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第十八話 すべて思い通り

ルシール視点



 私の人生はこれまで幸せなことばかりだった。

 皆から愛され、天使のルシールお嬢様なんて呼ばれ、褒められない日はなかった。

 私が笑えば皆が幸せになる。そう言って育てられたし、実際にこの目で見てきたものも、その通りだった。


 そしてエリゼオと出会ってからは、より一層幸せを感じる時間は増えていた。

 甘いものが好きだというエリゼオの可愛らしい一面を受け入れて、差し入れをするようになった。エリゼオのためのものだから、彼が喜んでくれないと意味ないのだけど。

 エリゼオは私の期待を裏切ることなく、私が渡した差し入れを嬉しそうに食べる。幸せいっぱいのエリゼオを見るだけで私も幸せな心地になってくるんだけどね……


 でもここ最近は、不満が溜まりつつあることを自覚している。これは、今までの私の生活ではありえないことだった。


 自分なりに分析した結果。

 こうなった原因として考えられることは、二つ。


 まず一つ目は、私が十六歳になったというのに、エリゼオが結婚に関する決定打をまだ口にしないこと。

 もういい加減、プロポーズまではいかなくても婚約者にしてほしいと言ってきて良い頃なのに。

 エリゼオってば、まだ平民気分が抜けないのかしら、と心配になる。私の伴侶になるのだから、いつまでも平民気分でいられても困るのだけど。


 きっと、ラフィクがすぐ近くにいるのも問題なのよね。彼はいかにも平民ってかんじで、貴族には生まれながらにある責任感が感じられない。いつもヘラヘラしていて、エリゼオの足を引っ張る存在となっている。


 エリゼオが私と婚約したら、ラフィクとの縁は切らせましょう。理想としては婚約前に人間関係の精算も必要だと気づいて、自分から離れてほしいところではあるけれど。

 そういう点でも、エリゼオは少しのんびりしすぎだ。かっこいいし好きだから許してあげるけど。

 本当、私って心が広いわ。



 そして、不満が溜まる原因の二つ目は、ジェイラが最近、やけに生意気になったこと。そのせいで、私の希望を叶えられないことが増えた。


 お誕生日パーティーのやりなおしもお茶会もできないなんて、最悪も最悪よ。特にお茶会ね。つまらないミスをして、私に恥をかかせて。あれは本気でクビにしようかと思ったわ。

 けれどエリゼオがあまり責めるな、なんて言うから……彼の意見を尊重してあげましょうか、と思い留まったけど。

 ジェイラからすれば、首の皮一枚で繋がったようなものなのに、本人がそれに気づいていない。これまで散々教育してきたのに……まだ手のかかる子なのね、とため息が出る。


 そんな状況で、ジェイラからすれば職も住む場所も失いかけた後だというのに、未だにあの時の挽回策を提案してこないというのも信じられない。

 いつもいつも私の指示待ちで……私が暇だとでも思っているのかしら?


 そもそも、ジェイラとは違って私はとても忙しい身なの。

 お誕生日パーティーのことだって、お茶会だって、本来ならばジェイラから提案してきても良いことなのよ。

 ジェイラはお父様の指示に従う時間もあるようだけど、私なんて次期辺境伯としての教育があって、皆の期待にだって応えないといけない。心休まる暇がないわ。



 こんな日々が続いていると一人になった時に、どうしてジェイラは最近、生意気になったのかと考えるようになった。


 出会った時のような困って泣きそうな様子とも違う。その後の私に従いながらも時折困惑するようなものとも、違う。

 完全に……私に歯向かうような態度は初めてのもので、お父様からの命令に従っているのとも……違う気がする。


 何が、ジェイラをそうさせているの?

 私の幸せを無視してまで、ジェイラを動かすものは何?


 考えて考えて……ある時ふと思い出したのは。

 見たことのなかった、ジェイラの表情。


 つまらない表情しかしなくなったジェイラが、どこか目を見張って喜びを含んでいるような気配をまとっていた。それは……入団式で、エリゼオが微笑んだ時。


 まさかジェイラは、未だにエリゼオの笑みが自分に向けられていたと思っているの? それで、その淡い期待から私に反発している……とか?


 それはまるで、ジェイラからエリゼオに向ける密やかな恋心のようなものではないかと思った。


 なんとも馬鹿馬鹿しい考えだ。

 でも、そうとしか考えられなくなる。


 恋は、人を変える。

 もしもジェイラがあの瞬間にエリゼオに恋をしていて、それが原因で私に歯向かっているならば。


 それは、なんて。


 なんて健気で……愚かなのだろう。

 叶わない想いをいつまでも抱き続けるなんて。そしてその気持ちに、衝動的に動かされるなんて……!


