第三十二話 おともだち
私が想像していたより早く、ニノンは見つかった。
私達が通ってない方の道を通ろうとエリゼオが決めて、歩き出して十分もしなかったと思う。
「ニノンおねえちゃん!」
シャルロットが、一点を指さして叫んだ。
その声に振り返った女性が、こちらを見ると一目散に駆け寄ってくる。
「見つかったみたいだな」
急ぎシャルロットを降ろすと、シャルロットも姉へと駆け出す。
「シャルロット!」
「おねえちゃぁぁん」
相当我慢していたのだろう。止まっていた涙がまたボロボロと溢れて、それでも姉に向かって手を伸ばす。二人はがっしりと抱き合うと、ニノンはすぐにシャルロットの全身を確認していた。
その間に私はプフェルトから降りて、エリゼオとプフェルトとともに二人へと歩み寄る。
「怪我はないね。もう! 勝手に行っちゃだめっていつも言ってるのに!」
「ごめんなさい! でもね、ちょうちょがね、きれいだったの」
「も〜! 心配したのに、ちょうちょって! って、そうだ! シャルロット、なんか、馬に乗ってなかった?」
「のってたよ! ジェイラおねえちゃんと、エリゼオおにいちゃん!」
シャルロットがバッと振り返り、それに合わせてニノンもこちらへと顔を向ける。ニノンはシャルロットによく似た顔立ちをしていて、年齢は私と同じくらいかな、という印象を受けた。
「ごめんなさい、妹が迷惑をかけて」
「いいえ、とんでもございません」
「お姉ちゃん見つかって良かったな、シャルロット」
「うん! ありがとう、ジェイラおねえちゃん、エリゼオおにいちゃん!」
満面の笑みでお礼を言われ、私はしゃがんでシャルロットへと、こちらこそ、と返す。
「シャルロット様とお話しできて、とても楽しかったです」
「シャルロットもたのしかった! ジェイラおねえちゃん、だいすき!」
「わっ!」
言うなり抱きついてきたシャルロットを受け止める。すごく柔らかくて温かくて、私もつい抱きしめ返してしまった。
「シャルロット、おねえちゃんとまだあそびたいな」
「……ごめんなさい。私も、帰らないといけなくて」
「えぇー!」
「シャルロット、無理を言っちゃだめ」
「ニノンおねえちゃんのいじわるー!」
「なっ! もぉー……でも、本当にありがとうございました。何かお礼を……」
「お礼などけっこうですよ。仲良くしていただけて、私も嬉しかったですし」
「でも! あ、そうだ! お昼ご飯! お二人は、お昼ご飯、もう食べられましたか?」
ニノンのその質問に、私はエリゼオと目を合わせる。エリゼオが微笑んで小さく頷いたので、素直に答えることにした。
「昼食はまだです。勤務先に帰ってからの予定で……」
「それなら、ぜひうちに! 両親が食堂をしてるんです。馬も繋げますよ。お礼に一食!」
また私はエリゼオを見る。声に出して確認しなくとも、彼の答えは見て取れた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。ジェイラ、ここはせっかくだし、ごちそうされようぜ」
「……お気遣いいただき、ありがとうございます、ニノン様。お邪魔させていただきます」
「こちらこそ! 良かったね、シャルロット。二人とお昼ご飯一緒に食べられるよ」
「やったぁ! ねぇ、おにいちゃん、またおうまさんのりたい!」
「お、いいぞ〜。ニノンお姉ちゃんと乗るか?」
「私はいいですよ。今日ワンピースですし」
「シャルロット、ジェイラおねえちゃんとのりたい!」
「シャルロットォ……」
二人のやりとりにほっこりとしながら見守っていたら、ご指名ですよ、ジェイラさん、とエリゼオに言われ、思わずくすりと笑ってしまう。
シャルロットとニノンはまだ二人で言い合っていて、私はそれを見つめながら、姉妹って良いなぁ、なんて思っていた。
そんな私にエリゼオは、二人に聞こえないくらいの声で私へと話しかけてくる。
「シャルロットと話してる時のジェイラ、めちゃくちゃ優しい顔してた」
優しい顔。私が。
「やっぱり迷子は放っておけないんだな、ジェイラは」
そう言って笑うエリゼオこそ、優しい表情だ。直視するには眩しすぎる。
「今日はジェイラの良いとこばっか見られたから、本当、来て良かった。色々と楽しいしな」
「私も、楽しいです。お昼ご飯も楽しみですね」
な、とエリゼオが返してくれたところで、ニノンとの会話を途中でやめたらしきシャルロットが私へと抱きついてきた。
次こそしっかりと受け止めて、耳元で可愛らしく笑うシャルロットの声に癒やされるのだった。
シャルロットとニノンのご両親が営む食堂は、大衆食堂で、お昼から大盛況だった。ニノンがご両親にシャルロットと私達のことを説明すると、それはぜひお昼を食べていってください! とお願いされ、そのつもりだったこともあって、ありがたく申し出を受けることとなった。
シャルロットは私とエリゼオをおともだちと紹介してくれて、私はほんわかとしたのだけど……ご両親もニノンも困ったように笑っていたので、私からも、おともだちです、と言うと、再度お礼を言われて二人は厨房に戻った。
挨拶を終えて席を探すと四人がけの席が一つ空いていたのでそこに座らせてもらってシャルロットお勧めのハンバーグセットを頼んだ。エリゼオはオムライスセット、シャルロットはお父様特製のシャルロット専用ハンバーグセットだ。
座る配置は私とシャルロットが隣で、エリゼオが正面。ニノンはお手伝いをするために、店内を行ったり来たりしていた。
