、伯爵や七つ年上の兄…伯爵家の召使い達に大切に愛されて育った。
柔和な顔立ちのティアは美人ではあったが派手な印象が残らず。同じ年齢のドケーシス公爵令嬢やフラム侯爵令嬢のように、人々の話題になる事は無かった。
羨まれる事も妬まれる事も無く、穏やかに健やかに成長する。
◇◇◇
王城での夜会、初めて訪れる煌びやかな王城
ティアはレモンイエローのドレスを身に纏い、鏡に映る自分の姿を見て
(魔法にかかったみたい)と喜びクルクルと回った。
父や兄と共に馬車に乗り美しい王城へ赴いた。
何もかもが夢のように煌めいている。
招かれた挨拶の為王族謁見の列に並び、やがて順番が回って来ると…初めて近くで見る王太子の麗しさに頬が熱くなる。
(王子様だ……本当に絵本から飛び出して来たみたい…)
ティアに恋心が芽生えた瞬間だった。
◇
一通りの挨拶を終えたウィリアムが周りを伺いながら移動しているのを見つけたティアは
(……もう一度お声が聞きたい…)
そう思い駆け寄る。
「…あの…」
そう声を掛けた瞬間…
「音楽が始まりそうだ…」そう言ってティアに向かって手を差し出してきた
「え?!…あの…」
「踊ろう」ティアが話す言葉を遮る様にウィリアムは誘う。
その笑顔の眩しさに頬を赤らめながら…ウィリアムの手にティアは手を乗せた。
(生まれて初めてのダンスが王子様とだなんて……夢見たい……)
フワフワとした気分のティアは
ダンスの間ウィリアムが時折チラチラと視線を巡らしている事に気付かなかった。
音楽が止みダンスが終わった。
終了のお辞儀をして顔を上げたティアが見たのは走って行くウィリアムの後ろ姿だった。
「えっ?」
ティアは呆気に取られる
ウィリアムは庭園に出られるガラス扉へと走って行く
(……あれ?…ダンスの終わり方って…こんな感じなんだっけ?)
通常はダンス相手が次の相手に引き渡すか、ホールから下がるまでエスコートする。
しかしウィリアムは行ってしまった
一人ホールに取り残され惚けていたティアは、誰かに強く手を引かれた。
「⁈。えっ?お父様?!!」
「黙って来なさい」
人々の視線から逃れるようにそのまま休憩用の個室に連れてこられた。
ティアはソファに座るように促され、伯爵は一人掛けソファに座って大きな溜め息を吐いた。
(……何かしら…私何か悪い事しちゃったのかしら)
伺う様に見る伯爵は困った様な焦った様な表情で眉間に皺を寄せている
「……ティア…最初のダンスは私か兄とと言っておいただろう…」
ティアはハッとした。
婚約者の居ない令嬢は通常…最初のダンスは家族と踊る。そして成人前であれば…誘いがあった場合、令嬢は家族の許可を得てから踊るのが不文律だ。
相手が王太子であったとしても…ティアは「父の承諾を得てから」と断るべきだった。
そして悪い事に…今夜はウィリアムとクレアの婚約発表が有ると認識された夜会。
当然今夜の王太子のファーストダンスの相手はクレアでなければならなかった。
「ご…ごめんなさい……」
ティアは狼狽えながら声を震わせて謝った。
「相手の令嬢はドケーシス公爵家の一人娘だ…何かしら非難されるかも知れない…」
伯爵は額に手を当てて唸る
普段…優しい父の顔しか知らないティアは、険しい表情の父を見て青褪める
「旦那様…私がホールの様子を見てまいりましょうか…」
ラクリマ家から連れて来ているモネがそう申し出ると
「そうだな…いや私も行こう。ティアはここで待ってなさい」
そう言って伯爵とモネは出て行ってしまい
(何かお叱りがあったら…どうしよう…)
個室に一人残されたティアは不安に押し潰されそうだった
しばらくして個室の扉がノックされ開く、入って来たのはティアの兄だった。
「ティア…あぁ…そんなに顔色を悪くして…運が悪かったね…殿下の気まぐれに付き合わされて…」
「……気まぐれ?」
「あぁ。お前と殿下のダンスの後、しばらく騒ついてたんだけど…ウィリアム殿下はエスコートもしないで行ってしまっただろう?…だから気まぐれで手近にいた令嬢に声を掛けたんだろう。って…何処の令嬢だ!なんて追求する程にはならなかったよ…」
その言葉にティアはホッとするも胸に靄がかかった。
(気まぐれ…)
「今はウィリアム殿下がドケーシス公爵令嬢をエスコートして戻って来て。何曲も一緒に踊ってるから…令嬢の機嫌も直ったんじゃないかな」
(……何度も?…ウィリアム殿下を独り占め?)
