024「灰かぶり並みの変身」
――口絵通りに変身したシーニーを見たみどりちゃんは、大興奮でスマホをバッグから取り出すと、メモリーがいっぱいになるんじゃないかって心配になるくらい連写しはじめた。まぁ、なんだかんだいって私も、ちゃっかり数枚撮影したんだけど。
「人気者になって、良い気分でした。朝に借りた本が、こんなに早く役に立つとは」
カラーボックスの上には、胸当てにハート型のレースがあしらわれたエプロンを着け、片手にフッ素樹脂加工の施されたフライパンを持ったママタレントが表紙を飾る「こんばんの一品グルメ」という料理本や、スタイリッシュな男女のシルエットが立ち並ぶ表紙の「ファッションアイテムイラスト集」という雑誌や、顔と手足が生えた電球のキャラクターが描かれた「家電のしくみ」という学習図鑑が雑然と積まれている。
「もう、シーちゃんったら。苦し紛れに、祖国では有名なマジシャンの弟子だということにしたけど、私以外の人の前では、あんな真似しちゃだめよ? 少しは反省しなさい」
「はい。すみませんでした」
ソファーの右端に座っているシーニーが、少しも悪びれない様子でしゃあしゃあと言うと、あゆみは呆れえて軽く肩を落としつつも、叱ろうとした。そのとき、シーニーはボンッという煙とともに猫に変身してしまう。
――しまった。もう、月の入りの時間になったのか。話し込んでるうちに、夜更かししすぎてしまったわ。明日は早いから、さっさと寝なくちゃ。
あゆみはソファーから立ち上がると、行き掛けの駄賃だとばかりに背中を丸めて寝ている銀猫の狭い額を中指で軽くはじき、ベッドに向かって行った。
*
――朝が来た。今日は、長い一日になりそうな予感がする。いや、きっとなるに違いない。
「ふぁ~。今日の睡眠時間は、六時間か」
片手で眠い目をこすりつつ、ノタノタとした重い足取りで、あゆみは洗面所に向かい、鏡の裏にある棚に積んであるフェイスタオルを一枚手に取ると、青いほうの蛇口をひねって顔を洗い始めた。
――冬場だったら、これだけで反射的に目が覚めるんだけど、この季節の水道水は、ぬるくて効果無いわね。
タオルで顔を拭き、鏡を見ながら手櫛で軽く髪形を整えると、タオルをランドリーバスケットに放り投げながらキッチンへ向かい、冷蔵庫の扉を開け、ラップをかけておいてある二枚の皿のうち小さいほうの皿と、作り置きしてある麦茶が入ったガラスボトルを手に取り、塞がった両手の代わりに足で扉を閉めながら電子レンジに皿を入れ、あたため五百ワットで、一分半加熱するよう操作する。そして、洗いかごに伏せておいてあるグラスを手に取り、ボトルの蓋を回してから焦げ茶色の液体を注ぐと、グラスをこたつテーブルに置く。
――ちょっと浸けすぎたかしらねぇ。昨夜のうちに飲み切らなきゃ良かったかも。
洗いかごの端に引っ掛けてあるペン立てのようなかごから朱色の箸を引き抜くと、ボトルの蓋を引っ張って外して調理台に置き、箸で中のティーバッグをつまみ上げ、ゴミ箱の蓋を足で踏んで開けつつ、袋の中に出がらしたそれをシュートする。そして、蓋を閉めてボトルを冷蔵庫にしまう。すると、電子レンジがチンッという軽快なベルの音が響かせ、あたためが終了したことを知らせる。
――キッシュは温まったかしら。
あゆみは、箸を持ったまま電子レンジから皿を取り出すと、その裏の真ん中あたりを触りつつ、誰にともなく小さく呟く。
「中は、まだ冷たいかもしれないわね。でも、これくらいは平気でしょう」
そうして、あゆみは皿と箸を調理台に置き、ラップを外して手足でゴミ箱に二回目のシュートを決めると、皿と箸をこたつテーブルに運び、クッションに正座すると、ソファーで寝ている銀猫をチラリと見てから、手を合わせて小声で言う。
「お先に、いただきます」
銀猫は、あゆみの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、一瞬、ピタッと尻尾の動きを止め、垂れていた耳を小さくピクッと持ち上げたが、すぐに元に戻って優雅に尻尾を振りはじめた。
――フフッ。昨日は遅くまで起きてたから、まだ寝てなさいね、シーちゃん。
あゆみは、思わず表情筋を緩めてニヤニヤとすると、ホウレンソウとベーコンが詰まった三角形の山に箸を入れた。




