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第60話 過去:ロカ・セレブレイト

 大学生投資家。

 それがデビュー前の肩書。

 いわゆる株やFXに触れてみたら思いの外成功、身の丈に合わない資産を持ちながら大学生活を送っていた。

 

(大学辞めて起業でもしてみる? でも業種は?)

 自分なら何を選んでもなんとかなる気がした。

 金稼ぎの直感だけは誰にも負けない自信があった。

 だからこそ、つまらない。

 どうせ何か始めるなら少しくらい刺激がほしい。

 そんな考えを巡らせ、気休めで流れてきた動画を見た。

 VTuber、徐々に人気を集め始めている新たな形のエンタメ。


(何事も百聞は一見にしかず、社会勉強のつもりで調べてみますか)

 軽い気持ちで何人かの配信を追ってみた。

 その頃見かけたのは数えられるほどの個人勢と、数人で大規模と呼ばれる企業勢。

 まだまだ発展途上のコンテンツならこんなものだろうと思いつつ、それだけに将来性はかなり感じた。


(……立ち上げるか。VTuber事務所)

 しかし問題になるのはタレント。

 金だけあっても肝心のVTuberがいなければ事業は成り立たない。

 一番需要がありそうなのは二十歳前後の女性で、生活費など気にせず長時間配信できる暇人。


(……私か。なるか、VTuber)

 しかし企業VTuberを名乗るのなら一人じゃ厳しい。

 せめてあと一人探してから動き出そう。

 そう考えたものの一向に欲しい人材は見つからない。

 最初は目的意識が一致しそうな人間を個人Vの中から探していた。

 しかしそもそも母数が少ない。成功者は既にどこかのコミュニティに属しており、残った個人勢は企業Vの主力に据えるには厳しそう。


 どう探したものか、考えて次に向かったのはクラウドファンディングサイトだった。

 VTuberはイラストや動画素材など外注するにはかなり初期投資が必要な事業。

 となれば資金集めにクラウドファンディングを募る者が居てもおかしくないと思った。

 そこで見かけたのは数件の募集、自分の目的と完全一致するのは1件だけ。


 VTuberになるための出資募集、リターンは動画編集作業の請負。

 その募集主のページには動画作成実績としてリンクが貼り付けられていた。

 見てみるとそこには『雪車引グレイ』というVTuberの切り抜き動画やMVがあった。

 素人目に見てもその動画編集技術はかなり高かった。

 VTuberになりたいという希望も、自分の目的と一致している。

 残る問題は配信者としての人間性。

 SNSを介して連絡し、出資をちらつかせてその募集主に会ってみることにした。

 その主の名は……。


「初めましてルナ子さん。連絡させていただいた『ロカ』と申します」

「初めまして……あ、この度はご連絡いただき誠に……!」

「堅苦しいのは結構。今日見たいのは素の貴女、配信者になる予定の貴女を見せていただきたいので」

「あっはい。そうですね……分かりました♪」

「……へぇ」

 

 緊張しながらへりくだって話す姿はどこへやら、一瞬で表情を変える女に興味が湧いた。

 しばらく歓談し、その女性がVTuberを目指している理由なんかも聞いた。

 曰く、その女性もゆくゆくは企業を立ち上げたい。そして社長になる予定の人間まで決まっていると。

 タレント本人が社長をやるという選択肢もなくはないが、確かに事業の拡大を考えるのなら分業は大事だと思った。

 聞けば聞くほど自分の目的と一致する。

 そしてこの『ルナ子』という女性、トークが上手い。


「ふふっ。貴女の話は聞いていて飽きませんね」

「そうですか? たぶん推しの配信を真似してるおかげですね」

「推し、というのは雪車引グレイさんの?」

「あ、動画見ました? 実は私、グレイのマネージャーやってたんですよ。企画とか配信の反省点とか二人で話し合ったりして。ちょっとトラブルでグレイは配信できなくなっちゃったけど、ノウハウだけはあるつもりです!」


 ルナ子の話を聞いて、金稼ぎの直感が働いた。


「――――ルナ子さん。今すぐ私と起業しませんか?」

「え、いきなりですか!?」

「ええ。最初のデビューは貴女。二人目は私。社長は貴女の言うもう一人で構いません。大丈夫、資金繰りはお任せください」

「うわ勢いすっご……でも早い分にはいっか♪ こちらこそよろしくお願いします!」


 そうして立ち上げた企業の名は株式会社レプリカ。

 オープニングスタッフ3人からVTuberプロジェクト『ブイアクト』は始動した。




 活動から1年経過。

 メンバーは4人、導化師アルマに続いてロカ・セレブレイトとして自らデビュー、さらに科楽サイコとカチュア・ロマノフが加わった。

 

