第08話 能力と装備
屋根も壁もある個室の中は、狭いけれどとても居心地が良い。
窓の外から聞こえてくる街の喧騒も遠い。
「さて。これからどうしようか」
お腹もいっぱいになり、心に余裕が出来たところで今後のことを考える。
当面過ごせるだけのお金が手に入ったし、しばらく町中でゆっくり過ごすというのはどうか。一ヶ月くらい。
心の中の呟きに、『それだとすぐにお金が尽きてどうにもならなくなるな』というツッコミが即座に入った。
確かに。
頼れる人もいない異世界で奇跡的に手に入った初期資金。残り銀貨十三枚と銅貨六枚。
何もせずに使い果たしてしまえばもう復帰出来ないだろう。
ニート生活には少し心惹かれるけど、一度自堕落な生活をしてしまうと真っ当な生活に戻るのは難しいと誰かに聞いた気がする。
ではどうすればいいのか。
『ここで生きる、もしくは帰る方法を探すためにも、戦い方を身に付けるべきだな』
「戦いなんて危ないし恐いよ。僕の能力値見たでしょ?」
前向きというか前のめりすぎる気がするマモルの提案に難色を示す。
ギルドの受付嬢、カティヤさんから受け取ったギルド証。
それには以下のような情報が記載されていた。
――――――――――
アストラ=イトウ
レベル:1
ランク:F
HP:12
MP:2
筋力:5
体力:6
敏捷:3
器用:5
魔力:2
スキル:なし
――――――――――
驚くべき事にこのギルド証というものには、僕の能力値が表示されていたのだ。
レベルとかHPとかゲームかよ!
分かり易くていいけど、魔法って言えば何でもありなのか……。
カティヤさんの説明によると、経験を積んでレベルが上がれば表示内容も更新されるらしい。
ちなみに名前とランク以外は自分だけしか見られないように出来るそうなので、すぐに実行しておいた。
僕の駄目すぎる能力を知られたら、今より更に見くびられちゃいそうだからね!
それにしても僕の能力値低すぎでしょ……。
HP以外全部一桁なんですけど。
もしかしたらこの数値でも高い可能性もあったので、ヨーゼフさんにそれとなく能力値のことを聞いてみた。
結果、僕がこの世界の一般男性の平均よりもかなり弱いことが発覚してしまった。
その上、スキル無しだし。
僕を召喚した魔法使いは魔法か何かでこの情報を見ていたんだろうね。
そりゃあ無能って言われるよ……。
こんな低レベル、低能力値に無スキルという三拍子揃ってしまった僕にどう戦えというのか。
なってはみたものの、冒険者の仕事ってすごく危なそう。魔物って動物よりデカくて凶暴な感じがするし。オーク恐かったし。
喧嘩だってした事がないのに、そんなヤツらを討伐するなんて無茶を通り越しすぎている。
たぶん、町にくるときに見かけたスライムにも負けるんじゃないかな。
なんで冒険者ギルドに行ったんだろう。その場の勢いって怖いなぁ。
『心配するな。言っただろう? 俺が全力で手助けをするって。もう一度見てみろよ』
マモルの言葉と共に僕の身体がポワンっと何やら光る。
強化魔法を使ったのかな?
普通なら何が起きたのかと慌てるところだけど、彼が僕に危害を加えることは有り得ないので首を傾げる程度だ。
そんなことを考えながら言われた通りにギルド証に目を落とす。
――――――――――
アストラ=イトウ
レベル:1
ランク:F
HP:112|(+100)
MP:102|(+100)
筋力:55|(+50)
体力:56|(+50)
敏捷:53|(+50)
器用:55|(+50)
魔力:52|(+50)
スキル:なし
――――――――――
「おわっ、何これ!?」
レベルはそのままなのに、僕の全能力値が十倍くらいに跳ね上がっていた。
数字がバグってるのかと思ったけど、実際に身体も軽く感じられる。
横に置いてあるテーブルを試しに持ってみたら、ヒョイっと片手で軽々と持ち上げられてしまった。
小さくても十キロくらいはありそうなのに、指二本で摘まんだ状態にしても持っていられるのだ。
自分の力持ち具合に唖然としていたけど、マモルが声を掛けて意識を戻してくれた。
『これが補助魔法でフルブーストした結果だ』
「補助魔法すごすぎだよ! ほんと魔法は何でもありだねぇ……」
能力値の後ろに付いているカッコ内が魔法で上昇している数値らしい。
この状態を三十分くらい維持することが出来て、効果が切れてもまたすぐにかけ直せるのだという。
初期MP2の僕がそんなすごい魔法を使って大丈夫なのかと心配になったけど、マモルが魔法を使っても僕のMPに影響はなく、今のところ連発しても不都合は感じられないとのことだ。
マモルってばチートすぎ。
それにひきかえ、僕のゴミさ加減は何なのか。
『俺の力は明日虎の力でもあるって言ったろう? それに能力値なんてこれから上げればいいじゃないか』
落ち込んでしまったけど、マモルの励ましを受けて気を取り直す。
そうだよね。まだこの世界にきたばかりなんだから弱くて当たり前なんだ。
戦い方を身に付け、強くなるという彼の言葉を前向きに受け止める。
『分かってくれたようだな』
「うん、ちょっと頑張ってみるよ。どうすればいい?」
『よし。こんな世界で強くなるためにはまず武器と防具が必要だ』
魔物と冒険者がいるような世界なのだし、日本とは違って治安も良くないだろう。
いつ何処に命の危険があるか分からないのだ。
