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【10/8 書籍発売】「彼女は死にました。」私はあなたの子を産みません。  作者: Kurakura
第1章

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婚約解消

お読み頂きありがとうございます(^-^)


「ヘクター様は大丈夫でしょうか…」

エタンセルはポツリと呟いた


「……どうかしらね」

エーデルもポツリと返す


 ハーミット公爵邸の食堂室では当初の予定通りにフラム侯爵家の面々に夕餉が振舞われている。


 今日のこの時間にフラム侯爵夫妻とエタンセルがハーミット公爵邸を訪問する予定は、昨日の王城会議の後急遽組まれた。


 ヘクターの学園帰宅後に話しをするから時間が掛かるだろうと、その間ハーミット公爵邸で夕餉を用意する。と決めた。


 エタンセルはヘクターへの説明は時間が掛かると踏んでいた。

資料を読み内容を理解してから自分の心が受け入れるのにだ。エタンセルがそうだった様に…

だからこそ今のヘクターの心情がつい先日の自分をなぞる様に、どれ程苦しいか理解出来る。


「エーデル様は大丈夫ですか?」

そう尋ねたのはフラム侯爵夫人のテレネッツァ。


 テレネッツァは今朝、長女(エタンセルの姉)が嫁いだ先から帰って来たばかりだった。


長女が二人目を出産し孫の顔を見に訪ねていた。

 そこへ急遽王都に戻るようにと知らせが届き、今に至る


 ヘクターとエタンセルの婚約が結ばれてから、エーデルとテレネッツァはとても気が合い。

親戚筋になる事を喜び親睦を深めていた。


 テネレッツァが今回の事情の詳細を聞いたのは帰って来てからで、物凄いショックだったし衝撃だった。

状況の展開を理解するのもギリギリだった。


 夫であるフラム侯爵から聞いた話しだと、エーデルも同じタイミングで詳細を聞いた筈

テネレッツァがエーデルにかけた言葉は自分に向けた言葉なのかも知れない。


「大丈夫です。テネレッツァ様もお聞きになってますでしょう……私達も支えに成る可く尽力しなければ」


エーデルの気丈な姿勢にテネレッツァは息を呑む

(支える事しか出来ない私が嘆いている場合じゃ無いわ。エタンセルが進む道を決めたのなら…母である私はエタンセルの気持ちに寄り添って送り出す。それだけを考えなきゃ…)

 テネレッツァはエーデルの言葉に身を引き締めた。

フラム侯爵は手を伸ばしテネレッツァの背中を軽く摩る

夫婦で共にと示していた。



◇


 執務室に軽食の乗ったワゴンが運ばれる


泣くだけ泣いてやっと落ち着いたヘクターは、冷えた濡れタオルに顔を埋めている。


「見苦しい所を見せてしまって…すいません…」

ヘクターはモゴモゴとタオル越しにそう言った


「気にすんな」

コンラッドが運んでいた軽食をテーブルに置いてからヘクターの頭をガシガシと撫でた


カルヴァンも軽食や飲み物をテーブルに並べながら

「お前は我慢ばかりしてるからな…少しくらい吐き出した方が良い」


「…………ありがとう」

やっぱりタオルに顔を埋めたままモゴモゴとそう言った。


「ヘクター…食欲が無いかも知れんが…少しでも何か胃に入れなさい」

 そう言ってブレイブはかぼちゃのポタージュを勧めた。


 ヘクターはぬるくなったタオルを外してスープカップを受け取る。ブレイブは一度頷き

「続きは食べながら話そう。フラム侯爵家の方々を待たせてるからな」


 ポタージュを一口飲んでからヘクターが口を開く

「エタンセルが婚約解消と言った事に繋がる話しですか?」


「…そうだ」


 話す二人の向かいでカルヴァンとコンラッドも軽食を口に運ぶ

これから話される内容を思うと感情が冷えていく(王族とは辛い立場だな…)と。



「……医師の話ではクレア嬢とウィリアム殿下の婚姻は無理だと判断された」


(それは…そうなるだろう…)

ヘクターは苦痛な表情を纏う


 二人の婚姻が駄目になる事をヘクターが喜ぶ事は無かった。

ヘクターはクレアへの恋心を持っていても、もうクレアを手に入れたいとは思っていない。


『諦めた恋なんでしょ?別に想い続けるくらい良いじゃないですか』


 エタンセルの言葉に想(・)い(・)続(・)け(・)る(・)と決め。想い続ける為に諦(・)め(・)た(・)。

クレアを手に入れる事は無いと。

クレアの幸せを護るのだと。


 クレアの幸せはウィリアムと結ばれる事で、ウィリアムの願いも同じだ。歪んではいたがウィリアムはクレアを愛している。


ヘクターは二人の幸せを望んでいた。


(ウィリアムは受け入れられないだろう……)

