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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第二章 スタートアップ

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2-8 挫折

 福原は商社と呼ばれる業種の会社に就職した。商品を調達して業者に販売する仕事だ。学生時代から御堂の商売を手伝っていたために興味を持った。

 終業時間など存在しないブラックな環境。最初のうちは新人だからと思い、上司の指示を文句も言わずに聞いていた。やり甲斐さえあれば我慢できると自分の心を偽った。

 数ヶ月が経ち、当初の考えは崩れ去る。福原が就職した会社には理想がなかった。ただ儲かればよいというビジネスをしていた。買い叩き、高く売りつける。相手の都合などお構いなしに利潤を追求する。社会から金を抜き取るだけの仕事は、体力とともに精神力を大きく削った。

 利益優先なのは当たり前だ。会社とは本来、金を儲けるためのものだ。しかし福原は知っていた。それ以外の会社のありようもあることを。理想を掲げて社会を豊かにするために働く。儲けが第一ではないビジネスも存在する。

 一年経ったあと福原は会社を辞めた。限界が来て、心が折れてしまったのだ。

 福原は自分の生き方を選べる自由な身分になった。最初に浮かんだのは御堂の顔だった。しかし、すぐに会うのはためらわれた。御堂なしで生きていけると思い就職した。その挑戦は一年で挫折した。自分は御堂がいなければ駄目なのか。月には太陽となる誰かが必要なのか。

 三ヶ月ほど自宅で本を読んだり、ネットを巡回したりして過ごした。両親は心配したが福原は気にしなかった。会社の給料はほとんど使っていなかったし、学生時代のバイトで得た金もあった。大学まで行かせてくれた親には悪いと思ったが、ふたたび歩きだす前に心を整理しておきたかった。

 しばらく自堕落な日々を送ったあと結論を出した。福原は御堂の家を訪ねた。

 御堂は部屋の奥に座っていた。相変わらず荒れた部屋だ。福原は本の山を動かして場所を作り、畳の上に座った。

「社員になりたいんだが」

 御堂のもとで働きたいと告げる。

「フク、おまえを社員にする気はないぞ」

 受け入れてくれると思っていたので意外だった。

「じゃあ、バイトでもいい」

「いや、副社長をやれ。その代わり少し出資しろ」

 驚いて御堂を見る。

「どうせ暇なんだろう。暇人には忙しく働いてもらわないとな」

「忙しいのか?」

「そりゃあ、以前の二倍働いているから当然だ」

「仕方がないな。俺が半分肩代わりをしないといけないようだ」

 喜びとともに言うと、御堂は屈託のない笑みを見せた。

「副社長に事業の現状を説明しよう」

「たしか食器のレンタルサービスだったな」

「ああ。人間は、人生で何回食事を取ると思う? 一日三回として一年で約千百回。そうした生活を七十年間続けるとして約七万七千回だ。その食事を彩る食器を、月替わりで変えることができたら楽しいだろう」

 実は倉庫を借りているんだと御堂は言った。管理や配送がけっこう大変でさと、身振りを交えて説明する。

 福原は御堂とともに自転車で十分ほどの場所に行く。住宅街の先、ぽつぽつと工場がある土地に倉庫はあった。

 重い扉を開けて中に入る。倉庫の棚には、花をモチーフとしたものや、海や風をイメージしたものなど、普段使いには向かない食器が多数並んでいた。棚のあいだには何人かのアルバイトがいた。彼らは伝票をもとに食器を梱包材でくるみ、段ボール箱に詰める作業をしている。

「まあ、儲けはぼちぼちだな。ちょくちょく利用者の家に、夕食をいただきに行ったりしている。ずっと置いておくには邪魔で、買うには勇気がいるような食器を気軽に使える。料理好きの人間は、みんな嬉しそうに盛り付けの写真を送ってくれるぜ」

 御堂は、それらの写真を会社のウェブサイトに掲載していた。ネットでも、そこそこ話題になっているサービスだ。なによりも人々を幸せにする事業である。福原は心が躍った。御堂は福原の太陽だった。こいつと一緒にまた仕事ができる。同じ時間が過ごせる。自分は幸福な人間だと思った。

 福原は副社長になった。解決しないといけない問題は多かった。御堂は新しい事業を始めるのは得意だったが、業務を改善するのは苦手だった。仕事は大雑把で、金の動きは適当だった。

 仕事を始めた福原は、作業を細かく分けて一つずつ精度を上げていった。無駄な工程を省いて、出て行く金をきっちりと管理する。問題点は無数にあり、それぞれに対策を講じる。御堂の手が徐々に空いてくる。自由に動けるようになった御堂は、持ち前の魅力を活かして精力的に事業を広げていった。

 少しずつ拡大していた食器のレンタルサービスが唐突に終わった。自然災害で、事業の継続が困難になった。

 運が悪いとしか言いようがない。地震が起きて倉庫の棚が崩れた。在庫の食器が砕け散った。

 食器の購入のために、かなりの先行投資をしていた。倉庫の拡充もしており、そのために借金もしていた。しかし事業を回すことができなくなってしまった。

 同じ規模で食器をそろえるには、さらなる借金をしないといけない。しかしその資金を急に借りるのは難しい。継続するか数日考えたあと、利用者に終了の案内を出した。

 倉庫の片付けをしなければならなかった。そのためには人手が必要だった。赤字はさらに増えた。

 撤去作業を終えた日、福原と御堂は黙ったまま倉庫を見上げた。賃貸契約も終了している。もうここに来ることはないだろう。福原は御堂の横顔を見る。御堂は絶望していなかった。再起に心を燃やしていた。

 御堂とならば、どれだけの苦難が待ち受けていようとも歩むことができる。福原は希望を抱いた。事業を全て閉じたあと、会社には大きな借金が残った。


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