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第3話 晒し首の気持ちってこんな感じかな

「お前に電話だ。ちょっと来てくれ」


 言葉少なげに背を向けると有無を言わさず歩き出してしまう。前を歩く先生の肩は、わずかながら震えているように見える。

 学校にわざわざ電話って、もしかして身内に不幸とか……? いくら運勢が最悪だからってそれはシャレにならないよ……。

 嫌な予感が頭をよぎる。私は重い足取りで職員室へ向かった。


「……失礼しました」


 職員室を出て「ふぅ……」と大きく息を吐く。

 結論から言うと、電話の主は朝助けたお姉さんだった。

 落ちていた生徒手帳から特定して電話をかけてきたのだそうだ。ポケットを探ると確かに生徒手帳がない。ひったくり犯とやりあった時に落ちてしまったのかもしれないな。

 一連の経緯を聞いていた担任は電話が終わると堪えきれないとばかりに笑い出した。


『名乗るほどのものじゃございやせんってお前……ぶふっ』


 それを聞いていた周りの先生方も吹き出して職員室がドッと笑いに包まれた。褒めてくれる先生方も多くいたけれど、そのにやけ顔はやめて下さい。

 私が職員室を出た後も廊下まで笑い声が届いていた。きっと今日一日ネタにされるんだろうな。なんだかとても疲れた気がする。

 教室に戻って自分の席に座ると、横でお弁当をついばんでいる委員長と目が合った。


「遅かったですね。どうだったんですか?」

「なんでも、そうなんでもなかったんだよ」

「はぁ……?」


 今の私の目はきっと光を失っていることだろう。

 昼休み終了まであと数分。かばんからお弁当を取り出し広げて黙々と胃の中に落とし込んだ。

 その後の授業も特筆すべきことはなく、淡々と進んだ。的外れな回答をして笑われるのも眠りこけている時に急に当てられて恥を晒すのもいつも通りだ。そうだ、いつも通りなんだ……。

 全ての授業が終わると残すは帰りのホームルームのみとなる。一部の人はすでにかばんへ教科書類を詰め込んでお帰りモードである。


「帰りのホームルームを始めるぞ。委員長、これを配ってくれ」

「はい」


 先生は教室に入ってくるなりちゃっちゃと連絡事項を事務処理のように伝えていく。

 もう腰を浮かせている子とかいるからね。私も早く家に帰って漫画読みながらゴロゴロしたい。


「ああ、そうだ。今日は面白い事件があったんだ」


 ほう。いつもの雑談タイムですな。

 先生はにやりと口の片方を吊り上げて話しだす。


「朝のことなんだが、学校の近くでひったくり事件があってな」


 ほうほう。


「それを解決したやつが実はこのクラスにいるんだ」


 ホワッツ!? それ私のことじゃん!


「せっかくだからこっちに上がってこい」

「いやぁ~、照れますな~」


 呼ばれたので教壇に上がる。すると「ひゅーひゅー」「やるじゃん」「惚れなおしましたわ!」「ただの馬鹿じゃなかったんだな」等など、賞賛する声が私に向けられる。ついでに拍手まで加えられると耳まで赤くなっちゃう。今なら何でも許せちゃう気分! でも最後に私のこと馬鹿っていったやつ、後で覚えとけよ。


「事件のあらましはこんな感じだ。朝、女性が道を歩いていると後ろから……」


 先生が私とひったくり犯の捕物活劇を一から十まで身振り手振りを交えながら話し始めた。すぐにでも帰ろうとしていたクラスメイトはいつの間にか腰を落ち着けて、話に聞き入ってしまっている。

 そこから始まったのは私を褒め称えるステージ――――ではなく公開処刑だった。


「『せめてお名前だけでも!』と女性はすがりついた。その時こいつはしたり顔でこう言ったんだ。『あっしはしがない学徒の身……名乗るほどの者じゃございやせん。ひったくりには気を付けてくだせえ。それではさらばっ!』ってね」


 先生の名演技にクラスが爆笑の渦に飲み込まれる。

 何だその無駄に高い演技力! あんた、ただの教師だろ。どこか劇団でも入った方がいいんじゃないのか? 

 それにお姉さんも一字一句まで暗記して伝えるとか鬼畜すぎぃ!

 もう私の恥ずかしい過去を掘り起こさないでぇ。


「名乗らなかったのに何故こいつが助けたことが分かったのかって? それはこの生徒手帳のおかげさ。さっき被害にあった女性が届けてくれたんだが、落ちているのを拾って渡そうとしたら走り去っていったんだとさ」

「ああ! 私の生徒手帳!」


 再び教室は大爆笑に包まれる。抱腹絶倒とはこのことを言うのだろう。ヒィヒィ言いながら目に涙をためて笑ってる人が結構な数いる。

 もうやめて! とっくに私のライフはゼロよ!

 結局、ホームルームが終わるまで笑い声が絶えることはなかった。

 この時の私は気付かなかった。全く笑っていない子が一人、目の前にいることに……。


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