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第2話 余り物には福がない

 私の高校には一時間目の前に朝のホームルームがある。たいていの高校はあるのかもしれないが。

 そのホームルームではいついつに避難訓練があるとか近くで変質者が出るから気を付けるようにとかの簡単な報告やどこの委員に入るかなどのクラスの決め事が行われる。今日のホームルームは後者であった。

 教室の引き戸をガラガラと開けて四角い顔の男性教師が入ってくる。うちのクラスの担任(33歳独身、彼女募集中)だ。

 先生はまず無精ヒゲを剃って清潔にした方がいいと思う。


「みんなおはよう。朝のホームルームを始めるぞ。早速だが、今日は席替えを行う」


 先生の唐突な席替え宣言にクラスの皆は「おー!」や「えー……」といった二極の反応に別れてざわつく。教壇の真ん前だとかですぐにでも席替えしたい人や好きな子の近くだとかの理由で今の位置がいい人がいるからだ。かくいう私は教師に当てられやすい教室のド真ん中に位置しているので、先生に喝采を浴びせた。

 先生は「静粛に」と裁判長みたいなことをいって教室を静まり返らせた後、どこからか無地の箱を取り出す。


「くじを作ってきたから早い者順で引いてくれ。目の悪い者は前の人と交渉して交換してもらえよ」


 わざわざくじを作るなんて……そのマメさを別に活かせればモテるだろうに。

 それにしても、くじか。小学生の時にこれをやったら我先にとアリのように群がるところなのだろうが、そこは分別のついた高校生。きちっと並んで、引いた紙を折っただけのくじを見たり見せ合ったりして悲喜こもごもだ。クラスの半数ほどがくじを引き終わったところで、そろそろ行くかと椅子を引いて立ち上がる。


「藍さん、これ落ちましたよ」

「はえ?」


 視線を横に移すと犬のぬいぐるみを握っている委員長がいた。くじを引き終わって自分の席に戻る途中だったらしく、反対の手には紙切れが握られている。

 立ち上がった時にポケットからぽろりと落ちてしまったのかな。


「委員長、ありがとう」

「いえいえ、藍さんが編みぐるみ持っているなんて意外ですね」


 え? 編みぐるみ?


「これ編みぐるみって言うの? ぬいぐるみとは違うの?」

「確かぬいぐるみの一種だったと思いますけど……あれ? でも編んでいるから『編み』ぐるみなわけで、縫って作る『縫い』ぐるみとは全く別物かも? でもでも、人形という大きな定義では一括りにしても…………これは一度ちゃんと調べなければ…………」


 委員長が思考の海に沈んでしまう。サルベージしなくては!


「委員長! 拾ってくれてありがとうね」

「あ、はい」


 半ば強引に委員長の手から犬の編みぐるみ? を取り戻す。


「おーい、お前で最後だぞ」

「なんですと!?」


 いつの間にやら全員くじを引き終わっていたようだ。まぁ、残り物には福があるって言うし、あまり気にすることでもないか。ラッキーアイテムちゃんも持ってることだしね。

 教壇まで行き、くじの入ってる箱に手を入れる。ガサゴソ探るが当然ながら一枚しか入っていない。それを取り出して中身を開いて見る。


「4のA?」


 これは教室の入口から4列目のA、つまりは一番前ということ。教壇の真ん前だ。

 先生は顎をジョリジョリ撫でながら笑う。


「当たりだな」

「みぎゃー!」


 全然ラッキーアイテムじゃないじゃんかこれ。

 教壇の目の前に机を持ってきて座り、犬の編みぐるみを取り出して眺める。

 やはりちゃんとしたぬいぐるみじゃないとダメなのだろうか。小さいやつを適当に見繕ってかばんにでも入れておけばよかった。


「お隣さんですね」

「げっ、委員長」


 声がして隣を見ると委員長が微笑んでいた。こんな前の席で嬉しいんだろうか。眼鏡っ娘だから視力はそんなによくないんだろうけどさ。


「『げっ』とは失礼な人ですね」


 むっとした顔になる委員長。


「最悪だ~」

「自業自得……じゃないですね。私のせいです……」


 今度はしゅんと萎えた花のようになる。

 表情がコロコロ変わって面白いな、なんて考えてる場合じゃないや。


「私が引き止めなければもっと早く、くじを引けて……それに私なんかの隣じゃ嫌ですよね」

「こんなの運次第なんだからいつ引いても同じだよ。それに委員長の隣は全然嫌じゃないよ! ……ちょっと説教が多くなるかなと思っただけで」

「そう……ですか! うふふ」


 どうやら後半の言葉は聞こえていなかったようだ。とにかく機嫌が直って何よりだ。


「その編みぐるみお気に入りなんですか?」

「いつも家の机に置いてるし、お気に入りといえばお気に入りかな」


 持っているぬいぐるみの中で机においても邪魔にならない大きさだったっていうのが理由けどね。

 勉強中とか疲れた時にぬいぐるみが視界に入ると和むのだ。


「学校にまで猫ちゃんの編みぐるみを持ってくるなんて案外かわいらしい人なんですね、藍さん」

「これ猫じゃなくて犬なんだけどね」

「うぅ……ワンちゃんだったなんて……」


 委員長は恥ずかしそうに二本のおさげを掴んで顔を隠す。

 ワンちゃんて……委員長の方がよっぽどかわいらしい人じゃないか。

 いじると怒りそうだったので、特に追求せずそっとしておいてあげる。

 それからの授業は何事も無く進んだ。いや、教師にメチャクチャ当てられた。前の席より当てられ率は当社比2倍! 苦手な数学の問題を答えろと言われて大間違いしたり、現代文ではトンチンカンな答えを晒して笑いものにされたり散々だったよ。別に私が馬鹿なわけじゃないよ! ……ないよ。

 そんなこんなで昼休み。


「藍ちゃーん、先生が呼んでるよー」


 クラスメイトの私を呼ぶ声が教室に響く。

先生が? なんだろう? 


「遅刻し過ぎの藍さんに先生から引導を渡される時がついに来たのですね」


 冗談言っちゃあいかんよ委員長。冗談だよね?

 教室を出ると担任の先生がいやに真剣な表情で口を一の字に結んで佇んでいた。


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