ティアは胸の奥に微かに妬みと羨みが湧く
「うちの家名もお前の名前も聞こえてこないから、もう戻っても大丈夫だろうって父上が言ってるから、迎えに来たんだ。一緒にホールに戻ろう」
落ち込みながらホールに戻ったティアが目にしたのは
煌びやかなホールの中央で楽しそうに微笑み合いながら踊るウィリアムとクレア。
クレアはとても華やかで美しくて…まさしく王子様の為に用意されたお姫様だった。
さっきまで輝いていた自分の姿が霞んでいく
クレアに向けられるウィリアムの表情に…ティアとのダンスの時には無かった愛しむ色が乗っている
ティアはドレスをギュッと握った…
生まれて初めて…惨めと言う感情を知った。
その後夜会の最後に、ウィリアムの婚約者としてクレアが紹介される。
並んだ二人の姿は御伽噺の1ページの様で…王子様の隣に並ぶお姫様は自分ではないと益々思い知った。
その時…何処からか声が上がる
「でも、ファーストダンスはクレア様ではなかったわよね…」
ティアはその言葉にハッとする
(そう!…ウィリアム様と…王子様とファーストダンスを踊ったのは私…)
そう思うと少し胸の中の霞が晴れた
しかしその後に続く声にティアはショックを受ける
「ファーストダンスを断られたのかしら…」
「ウィリアム様は本意じゃないんじゃ…」
「ファーストダンスをしなかったから、その後はずっとクレア様がウィリアム様を独り占めしてたのよ…我儘なのねぇ」
「ウィリアム様は他の子とも踊りたかったんじゃ無いかしら…」
その言葉がクレアの耳にも届いた様子で、ティアは青褪めているクレアを見た
(私が…ウィリアム殿下と踊ったせいで公爵令嬢が悪く言われてる?)
今度は罪悪感が胸に広がる……だがそれも直ぐに取り払われた。
青褪めていたクレアは…直ぐ表情を整えて柔らかく微笑んだ
堂々と…王子様の隣りに相応しく…
その神々しさにティアは目を奪われる。
お姫様とはクレアのように品格を纏う子が成れるんだと…
この時ティアの心に湧いた感情は嫉みではなく、尊敬だった。
◇
ティアは自室でモネに夜会の事を嘆き、慰められている
うっかりウィリアムのダンスの誘いを受けてしまった迂闊さ…
ウィリアムとクレアの似合いの様子に感じた劣等感…
クレアの堂々とした佇まいに抱いた尊敬の念…
帰りの馬車の中で、伯爵に嗜められた事…
そしてウィリアムの麗しさに気持ちがフワフワして、顔が熱くなった事を
モネはティアにそれは恋なのだと教えてくれた。
その言葉に頬を染め…そして直ぐに悲しくなった。
何故ならウィリアムの婚約者はクレアで、ティアの失恋は決まってしまったから。
するとモネは希望は捨てなくて良いと慰める。
「お嬢様は正妃にはなれませんが…側妃にはなれます。ドケーシス公爵令嬢に子が出来なければ側妃を娶りますから。
それに他国には…王の寵愛を受けて側妃に召し上がられる国もあります。ウィリアム殿下に気に入られれば可能性はありますよ。…ですがそれにはウィリアム殿下に相応しくなければ…自分を磨き勉学に励みましょう」
ティアは可能性の低い未来を夢に見て淑女教育に取り組むようになる。
◇
「淑女には社交性も大切です」
本来控えめな性格のティアは、交友関係を広げるのが苦手だったが…モネの勧めで度々お茶会を開く様になる。
お茶会に来てくれる令嬢は皆んな好意的で
「また誘ってください」
「今度我が家のお茶会にいらして下さい」
と言って帰って行く
「お帰りの際に贈るギフトは茶会で出した茶葉や焼き菓子が良いのですよ」
モネのアドバイスで令嬢にギフトを持たせると、とても喜ばれた。
モネは幼い頃母に拾われ。それからずっとラクリマ家に献身的に仕える侍女
母の居ないティアにとってモネは掛け替えの無い存在だった。
◇◇◇
王子との再会は高等部の二学年に上がってから訪れた
図書室で過ごすことの多かったティアは放課後もよく一人で本を読んでいた
夕方…ステンドグラスの窓から差し込む光が好きで、そこに造られたヌックに腰掛けて本を読んでいた所に声を掛けられた。
