043「一周まわって」
「あたかも戦場から帰還した兵隊のようだったから、誰も何も訊けなかったんですよ、先輩」
「そうだったのね」
薬局で買い物をしながら、みどりとあゆみの二人は、小声で他愛もない会話を交わしている。
――あの追跡劇からの帰り道、路地で捨てられていた空き缶に躓いたものだから、捻挫の痛みが引くまで、江崎くんの肩を借りて歩いてたんだけど、そこから、何となく何か大変なことに巻き込まれたんだと悟って、そっとしておくことに決まったのね。無言で空気を呼んでくれるのは、ありがたいけど、あらぬ誤解をされてないか心配だわ。
「ところで。昼休みに、先輩と何をしてたんですか? お楽しみだったようですけど」
「ちっとも楽しくないわよ。楽しかったのは、みどりちゃんのほうでしょう?」
「えっ?」
並べられたシャンプーやコンディショナーを手に取って比較していたみどりは、キョトンとした表情であゆみを見る。あゆみは、人差し指でその額を突っつきながら言う。
「しらばっくれようったって、そうは問屋が卸さないわよ。小岩くんと、どこまでいったか話しなさい」
「何にもしてませんよ。ただ、ランチを一緒に食べただけです」
話を畳もうとして早口でみどりが言い切ると、あゆみは、みどりの鼻を指差しながら決定打を叩きつける。
「私もずっと黙ってたんだけど、嘘をつくとき、いつも決まって小鼻が動いてるのよ。さぁ、今度はみどりちゃんが白状しなさい」
「グウ。意趣返しとは、卑怯なり」
――このあとの取り調べで、みどりちゃんは、ランチの席で小岩くんと話が盛り上がって、通話アプリのアイディーを交換したことが判明した。男の子で馬が合う同士は居なかったから、とっても新鮮だというみどりちゃんは、ピンクのハートマーク付きで「女性向け小説コーナー」と書かれた棚に挿されている本と同じくらい、キラキラしていた。なんだか、見ているこっちも微笑ましく感じてしまった。明日の帰りには、一緒に書店に行く約束をしてあるそうだ。もちろん、私たちに優しいほうの書店である。共通の趣味を持つ異性とお付き合いかぁ。若いって良いなぁ。
*
――昨夜のショックが収まらないらしく、シーちゃんは今朝から何も食べていないらしい。冷蔵庫には、ラップをかけた食器が残っている。
「シーちゃん。おなか空いてるんでしょう?」
「空いてません」
そのとき、まるでタイミングを計ったかのように、ソファーで寝転がっているシーニーの腹からグーッという音が鳴る。
――なんてベタな展開なんだ。
「ほら、ごらんなさい。やせ我慢するんじゃありません」
「食欲が無いんです」
腕を引いてソファーから起こそうとするあゆみに対し、シーニーはソファーの端を掴んで抵抗した。
――もう。そうやって、もっともらしい理由をこじつけて、やりたくないことを断ろうとする小賢しさは、小さいときのジュンに瓜二つだわ。
「そう。それじゃあ、気が済むまで好きにしなさい。せっかく、シーちゃんが喜ぶと思って、これを買って来たのに」
そう言って、あゆみが赤カブとキャベツのスープが描かれたレトルトパウチを見せると、シーニーは、目の端でチラッと見たあと、瞳を輝かせながら二度見し、素早くソファーから立ち上がる。
「それを早く言ってくださいよ。それを見たら、無性におなかが空いてきました」
「それは良かったわ。それじゃあ、夕飯の支度を手伝ってね」
「はい。あっ、エプロンを取ってきます」
そう言ってシーニーは、いそいそとベランダへと向かう。あゆみは、その後ろ姿を見てホッと胸を撫で下ろすと、キッチンへと向かった。




