今後の方針
クレアが学園を休んだ日から一週間が経った———。
クレアはまだ登園して来ない。
「手紙の返事はきたか?」
王城の自室で朝一に従者にそう問うウィリアム。
ウィリアムはクレアが休み続けて三日目、クレアに宛てた手紙をドケーシス公爵家に出していた。
「ドケーシス公爵家からはございません」
従者は頭を下げてそう告げる。
「………そうか」
こんな事は今まで無かった。
(きっと中庭の一件がショックで休んだんだろう……)
ウィリアムはクレアが休んだ日の放課後、見舞いにドケーシス公爵家を訪ねた。
(あの表情なら、今回は凄く泣き腫らしているはずだ)
ウィリアムは、久しぶりにクレアの真っ直ぐなヤキモチを感じられる。
そして、窘めて慰めれば自分の愛情を伝えられる。
しばらく機能していなかった、交流をすれば
学園に入学する前の二人に戻れる———。そう期待していた。
しかし会う事は叶わなかった。
「申し訳ございません。クレア様は高熱を出されており…今は、お会い出来ません」
「……そうなのか、なら仕方ないな。養生する様に伝えてくれ」
本当に病欠だったのか———。残念に思う一方で、大切なクレアの体調を心配した。そうして三日経っても登園して来ないクレアに。
『体は大丈夫か?』と手紙を出したのだが———。
一向に返事が来ない。
(クレアの具合が悪くて無理なら、公爵や夫人からでも返事があるだろうに…)
まるでウィリアムの接触を避けている様な扱いに困惑する。
(週明けの明日…まだ欠席だったら、もう一度訪問してみよう…)
そんな事を考えていたら、従者が今日の予定を続けて告げてきた。
「本日予定の公務は全てキャンセルになっております」
「……は?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「何を言って……」
従者は続けて
「午前九時に赤の応接室に正装で来る様にと…国王陛下から申し付けられております」
そう言って従者は頭を下げた。
「赤の……?」
王城には幾つか応接室があるが、用途によって色の名を付けている。
主に外交で使われる[青]
祝い事に関わる内容の時は[金]
個人的な要件の時は主に[白]
そして[赤]は———緊急事態や最重要事項
(一体何が……?)
◇◇◇
困惑で朝食があまり喉を通らず……殆ど手を付けずに衣装部屋へ向かった。
侍従達の手伝いで正装に着替える。
(何故、正装なんだ?)
何も事情を知らされないまま、赤の応接室へ向かう。
(なんだろう……凄く嫌な感じだ)
「ウィリアム殿下が参られました」
侍従がそう告げ。両扉が開かれ応接室に通される。
「!……何故…」
ウィリアムは中にいた面々に驚きを隠せない。
大きく長いテーブルの上席には、父である国王陛下。父の右隣には母である王妃が座っている。
そして母側テーブルの右側席には、ドケーシス公爵 公爵夫人 そしてクレアが順に座っていた。
(まさか……まさか婚約破棄なんて事じゃ無いよな)
ウィリアムの頭に最悪の事態が過ぎる。
だが。
もしも婚約破棄ならば……全く関係ない面々がテーブルの左側席に座っているのが分からない。
フラム侯爵 侯爵夫人 フラム侯爵家の次女、エタンセル嬢
長い絹糸の様な銀髪に灰色の瞳の知的な美人。エタンセル・フラムはヘクターの婚約者だ。
そしてエタンセルの隣にヘクターも座っている。
(………どういう状況だ? 訳がわからない)
ウィリアムは上手く思考が纏まらない。
「ウィリアム……着席を」
国王陛下に声をかけられ、侍従が椅子を引いて待っている事に気づく。
「あっ———。はい…」
困惑の表情を全く隠せないまま、ウィリアムは陛下の左隣の席に座った。そしてウィリアムはクレアの方を見る。
あの中庭での出来事以来に見るクレア
(体調は回復したのか…….元気そうだ———。少し痩せたか?)
