君は誰だ?
「…(どうして…)……か…」
国王がウィリアムの呟きを拾い、横目で冷めた眼差しを向ける
「…お前が愚か者だからだ。」
決して強くも大きくも無い声なのにも関わらず、低い地を這うような国王の台詞に
ウィリアムは体を強張らせる…
国王はまだ、膝折礼をしたままの三人に声をかけた
「……楽にしてよい…」
三人は姿勢を正す…
ティア嬢とトリステス嬢は、何か覚悟が決まっているようでしっかりと顔を上げ、真っ直ぐ前を向いているが…
リール嬢は、この状況を受け止めきれて無いのか…青い顔を俯かせ、未だ小刻みにカタカタと震えている…
再び国王が口を開く
「………三年前……王家の失態を黙認してもらう代わりに、クレア嬢の望みは可能な限り最大限叶えると約束した。」
ウィリアムは青い顔を国王に向けてから、続いてクレアの方を見る…
「…………では、……これは全てクレアの望みなのですか?……」
失態と言う部分が気になるも…
この事態はクレアの希望だと言う事実がショックで、それどころでは無い。
ウィリアムは蒼白のままクレアを凝視する…
クレアは伏目をテーブルに向けたまま、動かない。
『……どうして…どうしてそんな願いを……』
「クレア…!…………クレア嬢と二人だけで話をさせて下さい……」
はじめ、クレアに向けて名を呼ぶも
先ず国王に許可を貰わねば…と、国王に向けて願い出る。
国王はクレアに目を向け
「そう、申しているが…クレア嬢、どうする?」
まるで、この場での決定権は全てクレアに有るかのように
国王はクレアに尋ねる……
「構いませんわ。ただ、侍女のアニタと護衛のキャロルの同伴は外せません。それでも宜しければ…」
そう国王に目を向けて答えるクレアは、未だにウィリアムの方を見ない
それから、直立したままの三人の令嬢に目をやってから
「……休息が必要な方々もいらっしゃる様ですし…」
その言葉に三人の令嬢はピクリと体を揺らし、リール嬢は益々顔が青くなる
「では、ウィリアムとクレア嬢…それと共の者は、続き部屋に…その他の者はしばし休憩するとしよう……茶を用意させる。」
国王の言葉と同時に、侍女と侍従が動き出す
三人の令嬢が着席を促される中…
クレアは立ち上がり、国王と王妃に向かって礼をする。
ウィリアムも立ち上がり、国王と王妃に「失礼します。」と挨拶をし
エスコートしようとクレアに駆け寄る…
クレアの隣に座っていたドケーシス公爵夫人が、にわかにクレアの手を取る…
「……レ……クレア…」
夫人は心配気に震える声で名を呼ぶ
「お母様、大丈夫ですわ。」
クレアは夫人の手を取りニッコリと淑女の笑みを浮かべる。
「…クレア」
ウィリアムが手を差し出したので、クレアの手はそっと夫人から離れる
夫人の手は小刻みに震え、表情がとても悲し気で…
ウィリアムの困惑と不安が駆り立てられる。
クレアはウィリアムの手にそっと手を乗せ
「参りましょう。」
ウィリアムの顔を一切見ずに…そう言った。
ドケーシス公爵は夫人の手を取り、宥める様に摩りながら
ウィリアムにエスコートされるクレアの背中を見送り、苦し気に唇を噛んだ。
◇◇◇
応接室の続きの部屋は、かなり広く
豪奢な椅子やソファやテーブルが幾つも置かれ
大人数でもくつろげる様な仕様になっている
センターテーブルを挟む様に、置かれた二脚のソファに
各々…ウィリアムとクレアは向かい合わせに腰を下ろした
クレアの後ろには
侍女と女性護衛騎士が立つ
城の侍女が茶の準備をしている間、ウィリアムは何から話すかをグルグルと考えていた…
給茶が整い…城の侍女が退室すると、ウィリアムは用意された紅茶を一口飲む…
クレアはウィリアムが飲むのを確認してから紅茶に手を伸ばす…
礼儀作法として…格上の者が手を付けるまで、下の者は飲食しないのが不文律である。
クレアが紅茶を飲み下すのを待って、ウィリアムが口を開く…
「……クレアは…体調は…その…具合はもう大丈夫なのか?」
その問いかけに、この日初めて…クレアはウィリアムの目を見た。
その瞳にウィリアムは、何か違和感を感じる…
「はい。体は元気になりました。私は大丈夫ですわ。」
クレアはニッコリ笑ってそう言うが…
その笑顔と言葉にウィリアムは何故か背筋が寒くなった…
『……?……』
何かが違う……そう感じるも、それが何か分からない…
違和感が何なのか分からないまま…ウィリアムは更にクレアに問う
「………先ほどの…父の話は本当か?」
「第二王太子妃と側妃を娶ると言う話ですか?」
クレアは真っ直ぐにウィリアムを見て、聞き返す
ウィリアムは蒼白な顔で確認をする
「……それが君の願いだと……」
「はい。」
「何故そんな願いを…」
「必要だからですわ。」
「……何故…必要なんだ?」
「御子を儲ける為ですわ。」
「!!!……必要ないだろう!少なくとも今はまだ!…側妃と言うのは、正妃との間に子が授からなかった時に考えるものだろう!そもそも第二の妃も要らないだろう!君が正妃で!君が子を産み!その子が世継ぎ!それが道理だろう?!」
クレアの、核心を躱す様な答え方に
ウィリアムはとうとう声を荒げて言った…
そんなウィリアムを気にも留めず、クレアは飄々と答える。
「第二妃は私の補佐ですわ…まぁ、いずれは彼女が正妃になるかも知れませんが…
エタンセル様の事情を私からお伝えするのは憚かられますが…
エタンセル様は幼少の頃に事故に遭われて、それにより御子が望めないそうで…なので、側妃が必要なのですわ。」
「だからそれは!」
「あぁ…私が産めば良い。と言うお話でしたわね。」
そう言ってニッコリ笑うクレア
「私は産みませんわ。だって私、貴方が大嫌いなんですもの。貴方と肌を合わせるなんて絶対に嫌ですわ。」
クレアの言い様にウィリアムは青褪める…
そして違和感に気付いた…クレアの瞳には感情が籠ってない
(大嫌い)と言う割に嫌悪の様な物は感じられない。
でも、かつての様に(慕う様な愛情)も感じられない…
『どうしてクレアはこんな風に?…どうしてあんな願いを?……僕は…クレア以外となんて…嫌だ…ありえない!』
何か…何か原因と解決策が……
どうやったらこの事態を解決できるのだろう?
ウィリアムは必死に働かない頭を動かす
そうしてウィリアムは思い至った
先日の中庭での事が原因に違い無いと…
「……あっ……あれだ……先日の中庭での事を怒っているんだろう…そうだろう?……」
『…そうだと言ってくれ!そうすれば僕が謝罪して解決の筈だ!』
「……そう…ですわねぇ…確かにあれが決定打でしたわね…」
「…え?」
「あの日、彼女は死にました。私はクレアではありません。貴方を慕うクレアはおりませんのよ…ですので、私は貴方の子を産みません。」
ニコニコ笑いながら、クレアは意味不明な事を言う
ウィリアムは唖然として、口をハクハクさせている…
「……クレアが…死んだ?……意味が分からない……じゃぁ君は……一体誰なんだ……」
絞り出したウィリアムの問いに
ニッコリと淑女の笑みを浮かべて彼女は胸に手を当てて名乗る。
「私の事はレイナとお呼びください。」
得体の知れない物を前にしたかの様に、ウィリアムは体が震え出した




