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第38話 エピローグ

「消えた……また生き返るか?」


 首を落としてもすぐにくっつけるような奴だ。真っ二つにしてもまた復活するかもしれない。

 角から目を離さずに刀を両手で構えたまま警戒する。


 ――五分ほど経っただろうか。

 角も魔石も全くピクリとも動かず、何も起こらない。


「どうやら――終わった、ようですね」

「そう、か……本当に、倒したん……だね」


 後ろから掛けられたユイハの声を効いて、ようやく身体から力を抜くことが出来た。

 彼女がそう言うなら間違いない。悪魔を倒せたんだと実感した。


 振り向いてユイハを見てから狂化していたことを思い出したけれど、激情が湧き上がってくることはなかった。

 狂化は既に解けていたようだ。


 前に狂化したときはもっと長かったと思ったんだけど。

『強度を高めたことで効果時間が短くなったんだろう』

 そういえば何だか身体が怠(だる)い……反動が来ているのかもしれない。

 悪魔を倒す前に狂化が切れなくてよかったよ。


「っとぉ、ユイハ大丈夫!?」

「はい、問題ありません」


 振り返り、彼女がまだ床に這いつくばっているのを見て焦る。

 ユイハは大丈夫だと言うけれど、彼女にとっての大丈夫な状態は常人にとっての駄目な可能性がある。

 念のためにユイハにもう一度回復魔法(ヒーリング)を掛けておいた。


「ありがとうございます。もう動けます」

「えぇぇっ、無理しないでよ?」

「ご心配には及びません」


 そう言うと、ユイハはよろけることもなくしっかりと自分の足で立ち上がった。

 マモルによると普通ならまだ動けないはずらしいのに、さすがユイハさん。半端ないです。


「あっ、これ、返すね。ありがとう、その、助かった……」

「お役に立てたようで何よりです」


 刀を返すと鞘に収め、ニコリと微笑んだ。

 少し血の気を失った白い肌は儚げで美しくて、そんな笑顔を見せられた僕の心臓は飛び出るんじゃないかと思えるくらいに高鳴ってしまった。


「あ~っ、その、えっと――」


 しどろもどろになって何を言えば良いんだろうと考えていると、ドーンっとすごい音が聞こえてきた。

 塔が少し震えるほどの音は下からのものだった。


「ぺっ、ペトラさん!」

「行きましょう!」


 駆け出す僕に遅れずユイハが付いてくる。

 本当にもう動けるようだ。さすがに本調子ではないようだけれど。

 彼女が全快だったら僕なんてすぐに追い越されちゃうからね。



 階段を駆け下りると、一階の広間へ通じる扉は全壊していた。壁も一部が崩れて破壊の跡を残している。

 部屋に入ると、中央で立つ赤い姿が目に入った。

 髪だけでなく、自らの血で肌を赤く染めたペトラさんだった。


「ペトラさんっ!?」


 その姿を見て悲鳴のような声を上げながら彼女に駆け寄る。


「おう……アストラ、かい? どうやら、そっちも……終わった、ようだね」

「はっ、はいっ!」


 僕達が魔法使い――悪魔を倒したことを知り、ニッと凄絶な笑みを浮かべる。

 ペトラさんもオークロードを倒したようだ。壁にめり込むように小山のような黒く大きな巨体が横たわっていた。

 上階で感じた揺れは、彼女がこいつを倒したときのものだったのだろう。


 しかしその代償は大きかったようで、彼女の身体は満身創痍と言って差し支えない状態になってしまっていた。

 左手は折れて変な方向に曲がっているし、右足も力が入らないのか斧で身体を支えないと立っていられないような有り様だ。


「すっ、すぐに、治療を!」


 僕は慌ててマモルにお願いすると、回復魔法の上級治癒(ハイネストヒーリング)をペトラさんに施した。

 ポワワンとした温かな光が彼女の身体を包み込み、身体中にあった傷が跡も残さず綺麗に消える。

 曲がっていた左手も元の状態に戻り、足も治ったようで動かして具合を確かめている。

 骨折も即座に治しちゃうなんて、回復魔法って便利を通り越して恐いくらいだ。


「ありがと、助かったよ」


 ポーションは戦闘中に全て使い切ってしまい、もう残っていなかったらしい。

 あれば骨折も治せたのだとか。魔法じゃなくてこの世界の回復技術自体がおかしいようだ。


「ともかく、無事でよかったです……」

「死ぬ気はないって言ったろう。デカかろうと、もう黒豚なんかには――む?」

「うわっ、なっ、何っ……地震!?」

「この揺れは――?」


 ペトラさんの健闘を称えていると、突然塔が揺れ始めた。

 上階で感じた揺れとは比べものにならない激しさで、止まることなく塔全体が揺れ続けている。


『不味いぞ明日虎、塔が崩れる! 二人を連れて早く脱出するんだ』

 えぇぇっ、まっ、マジで!?


