第一話 聞いてる? 鈴木くん。
## 第一話 聞いてる? 鈴木くん。
「鈴木くん、聞いてる?」
教室の後ろの席から声が飛んできた。
けれど鈴木悠真は、返事をしなかった。
イヤホンを片耳だけつけたまま、机に広げたノートへ視線を落としている。
シャーペンを走らせる音だけが、静かな教室に小さく響いていた。
「……まただ。」
呆れたように笑ったのは、花本結衣だった。
六月の昼休み。
雨上がりの湿った風が、開いた窓から入り込んでくる。
遠くでは運動部の掛け声が聞こえていた。
「鈴木くーん。」
今度は少し近づきながら呼ぶ。
それでも反応はない。
花本は小さくため息をつくと、鈴木の机を指先で軽く叩いた。
「うわっ!?」
ようやく顔を上げた鈴木が、驚いたように肩を跳ねさせる。
「びっくりした……」
「それ、こっちのセリフなんだけど。」
花本は苦笑しながら、コンビニの紙パックジュースを机に置いた。
「はい。お詫び。」
「え、なんの?」
「無視したお詫び。」
「いや、無視じゃなくて……聞こえてなかっただけで……」
「それを無視って言うの。」
鈴木は困ったように眉を下げた。
昔からこうだった。
何かに集中すると、周りの声が聞こえなくなる。
小学生の頃はゲーム。
中学ではギター。
今は――。
「また佐々木さん見てたんでしょ。」
「……え。」
「わかりやす。」
花本が笑う。
鈴木は反射的に視線を逸らした。
教室の斜め前。
窓際の席で、佐々木真帆が友達と話している。
肩まで伸びた黒髪が、窓から入る風で少し揺れていた。
佐々木は、誰にでも優しい。
クラスの中心にいるタイプなのに、誰かを雑に扱うところを見たことがない。
だからだろうか。
気づけば、目で追ってしまう。
「……別に。」
「いや、絶対見てたって。」
花本はストローを咥えながら、少しだけ楽しそうに笑った。
「鈴木くんってさ。」
「ん?」
「好きなものできると、ほんと周り見えなくなるよね。」
その言葉に、鈴木は少しだけ考える。
でも結局、
「そうかも。」
としか答えられなかった。
花本はそんな鈴木を見て、小さく笑う。
「ほんと、鈍いなあ。」
「え?」
「なんでもない。」
窓の外では、また雨が降り始めていた。




