第76話 過去:山文プルト
肆矢美波がVTuberとしてデビューしたのは21歳の頃。
「お手紙乞食のアルゲディ。3期生の山文プルトと申します」
所属ブイアクト、名は山文プルト。
特徴といえば歌、ギター、イラストを嗜む程度。
「皆様からのメッセージ、心よりお待ちしております」
デビューが決まった頃から3期生の活動方針は決まっていた。
それは音楽に力を入れること、具体的には2つ。
1つはバンドライブの開催、そのために3期生は全員楽器を扱える。
もう1つはライブユニット結成、3人組の全3ユニットに3期生それぞれが割り当てられる予定だった。
そしてデビューから約1年、そのユニット相手が決まった。
「貴殿ら二人とユニットを組むことになったカチュアだ。改めてよろしく頼む」
「初為ウラノですー。以後よろしゅう」
「山文プルトと申します。宜しくお願い致します」
各ユニットごとの特色はアイドルの3要素。
歌唱、ダンス、愛嬌に特化した人選らしい。
その中でプルトらは歌唱特化の3人として選ばれた。
「ユニット名は既に決まっている。と言ってもただの名前のもじりだがな。『天王星』のウラノ、『冥王星』のプルト、カチュアはそのままだが……なんかダサいし『地上の統率者』の異名から取ったことにしよう」
「そないな異名聞いたことないんやけど……」
「うるさい! カチュアがあると言えばあるのだ!」
山文プルトは不安に思った。
既に活動実績のあるカチュアは言わずもがな、ウラノの歌唱力も抜群。
自分はこの人たちに見合っているのか、と。
「我々3人が歩む新たな道、その名も――――『天地冥道』だ」
自分だけ視界不良、先行き見えない不透明な道。
また同時期にもう一つのコミュニティが結成された。
クリエイター同好会、読んで字のごとくクリエイターの集まり。
「作曲担当鳴主サタニャ。皆納期守ってね。僕は遅れると思うけど」
「作詞担当麻豆ジュビア☆ ジュビアが一番負担少ないと思うから雑務とかサタちゃんの監視もやりまーす」
「動画編集担当ニオ・ヴァイスロードっ! 動画編集に興味あったらなんでも聞いてねっ」
「イラスト担当山文プルト。創作経験の浅い不束者ですが宜しくお願い致します」
元プロ二人に現役配信者のプロ一人、自分だけが趣味レベル。
同じ土俵に立って良いのだろうか。
不安、不安、不安。デビューしてからずっと不安しかない
そんな山文プルトが相談相手に選んだのは……。
「プルト氏、調子はどうですかな?」
真繰ネプ。最もビジネス上の関わりが薄い同期。
それ故に比べられる要素も少なく、遠慮なく不安をぶつけることができた。
「ふーむ……プロだとかアマチュアだとか気にする必要あるのですかな? 素人の真繰からすれば違いが分からんのですぞ」
「そう……なんですかね。私もよく分かりません」
「プルト氏のイラスト、真繰は好きですぞ! もっと自分のセンスに自信を持っても良いのでは?」
世辞や打算を気にする必要のない関係、だからネプの言葉だけは素直に受け取れる。
おかげでこだわりの強い二人に認められた。
「む。この表現は新しい……見込みあり」
「それ何目線? でもホント、前から良かったけど最近さらに良い絵だよねプルトちゃん♪」
「っ! あ、ありがとう、ございます……やった」
ほんの少し自己肯定感が上がり、それが良い結果に繋がった。
「カチュア氏から酷評?」
「はい。暗い、辛気臭い、こっちまで息苦しくなると」
「おうふ人格否定……けどあの人はガラ悪いせいで誤解されやすいだけな気もしますな。本当はアドバイスのつもりかもしれませんぞ」
「そうなのですか? ではもう少しお話してみます」
彼女が居たから悲観的になることなく挑戦を続けられた。
そのおかげで憧れの先輩からも認められた。
「そう! それだ! 貴殿の透き通るような低音に弱々しさは似合わない。もっと強気に行け! 観客全員の鼓膜貫いてしまえ!!」
「無茶苦茶言いますね……けど勉強になります。もっと強気に、ですね」
挑戦に成功して、褒められて、さらに自信がつく。
「ウラノさんから告白されてしまって……どうするべきでしょうか?」
「過去一強烈な相談ですな!? しかしまあ……大事なのはプルト氏がどうしたいかではないですかな? もちろんどのような結果になろうとも皆仲良くできるようフォローしますとも」
皆に平等、偏見のない全肯定、ネプさえ居れば今の平和は永遠に続くように思えた。
そのおかげで互いを認め合う想い人ができた。
「なんやネプと仲良すぎるんとちゃうん? ちょっと妬けるわぁ」
「またメンヘラ彼女みたいなことを言いますね……心配なさらずとも一番に想っているのはウラノさんですよ。けれどネプさんも大切なご友人ですので、ご容赦を」
「むー……しゃあないなぁ」
絶対の平和があるからリスクに恐れることもない。
自分で言うのもなんだが、1年で別人と見間違うほどに成長した。
歌も、画力も、メンタルも。
本当に楽しかった。嬉しかった。
同期や先輩との交流で、"山文プルト"が出来上がってゆく様を見るのは。
……そんな平和は、不運が重なり一晩で瓦解した。
山文プルトの配信から男の声がすると噂になった。
テレビの音か隣人の声か、などと憶測が飛び交う。
その噂にプルトが気づく前に声の主が特定された。