平和に過ごす為にも備えとしての武器は必要だし、魔法があるとはいえ万が一の為に防具があれば安心出来る。マモルの言う通りだ。
僕に害意がなくても、理不尽に襲われることだってあるだろうから。
……でもやっぱり戦うのは恐いなぁとグズってしまう。
『冒険者と言っても戦うばかりが仕事じゃない。薬草の採取なんて依頼もあったな』
それでも丸腰で町の外に出るのは危険だとマモルは続ける。
それに冒険者をやるなら戦いを回避し続けることは出来ないのだ。
ギルド証を受け取った時にカティヤさんから聞いたギルド規約を思い出す。
ギルド員同士による私闘の禁止、違法行為の禁止、依頼失敗時に発生する違約金。
などといった基本事項に加え、下位の冒険者には一定期間討伐依頼を達成しないと資格が停止されるという項目があるのだ。
冒険者は頻繁に町の外に出る必要があるため、基本的に都市通行税が免除されている。
その利点を悪用した、冒険者ギルドに登録したものの依頼を受けない、受けても戦闘の発生しなさそうなものだけというエセ冒険者を発生させないための処置だ。
ランクDの冒険者は半年、Eは三ヶ月、Fは一ヶ月に一度は討伐依頼を達成しないと資格が停止されてしまう。
だから僕も冒険者になった以上、魔物と戦わないわけにはいかないのだ。
冒険者のランクはF~A・S~SSSまであるらしい。
ランクDになって一人前、Cで熟練、Bなら一流、Aともなれば超一流。S以降は英雄クラスの存在だ。
ちなみに、この世界にアルファベットがあるわけではなく、それらに相当する文字が言語翻訳されている。
「そうだね。まずは薬草採取を受けようかな」
『それがいいだろう。冒険者に慣れて、心構えが出来たら魔物とも戦ってみような』
「うん、頑張るよっ」
そうと決まれば行動だ。また気力が萎えないうちに行動を開始しよう。
ベッドから勢い良く起き上がり、部屋を出て鍵を掛けるとそれをフロントに預けて宿を出る。
『まずは武器と防具からだな』
売っていそうな店の場所はすぐに分かった。冒険者ギルドと商店のある大通りにそれらしき看板があったとマモルが教えてくれたのだ。
僕の目の端にチラリと入った程度だったはずだけど、彼はしっかりと記憶してくれていたらしい。
本当、頼りになる男だよ。
大通りを進んで冒険者ギルドを通り過ぎた辺りにその店はあった。
マモルに励まされて勢いのまま躊躇わずに店へ入る。
店の大きさは硬貨を買い取りしてくれた商店と同じくらいだけど、中の雑然っぷりがすごい。
大量の武器と防具がところ狭しとひしめき合っている。
人の身体のサイズは様々だから、オーダーメイド専門店でもなければこれくらいの量が必要になるのだろう。
『初心者用の武器と防具を頼むんだ』
「あ、あの。初心者用の、その……武器と防具が、えっと、欲しいんですが……」
カウンターに座っている、オヤジさんという呼び名が似合いそうな店主に声を掛けると、凄みのある眼差しでギロリと睨まれて身が竦む。
門番のヨーゼフさんよりも厳つい顔をしているのでかなり恐い。
頭の先から足の先まで鋭い視線で見つめられ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「武器は何を使う。剣か? 槍か? 斧か?」
『そうだな、剣がいいんじゃないか?』
「あっ、えっ、あっ、えっと……その、けっ、剣で」
渋い低音の声で言われ、ドモってしまったけどマモルの助言を聞いてなんとか答えられた。
槍や斧なんて使い方も分からないので剣にしておいた。
剣ももちろん振ったことなどないけど、時代劇が好きでよく見ていたので何となく使えそうな気がする。いや、使いたい。
剣とか刀で戦うってやっぱり男の子の憧れだもんね! 本当は刀が良いけど、異世界にあるのかなぁ。
刀と剣では扱い方が違うって聞くけど、剣道さえ習ったことのない素人なのだから問題ないか。
オヤジさんは頷くと、僕に扱えそうな剣と鎧を見繕ってくれた。
「お前さんに使えそうなのはこの辺りだな」
鉄で出来た刃渡り六十センチほどのショートソードと、肩から腰までを覆う皮製の鎧だった。
鎧を身に付けると、身体に合うように調整してくれた。
剣も渡されたので言われるがままに軽く振ってみた。
「どうだ?」
「はっ、はい。鎧は動き……易いし、剣も……ふっ、振り易い、と思います」
皮で出来ている鎧は柔軟性があるので剣を振るのに邪魔にならない。
金属製だと硬くて安心感が増すが、重くて動き難そうだし今の僕には不向きなのだろう。
剣のほうもちょっと短いかなと思ったけど、僕の筋力的にはちょうどよかった。
「そうか。どうする?」
『いいんじゃないか?』
「えっと、はっ、はい。これでお願い、します」
マモルの同意も得てから購入を決めて頷いた。彼がいてくれるのでテンパらずに最後まで会話出来た。ドモリまくっちゃったけど!
剣と鎧、合わせて銀貨九枚。
九万円か。結構な出費になってしまったけど良い買い物が出来たと思う。
オヤジさんは無愛想で無口なところが宿屋の主人とキャラ被りしているけど、仕事が真面目そうで僕を蔑んだ目で見たり侮ったりしない所も同じなので好感が持てる。
オマケでリュックサックを付けてくれたのもありがたい。この町は顔が怖いけど優しい人が多いね!
何だかこの町にきてから少し運気が上がっている気がする。
この勢いで依頼も受けてしまおう。
薬草採取に挑戦だ! 戦闘は回避の方向で!