1-4 不和
成長のための資金を得ることができた。懸案だった営業力の強化がようやく実現可能になった。
カフェインプラスに参加した瀬川は、最初の数日、矢継ぎ早に営業を採用して第二営業部を作った。そして綿密な営業計画を作成して、優先度の高い地域を、絨毯爆撃のように攻撃し始めた。
計画が始動したあと、瀬川自身は大口の顧客を回りだした。その合間に、部下への指示も次々と出す。脳内に複数のコンピューターを搭載しているように瀬川は多数の業務を同時にこなした。だからといって懸命に働いているようには見えなかった。それどころか涼しい顔で仕事をこなした。
基本スペックが高く、処理能力に余裕がある。他人が必死にやるようなことでも片手間にできる。瀬川の実力と彼女を引き抜いた豊塚の目の確かさに福原はうなった。
瀬川容子がカフェインプラスに参加して二週間が経った。金曜日の会議スペースでの打ち合わせ、パーティションで区切った場所での首脳会議は、瀬川も加えて四人でおこなうようになった。
コロナビールを片手に持つ御堂。資料を多数抱えている福原。ノートパソコンをのぞきこみ、プログラムを書きながら参加している葉月。タブレット端末とスタイラスペンを構えている瀬川。この四人が机を囲んでいた。
「瀬川さんが回っている地域は、ウェイと衝突する地域ですが大丈夫ですか?」
福原は、甲野の報告書を思い出しながら尋ねる。報告書は、御堂や葉月だけでなく瀬川にも共有してある。ウェイのメンバーは、ヤンキーの抗争のノリで地域を拡大している。バッティングすると、トラブルが発生する可能性が高い。
「大丈夫です。ボスの会社の傘下には、警察OBが多数いる警備会社もあります。弁護士チームもあります。いくらでも対抗できます」
「でも、現場で殴られたら困りますよね」
「もし殴られたら、潰すチャンスですよ」
目を鋭くして瀬川は主張する。強気だな。まあ、それぐらいでなければ、新規事業の成長担当などやれないだろう。リアルな世界を相手にするビジネスでは、罵り合い、殴り合いもときに発生する。瀬川は豊塚の下で、そうした修羅場をくぐり抜けて来たのだ。
瀬川が今週の成果を報告して来週の目標を告げる。瀬川が率いる第二営業部は、計画とほぼ誤差がなく進行している。次に御堂の第一営業部の進捗が発表された。予定はあくまでも予定であり、結果は大きなばらつきがあった。予想外に進んでいるところもあれば、なにも進展がないところもある。よくいえば柔軟、悪くいえば大雑把。勝率の高いばくちといった状態だ。
福原は、そっと瀬川の様子を窺う。なにか文句を言うかと思ったが、なにも言わなかった。葉月にも視線を向ける。瀬川の話のときは、福原にしか分からないレベルで不快そうな顔をしていた。御堂のときは、そうしたことはない。葉月と瀬川は、ある意味似た者同士だ。高い能力で完璧に仕事をこなすタイプ。同族嫌悪かな。福原は葉月の反応を、そう受け取った。
さて、どうしたものか。福原は社内に起きている軋轢について考える。瀬川が来て以降、社内の営業には二つの派閥ができている。旧来の社員と、瀬川が雇った精鋭部隊。それぞれ能力も働き方も大きく違う。
古参のメンバーは特段優れているわけではないが愚直で誠実で和気あいあいとしている。彼らは自分たちが会社を支えているという自負がある。新参のメンバーは仕事の効率が高く実力主義だ。彼らは俺たちが会社を変えてやるという強い意志がある。福原は両者のあいだに立って調整役として奔走していた。
たとえば先週、報告書の作成方法について衝突が起きた。古参の社員は長い報告書を書くのが苦手だ。そのためGPSと顧客データの記録から業務記録を自動で生成するようにしている。また営業内容についても選択肢を選んでいくだけで報告書が完成するシステムを用意している。
しかし新参の社員は、詳細な報告書を短時間で入力できる。彼らは重要な情報を取りこぼすからといって、記述する部分を増やすべきだと主張した。
