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第09話 赤毛の女冒険者

 武器防具店で装備を整えた僕は、その足で冒険者ギルドへとやってきた。

 入って左側の掲示板に薬草採取の依頼があることを確認すると、カティヤさんが受付をしている列に並ぶ。

 他にすいている列もあったけれど、初対面の受付さんと話す勇気は湧かなかった。

 行列に並ぶのは日本人の得意技。何の苦もない。

 十分も待つと僕の順番が回ってくる。


「薬草採取ですね。――はい、依頼受け付け完了いたしました」


 何かの装置っぽいものに僕のギルド証を乗せ、カティヤさんが操作した。

 依頼の処理を行なう魔法道具なのだろう。

 返してもらったギルド証には遂行中の依頼内容が追記されていた。

 さっそくいこうと思ったところでマモルに止められた。


『薬草がどんなものか聞いたほうがいい。雑草との違いも俺達は分からないしな』

 確かにそうだね、重要だね!


「あっ、あの、すいません……薬草って、どんなもの、なんでしょうか?」

「おや、見たことありませんでしたか? こちらと同じものを集めてきて下さいね」


 薬草も知らない無能っぷりをアピールしてしまったけれど、カティヤさんは嫌な顔一つせずに薬草の現物を見せてくれた。

 僕には雑草との違いが分かりそうもないけれど、マモルが形を覚えてくれたので大丈夫だろう。


「危険は少ないと思いますけれど、初めての依頼です。十分にお気を付けて下さいね」

「はっ、はい。頑張りますっ」


 忠告をありがたく思い、勢い込んで頷くとニッコリと微笑んでくれた。

 これは男だったら惚れちゃいますわ。彼女の列が混んでいたのも納得だ。

 僕は身の程をわきまえているので単に顔を赤くするだけだけどね。



 なんて浮かれた気分でいたのがいけなかったのだろうか。


「テメェ、ルーキーか?」

「はっ? えっ?」


 冒険者ギルドを出ようとしたところで絡まれてしまった。

 硬直した僕を睨み付ける、ヤクザの下部構成員みたいな顔をした男。格好からして冒険者だ。


「ひ弱そうなナリしやがって、それで冒険者のつもりか? あ?」

「ひぃっ! ごっ、ごめんなさい!」


 声と視線とで威圧された僕は、理不尽な因縁を受けて即座に謝ってしまった。

 オーク村から脱出したときにもう油断はしないと誓ったのに、良い人とばかり巡り会っていたので気を抜いていた。


『落ち着いて対応すれば大丈夫だ。人も大勢いるから危険はない』


 マモルが助言してくれるけど、対人の恐怖が心に蘇って身体が震えてしまう。


 ここは冒険者ギルドなのだ。

 普通、死ぬ危険を冒してまで魔物と戦うなんて並の人間ではやっていられない。そんなことをするのは腕に自慢がある荒くれ者だけだ。

 僕はマモルの補助があるから出来そうだとなってみたけど、見るからにひ弱な僕は完全に場違いな存在に違いない。


「何いきなり謝ってんだ。やっぱテメェ、色目使ってやがったのか?」

「はっ、はひぃっ!? いっ、色目って、そんなっ……!」


 いやいやいや、何言ってらっしゃるの? 男に色目使うなんて!

 そんな趣味は断じてないと言おうと思ったけど、男の目がチラリと向いたほうを見て口をつぐんだ。

 彼ではなく、長い行列を処理していてこちらに気付いていないカティヤさんのことだった。


『焦らないでも大丈夫だ、落ち着いて誤解を解けばいい』

「まっ、まさかっ! 僕は、そのっ、彼女に――」

「あぁっ? 彼女だとぉ!?」

「ひぃぃんっ!? あぇあっ、えっ、いえっ……あぁっ、違くてっ」


 そんな無謀な想いは抱いていないと言いたかったのに、声を被せられて潰されてしまった。

 胸ぐらを掴まれ顔を近づけられ、三白眼で睨まれてしどろもどろになってしまう。

 マモルが助言してくれているのに口が上手く動かない。


 あぁっ、どうして僕はこんなアウトローな感じの人に詰め寄られているのだろうか。

 もう全力逃げてしまおう! フルブーストして――と、お願いしようとしたところで救いの手がさしのべられた。



「やめときなよ。何、ルーキー相手に凄んでんだい」

「姉御っ。いや、その、カティヤさんがこいつに笑顔を……」

「あの人は誰にでも優しいだろ。まったく、ゴツい顔して女々しいこと言うんじゃないよ」

「そんなぁ」


 おっ、おぉぉ? た、助かった……のか?

 僕とチンピラ顔冒険者さんの間に入った女性が取り成してくれた。

 彼女のほうが立場が上なのか、男はたじたじになっている。


 二十代前半くらいのワイルドな感じの女の人だった。

 というかこの女冒険者さん、獣耳の人だ!

『初めて冒険者ギルドに来たとき見かけた人だな』

 そうそう、目が釘付けになったのを覚えている。主に獣耳に!


