毒の名前は[愛情]と[優越感]
週末…学園の中庭
夕刻…ほとんどの者が帰って静かな中庭の、中心にあるシンボルツリーの側にいる男女の生徒
男子生徒は女子生徒の頬を両手で包む様に上向かせた
背の高い男子生徒はかがみ込むように
ゆっくり顔を寄せて、女子生徒に口付けを落とした。
男子生徒は女子生徒に唇を寄せたまま、中庭入り口に目を向ける
そこには自分の婚約者が立っていた
胸に当てた右手を強く握りしめ…
壁に添えた左手は倒れない様、支えている様にも見える…
その顔に浮かぶ表情は[絶望]だった
◇◇◇
「クレア様は本日体調不良の為、欠席との事です。」
侍従の言葉に
『……やりすぎたか?』と思う…
生徒会室の会長席に座り、書類を捲りながら
侍従から報告を受けていたのは学園の生徒会長であり
この国の王太子ウィリアム・オクトス
緩い癖のある金髪と美しい碧眼…王子様の見本の様な風貌である。
欠席と報告を受けた相手はクレア・ドケーシス
ドケーシス公爵家の長女でウィリアムの婚約者。
艶のある長い黒髪にルビーの様な赤い瞳を持つ
ウィリアムとクレアは同い年で、学園の最終学年に上がったばかり
十歳の頃に婚約を結んでから七年…学園卒業後に婚姻が決まっている。
「お前……また、何かしたのか?」
低い声でそう問いかけてきたのは、ヘクター・ハーミット
少し硬そうな黒髪に海のような深い青の瞳。
この国の宰相を務めるハーミット公爵の三男で、ウィリアムの側近候補。生徒会の副会長も務める。
幼い頃からのウィリアムの友人で、クレア含めて三人は幼馴染だ。
「いつも通りだよ。」
ウィリアムの返答に、ヘクターは眉根を寄せる…
「………いつも通り…また、婚約者以外の子と親密にしてた訳か。」
ヘクターは非難めいた声音で言う
「…………………………」
ウィリアムは何も答えず、書類を捲る。
ヘクターは、それ以上は追及しない…
そしてウィリアムはヘクターが、それ以上追及して来ないのを知っている。
もう同じ様な事を、何度も何度も繰り返し…その度に咎められてきたので
最近では非難も注意も無駄だと諦められているのだ。
そう…何度も何度も…
婚約者であるクレアを蔑ろにする様な行為を繰り返している…
始まりは些細な事だった…
三人は何時も一緒に過ごしていた
ヘクターは王子に相応しいと厳選された友人であり、将来の側近候補として
クレアは婚約者候補として
幼い頃から王城に招かれて仲良く楽しく過ごしていた
クレアと婚約が結ばれたばかりの頃…
王城で開かれたパーティに三人は初めて正装で参加した
普段よりも一層着飾ったクレアはとても美しかった…
ウィリアムが思わず見惚れる程に…
それはヘクターも同じだった…
挨拶回りにと二人から離れ…
いざ戻ろう…と、二人を探すと
クレアがヘクターに屈託の無い笑顔を向けているのが見えた
ウィリアムは心に靄がかかるのを感じた……
そんな時、何処かの令嬢がウィリアムに話しかけてきたので、気晴らしにダンスを踊る事にした
まだクレアとダンスを踊ってないのに…
ファーストダンスを婚約者であるクレアと踊らなかった事に
クレアは涙目になって怒った…
「ウィリアム様とのファーストダンスを楽しみにしてたのに!…」
怒るより、もう殆ど泣いている…
僕は焦って…慰めた。
「ごめん!本当にごめん!! 今日はもぉクレア以外とは踊らないから!」
焦ってそう言うと、クレアは
涙を拭いながら「……本当に?」と上目遣いで見てきた
それが本当に可愛くて…
元々、クレアが僕の事を好きだと言うのは分かってた。だけど…
『あぁ…クレアはこんなに…ヤキモチを焼くくらい僕の事が好きなんだ…』
こんな形の愛情は初めてで…
クレアから感じる分かりやすい[愛情]が嬉しかった…
そうしてクレアの後ろの方で…
