エドガー籠絡作戦
「と、いうわけで……」
深夜、エドガーがぐっすり眠りに落ちたのを見届けた後。
三人の少女が暗い部屋の中、愛する人が眠るベッドの隅で、額を突き合わせていた。
「第一回、エドガー篭絡会議を始めます」
どこから持ってきたかはわからないが、銀縁の眼鏡を掛けているアリサ。
「準備はばっちりです、アリサ様!」
どさどさ、と資料の山をベットの上にぶちまけるエリー。
「篭絡って……」
そんな二人を見ながら、セルティは苦笑い。
「……ん?セルティ、何か言ったかしら?」
先生モードとなったアリサが目ざとく指摘する。
「い、いえ……どうぞお続けください」
「そうね、そうこなくっちゃ!」
その答えに満足そうに頷いて、アリサは資料の山から一冊の本を引っ張り出す。
それをぱらぱらとめくりながら、アリサは宣言する。
「この会は文字通り、エドを私達の虜……もとい、篭絡し、心身ともに、私達なしでは生きていけないようにするのを最終目標とします」
「……私達なしでは生きていけないように……!」
「……きょ、強烈な言葉ですね……!」
それを聞いた二人は、その言葉のあまりの輝きに眼が眩んでしまう。
それはつまり、今、このベッドで安らかな寝息を立てているこの人が、私達に依存する、ということだ。
大事にする、とか大事にされる、というような話ではない。
共依存。
お互いに求め合い、傷つけあい、ココロを食べ合って生きていく、そんな関係。
なんと甘美な言葉であろうか。
「まず、私達が進めなければいけないのは、男女の関係ね。もちろん、生活環境の方からじわりじわりと詰めていく、というのも効果的な作戦であるとは思うけれど……だいたい終わってるし。私達の魅力にエドを溺れさせるのが、今私達に求められていると思うわ。ところでエリー、あなたはエドと今まで以上に深い関係になるためには、どうすればいいと思うかしら?」
「……いきなり直球ですね……」
「ふ、ふかっ……深い関係ですか!?それってど、どのくらい……?」
慌てふためくエリーを見て、呆れた、というようにアリサは深い溜め息をつく。
「どのくらいって決まっているでしょう?男女の深い関係よ?それはもう……」
そして眼鏡をくい、と持ち上げ、うふ――と悪い笑みを浮かべると、エリーの耳元に口を寄せ、何かをぶつぶつと呟いた。
「――」
「あ……あうう……!」
それを聞いて、顔を爆発させそうなほど真っ赤にさせたエリー。
「……茶番はもういいですから進めてください」
一人セルティだけが冷静さを保っている。
「ふ~~ん、余裕なのね、セルティ?」
試すようにアリサはセルティを眺める。
「よ……余裕とかそういうのはどうでもいいので!進めてください!」
「……まぁ、そういうことにしといてあげるわ。そこでそんな素敵な関係になるためにまずなにが必要なのか……?だけど……」
「ま、待ってください、アリサ様!」
びしぃ、とエリーが挙手をする。
「今度は何かしら、エリー?」
「そ、その!いきなりそこまで深い関係になるのは間違ってはいませんか?少しずつエドガーとの仲を深めていってそれでゆくゆくは……という形ではいけないのでしょうか?」
「何を言っているのエリー。それでは……」
「甘いですよ、エリーさん」
エリーの提案を切り捨てるセルティ。
突然の変わりようにエリーは驚きを隠せない。
「……なっ!」
「エリーさんのようなピュアな女の子には申し訳ありませんが、今回の騒動で私は甘さは捨てることにしました」
「な……ぴゅ、ピュアって!そんな私はなよなよしくはないよ……!?」
「いいからエリーは静かにしてなさい!それで……?」
アリサはエリーにぴしっ、と注意をして話を急かす。
「後悔、しませんでしたか?この騒動の中で。エドガーさんとのこと」
「……後悔」
「それは……」
「しましたよね?私達皆。一度は絶対に。
エドガーさんとの別れを想像して。
そして、もっとエドガーさんと触れ合っておけばよかったって。もっとエドガーさんとの時間を大切に過ごさなくてはいけなかったって。エドガーさんに愛を伝えなくてはいけなかったって。私達、臆病が過ぎたって」
「……そうね」
「……うん」
「正直、私はもう一秒たりともエドガーさんとの時間を無駄にしたくはありません。一瞬一瞬を、最高に幸せに生きていきたいです。こればっかりは、生き急ぎ過ぎることはない。エドガーさんと別れるときに、後悔しないように生きていきたい。だから、私は……エドガーさんを絶対に篭絡させて見せます!」
結局最後はそこへ行きつくのだ。
力説したセルティに、おーー!とアリサとエリーがぱちぱちと拍手をする。
「その通り!エドとの時間を今まで以上に幸せで、濃密なものにするために、関係の進展は必須なのよ!」
「私だって、エドガーに大好きになってもらいたい……!」
三人はそこで目を合わせる。
「ふふ……柄にもなく熱くなってしまったわね」
「でも、私達の意思の再確認ができて、良かったよ!」
「そうです、この気持ちを忘れずに、がんがんエドガーさんを攻めていきましょう!」
お―――!と意気込む三人の側で、ぐーすかとエドガーは眠りこけている。
