14話 告白
池袋駅は人で溢れてかえっていた。
その中から雫を探すのは、なかなかに骨が折れる。
「赤羽君」
隼人の腕をつんと突く者があり、そちらに顔を向けると私服姿の雫が目に入る。
ずっと制服の人ばかりに気をとられていた隼人は、近付いてくる雫に気付かなった。
落ち着いた色のワンピースは、派手とは全くかけ離れたものだったが、どこか目を惹かれるものがある。
「あ……えっと、まさか私服だとは思わなくて……」
隼人は雫を見つけられなかった言い訳をする。
教室でずっと自分を睨んでいた――そしてそれが<魔女>の子に対する嫌悪であると思っている――雫に対する委縮がそうさせた。
しかし隼人の心配とは裏腹に、雫は全くそのことを気にしていない様子だった。
それどころか、雫の顔には緊張があった。
「突然呼び立ててごめんなさい。ちょっと今から私の家に来てくれる?」
隼人は驚きを隠せなかった。
もし自分を<魔女>の子だと思っているなら、全くあり得ない発言である。
(天音さんは別に俺を<魔女>の子だとは思っていないのかもしれない)
今まで張っていた気持ちが緩むのが分かった。
それと同時に別の意味の緊張が芽生える。
「今から天音さんの家に?ご両親は大丈夫なの?」
異性の家に赴くなど全く経験したことがない。
見ず知らずの同級生がいきなり家に上がりこんで来たら、親はどう思うであろうか。
しかも「男が」である。
「大丈夫よ。私、一人暮らしだから」
隼人は返す言葉が見つからなかった。
日ノ谷高校の生徒の多くは都心近くに住んでいたため、親と一緒に暮らしている場合がほとんである。
まれに一人暮らしをしている生徒もいたが、それは実家が都心から離れていて、高校に通うのに時間がかかるから、という理由であった。
しかし雫は池袋から歩いていけるような場所に住んでいる。
それにも関わらず、一人暮らしであるというのは何か事情があるのだろう。
雫は隼人の表情から、何を考えているのかを察した。
「詳しいことは後で話すわ。ひとまず家に向かうわよ」
そう言うと雫は速足で歩き始めた。
大通りには様々な店が立ち並んでいたが、多くは居酒屋や喫茶店であった。
特に週末だからか、居酒屋はどこも空席がない。
しかし酔っ払ってふらふらな人は全く見当たらなかった。
個人に提供されているMiKOの能力のおかげで、自分に適した酒の量が計算できる。
この技術は、健康管理のために利用している人がほとんどだったが、結果的に酒がらみの事件というのも、その数を減らしたのだ。
隼人は雫の斜め後方から付いて歩く。
会話はほとんどなかった。
池袋にある大きな本屋に、よく物理の本を買いに来ていたので、ここらへんの地理にもある程度詳しかったのだが、雫の行く先は全く行ったこともない地域であった。
おそらく雫の家の最寄りの駅は池袋ではないが、待ち合わせの場所としてそこを指定したのだと、隼人は考えた。
しばらくすると、雫は小さなマンションの前で足を止めた。
「ここよ」
雫は隼人の方を振り返ってから中に入る。
入口の生体認証を終えるとエレベーターで3階に上がり、「天音」という表札のあるドアの前で、先ほどと同じ要領で生体認証を行った。
ガチャリというロックが解除される音と共に、雫はドアを開けた。
家に入るとぱっと明かりが点灯した。
雫の肩越しに家の内部が見える。
狭い廊下の脇にはいくつかのドアがあり、その行き当たった場所に広めの――と言っても、一人暮らしにとってはという意味だが――部屋が見えた。
隼人は脱いだ靴を丁寧に並べた。
玄関を上がると、女子を思わせる匂いを意識せずにはいられなかった。
胸の鼓動がいつもより大きく感じられる。
隼人はなんとなく見てはいけないものでもあるような気がして、必要以上にはきょろきょろと周囲を見渡さないことにした。
雫に案内された洗面所で手を洗った隼人は、誘導されるままに丸いテーブル近くの椅子に座った。
その間に雫はコップを2つ用意して、冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出した。
「今はこれしかないの」
順にそれをコップに注ぐと、雫も椅子に座った。
それからゆっくりと口を湿らす。
隼人にはそれが少し色っぽく見えた。
もともと容姿の整っている印象はあったが、改めてこうして間近で見ると、その魅力がはっきりと隼人しに浸透してゆく。
雫はしばらくうつむいていた。
何か考えごとをしている。
「それで今日はどうしたの?」
恐る恐る聞くと、雫は隼人の方に真剣な眼差しを向けた。
それから手元のお茶に目を落としながら口を切る。
「事件のことなんだけど……」
事件絡みだろうと予想はしていたが、なぜ家に呼ばれたのかは分からなかった。
「こんなことは不躾に聞くものではないと思うんだけど、赤羽君のご両親は本当に<魔女>ではないのね?」
隼人は少し顔を歪めた。
クラスメイトの信用は得たが、それは隼人自身に対するものであって、処刑された両親への疑いや嫌悪までが晴れた訳ではない。
今の時代はそれは当然のことであった。
「すぐには信じてもらえないかもしれないけど、俺の親は<魔女>じゃないよ」
くどくどと弁明する気はなかった。
自分の主張で「はい、そうですか」と、納得してもらえるはずもない。
雫は少しの間をおいてから麦茶を一口飲み、自分を落ち着かせるかのようにふぅと一呼吸した。
「ねぇ、赤羽君って<創造者の血を引き継ぐ者>じゃない?」
隼人は自分の鼓動が速く、そして大きくなるのが分かった。
なぜ雫の口からその単語が出て来るのか、事件とそれがどういう関係にあるのか、全く見当がつかない。
今自分はどう返答するのが正解なのか、打ち明けてもよいのか、それともそんなのは知らないと言うべきなのか、様々な思考が隼人の頭を駆け巡る。
「はぁ……その様子じゃ、図星のようね」
雫が吐息混じりに言った。
もう何を言ったところで誤魔化すことはできないと悟った隼人は、正直に打ち明けることにした。
「うん……その通りだよ」
「やっぱり……」
雫はぽつりと呟いた。
「でもどうして、天音さんはそのことを知っているの?」
「あくまで推測でしかなかったんだけど……赤羽君の両親が<魔女>でないならもしかしてと思ったの」
隼人には雫の言っていることが分からなかった。
正確に言うと、雫の論理が分からない。
なぜこうも事実を見抜けたのか。
しかし次の言葉を聞いて、それらは全て吹き飛んだ。
「実はね……私も<創造者の血を引き継ぐ者>なの。そして……私の祖父は、宮松大河よ」