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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第2章 知らなかった世界
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14話 告白

 池袋駅は人で溢れてかえっていた。

その中から雫を探すのは、なかなかに骨が折れる。


「赤羽君」


隼人の腕をつんと突く者があり、そちらに顔を向けると私服姿の雫が目に入る。

ずっと制服の人ばかりに気をとられていた隼人は、近付いてくる雫に気付かなった。

落ち着いた色のワンピースは、派手とは全くかけ離れたものだったが、どこか目を惹かれるものがある。


「あ……えっと、まさか私服だとは思わなくて……」


隼人は雫を見つけられなかった言い訳をする。

教室でずっと自分を睨んでいた――そしてそれが<魔女>の子に対する嫌悪であると思っている――雫に対する委縮がそうさせた。


 しかし隼人の心配とは裏腹に、雫は全くそのことを気にしていない様子だった。

それどころか、雫の顔には緊張があった。


「突然呼び立ててごめんなさい。ちょっと今から私の家に来てくれる?」


隼人は驚きを隠せなかった。

もし自分を<魔女>の子だと思っているなら、全くあり得ない発言である。


(天音さんは別に俺を<魔女>の子だとは思っていないのかもしれない)


今まで張っていた気持ちが緩むのが分かった。

それと同時に別の意味の緊張が芽生える。


「今から天音さんの家に?ご両親は大丈夫なの?」


異性の家に(おもむ)くなど全く経験したことがない。

見ず知らずの同級生がいきなり家に上がりこんで来たら、親はどう思うであろうか。

しかも「男が」である。


「大丈夫よ。私、一人暮らしだから」


 隼人は返す言葉が見つからなかった。

日ノ谷高校の生徒の多くは都心近くに住んでいたため、親と一緒に暮らしている場合がほとんである。

まれに一人暮らしをしている生徒もいたが、それは実家が都心から離れていて、高校に通うのに時間がかかるから、という理由であった。

しかし雫は池袋から歩いていけるような場所に住んでいる。

それにも関わらず、一人暮らしであるというのは何か事情があるのだろう。


 雫は隼人の表情から、何を考えているのかを察した。


「詳しいことは後で話すわ。ひとまず家に向かうわよ」


そう言うと雫は速足で歩き始めた。


 大通りには様々な店が立ち並んでいたが、多くは居酒屋や喫茶店であった。

特に週末だからか、居酒屋はどこも空席がない。

しかし酔っ払ってふらふらな人は全く見当たらなかった。

個人に提供されているMiKOの能力のおかげで、自分に適した酒の量が計算できる。

この技術は、健康管理のために利用している人がほとんどだったが、結果的に酒がらみの事件というのも、その数を減らしたのだ。


 隼人は雫の斜め後方から付いて歩く。

会話はほとんどなかった。

池袋にある大きな本屋に、よく物理の本を買いに来ていたので、ここらへんの地理にもある程度詳しかったのだが、雫の行く先は全く行ったこともない地域であった。

おそらく雫の家の最寄りの駅は池袋ではないが、待ち合わせの場所としてそこを指定したのだと、隼人は考えた。


 しばらくすると、雫は小さなマンションの前で足を止めた。


「ここよ」


雫は隼人の方を振り返ってから中に入る。

入口の生体認証を終えるとエレベーターで3階に上がり、「天音」という表札のあるドアの前で、先ほどと同じ要領で生体認証を行った。


 ガチャリというロックが解除される音と共に、雫はドアを開けた。

家に入るとぱっと明かりが点灯した。

雫の肩越しに家の内部が見える。

狭い廊下の脇にはいくつかのドアがあり、その行き当たった場所に広めの――と言っても、一人暮らしにとってはという意味だが――部屋が見えた。


 隼人は脱いだ靴を丁寧に並べた。

玄関を上がると、女子を思わせる匂いを意識せずにはいられなかった。

胸の鼓動がいつもより大きく感じられる。

隼人はなんとなく見てはいけないものでもあるような気がして、必要以上にはきょろきょろと周囲を見渡さないことにした。


 雫に案内された洗面所で手を洗った隼人は、誘導されるままに丸いテーブル近くの椅子に座った。

その間に雫はコップを2つ用意して、冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出した。


「今はこれしかないの」


順にそれをコップに注ぐと、雫も椅子に座った。

それからゆっくりと口を湿らす。

隼人にはそれが少し色っぽく見えた。

もともと容姿の整っている印象はあったが、改めてこうして間近で見ると、その魅力がはっきりと隼人しに浸透してゆく。


 雫はしばらくうつむいていた。

何か考えごとをしている。


「それで今日はどうしたの?」


恐る恐る聞くと、雫は隼人の方に真剣な眼差しを向けた。

それから手元のお茶に目を落としながら口を切る。


「事件のことなんだけど……」


事件絡みだろうと予想はしていたが、なぜ家に呼ばれたのかは分からなかった。


「こんなことは不躾(ぶしつけ)に聞くものではないと思うんだけど、赤羽君のご両親は本当に<魔女>ではないのね?」


隼人は少し顔を歪めた。

クラスメイトの信用は得たが、それは隼人自身に対するものであって、処刑された両親への疑いや嫌悪までが晴れた訳ではない。

今の時代はそれは当然のことであった。


「すぐには信じてもらえないかもしれないけど、俺の親は<魔女>じゃないよ」


くどくどと弁明する気はなかった。

自分の主張で「はい、そうですか」と、納得してもらえるはずもない。


 雫は少しの間をおいてから麦茶を一口飲み、自分を落ち着かせるかのようにふぅと一呼吸した。


「ねぇ、赤羽君って<創造者の血を引き継ぐ者>じゃない?」


隼人は自分の鼓動が速く、そして大きくなるのが分かった。

なぜ雫の口からその単語が出て来るのか、事件とそれがどういう関係にあるのか、全く見当がつかない。

今自分はどう返答するのが正解なのか、打ち明けてもよいのか、それともそんなのは知らないと言うべきなのか、様々な思考が隼人の頭を駆け巡る。


「はぁ……その様子じゃ、図星のようね」


雫が吐息混じりに言った。

もう何を言ったところで誤魔化すことはできないと悟った隼人は、正直に打ち明けることにした。


「うん……その通りだよ」


「やっぱり……」


雫はぽつりと呟いた。


「でもどうして、天音さんはそのことを知っているの?」


「あくまで推測でしかなかったんだけど……赤羽君の両親が<魔女>でないならもしかしてと思ったの」


 隼人には雫の言っていることが分からなかった。

正確に言うと、雫の論理が分からない。

なぜこうも事実を見抜けたのか。

しかし次の言葉を聞いて、それらは全て吹き飛んだ。



「実はね……私も<創造者の血を引き継ぐ者>なの。そして……私の祖父は、宮松大河よ」

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