第三十一話 小さな迷子
声の主は、小さな女の子だった。
服装からして平民の出身だろうとは思った。しかし一人でいるには幼すぎるし、姉を探して大泣きしているのだから間違いなく迷子だ。
周囲にも人はいるが、誰もその子供には近づかない。
その一人で泣いている姿と、昔の自分とを重ねたのかもしれない。
泣き続ける女の子を見過ごすなんてできず、私は早口でお嬢様へと彼女の元へ向かってもいいか確認を取った。
「お嬢様、申し訳ございません! あの、泣いている子供のところに行ってもよろしいですか?」
「……いいわ。行ってきなさい」
旦那様の命令を破ることになっても、一人にしていられなかった。お嬢様の了承をもらい、私は女の子へと駆け寄る。
「おねぇちゃーん……」
駆け寄ったところで、こんな小さな子と話したことなどないから、どうすれば泣き止ませられるかの正解もお手本も分からない。
しかし、放っておけない。
ここはもう……祖父母との思い出を引っ張り出して、祖父母がしてくれていたようにするしかない。それと、私が、してほしかったことを。
「……お姉ちゃんと、はぐれてしまいましたか?」
女の子の目の前に立った私は、すぐにしゃがんで視線を合わせた。これはいつも祖父母が、私に目線を合わせてくれていたことからだ。
女の子の頬には大粒の涙が伝っていて、ポケットからハンカチを取り出し、そっとその涙を拭った。
「……だれ?」
「ジェイラです。あなたのお名前を教えてくれますか?」
「……シャルロット」
「シャルロット様、ですね。ありがとうございます。お姉ちゃんのお名前も、教えてくれませんか?」
「ニノンおねえちゃん」
「ニノン様、ですね」
「ニノンおねえちゃん、だよ」
「ニノンおねえちゃん、ですね」
うん、と答えてくれたシャルロットは、まだ涙は止まりきっていないが、意識が私に向いたようで少しばかり落ち着いてきていた。
「どこか、痛いところはありませんか?」
「どこもいたくないよ」
その答えに怪我はしていないようなので一先ず安心する。そこからは、なるべくゆっくりとした口調を心がけてシャルロットに質問をしていく。
「シャルロット様は、ニノンおねえちゃんと一緒に、ここに来たのですか?」
「ちょうちょ、おいかけてて……そしたら、おねえちゃん、いなくなってて」
「それで一人になってしまったのですね。でも、すぐに泣き止んでお話ししてくれて、シャルロット様はすごいですね」
「……うん」
ハンカチを離した私の手を、シャルロットの小さな手が握ってくる。私も彼女を安心させたくて、両手で包むようにして手を握り返して次の行動を考えた。
シャルロットとニノンがこの噴水や花を見に来たのならここで待っていれば再会できそうだが、蝶を追いかけてきたとなると、ここが目的ではないかもしれない。
「この公園には、遊びに?」
「ううん。おさんぽ。ジェイラおねえちゃんは?」
「私は……私もシャルロット様と同じく、お散歩です」
「おんなじ?」
「おんなじ、ですね。シャルロット様はよくお散歩に来ますか?」
「うん。おうちちかいから」
「そうなのですね。たくさんお話ししてくれてありがとうございます。シャルロット様はしっかり者ですね」
「シャルロット、すごい?」
「とってもすごいです」
ここでやっと、シャルロットは笑ってくれた。それからはニノンについて教えてもらいつつ、思考を巡らせる。
散歩……となると、ニノンはここに立ち寄らないこともありえる。シャルロットを連れて、歩いて探すのは限界がありそうだし、変に歩いて行き違いになってもいけない。
そうなると、ニノンに見つけてもらいやすい場所で待つべきなのだろうけど……
こんな体験が初めてだから、思いつく選択肢が少ない。シャルロットを安心させつつ、早くニノンと会える方法はないかと考えていたところ……
