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第八章 選ばれる側へ

第八章 選ばれる側へ

一年後。

クラブ・アステリアの売上ランキングは大きく変わっていた。

かつて下位にいた勉強会メンバーの多くが上位常連となり、店のトップ 10 の半数近くを占めるようになっていた。

そして、その中心には神崎麗華がいた。

月間売上。

年間売上。

指名本数。

すべてで店内トップ。

ついに麗華は歌舞伎町で No.1 の座を手にした。

発表の日。

店内は拍手に包まれた。

かつて陰口を叩いていたキャバ嬢たちも、今ではその実力を認めざるを得なかった。

だが麗華は浮かれていなかった。

祝賀会の席でも仲間たちへ言う。

「これはゴールじゃない。」

「みんなで勝ち取った通過点だよ。」

その言葉にメンバーたちは笑った。

以前なら綺麗事だと思われたかもしれない。

しかし今では誰も疑わなかった。

実際に結果を出していたからだ。

その頃から、麗華のもとには様々な誘いが届くようになる。

大手グループ。

有名店。

新規出店予定の高級クラブ。

条件は破格だった。

移籍金数千万円。

専属運転手。

高級マンション提供。

売上歩合の優遇。

業界関係者が驚くような条件が並ぶ。

ある日。

歌舞伎町でも有名な大型店のオーナーと面会した。

高級ホテルのラウンジ。

オーナーは単刀直入に切り出す。

「神崎さん。」

「うちに来ませんか。」

机の上には契約書が置かれる。

そこに記載された金額を見て、麗華は一瞬言葉を失った。

今まで見たこともない数字だった。

普通なら迷う余地はない。

だが麗華の心は不思議なほど動かなかった。

彼女が欲しかったのはお金だけではなかったからだ。

数日後。

さらに別の話が舞い込む。

黒崎店長から呼び出されたのだ。

営業終了後の事務所。

黒崎は真剣な表情だった。

「実はな。」

「新しい店を出す計画がある。」

麗華は驚く。

クラブ・アステリアは順調だったが、新店舗の話は初耳だった。

黒崎は資料を広げる。

立地。

資金計画。

店舗デザイン。

事業計画書まで用意されている。

「オーナーも前向きだ。」

「ただ問題が一つある。」

黒崎は麗華を見る。

「店長がいない。」

麗華は黙った。

次の瞬間、黒崎が言った。

「やってみないか。」

空気が止まる。

「私が?」

「そうだ。」

「新店舗の店長候補として考えている。」

麗華は思わず笑った。

数年前まで指名も取れなかった自分が。

歌舞伎町で孤立していた自分が。

店長候補。

信じられなかった。

黒崎は続ける。

「お前は売上を作れる。」

「人も育てられる。」

「組織も作れる。」

「俺にはそれができない。」

初めて聞く言葉だった。

黒崎なりの最大級の評価だった。

その夜。

麗華は一人で新宿の街を歩いた。

右には高額移籍の誘い。

左には新店舗の店長候補という挑戦。

どちらを選んでも人生は大きく変わる。

ネオンを見上げながら考える。

自分は何を目指しているのだろう。

売れっ子キャバ嬢か。

経営者か。

もっと別の何かか。

ふとスマートフォンのメモを開く。

そこには昔から書き続けている言葉があった。

『経験を共有できる仕組みを作る。』

『人が成長できる環境を作る。』

麗華は立ち止まる。

ようやく気づき始めていた。

自分が本当にやりたいことは、No.1 でいることではない。

人が輝ける組織を作ることなのだと。

そして、その答えは高額移籍の先にはない気がしていた。

新しい店。

新しい仲間。

新しい挑戦。

その先に、自分の未来があるのかもしれない。

歌舞伎町の夜風が吹き抜ける。

神崎麗華は静かに微笑んだ。

人生最大の選択の時が近づいていた。


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