 ……本当に、ジェイラは手のかかる子供だ。


 普通なら。

 私がいる状況で、あんな笑みを自分が向けられるなんて思いはしない。それこそあんな場面、他家とのお茶会で何度も何度もあったはず。


 それなのに、ジェイラはエリゼオにだけは、想いを残している。だから私に反発する。


 そんなジェイラの姿は、まるで私を恋敵と思っているかのよう。

 主人と使用人としたら、そんなことあってはならないことなのに。ありえないことなのに。


 この状況で手のかからないというならば、この世は何でもかんでも思う通りに行き過ぎる。なんとも退屈で、面白みのない世界だと思う。


 けれどそうはならないのは……

 やっぱり、ジェイラがいるから。



 ジェイラが私のそばにいるのは、私を退屈させないため。

 これも一つの、運命なのかもしれない。



 そこまで考えて、私は一息つく。

 これまでの情報を整理して、今後、自分は何をすべきなのかという方向に思考を切り替える。


 最終地点は、エリゼオとの結婚。

 これは婚約でもいいけれど、どちらにせよ、そこにたどり着くまでをどうするか。


 私の前には一本道があるだけのはずなのに。横から現れるのは、自身を私の恋敵のように思っているジェイラ。


 恋に好敵手(ライバル)はつきものだし、それがあるからこそ盛り上がり、お互いを意識し始めるのだけど。

 ジェイラを私の恋の好敵手と呼ぶには、あまりにも頼りない。だって私とジェイラには、はっきりとした優劣がある。


 それでは結局……私の前にある道は、どこか退屈にうつる。


 そうではない。私がほしいのは、確実ながらも退屈しない毎日。


 これを実現するために、どうすればいいのかしばらく思案して……

 思いついたのは、ここは直接的に、しばらくジェイラの思うようにさせてあげてみるのがいいのかも、という結論に至った。


 どうせ現れるのならば、ジェイラの思うようにさせればいい。

 そうしてその先々で、ジェイラ自身が私には敵わないことを悟り、認め、自分の気持にもちゃんと区切りをつけられることが理想。


 そうすれば、私は何の憂いなく、皆が望む私になるわ。

 真っ直ぐな道の先、待つのはエリゼオ。

 横にいるジェイラも正しくその立場を弁え、私を祝福する。


 これこそが、皆の望む未来。

 私の歩む道。


 自分一人で考えたことながら、これはもう、辺境伯領にいる皆の描く正解の道にすら思えた。


 私は正しい。

 私が望む未来こそが、あるべき姿。


 だから……ジェイラには正しき成長と失恋を。

 ジェイラが泣くのなら、私がその涙を拭いてあげましょう。

 そしてまた、この腕で抱きしめて、私のそばにいなさいと言うの。そうすれば皆が笑う。ジェイラも笑う。



 素晴らしい結論にたどりつけたことに満足して、私はその夜、久しぶりに穏やかな気持ちで眠ることができた。



「ジェイラ、エリゼオに恋をしなさい」


 あからさまに困惑しているジェイラがおかしくて、私はクスクスと笑った。まさかジェイラが、自身の気持ちを自覚していなかっただなんて。


 けれどそれと同時に納得もした。

 やはりジェイラはジェイラだった。

 私からの言葉がないと何もできない。もう……本当に手のかかる子。まるで子供だ。

 でも今は少しだけ、そんなところが可愛らしく思った。


 これからまた、私がジェイラを育ててあげましょう。

 恋を自覚して少し大人になる中で、今一度自分の立場を見つめ直して、私の侍女としてどうあるべきか考える機会になるといいわ。


 そういう考えから話を進めていたのだけど、なんと途中、ジェイラは私か予想していなかった質問をしてきた。


「……お嬢様、一点、お訊きしてもよろしいですか?」

「ええ、良いわよ」

「もしも……もしも私がエリゼオ様を思って行動を起こした場合、私はお嬢様からお叱りを受けないと考えてよろしいですか? それこそ、お嬢様が先程おっしゃられたように、クビになるようなことはない、という認識でかまいませんか?」