聞けばシャルロットは四歳、ニノンは十四歳だという。年の離れた姉妹なだけに、時々、ニノンはシャルロットといると若いお母さんですか、と訊かれて落ち込む、と教えてくれた。
ニノンはシャルロットが生まれる前から家の手伝いをしているそうで、食堂のお客さん達からたくさん声をかけられて笑っていた。シャルロットは、そんなニノンの自慢をたくさん教えてくれた。
運ばれてきた料理はどれも本当に美味しかったけれど、シャルロットがデザートのリンゴをはんぶんこしてくれて、初めてのはんぶんこはもったいなくて食べたくなかったぐらいだ。
しかし、一緒に食べよ、と言われて一緒に食べたリンゴは本当に美味しかった。そうして、三人揃って大満足で完食した。
ご飯も食べ終わった帰り際。シャルロットは、眠そうに目を擦りながらニノンに抱っこされ、お見送りしてくれている。
「今日は本当にありがとうございました。良ければまたぜひ、遊びに来てください」
「遊びに? 飯食いにじゃなくて?」
「シャルロットと遊んだ後に、うちでご飯を食べてくれれば」
「ちゃっかりしてんな」
ニノンとエリゼオの会話が弾む中で、シャルロットの手が私へと伸びる。
「ジェイラおねえちゃん……だっこ……」
立った状態での抱っこはまだ、したことがない。でも、伸ばされた両腕に自ら手を伸ばすようにして、ニノンからシャルロットを受け取り、見様見真似で抱っこしてみる。
ぎゅうと抱きついてくるシャルロットの体温が心の奥まで温めてくれるようで、私はご褒美をもらっているような気持ちになった。
「……また、きてね。つぎ……ちょうちょ……」
「はい。次は一緒にちょうちょを探しましょうね」
「やくそく……」
「はい。約束です」
「んじゃ、俺も」
エリゼオがシャルロットの頭を撫でると、シャルロットの呼吸はゆっくりとなり、完全に寝入ってしまった。
「寝てしまいました」
「もらいます。ジェイラさん、エリゼオさん、今日は本当にありがとうございました。お二人がいなかったらそれこそ私も泣いていたと思います」
「こちらこそ。シャルロット様にはたくさん素敵なお話を聞かせていただきました。ニノン様のことが大好きだと伝わってきて、すごく微笑ましかったです。お食事まで振る舞っていただき、ありがとうございました」
小声で話をしながら、私もお礼を返す。こんなに良い日になったのは、シャルロットとニノンのおかげだ。
ニノンはトントンとシャルロットの背中を叩きながら、私の言葉を聞いた。その後で、でも、と続ける。
「ごめんなさい。お仕事の合間のデート、邪魔しちゃったんじゃないですか?」
…………ん?
「いや、それは大丈夫。今日のは下見みたいなもんだったから」
「本当ですか? せっかくのお時間を邪魔しちゃったんじゃないかとヒヤヒヤしてました」
「全然。むしろシャルロットのおかげで、ジェイラの可愛いとこがいっぱい見られたし」
「うわっ。すごい惚気」
「そうか? 俺の幼馴染はもっとすごいぞ。二言目には婚約者のこと可愛い可愛い言ってる」
「え、本当ですか? 何か怖いもの見たさでちょっと見てみたいかも」
「じゃあ今度は、そいつも連れてこよう。な、ジェイラ。次はラフィクと三人で来ような」
「えっ? はい、ええ、はい」
私がカクカクと首を縦に振ると、ニノンは声を出して笑い、シャルロットが唸る。しーっと皆で顔を見合わせて小さく笑った。
「ぜひまた、お待ちしています」
「おー。起きたらシャルロットによろしくな」
「ごちそうさまでした。シャルロット様にもお礼をお伝えください。ニノン様もお忙しい中、お見送りいただきありがとうございます。どうぞ、中に入られてください」
「ありがとうございます。それじゃあ、また! シャルロットが会いたいって泣く前に来てくださいね〜!」
軽く手を振って、ニノンは店の中へと入っていった。
やっぱりちゃっかりしてんな、とはエリゼオの意見だ。
……しかしながら。二人きりになると。意識してしまうのは。しょうがないと思う。
「で、ジェイラは何でこっち見ねぇの?」
「…………少々お待ち下さい」
「照れてる?」
「あれを照れないでいられる方がいるんですか……!?」
「慣れろ慣れろ。ラフィク見てたら分かるだろ? 目の前でウン年あいつを見てたらこうなる」
「ラフィク様はミミ様と婚約者ですし……」
「婚約決まる前からあんなんだったぞ、あいつは。それにほら。早くしないと、ニノンが出てきそう」
「え? ニノン様……っ!」
プフェルトに乗る前の囁かな攻防は、窓からニノンがこちらを覗き、口元を隠して笑っている姿を視界に捉えたことで終わりを迎えた。焦る私に、ニノンはお店の中で大笑いしながら手を振ってくれた。
結局、私は首まで真っ赤にしながらプフェルトに乗って、エリゼオの両腕に囲まれて帰路につく。
帰り着いて、プフェルトから降ろしてもらったところでエリゼオに質問される。
「ところで、何にあんな照れたんだ? 可愛いってのはもう何度も聞いてるだろ?」
「……何でもありません」
「教えてくれねぇなら、延々と可愛いって言い続けるだけだけど」
「…………ニノン様に、その……デート、と思われていた、と、いうのが……なんだか……」
「あーあれか。あぁいうの、嬉しいよな」
「……………………はい」
消え入りそうな私の返事に、はは、とエリゼオは笑う。
また近々二人のとこには行こうな、と約束をして、私は先に仕事に戻らせてもらった。
そんな私の後ろ姿を見送りながら……
「……しっかし、言いたくても言えねぇってのはなかなか……」
と呟いたエリゼオの独り言は、残念ながら私には届いていなかった。




