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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第3章 神の設計図を書き変える能力
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22話 賭け

 今日は雫も隼人一緒に朝の運動に行くことにした。

体力をつけなければならないのは雫も変わりない。


 昨夜のことがよぎり、何となくぎこちない隼人に対して、雫はいつものような淡々とした表情でランニングしている。

本当に昨日のことは夢だったのではないかと思うほどである。


「そこを右ね」


隼人は走りながら目の前の分かれ道を指し示した。


「そうすればもうすぐ公園に着く」


雫は呼吸を崩さないよう、何も言わずに頷く。


 公園に着いた2人は、手始めに鉄棒を用いた筋トレを行った。

隼人がやり方を説明してから一緒に懸垂を始める。

隼人の想定では雫が先に限界に達したところで自分も一緒に止めるはずだったのだが、今の状況は雫の全く変わらないペースに隼人が辛うじてついていくというものであった。


 その細身な体つきからは全く想像できない力に勝てなかった隼人は、全く力の入らない手から鉄棒がするりと抜けるように離れていくと、ドシッと地面に尻餅をついた。


「あ、いたーっ……」


「隼人、もう限界……?」


見下すのではなく、本当に心から不思議そうな表情で隼人を見る雫。

このとき隼人には分かった。

雫は勉強も運動も全て当たり前にようにできるのだ。

本人には「努力する」という意識はなく、「やればできてしまう」というタイプ。


 日ノ谷高校に通う多くが勉強も運動もできるが、その背後には血のにじむような努力がある場合がほとんである。

皆それを表には出さないだけである。

ついさっきまでは雫もその内の1人だと思っていた。

おそらくこれからの訓練で、どんどん雫との差が開くかもしれない。


(これじゃあ雫を守るどころか、自分が守られる側に……)


 隼人は心のどこかで雫を守りたいという想いがあった。

訓練を積んで、雫や友達を守れる力を身に付けるのだと決めていた。


(嘆いてもしょうがない。俺はもっと努力するだけのことだ)


立ち上がりながら雫の目を真っすぐ見た。



「――雫、今の俺は君を守れるような力はない。だけど必ず、きっと強くなるから……。必ず雫を守って見せる――だから、これからも一緒に訓練、よろしくな!」



清々しい隼人の表情に、雫は静かな微笑(ほほえ)みを返す。


「うん、きっとね」


自分の言ったことに恥ずかしさが時間をおいて襲ってきた隼人は、次にトレーニングに移った。


 このあとのトレーニングも全て雫のペースにどうにか合わせた。

家に戻ったときには既に隼人はふらふらだった。


「まぁ、どうしたの!?」


桜は隼人の姿を見て驚いた。

雫に支えられ、水を浴びたかのように汗で濡れている隼人に、風呂へ行くよう促した。


「雫ちゃんには悪いけど、隼人が浴びるまで待ってもらうわね」


「はい、私は全然問題ないので、気にしないでください」


「もう雫ちゃんに抱えられながら帰って来るなんて、本当だらしないわねぇ」


 2人とも制服に着替えて準備が整うと、学校へ向かった。

体中の力が入らない隼人にとって、郊外付近の混まない電車に乗れるのは好都合だった。

座席に座ろうとすると、思ったよりドスンと大きな音を立てた。


(いやぁ今朝のトレーニングはだいぶ体にきたな……)


電車が出発すると、その揺れが良い具合が隼人の眠気を誘う。

外の寒さと対照的な電車の中の温かさが、頭をぼーっとさせ、いつの間にか眠ってしまった。


「……ねぇっ。起きて、起きてってば!」


ぽんぽんと体を叩かれる感覚に目を開ける。

視界がだんだんとクリアになってくると、そこには既に多くの乗客がいた。


「次に駅で乗り換えなきゃ」


雫の声が近くで聞こえる。

そして顔の右側が心地よい。


(――!?)


