星空。
夜。
少し離れた丘からアルケー湖を見渡す。
タチとズーミちゃんの戦いに巻き込まれ、初めて訪れた時とずいぶん変わってしまった。
白く、均一で、整頓された建物。平坦な白い地面。
白い場所。そこが人間が住む場所。
そしてその外。草も水も動物も人以外の全ての色が、人のための「資源」だ。
青も、緑も、茶色も、黒も。
調達するのはもちろん祝福。調理するのも加工するのも祝福。売るのも買うのも祝福である。
世界の「白化」は、ここ二・三年で急速に加速したように思える。
たぶん。受け入れる人が増えたのだ。ギルガさんのように、一人商売をつづけようとしても、周りが祝福であふれてしまえば、虚しくなるのも必然だろう。
アルケー湖や、私が見て回った場所だけじゃない、どの大陸どの場所でも速度の差はあれ「白化」は進んでいる。
人が住む場所である限り。
そして時機に、人の住めない所などなくなるだろう。
「ありがとな」
先ほどギルガさんにかけられた言葉が、忘れられない。
昼から準備を進め、日の落ちるギリギリに完成した「タチのご自慢!魚料理(ナナ作)」
体調を悪くしているギルガさんを、外に呼び出すのも悪いと、料理持ち込みで、一時間ほど彼の家にお邪魔した。
白く、整った家、白く整った、部屋。
似つかわしくない私達「ご一行」。
せっかくなので最初の顔合わせだけ全員でして、私と、ズーミちゃんだけが残り、ギルガさんと一緒にご飯を食べた。
なにせ一人暮らし用のスペースである。あまりごちゃついても申し訳ない。
タチも残りたがったけれど、彼女がいると絶対騒がしくなるし、ギルガさんの体調が心配だ。
「無理しないでね」と、言ったけど、ギルガさんは「旨い、旨い」と料理を平らげてくれた。
なんなら少し、顔色も良くなった気がしたし、食後には「もちもち」の作り方を話してくれた。
そこまでは、よかった気がする。
「もう、おやすみニ、ならレたホウが、イイデス」
主を気遣った、祝福の言葉がカンにふれたのだろう。
ギルガさんの手にした木製のコップが宙を舞い、祝福の頭にぶつかった。
「……すまねぇな」
感謝の言葉で迎え入れられた手料理会は、謝罪の言葉でお開きになった。
誰も悪くない。心づかいの行き違いだと思いたい。
「あまり、わらわも顔を出さんようにしとるんじゃ……」
ズーミちゃんの家に帰る途中。いくつか話を聞いた。
ズーミちゃんが顔を出しても、いつも今日あったみたいなことになってしまう。……と。
怒るとギルガさんの体に障るし、なにより見ていられない。それに――、してやれることも思いつかない、と。
身の回りの事は、祝福がしてくれるが、ギルガさんはそれを受け入れず。
だから、ギルガさんの祝福は、他の子と違い、いつも家の外で待機している事も教えてくれた。
「長生きは……して欲しいけどな……」
一人、涼しい空気に当たり。頭を冷やす。
見下ろした真っ黒な世界に、白くぼんやりと見える家々。
あの一つ一つに、人と祝福が暮らしているのが、不思議でならない。
あんなに居るんだ。アルケー湖の周りだけでも。
あんなに命が暮らしてるんだ。
それなのに、夜はとても静かで落ち着いていた。
ギルガさんの祝福は今何をしてるんだろう?真夜中に一人、家の外でこの星空を見上げて、何かを思ったりするのだろうか?
(って言っても……私だって、なにも考えてないんだけどさ……)
何かモヤモヤとしたものを感じてはいる。
この感覚を「祝福」も持っているんだろうか?
