021「今宵は紳士と淑女で」
「馬子にも衣装、とでも言おうかと思ってたんだが」
「あら、奇遇ね。私も、同じようなことを思ってたの」
淡色で細身のサマージャケットを羽織った江崎と、胸の下に切り替えがあるドット柄の涼やかなワンピースに着替え、片手にクラッチバッグを持ったあゆみが、お互いに上から下までファッションチェックし、ケチのつけどころを探しながら言った。
「でも、駄目ね。隙が無いから、負け惜しみに聞こえちゃうわ」
「俺も、そう思う。まさか、そんな清楚な恰好に着替えるとは予想してなかった」
江崎が率直に感心すると、あゆみはツンとすました顔で応じる。
「あら、ありがとう。社交辞令でも嬉しいわ」
「少しは素直に喜んだらどうなんだよ、まったく。……まぁ、いいや。レストランは、こっちだから」
そう言って、江崎が手を差し出すと、あゆみは、バッグから棒付き飴を取り出し、その上に乗せる。
「何のつもりだ?」
「それは、こっちのセリフよ。その手は何のつもりか、言いなさい」
「ティーピーオーから察してくれよ。中身は、ともかく。見た目は、立派なマドマーゼルなんだからさ」
「あら、ごめんあそばせ。そうね。内面は、さておき。外面は、完璧なジェントルマンだものね」
あゆみは、飴をバッグに戻し、江崎の手の上に自分の手を添える。江崎は、乗せられた手を軽く握ると、レストランへとエスコートしていった。
*
――ちゃんと、ご飯を食べてるかしら? 前に遅くなったときは、猫になるのが早かったけど、今は、わりあいに遅くまで人間のままだもんなぁ。
「それでさぁ。――聞いてるか、森永?」
揃えておかれたナイフとフォークと、すっかり食べ終わった洋皿が並ぶテーブルの向かい側から、江崎が声を掛ける。
「えっ? あぁ、ごめんなさい。何の話だったかしら?」
うわの空だったあゆみが軽く謝ると、江崎は肩を落としつつ、同じ話を繰り返して聞かせる。
「こないだ観た映画の話。一応、ジャンルはアクション映画なんだけど、いくつかのサブストーリーがしっかり組み込まれてて、三時間近い上映時間が、あっという間に感じたって言ったんだ」
「へぇ、面白そうね。その作品は、何というタイトルなの?」
「それも、さっき言ったのに。『落ちこぼれ悪魔が、世界を変える』だよ。深夜放送のシーエムでバンバン宣伝してるから、どんなものかと思って観に行ったんだって」
「フ~ン。大まかに言うと、どんなあらすじなの?」
あゆみが関心を示すと、江崎は前のめりになって意気揚々と話し出す。
「おっ、興味を持ったな。よしよし。ネタバレは絶対にしない派だから、結末は教えられないけど、ストーリーは、こうだ。まず、魔界にある真っ当な悪魔を養成するための学校が出てくる」
「真っ当じゃないから、悪魔なのに」
「フィクションなんだから、ツッコミは無しにしてくれ。そこに、角や翼や尻尾を生やした小さな悪魔たちが集まって、人間たちに邪な気持ちを起こさせる術を学んでる場面から始まる。で、そこにいる成績不振で同級生から陰湿な嫌がらせ行為を受けてる、とある心優しい悪魔に、スポットライトが当たる」
「それが、タイトルにある落ちこぼれくんなのね?」
「そう。まぁ、悪魔に性別があるかどうかは知らないが、演じてるのは少女だから、そいつを仮に悪魔のエーちゃんとしておく」
「ディーちゃんにしてよ。なんだか、私が匿名化されてるみたいじゃない」
「ハハッ。それじゃあ、デビルのディーちゃんとするが、実はディーちゃんが優しい心を持っているのは、神様が間違えて地獄に送ってしまった天使だからなんだ」
「あら。さっそくネタバレじゃない」
「これ程度の暴露は、ネタバレのうちに入らない。やがて大きくなったディーちゃんは、卒業試験として、一人のダウナー系青年を完全に堕落させるように命じられる。ところが、その裏には天使もいて、立派な天使になるために、同じように卒業試験として、ディーちゃんのターゲットと同じ青年を更生させるように命じられるんだ」
「まぁ、大変。でも、ディーちゃんとしては、青年を天使に任せてしまったほうが良いんじゃない? 卒業は出来ないだろうけど」
「ところが、話は、そう単純には行かない。その天使は、ディーちゃんとてれこで天国へ送られてしまった悪魔だからなんだ」
「それじゃあ、エンジェルのイーちゃんは、駄目な天使なのね?」
「その通り。まぁ、天使のほうは少年だから、仮にイーくんとしておこう。青年を巡って、ディーちゃんはイーくんとバトルになるわけだ。ここが、アクションとしての見どころ。でも、それだけじゃなくて、ディーちゃんは青年と接触を重ねるうちに、次第に青年に恋をしてしまうんだ」
「あらあら。堕落させなきゃいけない相手なのに、優しいから更生して欲しくて、でも、イーくんに任せると堕落してしまう。でもでも、卒業試験に合格するには、そのほうが都合がいいのか。複雑ね。それで、ディーちゃんは、どうしたの?」
「その先は、これから俺と付き合ってくれるなら、一緒に映画館で確かめることが出来るってことで」
江崎は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ジャケットの内ポケットから二枚の映画鑑賞チケットを出し、トランプでババ抜きでもするかのようにあゆみに近付けながら、続けて言う。
「キチンと交際してくれるなら、好きなほうを一枚引いてくれ。もし駄目なら、突っぱねて帰ってくれ。さぁ、どうする?」
あゆみは、逡巡しながらも手を伸ばし、一度、軽く腕を引いて止めてから、向かって右のチケットを一気にサッと引く抜いた。そうして開けた視界の先で、江崎は得意気に大きく一度頷くと、チケットを内ポケットに戻すと、テーブルの下で小さくガッツポーズをした。