肆矢凪斗、テレビにも連日出演するほどの人気アイドルにして、山文プルトの実兄。
そんな兄が最近個人のSNS配信を始めた。
その配信時刻と声と山文プルトの配信で聞こえる音が一致したという。
Vtuberと現実のアイドル、住む世界の違う両方に注目する人は少ない。
肆矢凪斗のファン、山文プルトのファンがそれぞれ対立する形で下衆の勘繰りを始める。
二人は同棲中の交際相手なのか? と。
探偵気取りの暇人達により関係の裏取りが始まる。
勝手に神聖視して、勝手に騒ぎを大きくして、妄想で彩ったスキャンダルを嘆く者達。
しかしそれだけ話が膨らんでしまったのも、プルトが躊躇して対応を遅らせたことも一因している。
ここまで言われ本人達はなぜ釈明しないのか? と。
この騒動に対し山文プルトが取れる選択は、事実を明言するか否かの2択。
明言すれば名誉は守られる。しかし結果として実名アイドルの妹であることが知れ渡る……つまり山文プルトの身バレに繋がるということ。
対して隠蔽すれば事実無根のスキャンダルを黙認することになる。
いずれにせよ末路は同じ、ならば悲しむ人間が少ない方を選択をすべきだ。
それが分かっていながら決断できなかったのは……少しでも永く山文プルトで居たかったから。
山文プルトは元の性格からその失敗を重く受け止めた。
ブイアクト全体のイメージダウンを避けるには事実を話すしかない。
しかし身バレしたVtuberの存在は他のメンバーにもリスクが波及しかねない。
自分はトラブルの種。このままブイアクトを続けられる未来が見えない。
3日間、長い時間悩み決断した。
その決断を最初に伝えたのは……。
「……なんでそないなことになっとるん? 辞める必要ないって聞いとったけど?」
「ウラノさん……」
初為ウラノ、今や配信外でも深い関係となった同期。
彼女が納得してくれないことは分かっていた。
けど、だからこそ一番に説明しなければならなかった。
「こうするしか無いんです。私は自分の活動より……皆に迷惑かける方が怖い」
「なんやそれ……ただの自分勝手やん。気遣うフリで誤魔化すなや」
よほど受け入れ難いのか言葉が乱暴だ。
そう言われても私の答えは変わらないのに。
「ここで逃げるんなら、噂は事実ってことでええんやな?」
「違っ!? っ……いえ。前も説明した通り相手は兄です。山文プルトの交際相手は一人、ウラノさんだけです」
「……はっ。口では何とでも言えるわな」
意地の悪い言い方で責め立てられる。
彼女も理解しているはずなのに、それでも憎まれ口を叩いてしまうところは彼女らしい不器用さだ。
「……そうですね。信じてもらえないようですし終わりにしましょう。この関係も」
「は……なんでそうなるん!? 言い方キツかったんは謝るけどそこまでせんでも……!」
流石に予想外だったのか、本気で取り乱していた。
けど最初から心に決めていたプルトは淡々と話す。
「いえ、元から考えていたことです。メンバー内の色恋ならファンも温かく見守ってくれますが、これから私はただの部外者。これ以上は貴女にとってデメリットでしかない」
「デメリットだとか! そんなの気にするわけないやろ!」
「……私が辛いのです。私の存在でウラノさんが傷つけられるのは。守りたくてももう守れないから」
「っ……! ずっ……るい言い方やなぁ……」
額を抑え項垂れるウラノ。
本気で申し訳なく思いながらも、彼女に決別を言い渡す。
「これ以上私達は関わらない方が良い。お互いのためにも」
◆
各方面に報告し、3年半続いた山文プルトの活動が終わりを迎えた。
山文プルトの名誉は守られた。けど、それだけ。
失った……たった1つの失敗で全部。
友人も、恋人も、地位も、職も。
何も持たないまま途方に暮れる、そんな私を憐れんでくれたのかもしれない。
世話になった社長がこんな提案をしてくれた。
【もし君が良ければ、マネージャーをやってみないか?】
「マネージャー……ですか?」
【ああ。君の培った経験を、次の世代に活かしてやってくれないか】
自分の培った経験、そこには失敗の経験もある。
こんな失敗は繰り返しちゃいけない。
もう誰も悲しんで欲しくないから、自分なんかが役に立てるのなら。
「マネジメントするタレントは、選ばせてもらえますか?」
そうしてオーディションの面接に参加させてもらい、担当するタレントを決めた。
その間に3期生らの関係で2つ動きがあったらしい。
1つは3期生達のシェアハウス開始、提案者は真繰ネプとのこと。
表向きは同期の絆を強固にする企画としているが、きっかけはもちろん山文プルトの事件。
視聴者を安心させるため、また同時に初為ウラノのメンタルケアの目的もあるのだとか。
本当にネプには頭が上がらない。
もう1つも初為ウラノ関係、彼女とカチュア、そしてプルトを含めた3人ユニット『天地冥道』のこれからについて。
「ウラノ。残念だが天地冥道の道は閉ざされた……しかし我々の活動が終わったわけではない」
「……」
「プルトのことを思うのなら、せめて我々だけは奴の後悔にならないよう変わらず活動を続けるべきだ」
「……ええよ。もう、なんでも」
無気力になりながらも彼女は受け入れてくれたらしい。
山文プルトの居ない新たなユニットの活動を。
「ここに誓いを立てよう。我ら二人のユニット名は……『天地』」