 近くで見るとますます目が離せなくなる。

 無造作に背中まで流された、ウェーブがかった情熱的な赤毛の髪。その上に生えた同色の獣耳が彼女の気持ちを表わすようにピンと反り立っている。

 ときおり周囲の音を聞くように動いているので作り物ではない。

 丸みがかった三角形をしている。何の獣耳だろうか。

 猫ではなさそうだけど、雰囲気は猫科の肉食獣のような雰囲気を感じさせる。


「ほら、さっさと森へ行く準備をしてきな」

「へっ、へい」


 と、僕が獣耳に夢中になっている間に彼女は男を諫め終えていた。

 何事か命令されたチンピラさんはすごすごと引き下がる。

 お姉さんすごい、カッコいい!

 額に鉢金を巻いていて、耳同様にワイルドな気配をまとった女の人だ。


「アンタ、ルーキーだろう?」

「はっ、はひぃっ! えっと、あの……昨日なった、ばかりですっ」

「そうかい。災難だったねぇ」


 まっすぐに僕へ向き直った彼女に声を掛けられ、思わず声音が上擦ってしまった。

 直立不動で答える僕を見て素直な新人と認識してくれたのか、微笑ましそうな顔をしてポンと僕の肩を叩く。


「ま、めげずに頑張りなよ」


 そう言って颯爽(さっそう)とギルドを出ていった。

 助かったと息をはくとともに、どうして僕を助けてくれたのかという疑問もなんとなくだけど解けた。


『彼女の目、同じだったな』

「うん……」


 髪の色は赤毛だったけど、女冒険者さんの目は僕と同じ黒色だった。

 そこがちょっとした同族意識を生んでいるんじゃないかとマモルは分析していた。僕もそう思う。

 気のよい人だったということもあるだろうけど。


 彼女の目を見たとき、この世界で初めて出会った、塔で気遣わしげな視線を僕に送ってくれた女の子の黒い瞳を少しだけ思い出してしまった。

 あの子は無事だろうかと想うと、少しだけ胸がズキリと痛んだ。




 トラブルはあったものの何とか無事に切り抜けられた。

 宿に帰りたい衝動に駆られたけど、『キャンセルすると違約金を取られる』とマモルに言われたので渋々と歩き出す。

 薬草は森や草原に生えているというので、この町へくるときに見えた平原へ行ってみようと西門へ向かう。

 門の前にはヨーゼフさんが立っていたので挨拶する。


『軽く世間話でもしてみるといい』

「おう。なかなか冒険者らしくなったじゃないか」

「あっ、どっ、どうも。おかげさまで、なんとか」

「装備を見せにきたわけでもなさそうだし、さっそく依頼を受けたのか?」

「はっ、はい、えっと、薬草採取です。まだちょっと……魔物と戦うのは、恐いので」

「そうかそうか。それでいいんだ。慣れるまでは無茶をするんじゃないぞ」

 いきなり身の丈に合わない魔物に挑んで死んじまうヤツも多いからな……」


 冒険者は自分のランクと一つ上下のランク依頼しか受けることが出来ない。成り立てのFランク冒険者がAランクの討伐依頼など受けたらほぼ確実に死んでしまうからだ。

 冒険者ギルドに長年蓄積されてきたデータを元に冒険者の力と依頼内容をランク分けし、ランクに合った依頼を受けさせることで依頼の失敗や冒険者の死傷率を下げている。とカティヤさんが言っていた。


 それでも近くの村から出てきた力自慢の若者などが冒険者になり、自分の力を過信して無謀な戦いの末に死んでしまう事例が後を絶たないらしい。

 ゲームみたいにレベルや能力値があっても、これは現実なのだから魔物に負ければ死あるのみだ。

 年長者のアドバイスをありがたく受け取って深く頷いた。


「まぁ、お前さんは大丈夫そうだな。薬草なら森まで行かなくても草原を探せば生えているだろう。探してみな」

「はいっ。ありがとう、ございます」

「滅多にいないとは思うが、魔物が出ることもあるから十分に気を付けるんだぞ」


 多少ドモっちゃったけどいい感じに世間話が出来た気がする。

 マモルも『ちゃんと喋れたじゃないか』と評価してくれたし、次も頑張ろう。



 ヨーゼフさんに見送られ、門を通って草原を目指す。

 十分も歩くと、遠くに見える山々の麓まで続いているような、見渡すばかりの草原に辿り着いた。

 日本ではまずお目にかかれない雄大な景色にしばし見入ってしまう。


 数時間前に脇を通り過ぎたその草地へ、今度は真っ直ぐに入っていく。

 広すぎて何の目印もないので迷ってしまいそうだけど、平地なので遠くとも町の城壁が見えるし、方向は太陽の位置からマモルが正確に割り出してくれるので問題ない。マモルってば、マジ万能。

 僕は帰り道の心配をせず、薬草を探して歩き回った。


 三十分も探し回っていると、ようやく薬草が群生している場所を見つけることが出来た。

 だけどそこには先客が一人いたため、つい足を止めてしまう。

 不味い相手に出遭ってしまったと冷や汗が背中を流れ落ちる。


 そこにいたのは――幼女だった。


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