「ユイハ、ペトラさんっ、塔が崩れるよ! 早く逃げようっ!」


 言っている間に塔が崩れ始めた。

 後ろで階段が崩れる音が響き、壁や天井にも大きなヒビが入っている。


「承知しました!」

「ったく、休む暇もなしかいっ!」


 ペトラさんは悪態をつくと、素早くオークロードの骸(むくろ)から魔石をくり抜いた。

 そういえば魔石を取っていなかった。ハイオーク達の分は取り出している余裕がないので諦めるしかないだろう。


「あっ、そういえば悪魔の魔石、忘れてた……!」

「ご安心を。こちらにあります」


 悪魔の魔石と角を置いてきてしまったことを思い出して落ち込んだけれど、ユイハが懐から取り出したのを見てすぐに気を取り直せた。

 彼女が確保していてくれたようだ。


「おぉぉっ、さすがユイハ!」


 ユイハの機転を讃(たた)えると、三人で急いで出口へと向かう。

 扉の結界は解けていたようで、ペトラさんが斧を叩き付けると必殺技を使うまでもなくあっさりと吹き飛んだ。

 そのまま転がり出るようにして塔から脱出した。


「ちっ、近くにいると、危ない……かもっ!」

「森の境(さかい)まで行くよ!」

「了解しましたっ!」


 あれだけ大きな建物が崩れたらヤバいことになりそうだというマモルの忠告を受け、二人と共にダッシュして塔から離れた。

 ペトラさんの言葉に従って森まで退避したところで、後ろからドーンッと凄まじい音が聞こえ、身体が跳ね上がってしまいそうなほどに激しい揺れに襲われた。


「ちぃっ!」

「くっ……!」

「うわぁあぁぁっ!?」


 二人のように足を踏ん張って耐えられなかった僕は思い切り尻もちを付いてしまった。

 何ごとかと後ろを振り返って見ると、塔が立っていた場所からすごい勢いで土煙が向かってきていた。


「わひぃっ!?」

『衝撃波が来るぞ! 防御する!』


 悲鳴を上げておたおたする僕と、後ろで防御態勢を取っている二人の前に風の防壁が瞬時に展開される。

 直後にやってきた衝撃波はその壁にぶつかると左右に逸れて後方の森へと流れて行った。

 土煙も数分で収まって周りの様子が見えるようになる。


「うっ、うわぁ……」

「塔が倒れたのかい。こいつは……危なかったねぇ」


 衝撃波も土煙も、塔が崩壊したために起きたものだった。

 数十メートルもあった塔は跡形もなく完全に崩れ去っていた。

 僕達の左右では何本もの木々がなぎ倒され、草地だった地面は土が剥き出しになっていて衝撃波の凄まじさを物語っていた。

 直撃していたかなりヤバいことになっていたと思う。


「アストラさんが防いでくれなければどうなっていたことか……」

「あー、う、うん……そう、だね」


 うん、マモルの魔法様々だ。

 ついでに扉が簡単に開いたことと塔が崩壊したメカニズムも彼が推測してくれた。


『扉の結界制御に魔力を供給していると思っていたが、扉だけでなく塔自体を制御していたんだろう。おそらくは悪魔自身の魔力を使って。

 奴を倒したことで塔を維持していた魔力が失われ、形を保っていることが出来なくなったんだ』



「終わり――ましたね」

「うん……」


 召喚されてきた僕達は、達成感とも寂寥感(せきりょうかん)ともつかない複雑な気持ちを抱きながら、崩れ去った塔を見つめる。

 いつまでも浸(ひた)ってしまいそうになる僕の肩をペトラさんがポンと叩いた。


「まぁ、何にしても。これで命の借りはこれで返せたかね」

「あっ、はっ、はい! それはもう、十分すぎるほどにっ」

「そうかい。それじゃあパーティはここで解散だね。短い間だったが、なかなかに楽しかったよ」

「はいっ! ペトラさん、本当にあっ、ありがとう、ございましたっ」

「気にしなさんな。戦士の掟に従ったまでさ」


 臨時のパーティだったけれど、二人には何度も助けてもらった。

 解散するのはちょっと寂しいけれど、魔法使いを倒すという目的を果たしたのだから仕方ない。

 頼ってばっかりだった気もするけれど。マモルの魔法で僕もそれなりに役に立ってはいたと思いたい。


「ユイハ、あんたはどうするんだい?」

「私は――アストラさん、貴方はどうなさるのですか?」

「えっ、ぼっ、僕……?」

「はい」


 ペトラさんと同じくユイハはどうするんだろうと思っていたところに突然振られ、わたわたと慌てふためいてしまう。

 そんな無様なところを揶揄することもなく、ユイハは静かな目で僕を見つめている。

 美少女に見つめられてドキドキしてしまう。


「僕は……えっと、そうだなぁ……。手掛かり……何も、なくなっちゃったしなぁ……」


 僕を召喚した悪魔は消滅し、僕が召喚された塔も崩れて消え去った。

 せっかくここまできたというのに、元の世界に戻るための手掛かりが全て失われてしまった。

 これからどうすればいいかなんて、分かるわけもない。


