第33章
ルーナの意識はノワールに支配されていた。
体はルーナでも、意識はもうノワールそのものだった。
時々、月人と瑠璃に関することだけルーナの意識が表面に現れる。
その執着と呼べるだろう現象に、ノワールも呆れを通り越して感嘆の気持ちを覚えていた。
ルーナの自我を留めているのは、この想いに他ならない。
永い時間を孤独に過ごし、性別もない石の精のノワールには理解できない想いだった。
村人たちが力を全て抜き取られた石の存在を騒いでいた時、ルーナもさすがに動揺した。
「それってノワールがしたことなの?力を全て奪ってしまっては、その石はもう復活できないわ。死んでしまったも同然なのよ。次からは力を残してあげて……」
抑えられた意識の下で必死に訴えるルーナに、ノワールは残酷に告げた。
「全て予定通りだ。これからも変えるつもりはない。そんな石が増えれば、石の精たちも悲しむだろう?俺はそれを見たいんだ。これからルーナにも見せてあげるよ。村の人間たちが困っているところを。ルーナも楽しみだろう?ルーナが望んでいたことだもんな」
「そんな……」
「みんなを困らせたいってルーナも言ってたじゃないか」
ノワールが可笑しそうに言う。
「全て計画通りだ!」
ノワールの意識の下でルーナは小さく震え続けた。
「こんなことダメよ。ノワール、もう止めて!誰か、助けて……月人、お願い!助けて……」
ルーナがしていたことをセレスと村人たちに告げた時は愉快だった。
まさかこの女がやっていたとは誰も思わなかっただろう。
この女の祖母の絶望した顔、ざまあ見ろっとノワールが心の中で嘲笑う。
油断して猫族と兎族の結界に囚われてしまったが、持っていたマイナスエネルギーの水晶で脱出できた。
あの男たちもこの女を大切に思っているようだった。
この体を傷つけることはないだろう。
何が『ひとりぼっち』だ。
これほど愛されていて何が不満なんだ。
ノワールはルーナに憤った。
ルーナのことをひどく傷つけてやりたい気持ちになったが、それをノワール自身の心の声が止めた。
「何だこいつ!俺もこいつに好意を持っているってことか?冗談じゃない!こいつは俺のことを洞窟に封印した『人間』なんだぞ」
「ルーナが封印した訳じゃない……」
自分の心の奧から聞こえる小さな声にノワールは狼狽えた。
「そりゃあ、あの時の人間じゃないさ。人間なんて百年もしないで死んでしまうからな。でも奴らの子孫だ。『人間』と言う括りで言ったら同じじゃないか。そんなことを言えば、石の精ですら代替わりしているものもいるだろう。でも、俺は自分を取り囲む全てが憎かった。この外の世界全てだ。他の石も石の精も人間も……目覚めた時、そいつら全てに復讐しようって誓ったんじゃないのか!」
「ああ、そうだ。憎かったさ。復讐することを誓った。でも、ルーナが初めてだったんだ。話しかけたら答えてくれて、俺のことを避けずに会いに来てくれた。そんな人間は今までいなかった。そんなルーナを俺は利用した。ルーナの気持ちを煽って、ほんとうはやりたくないことをやらせて他の人間を裏切らせた。そのうえ体まで奪ってルーナの意識を追い出した。このままではルーナは体に戻ることが出来なくて死んでしまう。俺はルーナに死んで欲しくはない。会った時みたいに、また笑って欲しいんだ」
「何言っているんだ?そんなの無理に決まっているだろう。例えこの体にこの女の意識を戻したとしても、こんなことをした俺たちを許す訳がない!笑ってくれる訳がないだろう?」
「…………」
ルーナの中のノワールは、心の声に憤りながらも走り続けた。
『竜の洞穴』の前で石の精の姿のノワールがルーナを待っていた。
その姿は復讐に燃えていた以前のノワールとは違って見えた。
「どうしたんだ?人間を傷つけて困らせて、嬉しくないのか?計画は上手く進んでいるんだぞ!」
「そうだな。計画は上手くいっている。だから、ルーナのことはもう解放してもいいんじゃないか?」
「何故だ!お前の復讐はこんなことで終わりにしていいのか?全ての人間が、石の精が、この森自体が憎かったんじゃないのか?」
「そうだ。憎かったさ。でも、全てに復讐して、全てを滅ぼしてどうなるんだ?あの時の悔しい気持ちは晴れるかもしれない。だがその後はどうだ?復讐しても、結局残されるのはひとりぼっちの自分だけだ!」
「じゃあ、どうするって言うんだ。もうすぐ人間と猫族と兎族の男が、俺たちを追ってここに来る。そのまままた大人しく封印されてやるのか!それで悔しくはないのか!」
「何故だ!」とルーナの中のノワールが叫んだ。
「俺とお前は同じ存在だったはずなのに、何故こんなにも想いが違ってしまったんだ?」
「それはたぶん、俺が瑠璃の力を奪ったからだと思う。皮肉なことに、俺の方が瑠璃の力に影響されてしまっている。それに比べてお前はルーナのマイナスな意識に引きずられている。それが俺たちの想いを変えてしまったんだ」
「じゃあ、俺たちはもう元には戻れないのか?ひとつにはなれないのか?俺はこのまま、この女の体から出られないのか?」
「イヤ、戻れる!お互いに強く想えばひとつに戻れるはずだ。ただ、ふたつの想いがこの体の中で、どういう風に融合するのかわからない。混じり合うのか、どちらかが強く反映されるのか……やってみなければわからない。でも、どちらの想いも俺なんだ」
「違う!違う違う!お前が本体だ。俺は本体のお前に吸収されて、存在なんて無かったことにされるんだ。それって酷くないか?俺は一体何だったんだ?」
「そうじゃない!」
ノワールは強く否定するが、ルーナの中のノワールは納得しない。
「イヤだ!消えてなくなるのはイヤだ!無かったことになんてされて堪るか!」
そう叫んでルーナは『竜の洞穴』の中に駆け込んだ。
「そっちに行っちゃダメだ!」
ノワールが慌てて追いかけた。
「……その中だと僅かに残っているルーナの自我が消えてしまう」