「この時間の図書室はずいぶん美しいんだね。君はいつもここにいるのかい?」
ティアは夢かと思った…
遠目に見ていた憧れの王子様が目の前で微笑んで…話しかけて来た。
「……はい。この時間の図書室は静かで、居心地が良いので………あっ!王太子殿下にご挨拶申し上げます!」
質問に答えた後、王族への礼を欠いていた事に気付き慌てて立ち上がり礼を取る。
「あぁ…良いんだよ挨拶なんて。読書の邪魔をしてしまったのは僕なんだから」
そう言ってウィリアムは柔らかく微笑む
その笑顔にティアは頬を染める。
◇
ウィリアムは時折…図書室に現れてティアと会話を楽しむ
どうやらウィリアムは十歳の頃の夜会でファーストダンスを踊った相手がティアだと言う事を忘れているようだった。
その事にティアは心を痛めていたが伝える事はなかった。「気まぐれで」と思い知るのが怖かったから
そうして度々図書室での交流が交わされる
ティアは少しだけ…ほんの少しだけ
すべからずな行為では?と思う
しかし恋心が言い訳を述べる。
(ウィリアム様の方から来てるから……)
(図書室で会ってるだけだから…)
(二人きりじゃないから…)
(司書もいるから…)
言い訳が…悪い事じゃ無いと肯定する。
その内、行き違いにならないよう曜日や時間をウィリアムが確認するようになると
ティアは(まるで…逢瀬の約束みたい)と恋心が熱くなる。
そして毎度のように言い訳で肯定する
(ウィリアム様は居るか居ないか確認してるだけ…)
(私から約束してる訳じゃない…)
その事をモネに話せば、モネも肯定してくれて…ティアは安心を得るのだ。
◇
程なく学園に噂が広まるようになった
ティアはいつの間にか[絵ガラスの君]と呼ばれ…憧れの視線と非難の視線を受けるようになる
(面と向かって非難されたらやめよう…)
(誰かに注意されたらやめよう…)
(ウィリアム様が来なくなるまでは…)
ティアはウィリアムに会える機会を失いたく無く…自分から遠慮することが出来なかった。
お茶会を開けばティアに憧れの視線を向ける令嬢がこぞって足を運んでくれる。皆んな好意的に…肯定的に会話してくれる。
そうして学園での少しの居心地の悪さは消えていく
◇
ティアはいつものようにステンドグラスの前に造られたヌックに座って本を読んでいた。
そこへ扉の開く気配がしてウィリアムが来たのかと目線を向けると
扉の所に立っていたのはクレアだった。
ティアの碧眼は驚きに見開かれる
(どうしよう…)
体温が一気に下がり手足が痺れる感覚に、ティアはここで初めて…ウィリアムは王族でクレアは公爵令嬢だと言う事実に襲われる。
伯爵位の令嬢の自分がなんと思い上がった行動を取っていたのかと
「「クレア様!」」
廊下の奥から声がしてクレアがそちらを向く
「この時間に図書室に近づいてはいけませんわ!」
「後日、私達と一緒に来ましょう!」
クレアが二人の令嬢に引っ張られる様に連れて行かれた
続いて令嬢が二人現れ、ティアを軽蔑の滲む瞳で睨んでから乱暴に扉を閉めた。
ティアは体が震え出す…
閉じた扉の向こうから微かに聞こえる言葉を拾う
「………何が、[絵ガラスの君]…!」
「いくら、頭が良……美人…って、不道徳が……も……らな…痴れ者………」
(………不道徳…痴れ者…)
ティアはぬるま湯から引き摺り出され、自分の現状を思い知った。
図書室を飛び出し一目散に自邸に帰る。
翌日から図書室に行くのを止めた。
止めたところで噂は消えず、ティアが[絵ガラスの君]である事は変わらない。
全ては遅かった…
△△△
「…ティア。王城に呼び出されると言う事について…何か心当たりはあるかい?」
執務室に呼び出されたティアは執務机の前に青褪めて立っている。
ラクリマ伯爵が尋ねた言葉に、ティアは学園でウィリアムとどのように過ごしていたかを震える声でポツリポツリと話した。
◇◇◇
翌日…死人のような顔色で二人は王城に赴いた。




