015「初夏が来れば思い出す」
「あゆみ先輩に、お電話です。内線で繋ぎますね」
「はい。すぐに出ます」
みどりに言われ、あゆみはパソコンを操作する手を止め、メモパッドとボールペンを用意してから受話器を取り、内線に繋ぐ。
――ただいま、水曜日の午前中。週のど真ん中、朝の家事が一段落した頃合いに私宛に電話をかけてくる相手と言えば、だいたい見当が付く。
「お電話代わりました。森永です」
『気が合いますね。私も、森永です。大蔵省金融庁のほうから来ました』
「ハァ。消火器の訪問販売を真似しないでよ、お母さん。銀行の電話は、玩具じゃないんだから。それに、大蔵省じゃなくて財務省だし、金融庁の管轄は内閣府よ」
『オホホ。それくらい、お母さんだってわかってますよ。お勤めは捗ってるの、あゆみ』
「えぇ。万事、滞りなく進行しております。ご心配なく」
『そう。じゃあ、それと同じくらいフィアンセ探しに頑張りなさい。江崎さん以来、それらしい色恋談が無いじゃない。そろそろ浮いた話の一つや二つ、あってもおかしくないと思うんだけど、どうなのよ?』
「余計なお世話よ。何の用事で電話してきたの?」
ボールペンの先でメモパッドをコツコツと叩きながら、あゆみは苛立たしげに言った。
『用も無いのに掛けちゃいけないっていうの? そもそも、あゆみがめったに連絡をよこしてこないから、こうしてお母さんが電話してるんじゃない。普通、逆よ? たまには、生みの親の声を聴きに掛けてきなさい』
「はいはい。ご機嫌いかがですか、お母さん」
『そんな不機嫌な声を出すんじゃないわよ。どうせ、ブーたれた顔をしてるんでしょう? 婚期を逃すわよ』
――親譲りの差し出口で、子供の頃から損ばかりしている。今度、うどんを食べに行こうかなぁ。
「……切って良いかしら? そろそろ仕事に支障が出そうなの」
『あっ、待ちなさい。用件なら、ちゃんとあるのよ。今度の日曜日だけど、実家に帰ってこられないかしら?』
――日曜日か。もちろん仕事は休みだし、他に用事もないけれど、シーニーにお留守番させないとなぁ。せっかくの休日だけど、さすがに実家には連れて行けないし。
あゆみは、カレンダーと銀行名が印刷された三角柱をクルクル回しつつ、話を続ける。
「行っていけないこともないけど、お見合いの話だったら、お断りよ?」
『まぁ、それもあるんだけど、それだけじゃないの。あゆみ、何か忘れてないこと?』
「何かって、何よ? もったいつけずに言ってちょうだい」
『そう、せっつくことないじゃない。少しは会話を楽しむことを覚えなさい。まったく、あなたって子は』
「ボヤキ節やお説教なら、結構よ。今度こそ切るわ」
『はいはい。せっかちなんだから、もう。あのね、あゆみ。ちょっと言いにくいことなんだけど、……あの子のことなのよ』
「あぁ、……ジュンのことね。そういえば、もうすぐだったわね」
『思い出してくれたようね。そのことでも、いくつか話しておきたいことがあるから。それじゃあ、また日曜日に』
「えぇ。じゃあ、また」
あゆみは受話器を置くと、持っていたボールペンに刻印させた銀行名を見るともなしに見つめ、しばし物思いに耽っていたが、やがて頭を切り替えてパソコンに向かい、作業を再開した。




