025「過去が詰まった場所」
――電車で二時間半ほどかけて、コイン精米所があったり、バスが一時間に一本あるかないかの片田舎へとやってきた。交通網は発達していないくせに、ご近所の情報網は発達しているので、私が森永家に帰ってきたことは、軽トラで家の近くまで送ってくれた農家のおじさんを経由して、瞬く間に広まった。
「これは、今朝がた畑で採れた野菜だけどな。形は悪いから売り物にはならんが、味は保証する。あゆみちゃんと食べなさい」
「まぁ。こんなにたくさん、ありがとうございます。すみませんね。いつも、いただいてばっかりで」
和室に居るあゆみとは襖一枚隔てた土間で、あゆみに似た顔をした割烹着姿の婦人と、野良着に地下足袋すがたの高齢の男が話している。
「いやいや、気にせんで良いから。ひとみさんも大変だろうて。うちは、ばあさんと二人で持ってる畑にしては、無駄に広いからな。ほっといても、いくらでも採れるんだわ。ガハハ」
「それじゃあ、ありがたくちょうだいいたします」
「おぅ。そんじゃあ、また来るわな」
男が立ち去ったあと、婦人はスッと襖を開け、つっかけを脱いで和室に上がりつつ、足を投げ出して寛いでいるあゆみの横に座って、小言を言う。
「あゆみ。居るのは分かってたのよ。どうして、ご挨拶の一つもしないの? 失礼じゃない」
「だって、あのおじさん、私の顔を見ると、すぐに昔にやった悪戯のことを話すんだもの」
――あれは、まだ私が小学校に入って間もない頃のこと。小学校に上がる前のジュンと二人で、子供だけでは入ってはいけないと言われていた裏山に、探検に出かけたことがあるのだ。その途中、何かにつけて慎重派のジュンは、これ以上先に進むのは危険だと言って聞かず、珍しく梃子でも動かぬ姿勢を見せたジュンに、冒険心に水を差された私は怒り、一人で先に進んでしまった。ジュンは一人で家に戻ったのだが、私は、その判断のほうが正しかったと、猪退治用の箱罠に捕まってから気付いたのである。それから七十五日は、私は小学校で「イノシシ女」という不名誉なあだ名で呼ばれるようになった。いま考えても、よく不登校にならなかったものであると思う。
「身から出た錆じゃない。いい教訓になったでしょう? まったく、あなたって子は。昔は好奇心旺盛だったけど、その向かう先が知的なモノでないのが残念なところだったわ」
「面と向かってまで小言を言わないでよ。私がお父さんから貰い損ねた知識欲は、二人分、ジュンに注がれたわ」
「ちょっと、待ちなさい。それじゃあ、何よ。お母さんには、知識欲が無いっていうの?」
「役場で戸籍係として無遅刻無欠勤で四十年働くかたわら、地域に点在していた郷土資料を整理して論文を書き上げ、双方で表彰された偉人に比べれば、足元にも及ばないんじゃなくて?」
――そのあと、定年退職してから燃え尽き症候群になってしまい、急速に認知症が進んだお父さんは、今や、勤め人当時の面影もなく、週に三回、デイサービスに通っているんだけどね。
「まぁ、親に向かって生意気な。そういう減らず口を叩く癖を直さないと、いつまで経ってもお嫁に行けやしないわよ?」
「フン。減らず口は、お母さんの遺伝よ。それに、お嫁に行って欲しいんじゃなくて、孫の顔が見たいっていうんじゃなくて?」
「なんですって!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップしていると、手拭いをあねさんかぶりにして足元にもんぺを穿いた、さきほどの老人に似た雰囲気の高齢の女が、土間のほうから二人に声を掛ける。
「まぁまぁ、ひとみさん。そう、あゆみちゃんをせかしなさんな。年頃の娘を思う気持ちは、よ~く分かるがね。その前に、親御さんに説教されて嫌になる子供の気持ちも考えなさい。ところで、さっきじいさんが持ってきた野菜は、どこかな?」
「あっ、はい。それなら、お勝手のほうに。――続きは、あとで話しますからね」
ひとみと呼ばれた婦人は、つっかけに足を通して土間に降りつつ、あゆみに向かって釘を刺すと、すぐに女を奥へと先導していった。――ここに居たんじゃ、世話話プラス説教付きの二時間コースに突入しちゃうわ。二階に上がってしまおう。
あゆみは、二人の人影が見えなくなったのを見計らい、部屋の奥にある階段箪笥を、器用に足音を忍ばせて登って行った。