だとしたら、一人ぼっちにするのは可哀そうな気がする。
私の身近にいる「祝福」といえば、ストレの祝福ちゃんだ。
大人しく、あまりしゃべらず。ストレの側から離れないが、なんだかんだみんなに可愛がられている。
ギルガさんの祝福ちゃんとは、だいぶ違う経験を過ごしていることだろう。
なにもその二人だけではない。世界中。人間の数だけ「祝福」はいるのだ。
みな、それぞれ違う生き方をしているはずだ。
「つまらない世界になっちまったよなぁ……本当によ」
星空の一部が、真っ暗に塗りつぶされ、夜空に影が落ちる。
星の光が届かなければ、夜はただの闇でしかない。
「ヤウ!?」
空に落ちた影が私の前に広がり、人型に凝縮された。
影の化身ヤウ。
光の化身イトラが居なくなった今、世界で一番力を持つ存在。
「そう身構えるなよ、あんたをどうこうしようなんて気はないし、その気があったらとっくに殺してる」
「殺した所で生き返るけどね……!」
精一杯に言い返してみたが、体の中から冷たい汗が溢れて止まらない。
死んでもいい。死んでもいいんだけど、「今」死ぬわけにはいかないのだから。
「心配するな。あんたを殺して、次生き返るまでにあの女が死んでる――ってのも、一興だが。それじゃあ待ち時間が退屈だ。残されたあの女は揺らがねぇだろうしな」
ヤウは私の懸念を知っていた。
私が最も恐れていることは、「タチの残り時間」だという事を。
だから生き返る間隔が長くなっていることを恐れ、再びタチと再会できるまでの時間を無駄にすることを恐れていることを――。
「この世はイトラが消えてからつまらなくなっちまった。やっぱり俺は副産物なんだと痛感するよ。反逆しようにも相手がいねーとな」
彼の見上げた先には、星空が広がっていた。
小さく、寂しく輝く星が、いくつも煌めいている。今の私にはわからないが、きっとかつての私は夜空に輝く星の意味すら、正確に理解していたのだろう。
「あんたが消えた時もそうだった。俺たちより人に興味を持ち、寄りそおうとしたあんたが憎かった……だからイトラの嫉妬も俺にはよくわかる。だからと言って後釜に座ろうってのは許せねぇが」
ヤウの腕が伸び。私の頬に指が振れる。
それは影の化身とは思えないほどに、白く、細い指だった。
「光が基準となるから、影と呼ぶ……俺はそれが嫌だった。神だけじゃなく、光も、火も、地も、風も、水も、結局人間に拘りやがって、信者だ信仰だと囲いこむ。俺は違う。俺はあんたと対等でいたかった。イトラと対なんぞ認めたくはないが、あんたとなら……」
私の視界は黒に染まる。
星の光も。家の白も見当たらない。
全てを飲み込む真っ黒な凝縮。
神殺しの剣と同じ、奈落の渦へと落ち込んだ色に。
「ここで殺したら、次は十五回目か?人として生きるのはどんな感じだ?」
「お願い……今は許して……」
一切の光を奪われた私は、距離感も失う。
頼りになるのはヤウの声だけ、左から右から、遠くから近くから、私を惑わすように、散らしてしゃべる。
人からすべてを奪っておいて、弄ぶのだ。
まるで神様みたいに。
「あんたは知らなかっただろうが、あんたの死因の半分ぐらいは、俺が絡んでいるんだぜ?――楽しかったな。あんたがまだ転生したての、英雄と呼ばれ。俺の作り出した悪魔どもと戦っていた頃は……」
「覚えて……ない……!」
ヤウの声が耳を通り抜ける。
頭の中を通り、体の中を通り。私のどこかを刺激した。
そうだ。そういえば遥か昔。
私は英雄と呼ばれていた時があった。神に祝福を受けた者として、人々の為に悪魔と戦う英雄だった。
まだ人よりも神に近く。
感情も、表現も、乏しかった頃。
「遥か昔?おかしな話だ。ほんの少し、あんたにとっては瞬きほどの束の間のはずなのにな……」
体が締め付けられる気がした。
真っ暗過ぎてわからないけど、黒い空間が私を狭めている感じがする。
苦しい。苦しい。苦しい。
でも、すべてを思い出せるわけじゃない。
ひとつ前に死んだ時もそうだった。
消える直前。
思い出すのは、タチと過ごした宝物の時間。