 もう、戻れないのかなぁ。

『諦めるな。まだ戻れないと決まったわけじゃない。探せばきっとどこかに手掛かりはある』

 ……そっか、そうだよね。


「手掛かりを……探そう、かな?」

「手掛かりって何のだい?」


 ポツリと呟いた僕の言葉をユイハではなくペトラさんが拾い上げてくれてしまった。

 ユイハにはもう、僕が異世界から召喚されたということは話してある。

 けれどペトラさんには単に召喚されたとしか言っていなかった。


 ユイハは何も言わずに僕を見ている。事情をおもんばかってくれているのだろう。


 どうしよう。もうペトラさんにも話しちゃおうか。

 頼れる姉御だし、もしかしたら何か知っているかもしれない。

『彼女ならまぁ、心配はいらないだろう』

 マモルの賛同も得られたので、意を決して僕は別の世界から召喚されたことをペトラさんに話した。


「――そういうわけで、元の世界に、その……戻るための手掛かりを、えっと……探したいな、と」


 一度話しているユイハも真剣そうに聞いてくれた。


「ふ~ん。異世界、かい? 帰る方法が分からないっていうんじゃあ、そうとうに遠いところなんだねぇ」

「あ、はい……えっと、まぁ、そんな感じで?」


 けれどペトラさんはあまり理解していない様子で、どこか遠い国から召喚されたんだろう程度に認識されてしまった。

 変に思われるとか、異質な存在として弾劾(だんがい)されるかもしれないなんて気負いは全くの無駄だった。


「――どうか、私にもお手伝いさせてください」

「えぇっ!? どっ、どういう……こと?」

「アストラさんが元の世界へと戻る方法――それを探すお手伝いをさせていただきたいのです」

「そっ、それは、こっちから……えっと、頼みたいくらいだし、すんごく助かるけど……いっ、いいの?」

「はい、もちろんです」


 僕と違って明確に帰る場所がこの世界にあるユイハは、祖国であるヒュウガへ戻るのだと思っていた。

 なのに僕が帰る手伝いをしてくれるという。聞き返しても即答だ。


「う、あ……その、えっと、あの……あっ、ありがとう!」

「お友達、ですから。微力ですが、力を尽くしましょう」

「そっ、そんな。ユイハが手伝って、くれるなら、その……すごく、嬉しいよっ」

「こちらこそ、アストラさんと同行出来て嬉しいです」

「うん……うんっ! よっ、よろしく、お願いするねっ」


 魔法使い――悪魔を倒した以上、ユイハとの関わりもここで終わりだと思っていた。

 けれどまだユイハと一緒にいられる。

 その事実が頭の中に浸透して理解すると、飛び上がって喜びたくなるくらい嬉しさがわき上がってきた。


「ふ~ん、そうかい。あんたはアストラと行くんだね。それもいいだろう」

「はい。ペトラさん、お世話になりました」

「ま、あたしもどこかで話を聞いたら教えてやるよ」

「あっ、ありがとう、ございますっ」



 一旦町へと戻り、ギルドでパーティの解散手続きをした。

 ペトラさんはもう次の町へと旅立つのだという。


「それで、あんたらはどこに行くんだい?」

「えっと……とりあえず、その、ユイハの故郷――ヒュウガを、目指そうと思います」


 かつて勇者召喚が行なわれたという話だし、何か手掛かりがあるんじゃないかとマモルも言っている。

 異世界の日本っぽい国というのも見てみたいしね。


「そうかい。あんたらは東だね。じゃああたしは西でも目指そうかね」

「そう、ですか……ペトラさん、その、お気を付けて」

「あんた達もね」


 ペトラさんは軽く手を上げ、振り返ることなく颯爽と旅立っていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで見送る。最後まで彼女はカッコ良い姉御だった。

 そして僕は振り返り、高い城壁に囲まれたストロムの町を見上げる。


 思えばこの世界にきてから名前を馬鹿にされたことは一度もなかった。

 ヨーゼフさん、カティヤさん、サリちゃん、ラウリさん、ペトラさん、ユイハ。

 みんなが僕と僕の名前を受け入れて優しくしてくれた。


 危険は多いけど、僕を受け入れてくれる人達がこんなにいる世界なら、もうしばらくいてもいいかもしれない。

 戻る手掛かりが消えて落ち込んでしまったけれど、ユイハも手伝ってくれるんだから落ち込んでなんていられない。

 精一杯にこの世界で生きて、そしていつか元の世界に戻ろう。


「ユイハ、えっと……これからも、あの、色々と……迷惑、掛けるかもしれないけど、その……よろしくねっ!」

「はい、お任せ下さい」


 気合を入れ直した僕がユイハに向き直って言うと、彼女は優しく微笑んで頷いてくれた。


 僕達の旅はこれから始まるんだ――!


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