「ジェイラ」
すぐ後ろに、お嬢様達がやってきていることに気づかないほど、私はシャルロットに集中してしていた。
「その子の事情は聞けた?」
そう尋ねてきたお嬢様に答えるため立ち上がると、私の足の後ろに隠れるようにしてシャルロットは私のズボンを掴む。
「はい。お姉さんと散歩に来ていたようなのですが、蝶を追いかけている内にはぐれて、迷子になってしまったようです」
「そう……それで、どうするの?」
「えっ……と、この噴水が目的ではないので、お姉さんがここに来られるかどうかが分かりません。ですが、シャル……この子を連れて歩くのも難しいので、どこかで待つべきかどうか、悩んでおりました」
またギュッと、ズボンを掴む手に力が込められたことが分かった。大人に囲まれて恐いのかもしれない。
私は少し体をずらし、シャルロットからお嬢様達が見えないようにした。
「できるならば、お姉さんを見つけてあげたいと思っているのですが……」
「ええ、それはもちろん。かまわないわよ」
私の申し出に、お嬢様はすぐに快諾した。それは何だか意外で、隣にいたエリゼオも数度瞬きをしている。
お嬢様は微笑むと、エリゼオがいる方へと首を傾けた。頭が、エリゼオの腕にあたる。
「私達はもう帰らないといけない時間だから、先に帰るわね」
お嬢様は微笑んだままエリゼオの手を離し、私の足の後ろに隠れるシャルロットと話をするためにしゃがみこんだ。
「あなたのお姉様はジェイラが探してくれるわ。だから泣かないで」
「…………ジェイラおねえちゃんが、いっしょにいてくれるの?」
「ええ、そうよ。早くお姉様に会えるといいわね」
シャルロットにそう言うと、お嬢様は立ち上がってまたエリゼオの腕に自身の腕を絡めた。
「ジェイラ、お父様には私から話をしておくわ」
「はい。ありがとうございます」
私がシャルロットの力になりたいと思ったし、ニノンが見つかるまでは帰れないとも思っていたけど。
何となく、お嬢様の口ぶりに棘があったように思うのは被害妄想甚だしいか。帰り道は一人だということだから……辻馬車か何かで帰るしかないな、と思ってそこについてはどうにでもなると頭の隅に追いやった。
お嬢様と行動を違えて、帰ってから旦那様に怒られるならそれはそれで。シャルロットを一人にして帰る方が反省も後悔もすることになるだろうことは明らかだったので、ここに残る決意を固める。
「それじゃあ、私達は帰りましょう」
お嬢様の言葉に頷いた騎士二人。けれどここで、頷かない人が、一人。
「ちょっと待ってください。ジェイラさんは、どうやって帰るんですか?」
それを訊いたのはエリゼオだ。そんな彼に、お嬢様が間髪入れずに答える。
「帰る方法なんていくらでもあるでしょう? 辻馬車を使ってもいいし、領地内だもの、歩いて帰れるわ」
「いや、さすがにそれは。邸からそこそこ距離はありますよ。それなら俺も残ります。ちょうど馬で来てますし、お姉さんを探すのも二人の方が効率良いでしょう」
エリゼオの申し出に、お嬢様は笑顔を引っ込めて、後ろに控えていた騎士の二人へと目線をやる。
「それなら、護衛のどちらかが残ればいいわ」
その言葉に一人が一歩踏み出したけれど。
「先輩方は午後からも護衛ですよね? 護衛の配置換えとなると影響大きいですよ。俺は鍛錬だし、何かあったらラフィクによろしく言ってあるんで大丈夫です。心配いりません」
笑って答えるエリゼオの後ろに、また、ラフィクの笑顔が。
いや、後ろというより、二人が肩を組んでいる幻覚まで見えてきそうだ。
「ここは俺にお任せください。その子……えーっと……」
「シャルロット様です」
「シャルロットちゃんを無事、お姉さんと再会させ、ジェイラさんとともに帰ってきますので」