 そう思ってるところにブレイブの話しは続く


「だが…今、クレア嬢の体の主人格のレイナ嬢は婚約継続を申し出た」

ヘクターは驚いて目を見張る


「……無理でしょう?…あの診察結果を見れば明らかに」


「レイナ嬢は陛下に…ウィリアム殿下に第二王太子妃にエタンセルを…そして三人の側妃を娶る様に願い出た」


「………………はぁ⁈!」

ヘクターは荒げた声音で疑問符を口にし、あまりの驚きにスープカップを落としそうになる。


「な…んで…そんな?」



「……このまま婚約解消となりク(・)レ(・)ア(・)嬢(・)が中傷や嘲笑の対象になるのが嫌なのだと…クレア嬢の尊厳を護る為の案なのだと」


「……尊厳を」


「そうしてレイナ嬢はエタンセル嬢に直接この提案を打診しエタンセル嬢は受け入れた………陛下もこの提案を受け入れ…昨日王城会議にて受諾された」


 ヘクターが理解しようと考えを巡らせる中ブレイブは言葉を続ける。


「お前はウィリアム殿下が学園で懇意にしていた令嬢…特に親しくしていた三名を把握してるか?」


「⁈……まさか…三人の側妃って」


ヘクターの予想を肯定する様にブレイブは頷く

「その三名が候補だ」


ヘクターは息を呑む


「ウィリアム殿下の不誠実な行いのせいでクレア嬢は自死にまで追い込まれ、殿下との婚約解消をク(・)レ(・)ア(・)嬢(・)側(・)から要求するも殿下が拒絶。

クレア嬢は自死未遂の影響で虚弱になり、後継を繋ぐのも難しい…と言う診断も跳ね除け、嫌がるクレア嬢を説き伏せる。折衷案は白い結婚であれば婚約継続。殿下はクレア嬢を他家に娶らせたく無いと、これを承諾。

クレア嬢はウィリアム殿下の愛寵を受けて婚姻を結ぶ。と言うシナリオだ。

そしてこの婚姻を支える為に…虚弱になったクレア嬢の王妃としての公務を支える第二王太子妃。王家の血を繋ぐ為の側妃。

三人なのは確実に血を繋ぐ為と寵愛からの召し上げでは無いと示す為。

懇意にしていた三名を候補にするのは彼女達にも責任があるからだ。クレア嬢の自死未遂の責任の一端が彼女達にも有るとして令嬢達が身を置く家門を説き伏せる。勿論王命も出される」


ヘクターは青褪めて首を横に振る

「………側妃なんて……ウィリアムには無理です」

(ウィリアムはクレアを愛してるんだ…他の女性なんて…抱ける訳ない…)


「……………関係無い。ウィリアム殿下の気持ちが汲まれる事は無い」


 ブレイブの断言にヘクターは益々血の気が引く感覚に襲われる。


ヘクターの様子を見てカルヴァンが口を開く

「ヘクター……ウィリアム殿下は王族だ。血を繋ぐ義務がある。そもそもク…レイナ嬢の提案が呑まれなければ、婚約解消となり別の婚約者が充てられた。そして王妃が懐妊出来なければ側妃が充てられるのも当然の事だ」


「ウィリアム殿下の醜聞に示しを付けるのにレイナ嬢の案は最(・)善(・)と認められたんだ」

コンラッドが念を押すように言う


「…………………」

ヘクターは何も言葉が出せず、冷静を取り戻そうと必死に心を押し込める。


「………はい」


冷静が戻ったヘクターを見てブレイブは再び口を開く

「……側妃は神話に基づいた召し抱え方法を取る」


(……神話?……神話……この国の成り立ちの…)


「《神の子と五人の巫女》ですか?」


「…そうだ。神話に基づき三人の令嬢は貴族籍を抜かれ、王城敷地内に造られる後宮に囲われる」


ヘクターはゴクリと固唾をのんだ

(……それは、令嬢としても貴族としても…存在が消えると言うことか?…ただ御子を成すだけの……)