 エリゼオは優しいから、ジェイラを無碍には扱わないでしょう。でもそれはあくまで主人と侍女という関係が未来に待ち受けているから。

 ジェイラがエリゼオを好きになって行動することは、エリゼオにとっては迷惑になる部分もあるかもしれない。そこは私のがフォローをしてあげればいいわ。


 今は、ジェイラに思う存分させてあげなきゃね。

 それが私の未来の幸せに繋がるのだから。


「ジェイラがエリゼオを好きになって行動をするなら、私にとっても良いことじゃない。むしろ私はそうしてほしいと思って言ってるのよ? 怒ることなんてあるはずないわ」


 ジェイラに多くは望まないわ。

 できることをしなさい。それでスッキリするならそれが一番。


 だって迎える結末は決まっている。


「これから頑張りなさいね、ジェイラ」

「承知いたしました」


 さて、これでこっちの準備は整ったわ。


 ジェイラの初恋は叶わないけれど、それはしょうがないことなの。

 最終的にジェイラが失恋をしても、私はジェイラをちゃんと雇い続けてあげる。外に出ても、ジェイラは何もできないしね。


 ジェイラも、私のような寛大な主人のもとで働けて本当に幸せ者だともっと自覚すべきなのだけど。ジェイラは鈍感だから、気長に待つとするわ。

 とりあえずは、明日からジェイラがどんな働きを見せてくれるのか楽しみにして、私は気分良くジェイラとの話を終えた。



 その日の夕食後だった。

 護衛についている騎士二人からの熱い視線に気づいた私は、そっと騎士達を見る。

 彼らはいつもエリゼオの後押しするような声をかけていた者達だ。私が何かを言ったわけではないが、そのような行動を取る者は褒めておこうと思った。


 だから普段だったら軽く一言二言で終わるところを、わざわざ名を呼んで、声をかけてあげた。

 私の呼びかけにさらに背筋を伸ばして返事をした彼らは、私が目を合わせて微笑むと、頬を朱に染めて見つめ返してくる。


「お疲れ様、いつもありがとう。あなた達のおかげで、私は安心して過ごせているわ」

「もったいないお言葉です。ルシールお嬢様の幸せを心から願っております」

「私もあなた達に支えられるばかりじゃなくて、次期辺境伯としてしっかりしなくては、と思うのよ」

「ルシールお嬢様はいつも努力をされ、我々はその姿を見て、士気を高めております」

「まぁ、嬉しいわ。ありがとう。これからもよろしくね」

「はい。我が命に代えても、必ずやお嬢様をお守りいたします」


 彼らからは私を敬っているということがよく伝わってきた。ジェイラとのこともあってとても気分の良かった私は、部屋の前までついてきた二人を中へと招待し、特別な話を聞かせてあげることにした。


「ねぇ……お願いがあるのだけど」

「はい。何なりとお申し付けください」

「……実はね、ジェイラから相談をされたの。エリゼオを好きになってしまった、と」

「……それは……!」


 私の言葉に、不愉快だというように眉間に皺を寄せた二人。

 けれど私は彼らに向かってにこりと笑ってみせる。


「私はね、素晴らしいことだと思うの。相手は誰であれ、ジェイラが恋心を知ったのだもの。微笑ましい、と言うべきかしら。ジェイラも成長したのね、と思ったわ」


 まだ不快さをあらわにしている二人の片手ずつを取り、そっと握った。ガチガチに固まった手がおかしかったけど、笑わずにいてあげる。


「私もね、恋をしたら世界が変わったわ。何をするにも楽しくて、輝いて見えた。だからジェイラにも、その気持はもう少し経験させてあげたい。そのぐらいの寛容さはあるつもりよ?」


 ちょっと戯けてみせると、騎士は二人とも小さく首を横に振る。そして一人が口を開く。


「なんとも寛大なご決断です。本来ならば許されることではありません」

「そうかもしれないわね。でも、私とジェイラの仲だもの。ジェイラも勇気を出して私に言ってきたと思うから、尊重してあげなくちゃ」

「……我々は、どのように対応いたしましょう」

「そうね……もしもジェイラがエリゼオに話しかけたりしていても、見守ってあげてほしいわ」

「ですが……あの者は昔からルシールお嬢様のお手を煩わせることばかりをしてきたと聞き及んでおります。そのように自由を許されてはまた過去のように、お嬢様に迷惑をかけることにはなりませんか?」


 苦悶の表情と言えばいいだろうか。

 苦しそうに眉を寄せ、二人は私を見つめる。私はより穏やかに聞こえるようにゆったりとした口調へと変えて、彼らに語りかける。


「いいのよ、迷惑をかけられても。それを受け入れるのも主人の役目だもの。それに、ジェイラとしても周りから止められて不完全燃焼で終わってしまったら、いつまでも引きずってしまうかもしれないでしょう?」

「ルシールお嬢様……」

「やれるだけのことはやって、それが叶わないなら諦めがつくわ。その時に私はジェイラを抱きしめてあげたいの。良く頑張ったわね、って。だからお願い。ジェイラを止めないであげて」


 私のお願いに二人は片膝をついた。その目は完全に私を主として敬う瞳をしていた。


「我々は常に、ルシールお嬢様の幸せを願っております」

「お嬢様が望まれることならば、必ずやその通りにいたしましょう」

「ありがとう。騎士団内でも認知させておいてくれるかしら? あ、けれどお父様とエリゼオの耳には入らないようにね。エリゼオが知ってしまう可能性がある者には言わなくてもいいわ。そこの裁量は貴方達に任せるから」

「はい!」


 やる気に満ちた返事に、とうとう地盤が固まったと確信した。これでもう、私の未来が揺らぐことはない。

 騎士達を部屋から見送り、私はベッドへと横になった。


「……早くエリゼオが手に入らないかしら」


 こんなにも恋い焦がれているというのに。

 エリゼオだけはなかなか手に入らない。もしかすると、それが楽しいのかもしれないけれど。


 私の思い描いた通りにならない未来なんてない。

 それが普通で、当たり前なのだから。



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