隼人は雫の肩にもたれかかるように寝ていたことに気付く。


「あ、ごめん」


そう言いながら、ばっと頭を起こす。

心なしか乗客の視線を感じる。

雫もさすがに顔を赤くしている。


(早く次の駅に着け……)


 桜の家から乗り換えるまでに比べれば、乗り換た後は短かった。

高校に向かう途中で、放課後の訓練の話をした。

と言っても、あからさまに話す訳にはいかないので、「雫が桜と自分の家のどちらに帰るか」程度の話をするのだ。

水曜日はバドミントン部も弓道部も活動日だった。


「今日は私も部活あるし、ひとまず今日は自分の家に帰るわ。それよりも……」


雫は少し考えた。


「黒崎君……どうする?」


聖也に自分たちの秘密を打ち明けて仲間に加わってもらうか、という意味である。

これは賭けでもあった。

もし聖也がそれを聞いて通報したら自分たちは捕まり、最悪の場合は処刑される。

しかし隼人には聖也が自分たちの味方になると信じていた。


「それは心配しなくていい。俺が今日話すよ」


 2人が教室に着くとクラス中の視線がこちらに向いた。

雫は何も言わずに自分の席に着く。

隼人も自分の席に向かおうとしたとき、がしっと首に重みがかかる。


「よぉー隼人ー!」


聖也の腕が隼人の首を捉えたのである。


「なぁーちょっとこっち来てくれよ」


そう言いながら生徒の少ない場所に連れてこられた。


「で、どうなんだ?」


「ん?どうなんだって?」


「天音さんのことに決まってるじゃん!昨日一緒に帰ったんだろ?噂になってるぜ?2人が付き合ってるって」


 隼人は訓練のことですっかり忘れていた昨日の出来事を思い出した。

雫を呼び止めて、しかも一緒に帰るところを見られていたのだ。


「確かに2人で帰ったけど、付き合ってるとかじゃないよ!えっと……あ、そうそう俺のおばあちゃんが雫のこと知っててさ……」


「本当か……?高校生の男女が2人で一緒に帰るなんて、付き合ってる以外ありえないんだが?」


さすがに誤魔化すのは難しいようだった。

どちらにせよ、聖也には<創造者の血を引き継ぐ者>であることを話すのだ。


「……分かったよ。そのこと話すから、今日部活終わってから話せる?」


隼人は真剣な顔をした。

自分たちの秘密を打ち明ける決意の顔である。


「お、おう……なんか隼人がそんな風に言うのも珍しいな。うん、わかった。じゃあ部活終わったら校門な」


 授業が終わると、聖也が隼人に声をかけてきた。


「じゃあ、またあとでな」


こういう時の聖也の表情は柔らかい。

隼人は揺るぎない信頼を聖也の中に見る。



***



 体育館に着くなり紗那が聖也のもとにスタスタと近寄ってきた。


「赤羽先輩!」


どこか怒っているようにも見える。


「おう、どうしたの……?」


紗那は少しの間を置いてから、視線を隼人に戻す。


「赤羽先輩は天音先輩という人と付き合ってるんですか?」


あの噂は紗那の耳にまで届いていたようだ。

隼人はできるだけ落ち着きを保って説得を試みる。


「それのことなら、噂だよ。天音さんとは何にもないから」


「雫」と言わずに「天音さん」と言えたことは隼人の成長した部分である。

確かに一緒に家に帰ったが、それは祖母の桜と雫が知り合いだから、ということにした。

聖也には通じなかった手だが、どうにかそれで納得してもらうしかない。


「本当ですかねぇ……」


隼人はずっと作り笑いをすることしかできなかった。

ほうと息を吐いた紗那。


「それなら大事な話がしたいんですけど、今度の金曜に、さなの家に来てくれませんか?」


突然女の子の家に招かれるのは2回目である。

が、それでも動揺してしまう。


「えっと……」


「誰にも聞かれたくないんです。それに今度の金曜は両親とも仕事で帰りが遅いので」


「……分かった。じゃあ明後日の部活の後に行くよ」

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