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042「罪を憎んで人を憎まず」

「つかぬことを伺うようですが」

「はい。ヒッ!」

「あっ、コラ! 逃がすか」

 話しかけた江崎に対し、青年は、その姿を一目見るや、いきなり江崎を両手で突き飛ばし、急いで帽子とサングラスを外し、ハンドルに掛けていたヘルメットをかぶってスクーターを急発進させる。立ち上がった江崎は、その行く先を確かめつつ、そこへタイミング良く通りかかったタクシーに向かって片手を上げる。そして、タクシーが江崎の横へ停まり、後部座席のドアが開いたところへ、あゆみが追い付く。

「私も行くわ」

「わかった。先に乗れ。レディーファーストだ」

――何がレディーファーストよ。言ってみたかっただけでしょう。

 あゆみが先に乗り、あとから江崎が乗り込むと、運転手が行き先を尋ねる前に、江崎が口を開く。

「前のスクーターを追ってくれ。あの赤いのだ」

 運転手は、バックミラー越しに胡散臭そうな目を二人に向けつつ、ドアを閉めて発車させる。

――ドラマのワンシーンみたい。そのうち「俺に構うな。ホシを追え!」とか何とか言い出しそう。

  *

「釣りは要らない。どうも」

 そう言って、江崎が運転手に数枚の野口英世を渡すと、二人はタクシーを降り、細い路地へと向かう。

――今日は散財する日になったわね、江崎くん。

「さぁて。ここまで来れば、捕まえたも同然だ」

「あら、どうして?」

 思い通りになったとばかりにシメシメという表情を浮かべる江崎に対し、あゆみが疑問を投げかけると、江崎は得意気に鼻を鳴らしながら答える。

「なぜって、この先が袋小路だからに決まってるだろう。しかも、先へ行くほど細くなるんだ。行くぞ」

――はいはい。ここまで来たら、どこまでも付いて行きますよ。 

 二人は、路地の奥へと進んでいく。ビルの谷間にあたるその細道は、薄暗い中に、エアコンの室外機や換気扇のダクト、大きなゴミ箱などが並んでいる。

――うわっ、制服が汚れそうだわ。戻ったら、着替えなきゃいけないわね。

 障害物を器用によけながら早足で歩く江崎の後ろを、あゆみも同じように早足で追いかけていく。路地を進むと、江崎の言った通り、徐々に細くなり、やがて、人がやっとすれ違える程度の細さになったとき、二人は、スクーターの進行方向を逆にしようとして往生している青年の姿を発見する。

「やい。お前の悪運も、ついに尽きたようだな」

「あの、その、えーっと。これには、深い事情がありまして」

 青年がしどろもどろに話しはじめると、江崎は青年に掴みかかり、乱暴にヘルメットを外す。すると、小さな乾いた金属音を立てながら青年が後頭部に留めていたアメリカピンがマンホールの上に落ち、アップにしていた髪がバサッと耳や首にかかる。

「あっ! 女の子だったのね」

 あゆみが目を見開いて驚いていると、江崎は青年が着ているジャケットを剥ぎ取り、中から財布を出し、そこから一枚のカードを引き抜いてあゆみに投げる。

「見ないで!」

――見るなと言われると余計に見たくなるのが、ヒトのサガである。

 青年が江崎に羽交い絞めにされているの尻目に、あゆみは、胸元に飛んできたそれを、とっさに両手でキャッチすると、そこに書かれている文字と顔写真に注目する。

蒜山(ひるぜん)たまき。平成三年一月生まれってことは、私と同級生ね。もっと若いかと思った」

「東大阪で鉄工所の大将をしている父方の叔父に溺愛されて育った馬鹿娘で、脛を齧り続けて大した苦労もせずに育ったからな。ちなみに、俺の記憶が正しければ、いまだに無色透明のニートのはずだ」

――なるほど。だから、江崎くんの顔を見た途端に逃げ出したのか。

 江崎が身も蓋もない言いかたで紹介すると、たまきと呼ばれた青年は、江崎に非難めいた口調で言い返す。

「フ、フリーターと言ってほしいわ」

自由(フリー)すぎだ。少しは理不尽な痛い目に遭え。まったく。おおかた、伯母さんに唆されて、こんな興信所の真似事をしたんだろう。いくら包まれたんだ? 正直に言ってみろ。嘘をついたら、こいつは返さない」

 片腕でたまきをガッチリと固定しつつ、彼女の財布を高々と掲げて江崎が問いただすと、たまきは、諦めたように抵抗をやめ、小声で白状する。

「手付金三万円、プラス食費とガソリン代の別途実費支給」

「成功報酬は?」

「リョウの恋人を特定出来たら一万円。その住所や氏名が把握出来たら、もう一万円だったんだけど、こっちは貰ってない」

――あらあら。少なくとも三日以上、外で働いたにしては、安い手取りね。

「疲れ具合からかんがみて、一日二日ってところじゃないだろうから、おおよそ、日給一万五千円以下ってところか。イベント警備でもしたほうが、よっぽど良かったな。――こら、もたれずに自力で立て」

 江崎から解放されたたまきは、一瞬、あゆみの顔を見たあと、気まずそうに目をそらしながら言う。

「すみませんでした」

――まぁ、不審者の正体も判明したことだし、江崎くんも懲らしめてくれたことだから、このくらいで許してあげるか。

「いいわ。今回だけは見逃してあげる」

「良かった」

 たまきが胸に手を当ててホッと安堵していると、江崎は、その背中をグーで小突きながら釘を刺す。

「良くない。今から言うことを伯母さんに伝えておけ。他人に端金を渡してコソコソ嗅ぎまわらせるくらいなら、直接、俺のところに来い。首を洗って待っててやる、とな。わかったか?」

「あっ、はい!」

 睨みつける江崎に対し、たまきが額に片手を添えて敬礼して返事をすると、そのコミカルさに、あゆみは思わず笑いを吹き出す。

――これにて一件落着、かな。 

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