第06話 お金の価値
ようやく身分証が手に入ると思ったのだけれど。
ギルド証には魔法が込められているようだし、無料で発行してくれるはずもなかった。
銀貨一枚が必要だというが、それはいったいどれくらいの金額なのだろうか。
何にしても先立つ物がない。
日本から召喚された僕がこの世界のお金など持っているはずがないのだ。
「あー、荷物は全部なくしちまったんだったか」
「はい……」
「身に付けてるものの中にも何もないか?」
「えっと」
『ポケットに何か入ってるな』
また固まってしまった僕を見て門番さんがフォローを入れてくれる。それを更にマモルがフォローしてくれた。
言われた通りに服のポケットを探ってみると、小銭入れを見つけることができた。
他には特に何もないようだ。
もっと早く持ち物チェックしろよという話だけど、次々起こることへの対処に大わらわで完全に頭から抜けてしまっていた。
まぁ、マモルが把握していてくれたみたいだからいいだろう。
小銭入れには五百円玉が一枚と百円玉と十円玉が何枚か入っていた。
日本円は使えないよなぁと思いながらも、一応それらを取り出してカウンターの上に出してみる。
「銀貨と銅貨、それに大銀貨……ですか? これは、何処の国のものでしょう?」
当然ながら見たことのない硬貨に戸惑った様子で聞いてくる受付のカティヤさん。
百円玉は白銅だから銀貨ではないけど、色合いは確かに銀色だ。
何と答えるべきか少し悩んだけど、マモルのアドバイスを受けて遥か東方にある国の硬貨だと告げる。
日本は東方の島国って言われてるんだから嘘じゃないよね。
「東方――もしや、ヒュウガ国の通貨ですか!?」
「えっ、そのっ……あ、はい」
「なるほど。やはりアストラさんはヒュウガの方だったのですね」
何やら和っぽい国名きた。
ヒュウガって日向? たしか九州の地名だよね。
思わず頷いてしまったけど、その国では黒髪黒目の民が暮らしているという話なので、僕を見たときにヒュウガ人ではないかと思っていたのだと納得された。
あとそれとなく話に出たのだけど、この町は大きな大陸の西方にあるらしいのでヒュウガ国に行ったことのある人はおらず、詳細も伝え聞く程度だそうだ。
その話によると、どうやら生活スタイルも和風な感じがする。
ん?
ということは、あの塔にいた女の子はもしかしたら日本人じゃなくてヒュウガ人の可能性もあるのか?
だとすると僕の異世界召喚は偶然だったという話もありえる?
そうすると送還方法なんてなくて、僕は日本に帰れないかもしれないのか?
『いやいや、それはあくまでも仮定の話だろう。
あの少女が日本人で、明日虎と同じく異世界召喚された可能性も同じだけある。
和風の国があるのも過去に日本人が召喚されたからに違いないし、それなら送還方法だってあるかもしれない。
ともかく今は深く考えず、あの子と話してみるまで保留にするしかないな』
パニックになりそうだったけど、そうマモルに諭されて気を持ち直した。
「申し訳ないのですが、冒険者ギルドではヒュウガ国の貨幣は扱えません」
「えっ!?」
「ギルドだけでなく、この町では使えないのではないでしょうか」
「あっ、えっ、そっ、そう、なんですか……」
せっかく立ち直ったのにまた落とされてしまった。
ストロムの町では両替をしていないらしい。
いや、両替されても困るんだけどね。これ日本国通貨であって、ヒュウガ国の本当の通貨じゃないし。
「ですが……そうですね。これほど精巧な彫刻が施してありますし、貨幣としてではなく美術品として商店で査定していただいてはどうでしょうか?」
どうしたものかと途方にくれてしまったけど、カティヤさんがそんな提案をしてくれた。
この国の硬貨を見せてもらったら、作りがかなり粗いことが分かった。
それに比べると現代の高度な技術で作られ、偽造防止加工まで施されている日本の硬貨は美術品と言っても過言ではないだろう。
ならば商店で買い取ってもらえるかもしれない。という話だ。
「そっ、そうですね。ありがとう、ございます、そうしてみます」
「はい。ギルド証はしばらくこちらで預からせていただきますね」
「あっ、おっ……お願い、します」
最後までにこやかな表情を崩さなかったカティヤさんにお礼を言うと、門番さんと共に冒険者ギルドを後にした。
商店は何処にあるのかなと思ったけど、大通りを挟んですぐ向かい側に立っていた。
建物に入るのも二度目なので気後れすることもなく、二人で一緒に入っていく。
「おぉ~」
冒険者ギルドに比べればこぢんまりとしているけど、大通りに面した場所に建てられているだけはあり、しっかりとした店構えのお店だ。
店内にはところ狭しと棚が並んでいて、その上に大量の商品が置かれていた。
右側は主に液体の入った小瓶、左側は何かの宝石や様々な道具が展示してある。
その物量と、現代日本では見たことのない品々に思わず声が出てしまった。
「いらっしゃいませ。今日はどういったものをお探しで?」
