3-4
「こちらの譜をご覧ください。リュート譜の読み方はご存知でしょうか?」
「ええ、読み方だけなら。短い間でしたが母に教わった記憶があります。」
「ではこの音がおかしいことがお分かりかと思います。」
「…第3コースのb、あ、書かれた音価が前の音と同じですね!」
「そうです。この譜には同じように間違って書かれた音が複数あるのですよ。
そしてそれを取り除けて弾くと完成された曲になっています。
余計な音がわざと書き加えられているのです。
これの意図するところ。
これはお母さまのダイイング・メッセージです。」
「!!!」
シャルロッテは以前書いた表を控えていた侍女クロエから受け取るとロート男爵に示した。
「この指板上のコースとフレットで仕切られた枠にアルファベットを当てはめます。」
表とリュート譜を並べて説明を続ける。
「譜に書き加えられた余計な音を順番に辿っていくと…
HELP(助けて)HUSBAND(夫が)POISON(毒を)」
「は、母上!!!あのクズが…おのれッ!」
ロート男爵は慟哭し泣き崩れてしまった。
小一時間続いたが、気を落ち着けたようで背筋を伸ばしてシャルロッテに一礼した。
「このたびはなんとお礼を言っていいのやら言葉もありません。
シャルロッテ嬢、母の怨みを晴らしていただきましてありがとうございます。
真実を誰かに伝えたかった、叶うならばこの私に。
その想いがしっかりと伝わりました。
その…この譜は本当によいのでしょうか?」
「はい。大切なお母さまの唯一の遺品でしょう。
ご子息が受け継ぐのが道理であり神の御心と思います。
すでに写譜は済んでおりますので私にも故人を偲んで演奏することが出来ますわ。」
「重ね重ねありがとうございます。」
---
その後、ロート男爵は前男爵の罪を明らかにして系図から抜き、墓を暴いて亡骸を処刑された罪人が葬られる無縁墓地に放り込んだという。
醜聞を嫌う貴族には異例のことで、それだけに憎しみの深さが窺い知れる出来事だった。
件のリュート譜はロート男爵が出版して母君ベアトリクス・ロートの名は大作曲家の列に加えられた。
出版されたリュート譜にはシャルロッテ・ホルムの名が献辞に書かれていた。
書き溜めたのがここまでとなっております。
申し訳ありませんが明日以降の更新は不定期とさせていただきます。