自分が寝ている横でどんな話し合いが進められているかを知らなかったのは、ある意味幸せであった。
「ところでモチベーションに大きく関わると思うのですが……エドガーさんの子供が出来た時の事、想像したことあります?」
「こども……!?」
「そ、それは……!?」
セルティの問いに、二人は想像する。
――自身の子宮にあの人との愛の結晶が仕込まれる、とても幸福な瞬間。
そして、幸運にも子供を身籠ることが出来る。毎晩編み物をしながらあの人に頭を撫でられ、たまに自身の胎内で揺れ動く、新たな生命の息吹を感じるのだ。
さらには出産して数年。
エドガーとその子供と、自分。
エドガーのことを夫と呼び、エドガーは自身のことを妻と呼ぶ。
そしてその大切な関係の象徴のように元気な笑顔を浮かべる、愛おしい息子と娘。
そんな二人がじゃれ合ってるのをひっそりと見守りながら、エドガーと二人、大人な雰囲気で寄り添い……そしてエドガーは自身にこういうのだ。
『俺、今本当に幸せだ。これも全部お前のお陰だな、ありがとう、アリサ(エリー)。愛してるよ』
『私も(だ)よ、エド(ガー)……!』
そして二人はゆっくりと顔を近づけて優しくキスを……!!!
「い……いいわね」
「うん、まぁ……最高だよね」
ぼぉ~~と妄想する二人。
しかし、それまでの雰囲気とは打って変わって、苦しそうなな表情を浮かべるセルティ。
「で、そこでそんな未来を実現するための第一ステップが……まず、私達を異性として見てもらうことです……」
どんな事を言われるかと身構えていたアリサは、ぷっと吹き出し、指摘する。
「異性……て!そんなのあたりまえじゃない!私達は女で、エドは男!異性として見てもらうなんて当然……」
「――本当ですか?あの人は私達のことを本当に異性として見てくれていますか?」
その一切の反論を物ともせず、その論を推し進めるセルティに、アリサは戦慄した。
ぶるぶる、と背筋が不安で震える。
――もしかして私は、今までとんでもない思い違いをして過ごしてきたのではないか……!
その時、エリーが何か思いついたように口にする。
「そういえば、エドガーって私達の頭を良く撫でてくれるよね」
「……そういえば!」
その時、アリサの脳内に一つの答えが浮かび上がる――。
――失念していた!あまりにも心地よいものだから、失念していた!
少女の頭をあやすように撫でてくれる、男……!?
この状況、どう見てもその男にその少女は恋愛対象の女どころか、子ども扱いされているではないか……!?
じっとりと嫌な汗が三人の額を流れ落ちた。
「私達もしかして……」
「女どころか子供扱いされてるんじゃ……」
「たぶん……いや、間違いなく、そうです。だっておかしいじゃないですか。こんな密閉空間の中、咎める者がいないどころか、むしろ喜ぶものしかいないのに、何で襲ってこないんですか!?流石に性欲なさすぎじゃないですか?もしかしてそっち側ですか!?」
あからさまにイライラしているセルティ。
何にイライラしているかはわからない。
「でも、エドはこちらの世界に来る前、人並みに性欲はあったはずだわ……その、他の女の子といろいろするのをこの目でしっかり見てたもの……」
頬に手を当て考え込むアリサ。
「と、いうことは……エドガーにとって、私達はそういう対象ではない、つまり女とみられてはない、と……」
三人とも、絶望にその表情を染めていた。
そして無言でそれぞれその絶望と戦っている。
ただただその部屋には、すぅ――すぅ――とエドガーの寝息が響くだけ。
「ど、どうすれば……一体どうすればエドガーに……!?」
「女として見てもらえるように……!」
「し、心配しないで!そのために……これがあるの!」
ばしィ!とアリサは一つの本に手を叩きつける。
「こ……これは……!」
「……えっちぃ……!」
スタイルの良い女性が下着よりも表面積が少ない布を身に着け、煽情的なポーズを決めている写真が表紙の……いわゆるエロ本であった。
「これは、私があっちの世界にいたエドを覗きながらコピーした、エドガーお気に入りの一冊なの。つまりこれには……」
「エドガーさんを誘う手掛かりがいっぱい詰まっていると……!」
「……そういうことよ」
にやり、とアリサは笑う。
エドガーのお気に入りの本。
――そこにはエドガーがえっちな気持ちになるような手掛かりが、たくさん詰まっているはずだ。
三人は意気揚々とその本の世界へと乗り込んでいく。
……性癖すら簡単に暴かれてしまうエドガーの気持ちを考慮する者は、残念ながらそこにはいなかった。
ぱらり、ぱらり……とそこにはページをめくる音だけが嫌に強烈に響く。
三人はじっと息を押し殺すように、そして血走った眼で、素肌を晒す豊満な体つきの女性たちを観察する。
「……それじゃぁ、一人ずつ感想を言いましょう」
ぱたり、とそれを読み終わり、アリサはまずエリーを指名した。
「そうだね……まず思ったのは、この本に載っている女の人なんですけど、その、おっぱいがとても大きいな、と思ったよ」
「おっぱい……!」
「おっぱいですか……!?」
確かに、その本に乗っていた女性たちは豊かな胸を持っている女性ばかり。
それに比べて自分たちはどうか……?