店内を眺めていると、中央にあるカウンターの向こうに座っている店員さんに声を掛けられた。
商売人だけあって愛想が良い。
顔も体格も門番さんに比べると普通だし、腰が低いので恐くない。これなら少し話し易そうだ。
『売りたい物があると言って、硬貨を出せばいいさ』
「あ、えっと。買い物じゃなくて、売りたいんですが……」
そう言ってポケットに戻していた硬貨を取り出して商人さんに見せる。
「ほぉ――これは、硬貨……ですかな?」
カウンターの上に並んだ硬貨を、僕に一声掛けてから手に取りしげしげと眺める。
カティヤさんに告げたのと同じく、遥か東方にある国の貨幣だと告げた。
するとやはり彼も僕をヒュウガ国人と勘違いし、その国の硬貨なのかとしきりに感心している。
一応嘘は言っていない、はず。
騙しているようで心苦しいけど、『別の世界の技術で作られた一品物なんだから相応の価値はあるさ』とマモルに言われたので納得することにした。
珍品で美術品としての価値もありそうなので、ここで買い取ってくれるという。
よかった、正に奇貨という奴だ。
特に10円玉に刻印された建物の精巧さが神掛かり的で素晴らしいと興奮している。
異世界人にも認められるとはさすが平等院鳳凰堂。世界遺産だけのことはある。
「そうですな……全て合わせて銀貨十枚でどうでしょうか?」
どうか、と言われても。
銀貨の価値がいまいち分からないし、分かっても交渉なんて僕に出来るわけもない。
さすがのマモルもこの世界の貨幣価値までは分からずアドバイスしてくれない。
困って門番さんの顔を窺うと、「それだけ珍しい品ならば好事家が買うのではないか? ならもう少し出してやってもいいだろう」と援護してくれた。
僕を監視するために居るはずなのに、本当にいい人だよ。
「う~ん、そう言われると弱いですな。では銀貨十五枚でどうでしょう? 未知の品ですし、これ以上はちょっと出せませんなぁ」
別に値上げを要求したかったわけではないのに、五十パーセントも買い取り価格が上がってしまった。
元々この世界では価値など無いに等しいものだ。十分だろう。十分だよね?
頭の中でマモルの同意も得てから商人さんに頷いて取引は完了した。
『ちゃんと交渉出来たじゃないか。やったな!』
異世界で無一文スタートかと思っていたけど助かった。
これでご飯が食べられる。
商店を出てそう呟くと、「なんだ腹が減ってたのか? ならいい店があるぞ」とまた案内してくれることになった。
安くて量も食えて味も悪くない、駆け出し冒険者の懐にも優しい良心的なお店らしい。
宿屋も兼ねてるからそのまま泊まることも出来るという。
一度冒険者ギルドに戻り、カティヤさんに銀貨一枚渡して「無事売れたんですね。よかったです」と微笑まれながらギルド証を受け取ると、お礼を言ってからその店へ向かう。
ギルド証を確認した門番さんも「これで一件落着だな」と人の良い笑顔を見せてくれた。本当にいい人だ。
彼ともだいぶ打ち解けてきた気がするので、道すがら物価について聞いてみた。
その話をまとめ、日本の通貨に換算してみるとこんな感じらしい。
銅貨1枚=100円
大銅貨1枚=銅貨10枚=1,000円|(千円)
銀貨1枚=大銅貨10枚=10,000円|(一万円)
金貨1枚=銀貨100枚=1,000,000円|(百万円)
白金貨1枚=金貨100枚=100,000,000円|(一億円)
金貨以降は見る機会さえ無さそうな気がする。
贅沢をしなければ銀貨十枚で四人家族が一ヶ月くらい暮らせるそうだ。
他にも領内の都市周辺でのみ通用する賎貨というのがあって、銅貨の十分の一の価値だという。
ただ領内通貨なので両替は出来ないらしいけど。
ということは、千円未満の小銭が十五万円で売れたということか。
かなりぼったくってしまった……。
ま、まぁ美術品として価値があるみたいだし!
そんなことを考えている間に店の前に着いていた。
「これでひとまずは大丈夫だろう。災難にめげず、頑張れよ」
門番さんは仕事に戻るのだそうだ。
今さらだけど名前を教えてくれた。ヨーゼフさんというらしい。
僕も緊張しながら名前を教えたけれど、「よろしくな」とあっさり返されて名前について特別な反応はなかった。
明日虎って名前はこっちの世界だと普通なのかな。
それにしても彼にはものすごく世話になってしまった。
『しっかりお礼を言っておこう』
「あっ、あの……! な、何から何まで、その……ありがとう、ございましたっ」
「何、これも仕事だ」
深々とお辞儀をして礼を言うと、気負わない豪快な笑顔でを向けてくれた。
こちらも自然と笑顔になる。
明らかに門番の仕事の領域を超えていると思うのだけど。ヨーゼフさんいい人過ぎるよ。
去っていく彼を見送りながら、また心の中で感謝する。
この世界で初めて会った男は最低最悪な奴だったけど、次に会ったヨーゼフさんは本当に優しい人で助けられた。
カティヤさんもいい人だったし、この世界も悪くないかもしれない。
ちょっと頑張ってみようかなと思う僕を、マモルも全力で応援してくれた。