 アルマの活動目的は「VTuberのお手本になること」。

 彼女の優しさとエンタメ向きの人柄はあっという間にファンを増やした。

 アルマの注目はブイアクトの注目に、他メンバーのファン増加にも貢献してくれた。

 順調に企業として力をつけていた、そんな頃の話だ。


「好かれるのは難しいのに、嫌われるのってこんな簡単ですのね……」

「どしたのロカちん? 急にヘラって」


 偶然近くに居たアルマに愚痴をこぼしてしまった。

 原因は昔からあった自分の説教癖。

 他人に小言を言われ気を良くする人は少ない。

 そう分かっていながら失敗した。


「前回の配信、ワタクシは間違いなくあの人を傷つけてしまった。なのに自分の言葉が間違っていたとも思えない……そんな自分が嫌なんですの。このままではまた人を傷つけるかもしれない……」


 コメント欄に自宅警備員を誇らしげに語る者が現れ、思わず長めの小言を浴びせてしまった。

 コメント主の言い訳を見てこちらもヒートアップして。

 結果コメント主はその場で有料会員メンバーを抜けた。

 数字が1減った瞬間は今でも忘れられない。


「はぁ……人に説教してしまう癖、直さないといけませんわね」


 赤裸々に自分の恥を語る。

 それができるのは、アルマの前でだけかもしれない。


「んー。アタシは直さない方が良いと思うけどなぁ」

「む……その心は?」

「だってさ、それが癖って言うならそんなロカちんに魅力を感じた人もいるんじゃない? 特にメンバーになってくれた人なんかは悲しむかもね」

「……じゃあワタクシはどうすれば良いんですの?」

「間違いじゃなかったはず、けど傷つけてしまったからには正しかったとも言えない。そう思ってるんでしょ? ならもっと正しい答えを探すしかないんじゃない?」


 アルマはいつだって導いてくれる、そんな信頼があったから。


「今のロカちんの知識量じゃ答えが出せないならもっと勉強してさ。義務教育でも専門教育でも、色んな知識があれば色んな人の考え方が分かると思うよ」


 ワタクシのように否定して道を閉ざすのではなく、進むべき方向を指し示してくれる。

 そんな彼女が羨ましくて、その技を奪うために相談していたのかもしれない。


 言われた通り、ワタクシは文字通り1からやり直した。

 小学1年から高校過程まで、それ以外にも専門書を読んだり資格を取ったり、勉強の習慣はずっと続けている。

 どれだけ勉強しても世の中は知らないことばかり。

 だから、知らないことは何も恥じゃない。

 それでも知らないと困ることはあって、それを教え説く存在でありたい。

 それが『説教』のあるべき形、そんな学びも得られた。


 勉強を始めた頃、アルマも一緒になって小学生の勉強を始めていた。

 それがきっかけで学力テストなんて恒例企画が生まれたりして。

 理由を聞いたら、「アタシも大して賢くない癖にロカちんに偉そうなこと言っちゃったなーと思って。導化師を名乗るからには正しい人間目指さなくっちゃカッコつかないよね」と。


 彼女の『導き』と自分の『説教』は、形が違うだけで本質は同じなのかもしれない。


「視聴者の皆様。少し、ワタクシの弱音に付き合っていただけませんこと?」


《おっと今日は珍しく弱気ロカ様だ》

《お聞かせくださいませ》


「ありがとうございます。昔の話なのですが……ワタクシの言葉が、一人のファンを傷つけてしまったことがありますの。現実逃避という言葉があるにも関わらず、ワタクシはその人に現実を突きつけてしまった……」


《あらら》

《現実逃避は良くないけどそれを教えるのって難しいよね……》


「正論というのは厄介ですわね。正しいが故に避けようがなく、こちらも訂正しようがない……。もっと言葉を選ぶべきだったと後悔しない日はありませんわ」


《元気だして……?》

《ロカせんせぇのお説教は愛があって好きです!!》

《自分も後悔してます……説教してくれたのに逆ギレして逃げてしまったこと。けどお陰様で今や自分で稼いでロカ様に出資できるようになりました。この御恩に報いるため、一生推させていただきます! >¥10000》


「ふふっ。ありがとうございます。……今でも思いますわ。好かれるのは難しい、嫌われるのは簡単だと。しかしながらワタクシ達の役目はあくまでエンターテインメント」


 今の自分があるのはアルマとの出会いと、教えに耳を傾けてくれるファンのおかげ。


「間違っても傷つけてしまわないよう―――このロカ・セレブレイト、今後も精進致しますわ」


 断言できる。導化師アルマの導きなくして事業の成功はなかったと。


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