どちらが正しいというわけではない。人によって最適解が違うだけだ。属性が異なる人間が混在することで問題が発生している。互いの不満を聞き、改善するべきところは改善して、感情的なケアが必要なところは対処する。福原はその仕事に多くの時間を割いた。
こうしたトラブルは、瀬川が経験値を持つはずだ。これまで何度も衝突を経験したことは容易に想像がつく。福原は瀬川と打ち合わせをして、過去の事例を引き出そうとした。
瀬川の話は耳が痛かった。会社は成長段階によって社員を入れ替えなければならない。能力が低い人間を削って、高い人間に替えていく。新しいシステムに付いてこられない者は脱落させる。そうしたドライさが足りないと指摘された。
福原はどうするか考えたあと、ビジネス向けチャットツールを導入して、社員が自由に意見や報告を書きこめるようにした。こちらは強制ではなく任意にして閲覧は自由にする。そしてAIによる要約を、全員の営業端末に表示するようにした。会社も小さな社会だ。多様性による軋轢は、システムで吸収するべきだと福原は考えている。
「そろそろ来る頃だよな」
御堂が壁の時計を見上げて言う。福原たちもうなずいた。今日は豊塚が来る予定になっている。
瀬川のスマートフォンが振動した。瀬川は画面を見て、指で触れる。
「あと十分で着くと連絡がありました。五分の遅刻ですね」
不満そうな声だ。御堂は、怖いなと言わんばかりに肩をすくめる。福原も同調する。葉月は無視してコーディングを続けた。
「いやあ、遅れてすまん。シュークリームを買ってきたぞ」
紙箱を手に持ち、豊塚が現れる。騒々しい大阪のおっさんがやって来たというノリで、豊塚は会議スペースの席に着いた。
「ボス、遅刻です」
「容子ちゃんは厳しいなあ。おっ、御堂くん。僕もビールをもらおうかな」
「銘柄はなににしますか」
御堂が立ち、冷蔵庫から缶ビールを出す。豊塚に渡すと、嬉しそうに喉を鳴らして飲んだ。
「いやあ、気持ちいいなあ。喉が生き返るよ」
口元をぬぐい、大きく笑った。豊塚は各所を回りながら打ち合わせをしている。今日もしゃべり詰めだったのだろう。豊塚は空いている席に座り、缶を机の上に置いて身を乗り出した。
「細かなことは容子ちゃんからのレポートで把握している。営業先、顧客の獲得、運営の仕組み。どれも素晴らしいものだ」
福原は、豊塚の言葉から背後の意図を読み取ろうとする。全てカフェインプラスの事業が持っている資産だ。豊塚が褒めているものの中に人はない。人材に対する話は一言もなかった。
福原は過去を振り返り、豊塚が人物の能力を評価したことがあったか考える。御堂に対しては絶賛していた。その他については言及していない。このことは覚えておいた方がよいだろう。
豊塚を交えた会議が始まる。少し疲れたところでシュークリームの箱を開き、全員で食べた。怒っていた瀬川が満面の笑みになっているのが面白かった。この反応が分かっていて豊塚は食べ物を買ってきたのだろう。その後、しばらく打ち合わせを続けたあと、豊塚が新しい話題を切り出した。
「実はね、考えていることがあるんだ」
「なんです?」
御堂が瓶を口に運びながら尋ねる。
「うん。最初にここに来たとき、少し話しただろう。ゼロをイチにするタイプと、イチをジュウにするタイプは違うという話をね」
「そんな話、ありましたね」
明るく声を返す御堂を横目で見ながら福原は警戒する。なにかカフェインプラスにとって悪い話を持って来たのではないか。
「実はね、新しく始めようと思っているビジネスがあるんだ。みんなで物を共有するシェアリングエコノミーの一種でね、社員という立場をシェアリングできないかと考えているんだ」
福原はきょとんとする。どういったビジネスを豊塚は想定しているのだ。想像がまったくつかず豊塚の顔に視線を注ぐ。四人の視線が集まったことを確認してから、豊塚は説明を続ける。
