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55話 死の臭いをくぐり抜けろ!

 夢を見た。

 といってもさほど特別なものでない、つい最近いつも通り俺がパーティーのめしを作っているときの夢だ。

 俺が煮こんだ鍋を見ているとき、エルフィリアが来た。


 「やあ、おいしそうですねシーザ」


 「悪い、いま話しかけるな」


 「シーザ?」


 怪訝そうなエルフィリアにかまわず、俺は全力で鍋に集中する。

 やがて音と匂いが”その時”が来たことを告げる。


 「今だ!」


 俺はすばやく塩を鍋に入れ、軽くかき混ぜる。

 理想通りの匂いになったことに安堵し、一息入れた。


 「ふう、悪かったなエルフィリア。ちょうど山場だったんでな」


 「な、何だったんですの今の早業は? 何かすごい事をやったようですが、意味が分かりません」


 「具材がもっといい感じに塩を吸う瞬間をはかって入れたのさ。これに成功するとかすかな”甘み”が出せるんだが、このタイミングは俺でも難しいんで、全力で感覚をませなきゃならないのさ」


 「そういうものですか。わたしには鍋の様子なんてずっと変わらないように見えますが」


 エルフィリアはしばらく鍋を見ていたが、おもむろに言った。


 「シーザ。もしこの先困難な局面に出会ったときには、スキルは【洗濯】の方ではなく【料理】の方を頼りなさい」


 「は? なんで?」


 「スキルは力はどれだけ習熟したかで効果は大きく変わります。わたしの見た所、シーザのスキル【料理+プラス】はそうとうのレベルです」


 「まぁ、ガキの頃から料理はまかされてきたからな。しかし困難って戦闘しなきゃなんない時だろ? 料理スキルが役に立つかねぇ」


 「まぁ頭のスミにでも覚えておきなさい。困難なときには”料理”を思い出すことを」―――



 ◇ ◇ ◇


 強烈な”臭い”がした。

 まるで不快感を煮詰めたような、強烈なむせ返る”臭い”だ。

 高速で迫ってくる臭いの元に、俺は反射的に体をそらして避ける。

 それは避けても避けても何度も襲ってきて、俺はそのたびに体を捻って避けた。

 それはやがて止まった。


 「バカな……死に体のきさまが、なぜオレ様の拳を避けられる!?」


 気がつくと、目の前にはジャウギの凶悪な顔があった。

 そうか、俺はいまジャウギと相対してるんだったな。

 夢の中で鍋を作ってたんで、スキル【料理+プラス】が発動して鼻が効いていたらしい。

 おそらくさっきの強烈な臭いは”死の臭い”だろう。


 「『困難に出会ったなら”料理スキル”の方を頼れ』か」


 たしかにエルフィリアは俺の女神らしい。

 夢で俺を助けに来てくれるんだからな。

 おっと、ジャウギが目の前にいる。


 「申し訳ありませんジャウギ殿下。あまりに退屈でぐうぐう眠ってしまったようです。さて、これで終わりですかな?」


 こんな身の程知らずのイキリも、奴の心をくじくためにはやらなきゃならない。

 こんな曲芸、どれだけもつかわからんのに。


 「ぬわぁにい!? オレ様の拳が遅いだとぉ!!! 許せん、くらえ!!」


 ジャウギはさらに無数の拳を繰り出してきた。

 それを”臭い”だけをたよりに避ける避ける避ける!


 「ぐおおおおおッ、おのれおのれおのれええ!!」


 まだスピードを上げるのか!?

 こっちはとっくに息をする間さえないってのに!

 糞ッ、ダメだ! 息がもたない…………



 ――ドサッ


 あれ?

 いきなり”死の臭い”が跡形もなく消えた。

 目を開いてみてみると、そこにはジャウギが倒れていた。


 「ハァハァ……」


 そうか。避ける俺が息ができなかったということは、ジャウギも同様に息をしていなかった。

 あれだけ長く息をしていなかったなら、こうなるのも当然か。



 ドサリ……


 俺も力尽きて地面に腰をついた。


 「ヤバかった。事前じゃ余裕だと思ってたのに、こんなにヤバくなっちまうとはな。それでも勝てた。いまだに自分が信じられねぇ……」


 「本当です。まさか、あの高速の拳撃をすべて避けるとは」


 後ろの声に振りかえると、そこにいつの間にかエルフィリアがいた。


 「いたのか。何でこんな近くに?」


 「【シャボン・バリアー】が破れたとき、割って入ろうと思い二人の死角から近寄りました。ですが、あの状態からすべての拳撃を回避するとは。どこかで回避スキルでも身につけましたか?」


 俺は鼻をチョンチョンと指した。


 「料理スキルのおかげで、いつの間にか鼻が効くようになってた。ジャウギから迫る”死の臭い”から逃げてたら回避できたよ」


 「熟成したスキルは思いもよらない効果を発揮すると聞いたことはありますが。そういえば前に『危うくなったら【料理スキル】の方を頼りなさい』と言ったことがありましたね」


 「それを思い出したおかげで助かった。やっぱエルフィリアはすごいな」


 「すごくなんかありません。今回は事前の策が破れて、シーザを絶体絶命にまで追い込んでしまいましたし。あら、彼らが来ましたわ」


 見ると、スキード・ワゴンら三人とクージーQキューが近寄ってきた。


 「たいしたもんじゃのう、ジャウギ殿下のS級戦闘スキルを凌ぐとは」


 しかしスキードは俺よりエルフィリアの方を興味深そうに見た。


 「ところでお嬢ちゃん、ワシらすら気づかんうちにジャウギ殿下に近寄ったが、何をするつもりだったのかの?」


 「さぁ。兄が心配で思わず来てしまっただけなので、何も考えておりませんでしたわ」


 「ふうむ。お前さん、どうにもただの小娘とは思えんのう。まぁ、いずれ知れるじゃろう。アムドウル、ポルマレフ。ジャウギ殿下を運んでくれ」


 「はい。ジャウギ殿下も、これで少しは行いを謹んでいただけたら良いのですが」


 「かえって狂暴になっちまうかもしれねぇがな。シーザ、何かあったら言えよ」


 三人がジャウギを運んで行ってしまうのを、俺とエルフィリア、クージーQキューは黙ってみていた。

 そういや今日の夕飯、下ごしらえだけしてウサウサに任せちまったけど、大丈夫かな。



 

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