………辛そうな顔をしているヘクターを見てしまった…
『…ヘクターはクレアの事が好きなのか……でも、クレアは僕の事が好きなんだ。』
その時に感じたのは[優越感]…
これが危険な誘惑だった……
クレアにヤキモチを焼いてもらいたい…
ヘクターのあの顔を見たい
それからウィリアムは
時々、婚約者のクレアより他の令嬢を優先した。
それに怒ったり泣いたりするクレアを見れば愛情を確認できる。
そして
宥めて謝って埋め合わせをする事を
君を優先しているって言ってるつもりで、愛情表現としていた
それがウィリアムなりの愛情表現だった…
「あの子が困っていたからだよ」
「君が見当たらなかったから適当な子に声を掛けたんだ」
「あの子は初めてのパーティだから親切にしただけ」
「ほら、今からは三曲続けて踊ろう♪」
「あの子より大きな花束を贈るからね♪」
「僕の色の宝石を贈るから機嫌を直して♪」
そして、その会話を側で聞く羽目になるヘクターの表情に
クレアが自分の物であると言う優越感に浸る
決して表情に出さない様に…
でも、ヘクターは気付いた…
クレアを困らせる行動がヘクターへの見せ付けであると
ヘクターは一年が過ぎる頃には、クレアのヤキモチに表情を変える事は無くなった。
しかし、ヘクターの傷ついた表情が無くても、ウィリアムの優越感は消えなかった
だって、ヘクターがクレアを想っている事に変わりはないのだから
別にヘクターが嫌いな訳ではない。むしろ好きだし大事な友達だ。
クレアを困らせる行動を戒める発言をしてくれる。
ウィリアムの事もクレアの事も大切に想ってくれてると伝わる
それでもやめられない…
そうして
十三歳になり学園の中等部に入るまで繰り返し続けた…
十三歳になったクレアは王子妃・王妃教育が始まる。
その頃から
クレアは表立って、怒ったり泣いたりしなくなった…
少し悲しげな表情で遠目に窺って来るだけ
後日に嗜められる
「格式のある場では、形式に則った行動をお願いします…」
「人目のある所で奔放な振る舞いは困ります…」
「相手に気を持たせてしまう様な行動はお控え下さい…」
そんな嗜める様な言い回しには、のらりくらりと躱す発言しか出ない…
「気をつけるよ…」
「気にし過ぎだ…」
「別にそんなつもりはないよ…」
この後の言葉が続かない…
怒ったり泣いたりしてくれたら、埋め合わせの言葉を掛けられるのに…
何より…変わってしまったクレアの反応が不満だ…
クレアの反応は徐々淡々とした物に変わって行く…
前の様に怒ったり泣いたりの反応が欲しくて
ウィリアムの行動は
少しずつ少しずつエスカレートして行く…
そして昨日…
最近懇意にしている一学年下の、子爵令嬢 リール・シリッカ
マリーゴールドの花の様な鮮やかなオレンジの髪をツインテールにした、濃い茶色の目をした令嬢と二人
放課後の学園、呼び出された中庭で
「私の初めての口付けはウィリアム様に差し上げたいのです……この先、どんな縁談が来てどんな方と結ばれようと…初恋はウィリアム様だったと覚えておきたいのです…」
『そう言われても………』
流石に、王太子とも有ろう者が、そんな不埒な真似は出来ない。
と、断ろうと思った時、視線に入った庭園の入り口に見えたのは
クレアだった………
少しずつエスカレートしていた、ウィリアムの奔放な行動は加減が分からなくなっていた…
『他の子と口付けしたら、流石に怒ったり泣いたりするはず…』
「………いいよ♪」
クレアのヤキモチ見たさに、リール令嬢の願いを叶えてしまったウィリアム
ウィリアムは…
ウィリアムが見たクレアの最期の表情を[絶望]にしたのだった…
この世界の一週間は現実と同じです。
中庭での出来事は金曜の放課後になります。
クレアがお休みしたのは月曜日です。