そう言って、するりとお嬢様の腕から抜け出して、私の隣へとやってきたエリゼオ。そしてしゃがみこむと、シャルロットへと挨拶をする。
「シャルロットちゃん、俺はエリゼオっていうんだけど。俺も一緒にお姉ちゃんを探してもいい?」
「……ニノンおねえちゃんだよ」
「ニノンお姉ちゃんか。じゃあ、ジェイラお姉ちゃんと俺と、ニノンお姉ちゃんを探そう。あ、かっこいいお馬さんもいるぞ。後で見に行くか?」
「……行く」
「よしよし。泣かずにいて偉いな!」
シャルロットはエリゼオに頭を撫でられながらも、私の足からは離れない。しかし二人の間で話が進んでしまったので、さすがのお嬢様もこれを止めることはできなかった。
「……もういいわ。好きにして」
「お嬢様、勝手な行動をお許しいただき、ありがとうございます」
「これも領民のためだもの。当然の行動と思いましょう。帰るわ。馬車に戻るわよ」
「あ、俺達も馬の方には一旦行きます。シャルロット、お兄ちゃんが抱っこするけどいいか?」
「いいよ」
言うなり、シャルロットを抱き上げるエリゼオ。
シャルロットは、わぁ、と声を上げた後、高ーい! と喜んでいた。
「プフェルトの上に乗って歩けば、どっちからも見つけやすいと思います。公園内も馬を走らせなければ連れて行っていいみたいだから、二人が馬に乗って、俺が手綱を持って歩けば効率的かな、と」
エリゼオは私達に説明するように言ってくれて、その手があったか、と感心しながら頷いた。
「エリゼオは優しいわね」
「いえ、俺よりも、すぐに泣いてるシャルロットのところに行ったジェイラさんが優しいんですよ」
「……そう。まぁいいわ。それじゃあ馬車に向かいましょう」
私達は皆で馬車まで歩いた。
シャルロットを抱っこしているエリゼオを見て御者は不思議そうな顔をしていたが、騎士の一人が状況を説明すると、特に何を言うでもなく馬車の準備を始める。
シャルロットはプフェルトを前に、抱っこされながらも恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりと首のあたりを撫でる。プフェルトは相変わらず、大人しく撫でられていた。
「ジェイラ、帰り次第、報告をしにきなさい」
「はい、承知いたしました。お気をつけてお帰りください」
馬車の出発を見送り振り返ると……エリゼオが笑顔で私を見ていた。
「そんじゃ、探しますか。ニノンお姉ちゃん」
「はい。すぐに見つかるといいですね」
頷いた私に、シャルロットを一度降ろし、エリゼオに手を借りて私はプフェルトの上に乗る。私の足の間にシャルロットを座らせるようにすれば、わぁぁ、とシャルロットが先程より楽しそうな声を上げた。
私は行き道でエリゼオがしてくれたように、シャルロットを両腕で囲む。
「行きますよ、お嬢様方。目指すはニノンお姉ちゃん! えいえいおー!」
「えいえいおー!」
「え、えいえいおー」
エリゼオとシャルロットはいつの間にやら意気投合しており揃った掛け声を出す。私も取り残されないように真似して言うと、エリゼオが、ははは、と声を出して笑う。
「……どこかおかしかったですか?」
「言い慣れてないかんじが可愛かった」
「……」
「おにいちゃん、シャルロットは? シャルロットもかわいかった?」
「おう。めちゃくちゃ可愛かったぞー。ジェイラお姉ちゃんもそう思っただろ?」
「……はい。シャルロット様はずっと可愛らしいですよ」
「ジェイラおねえちゃんもかわいいよ。ニノンおねえちゃんもね、かわいいんだよ」
「早くお会いしたいですね。ニノンお姉ちゃんを見つけたら教えてくださいね」
「うん。わかった」
それからはシャルロットがニノンの好きなところを話すのを聞きながら、プフェルトに乗って公園を進んだ。




