014「猫も歩けばオネエに当たる」※シーニー視点
「う~ん。野菜の選定基準が分からないな。どれが一番美味しいんだ?」
スーパーの野菜売り場で、シーニーがキャベツを手に取っては、葉や芯をつぶさに観察して台に戻すという動きを繰り返していると、横からタンクトップに薄手のニットを羽織った茉莉が声を掛ける。
「あら、このあいだのハンサムボーイじゃない。こんにちは、坊や」
声に気付いて振り返ったシーニーは、一瞬ギョッとして身構えたが、すぐに持ち前の空気を読む能力を発揮して猫をかぶり、にこやかに対応する。
「こんにちは。僕の名前は、シーニーです」
「まぁ、ちゃんと挨拶と自己紹介ができるなんて、お利口さんね。アタシの名前は、藤沢茉莉よ。気軽に茉莉さんって呼んでちょうだい」
「はい、茉莉さん」
シーニーが道徳の教科書に出てくる少年のように模範的な受け答えをしていると、茉莉は感心しながらも、周囲を見渡してつつ訊ねる。
「あゆみちゃんの姿が見当たらないけど、今日は、一人でお使いなの?」
「はい。えーっとですね」
シーニーはナップサックから先日借りたレシピ集を取り出し、メモが挟んであるページを開いて見せ、書かれている材料とメモを指差して茉莉に掲げながら言う。
「これを作りたいので、ここに書いたものを買いたいんです。それで、何を作るかは内緒にして、あゆみさんにメモだけを見せたら、青い紙のお金を渡されました。この国は、こんな綺麗な紙がお金として流通してるんですね。日に透かすと右の口髭の人物像が浮かび上がるのは、見事です」
メモには、たどたどしいボールペン書きで「にんじん、たまねぎ、きゃべつ、ひきにく」と書かれ、開いたページの反対側には、湯気立つ鍋に入れられたポトフの写真が掲載されている。
「なるほど。晩ご飯にポトフが作りたくて、予算は二人分で千円なのね」
「そうです。お世話になってるので、出来るだけ美味しい料理を作ってあげたいんです。でも、どれを選べばいいか分からなくて」
シーニーは、そう言って台の上に積まれたキャベツを見る。
「わかったわ。アタシがお買い物の極意を教えてあげましょう」
茉莉が胸を張って宣言すると、シーニーは期待を込めた眼差しで茉莉を見ながら礼を述べる。
「わぁ。ありがとうございます」
「任せなさい。とびっきりの料理を作って、あゆみちゃんを驚かせちゃいましょう」
「はい!」
茉莉が片手を差し出すと、シーニーは本とメモをナップサックにしまい、片手を差し出して握手する。そして二人はアイコンタクトをしてニッコリと微笑み合った。
*
「野菜にしてもお肉やお魚にしても、それぞれ種類によって見分けかたが違うんですね」
「そうよ。お買い物一つとっても、いいお勉強になるでしょう?」
スーパーを出た二人は、並んで歩きながら、ごくごく平和的に会話を交わしている。
「はい。今日は茉莉さんと一緒で、とっても助かりました」
「どういたしまして。こちらこそ、ハンサムボーイと一緒にお買い物出来て、なんだか得した気分よ。――あっ、そうだ」
茉莉は、レジ袋の中からアイスキャンディーを二つ取り出すと、シーニーに差し出しながら言う。
「お手伝い坊やに、ご褒美をあげるわ。あゆみちゃんと二人で食べなさい」
「いいえ。これは、受け取れません」
シーニーが片手を突き出して受け取りを拒否すると、茉莉はナップサックの袋口で輪になっている紐を引いて開け、中にアイスを入れてしまいながら言う。
「遠慮しなくて良いのよ。お勉強にかこつけて、買う物がない売り場まで歩き回らせちゃったから、そのお詫びも兼ねてよ」
「でも」
ナップサックを背中から下ろし、シーニーがアイスを返そうとすると、茉莉は一歩退いて距離を空け、角を曲がって立ち去りながら言う。
「いいから、いいから。ポトフ作りを頑張りなさい。応援してるわ」
「待って、茉莉さん」
シーニーが追いかけようとすると、目の前をめいめいに楽器や譜面台を持った中高生の集団が横切り始める。そして、その集団が過ぎ去ると、茉莉の姿はどこにもなかったので、シーニーは諦めてアパートへと歩き出した。