クレアの体調を気遣う思考の中、中庭での件に関してクレアとちゃんと話せていない事にウィリアムは焦りを感じていた。
それからクレア以外に目を向ける。
(なんなんだ……どうしてこんなに緊張感が漂っているんだ?)
ドケーシス公爵夫妻は酷く疲れた顔だ。
フラム家の面々やヘクターは表情が強張っている様に見える。
母である王妃は陛下を挟んでいるので、よく見えないが
一番酷い顔をしている様に思う。化粧で隠しているが目元が酷く荒れている様子だった。
陛下が口を開く
「此度、集まってもらったのは———。ウィリアムとクレア嬢の婚姻についての今後の方針を話すためである」
ウィリアムは困惑したまま膝に置いた手を強く握りしめた。
陛下の話は続く———。
「先ずはヘクター……此方の事情を汲んでエタンセル嬢との婚約解消に応じてくれて感謝する」
突然の話にウィリアムは目を見開く。
(は?……今、なんて? ヘクターが婚約解消?…此方の事情??)
何が何だかウィリアムは思考が追いつかない。
「いいえ、恐縮です……」
ヘクターは軽く頭を下げると、陛下が再び口を開いた。
「これをもって———。エタンセル・フラム侯爵令嬢は第二王太子妃となるべく、ウィリアム王太子と婚約を結ぶ運びになった」
ガタタッ……!!
ウィリアムは思わず立ち上がってしまう。
「———なに…を」
父である国王陛下を見ながら声を絞り出す。
「陛下……何を仰っているのか……意味がわかりません」
シンと静まり返った部屋にウィリアムの震える声だけが響く。
陛下はジロリとウィリアムを見据えると低い声で。
「まだ終わっていない……座れ」
「ですが父上…」
ウィリアムは動揺して口を閉じれない。
「ウィリアム!」
強く名を呼ばれてビクリと肩が跳ねる
「座れ……」
逆らう事は許さないと言わんばかりの圧を乗せて言われ、流石に大人しく座るしか無かった。
ウィリアムが座るのを待ってから再び陛下が口を開く。
「……ウィリアムが学園卒業後、直ちにクレア・ドケーシス公爵令嬢との婚姻を結ぶ……の後、半年後にエタンセル・フラム侯爵令嬢との婚姻式を執り行う」
意見しようとウィリアムが口を開いたが、陛下の話は続く。
「その半年後———。ウィリアムは側妃を三人娶る事とする」
「……………なっ」
ウィリアムが言葉を発するのを遮る様に応接室の奥、続き部屋に繋がる扉が開かれた。
三人の令嬢が静々と入室する。その人物達にウィリアムは蒼白になる———。
入ってきた三人はいずれも学園でウィリアムと親しくしていた令嬢だった。
ティア・ラクリマ伯爵令嬢———。ウィリアム達と同学年の十七歳。薄茶の長いストレートの髪に、碧眼でおとなしい顔立ちだ。
トリステス・エインガー辺境伯令嬢———。彼女も同学年の十七歳。燃える様な赤毛で癖のある長い髪、凛とした顔立ちで黒い瞳は力強さを感じる。
リール・シリッカ子爵令嬢———。一つ下の学年の十六歳。珍しい鮮やかなオレンジの髪はふわふわと波打って、大きいクリクリとした瞳は茶色い。甘い可愛らしい顔立ちで、中庭でウィリアムと口付けをしていたのはこの少女だった。
静かに入室した三人はテーブルの横に並び恭しくカーテシーをした。
その顔色はとても悪く———。特にリール・シリッカは微かに震えて今にも倒れそうだ。
「令嬢達は学業を自宅学習に切り替えてもらう。王城に後宮を用意出来次第そちらに居を移し、側妃教育を受けることになる」
(彼女達がどうして……)
「…………どうして…」
ウィリアムは蒼白のまま小さく呟いた。
正装なのはエタンセル嬢と婚約誓約書に調印するためです。