「一週間のうち、月曜と火曜はこの会社、水曜と木曜は別の会社、金曜は違う会社みたいな働き方をする人の比率を上げられないかなと思っているんだよ。それで非正規ではなく、それぞれの会社の正社員という形で。
全ての職種でできるわけじゃないことは分かっているよ。社内政治で勝ち残ることを考えれば不利になる。でも、いろんな人に会ってきて、ここ十年ぐらいで仕事に対する価値観が多様化したことを感じているんだ。出世する気はない。職を失うリスクを分散させたい。そうした需要を拾い上げられないかなと考えている。
法律の問題とか、経営の問題とか、いろいろと障害は多い。でも、僕みたいに複数の会社に関わって仕事をするスタイルもありなんじゃないかと思うんだよ。人生、その方が面白いと感じる人も、けっこういるんじゃないかな」
なるほど。社会を変えて人生を豊かにする。思想は御堂と共通している。豊塚が御堂と話して出資を決めたのは、通底する部分があったからだろう。
「それでね、その仕事の立ち上げを、御堂くんに頼めないかなと思っているんだ」
「えっ」
驚いて福原は声を出す。
「いや、御堂は、この会社の社長で、カフェインプラスの事業がありますから」
「知っているよ。でも、カフェインプラスは、もうイチの段階を超えているからね。今の時期には、容子ちゃんや福原くんのような、イチをジュウにするタイプの人間の方が必要とされるからね」
福原はちらりと葉月を見る。名前が出てこなかったことをどう思っているのか気になった。葉月はわずかに不快な顔をしている。まだ付き合いの浅い豊塚や瀬川には、感情は読めていないようだが福原には分かる。
「御堂くんの会社に、もう一つ事業部を作るか。新しい会社を立ち上げて、しばらくは兼任してもらうか。どういう形がいいのかなと考えているんだ」
その日の会議はなにも話が進まなかった。一時間ほどして打ち合わせは解散になった。
他の社員が全員帰ったあと、御堂と福原と葉月の三人で話し合いをすることにした。
「御堂。このままだと、会社を乗っ取られるぞ」
単刀直入に福原は言う。御堂は、すぐに返事をせず考えこんでいる。
「おまえ、豊塚さんが初めて来た日、経営を退きたいと言っていたよな」
この話を知っていたのではないか。福原は御堂を問い詰める。
「違う。経営を任せて営業に専念しようと思っていたんだ。新事業の話は今日が初耳だ。俺にとっても寝耳に水だよ」
表情を窺う。どうやら本当のようだ。豊塚が強引に進めようとしているだけか。しかし無視することはできない。
「それで、やるつもりなのか?」
「うーん。どうすればいいのか俺も分からねえよ」
「はっきりしろ。おまえは会社のトップだぞ」
「会社の規模を考えれば、破格の金額の出資だからな。ある程度は意向をくむべきだろう。それに第二弾も考えているという話だしな」
第二弾の出資の可否は、豊塚が決める。どんどん出資してくれれば事業は加速する。瀬川が投入されたのは今後の判断材料となる情報を集めるためという意味もある。
「葉月はどうなんだ?」
福原は視線を送る。珍しくノートパソコンも開かず、真剣な表情をしている。葉月なら御堂を説得してくれるかもしれないと期待した。
「私は御堂さんの考えに従います。御堂さんの指示で、私は仕事をしますので」
突き放す態度を葉月はとる。動かすことのできない不可視の壁。福原は大きく息を吸い、吐き出した。葉月から目を離そうとした瞬間、これまでにない冷たい目をしていることに気がついた。
「なあ、葉月――」
「なんですか?」
「豊塚さんのことを嫌っているのか?」
「別に」
鋭い目を向けられる。空気が重くなった。沈黙がしばらく続いた。御堂は頭をかいて、ばつが悪そうな顔をする。
「なあ、フク。とりあえず対策を考えてみるよ。とはいえ、どうしたものやら」
その日は、けっきょくなにも解決しなかった。御堂のビールが空になるのを待ち、帰宅することにした。




