第九章 おもてなしの店
第九章 おもてなしの店
麗華は決断した。
高額移籍の誘いを断り、新店舗の店長に就任する。
歌舞伎町の業界関係者は驚いた。
「数千万円を断ったらしい。」
「もったいない。」
そんな声もあった。
だが麗華の心は決まっていた。
自分が作りたいのは、自分一人が輝く場所ではない。
仲間たちが輝ける場所だった。
新店舗計画はすぐに動き始める。
まず麗華は全国へ向けて SNS で募集を始めた。
『経験不問』
『夢のある人募集』
『一緒に新しい店を創りませんか』
普通の求人とは違う。
売上や待遇よりも、人柄や夢を重視した募集だった。
応募は全国から集まった。
北海道。
仙台。
名古屋。
大阪。
福岡。
数百件の応募が届く。
その中から麗華は二十名を選抜した。
そして最初に行ったのは面接ではない。
夢を聞くことだった。
「何のために働くの?」
「将来何をしたいの?」
「どんな人生を送りたい?」
売上目標より先に人生目標を聞く店長など珍しかった。
同時に麗華は古くからの仲間の中から助手を選ぶ。
選ばれたのは由香だった。
売上はトップではない。
だが人の話を聞く力があり、誰よりも仲間から信頼されていた。
「私でいいんですか?」
由香は驚く。
麗華は笑った。
「数字は教えられる。」
「でも信頼は教えられない。」
由香は副店長補佐として新店舗に参加することになった。
そして新人教育が始まる。
最初の研修で麗華はこう言った。
「私たちはお酒を売る仕事じゃない。」
新人たちは首を傾げる。
「私たちは幸せな時間を提供する仕事。」
さらに続ける。
「お客様の名前を覚える。」
「夢を覚える。」
「家族を覚える。」
「前回の会話を覚える。」
「その人に興味を持つ。」
新人たちはノートに書き込む。
麗華はホワイトボードに大きく書いた。
『おもてなし』
それが新店舗の理念だった。
日本の老舗旅館。
一流ホテル。
高級料亭。
そこで学んだ精神を夜の世界へ持ち込もうとしていた。
数か月後。
店舗デザイン会議が始まる。
一般的なキャバクラのような派手な内装案もあった。
しかし麗華は却下した。
「また来たくなる空間にしたい。」
最終的に選ばれたのは高級ホテルのラウンジを思わせる落ち着いたデザインだった。
暖かい照明。
木目調の内装。
ゆったりした席間隔。
豪華だが落ち着く空間。
店名も決まった。
『CLUB HARMONY』
意味は調和。
お客様。
キャスト。
スタッフ。
全員が調和する場所。
そんな願いが込められていた。
次に議論になったのは料金だった。
業界では高額ボトルや高いセット料金が当たり前だった。
しかし麗華は違う考えを持っていた。
「一度だけ高額を使うお客様より、何度も来てくれるお客様を大切にしたい。」
そこで再来店しやすい仕組みを導入する。
来店回数による特典。
誕生日特典。
紹介制度。
顧客ごとの好み管理。
記念日の案内。
常連客向けイベント。
さらに独自の顧客データベースも構築した。
来店履歴。
好み。
会話内容。
記念日。
全てを共有する。
愛知時代から追い求めてきた仕組みだった。
開店準備が進む中、由香が尋ねる。
「麗華さん。」
「この店は何を目指しているんですか?」
麗華は少し考える。
窓の外には歌舞伎町のネオンが見える。
「日本一愛される店かな。」
由香は笑う。
「売上じゃなくて?」
「売上は後からついてくる。」
麗華は静かに答えた。
「お客様がまた来たいと思う店。」
「働く人が成長できる店。」
「夢を応援できる店。」
「そんな場所を作りたい。」
開店まであと一か月。
誰も知らなかった。
この小さな新店舗が、後に歌舞伎町の常識を変え、麗華が AI 経営へ進む大きな転機になることを。
新しい挑戦が、いよいよ始まろうとしていた。