ヘクターは一つ震えが起きた、事態の重さを改めて肌で感じる。


「……レイナ嬢も表に出る事は無い…いつ人格の入れ替わりがあるか予測出来ないからな。守る為に後宮に籠る事になる。

つまり対外的に、ウィリアム殿下の隣りに並ぶのは第二王太子妃…エタンセル嬢の役目になる。昨日の会議で決まった方針だ」


「それで今日エタンセルとフラム侯爵夫妻が来たんですね」


『婚約解消の手続きの為に伺いました』

先程のエタンセルの姿を思い出す


「お前は最側近としてウィリアム殿下を支えて行く。必然的にエタンセル嬢とレイナ嬢もだ…出来るな?」


「はい」

ヘクターは姿勢を正し決意を固めた瞳で答えた。



◇


ハーミット公爵邸の応接室


ハーミット公爵夫妻とヘクター。フラム侯爵夫妻とエタンセル。

両家が向かい合う様にソファに座っている。



 手続きは粛々と進められ二人の婚約は解消となった。



「エタンセルと二人だけで話したいのですが……お願いできますか…」

調印が済んで直ぐヘクターがそう申し出た。


「私もお話ししたいと思ってました。よろしいでしょうか?ハーミット公爵ご夫妻、お父様、お母様…」


 両家の両親も思う所があったので快く承諾された

「扉は半分開いておく事になるし…扉の外にはカルヴァンとコンラッドを立たせる。すまないな…」


「いえ…当然です」

「お気遣いありがとうございます」

ヘクターは重い表情で…エタンセルは笑顔で答えた。



◇


 二人きりの応接室


ヘクターは少し俯き深刻な表情でソファに座っている。


(……ヘクター様…酷い顔……私もこんな風だったのね)


 向かいのソファに座っているエタンセルは、ヘクターの様子につい先日の自分を重ねる。


ジッとヘクターを観察していたエタンセルと目線を上げたヘクターの視線が合う。


「……エタンセル」

 「はい。」

「……エタンセルは…今(・)の(・)クレアに直接会ったんだよな?」

 「………はい。日曜日と、昨日…二度お会いしました」

「………………」


ヘクターは黙ってしまった。

聞きたい事が山程あり過ぎて…何から尋ねれば良いかわからなくなってしまったのだ。


「………ク(・)レ(・)ア(・)様(・)は(・)現(・)れ(・)ま(・)せ(・)ん(・)で(・)し(・)た(・)」


エタンセルは、おそらくヘクターが一番聞きたいであろう事を伝える。


ヘクターの瞳から一筋涙が溢れた…慌てて袖で拭う。

(クソッ!…もう散々泣いただろ!)

自分のコントロール出来ない涙腺にヘクターは苛立った。


「エタンセル……俺は自分が情けない…何も気付かなかった…」

 ヘクターは益々溢れ出しそうな涙を堪える様に眉間に皺を寄せる


「私もです。全然気付かなかった……それに悔やんでます……恥ずかしがって行動できなかった事に」

エタンセルは沈痛な表情で自身を振り返る


「俺もだ。もっと…ウィリアムをもっとちゃんと諌めるべきだった」


「「………………………」」


しばらく沈黙が続きエタンセルが口を開く


「もう…後悔したくありません。……私はこれから違う形でクレア様達(・)を支えて行きます。…ヘクター様もそうですよね?」


「あぁ」

真っ直ぐに向けられるエタンセルの瞳にヘクターも頷き応える。



「でしたら…私達の関係は変わっても同志である事に変わりありませんわ」


エタンセルは涙を滲ませながら微笑む。

その笑顔に応えるようにヘクターも微笑んだ。

ヘクターの目にも涙が滲む。


婚約は解消された。二人の居心地の良い関係も終わりなのだと実感する。


「そうだな。こんな風に二人だけで…気ままにお茶が飲めなくなるだけだ」


「あら!それは辛いですわ。クレア様への熱い想いを語れなくなっちゃう!」


「ハハハハッ……やっぱりエタンセルは面白い…」


「まぁ!や(・)っ(・)ぱ(・)り(・)って⁈…私の事ずっと面(・)白(・)い(・)って思ってたんですか?」


「あぁ。最初に会った時から面白い令嬢だと思ってる…ハハハハッ!」


頬を膨らませたエタンセルを見てまた笑う。

そんなヘクターを見てエタンセルも笑う。


「ふふふふ……はぁ………ヘクター様………私はクレア様にはもう会えないと覚悟を決めました」


その言葉に驚きを隠せずヘクターはエタンセルを凝視する。


「そ(・)こ(・)に(・)重点を置いては、第二王太子妃としてブレが生じると思うので………もしも…もしも再びお会いできた時…クレア様に恥じぬ自分で居たい」


「そうだな………俺も…そ(・)う(・)覚悟するよ」



二人のお茶会は静かに終わった。



◇


 「キツイな…」

沈痛に呟くカルヴァンに対して

「あー…エタンセル嬢、妹に欲しかったー」

コンラッドは努めて明るく振舞った。


◇◇◇


木曜日の午後


ラクリマ伯爵邸

エインガー辺境伯王都邸

シリッカ子爵邸


三つの家門に王家から召喚状が届いた。




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