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第10話 悪役令嬢は、王国最後の日に笑う
「私は、生きる」
そう言った瞬間。
目の前の少女が笑った。
「そう言うと思った」
「……何?」
少女の顔が変わる。
長い髪が揺れ、赤い瞳が光る。
けれど、その顔は。
私と同じだった。
「あなたは、私を倒せない」
「やってみなきゃ分からないでしょう?」
私は剣を構えた。
少女が手をかざす。
次の瞬間。
凄まじい魔力が押し寄せた。
私は吹き飛ばされ、処刑台に叩きつけられる。
「アデリア!」
セレナの声が聞こえる。
「来ないで!」
私は立ち上がった。
「これは私の問題よ」
少女が笑う。
「そう。それがあなたの問題」
「何を言っているの?」
「あなたはずっと、自分が悪役だと思っていた」
少女はゆっくり歩いてくる。
「でも違う」
「……?」
「あなたが転生する前から、この世界には『アデリア』が存在していた」
私は息を呑んだ。
「ゲームなんて存在しなかった」
「……嘘」
「あなたが前世で遊んでいたゲームは、この世界で起きた出来事を元に作られたもの」
頭の中が真っ白になる。
「じゃあ……私が知っていた未来は?」
「未来じゃない」
少女が笑った。
「過去よ」
私は言葉を失った。
ゲームのストーリー。
悪役令嬢。
聖女。
王太子。
全部、この世界で実際に起きた出来事だった。
「でも、一つだけ違う」
少女が私を見る。
「ゲームでは、アデリアは悪女として処刑された」
「……ええ」
「だけど、その死によって王国は救われた」
私は理解した。
だから。
ゲームでは誰も疑問に思わなかった。
なぜ悪役令嬢は最後に笑ったのか。
なぜ聖女は泣いていたのか。
なぜ王太子は、彼女を憎みながら最後まで処刑台を見ていたのか。
全部――。
「アデリアは、自分から悪役になった」
少女が言う。
「王家の罪を暴き、聖女を守り、最後には自分がすべての罪を背負った」
私は拳を握った。
「じゃあ……前のアデリアは」
「あなたと同じだった」
少女は微笑んだ。
「ただし、最後に一つだけ選べなかった」
「何を?」
「自分自身を救うこと」
沈黙。
私は剣を下ろした。
「……馬鹿ね」
涙が頬を伝う。
「本当に、馬鹿」
少女が笑う。
「だから、あなたが呼ばれた」
「私が?」
「そう」
少女の姿が少しずつ薄れていく。
「あなたなら、違う結末を選べると思った」
「待って」
私は手を伸ばした。
「あなたは誰なの?」
少女は最後に笑った。
「あなたよ」
光が弾けた。
黒い亀裂が消えていく。
王都を覆っていた暗闇も消えた。
静寂。
誰も動かない。
そして。
処刑台の上に立っていた私は、生きていた。
「……終わった?」
セレナが呟く。
私は空を見上げる。
青い空。
今まで見たことがないほど綺麗だった。
レオナルドが近づいてくる。
「アデリア」
「何?」
「……もう、終わったんだな」
私は笑った。
「ええ」
国王はその場で王位を退いた。
王家が隠していた聖女の制度も、すべて公表された。
これまで犠牲になった聖女たちの名前も。
私を悪女に仕立て上げた者たちの罪も。
全部、明らかになった。
そして。
民衆が私の前に集まった。
かつて私を「悪女」と呼んだ人たち。
その中から、一人の少女が前に出た。
「……ごめんなさい」
私は首を振った。
「謝らなくていいわ」
「でも……」
「私も、あなたたちに全部説明しなかったから」
少女は泣きながら頭を下げた。
その日。
王国から「悪役令嬢」という言葉が消えた。
私が公爵令嬢だったことも。
王太子の婚約者だったことも。
聖女を虐めた悪女だったという噂も。
全部、過去になった。
数年後。
私は王都を離れ、小さな領地で暮らしていた。
隣にはセレナがいる。
彼女はもう「聖女」ではない。
ただの、一人の女の子として生きている。
そして。
「アデリア」
振り返る。
レオナルドが立っていた。
「久しぶり」
「そうね」
「戻ってこないか?」
私は笑った。
「嫌よ」
「即答か」
「だって」
私は空を見上げる。
「私はもう、誰かに決められた人生を生きるつもりはないもの」
レオナルドは少し笑った。
「……そうだな」
そして、三人で歩き出す。
かつて私を処刑しようとした広場を通る。
そこには、記念碑が建っていた。
六人の聖女。
そして。
その隣に刻まれた名前。
アデリア・フォン・ローゼン。
「どうして私の名前まで?」
セレナが笑う。
「だって、あなたもこの国を救った一人だから」
「私は悪役令嬢だったのに?」
「違います」
セレナは首を振った。
「あなたは最後まで、自分の人生を諦めなかった人です」
私は少しだけ笑った。
そして。
記念碑に背を向ける。
もう振り返らない。
私の人生は、ここから始まる。
悪役でもない。
聖女でもない。
誰かに決められた役でもない。
ただの――私として。
空を見上げる。
あの日、処刑台で見上げた空と同じ青。
私は、あの日と同じように笑った。
けれど。
あの日とは違う。
あの日は、すべてを終わらせるために笑った。
今は――。
これから始まる未来のために笑っている。
――悪役令嬢は、もういない。
そこにいるのは。
自分の人生を、自分で選んだ一人の少女だけだった。
完