「……小さい」
「……!!!」
「小さいです。私達」
「……!?」
三人はそれぞれ、自身の胸を手で触ってみる。
しかしそこから感じられるは、僅かなふくらみのみ。
かろうじて、掌から溢れるかな……程度のモノ。
エドガーの大きな手であったら、掌に収まりすらするかもしれない。
だが、この本における女性の胸は、言ってしまえば暴力だった。
まだ成長途中の三人からしてみれば、ただの暴力。
エドガーの手に収まるどころか、手全体で儂掴みにしても溢れるのではないかというほどのサイズ。
「……うぅ……」
――もはや、差は歴然であった。圧倒的敗北。
誰からというわけもなく、その集まりからは切なげな涙声が上がる。
それまでの盛り上がりは一瞬で消え失せ、そこにはもう、敗残兵しか残ってはいなかったのだ。
「ほかのも、見ようよ……」
そんな失意に飲まれる中、エリーが違う物に手を伸ばす。
残る二人はこれ以上の傷を負いたくないと思いながらも、それから目を離せなかった。
次は絵で男女の交わりが描かれた本。
いわゆる18禁漫画である。
エリーが適当に選んだそれのタイトルを、アリサが読み上げる。
「えーーと、こんなのあったかしら……?何々、『メンヘラの虜にされた男』……?」
「メンヘラって何ですか、アリサさん?」
「自分にとって都合の良い偶像を男に押し付ける、病んでしまった厄介な女のことよ」
吐き捨てるようにアリサは言う。
アリサにとってメンヘラとはよほど忌むべき人種であるようだ。
「……そんなのがいたんですね……エドガーさんの世界には……」
「エドガー自身もよくそんな女につかまって、実に苦しめられていたわ……」
「でも、面白そうだよね、これ……」
そうだ、三人はこのメンヘラという生き物を否定しながらも、その生態に強い興味を持っていた。
そのうえ、『メンヘラに虜にされた男』というタイトル。
三人は直感していた……!
――あ、たぶんこれ、ものすごく参考になるんじゃないかな……と。
「読んでみましょうか」
「……う、うん」
「……そうですね……」
ぺラリとめくった先には……。
いきなり、異様な場面から始まった。
***
半裸に向かれた男がロープでぐるぐるに拘束されている。
『こ、ここは……。』
『おはよう、キミト君!』
『きみは……僕の彼女のエミリ!』
『そう、貴方の彼女のエミリよ!』
『何でこんなことを?』
『それは……きみと君を私だけのモノにするため!』
『何を言ってるんだ、ぼくは君の彼氏じゃないか!』
『そんなこと言ってもだめ!私見たんだから、リサちゃんと楽しそうに話してたの!』
『それくらい普通じゃ……』
『許さない!彼氏は彼女としか話しちゃいけないの!』
***
「なんですかこのお話は……むちゃくちゃじゃないですか……」
早くもげんなりするセルティ。
「いいから、次行こうよ!」
エリーが若干興奮気味にページをめくる。
***
『だから、キミト君を私以外の女の子の事考えられないようにしてあげる!』
びりびりとキミト君の服を破っていくエミリちゃん。
『やめるんだ、エミリちゃん!』
『やめない!キミト君を私のモノにするの!』
***
「……き、きたわね……女の子が好きな男の子を襲う展開……嫌いじゃないわ」
じゅるり、とアリサがよだれをぬぐう。何を想像しているかは明らかであったが、誰もそれには突っ込まない。
しかしエリーは気付く。これがただの女の子が暴走してしまった話ではないということに……!
「……ま、待って!アリサ様!この女の子、普通じゃないよ!」
***
『嫌だ!そんなことをしても僕は君の虜になんてならないぞ!これはどう見ても犯罪だ!具体的に言うと、逮捕・監禁罪だ!僕を傷つけたらどんな目に合うかわかっているんだろうな?牢屋行きだぞ!?』
『ふふ……そうだね。でもそんな余裕いつまで持つかな……!』
すっとエミリちゃんは注射器を取り出す。
『な、なんだそれは―――!!!僕を薬漬けにして前科者にさせるつもりか――!!!嫌だ――助けてくれ――!!!』
『心配しないでキミト君。わたし(おくすり)なしでは生きていけないくらい、気持ちよくさせてあげるからね――!!!』
そしてエミリちゃんは注射器をつぷり、とキミト君の腕に刺した―――!
そして行われる――××っ!
そのあまりの強烈な快楽に虜にされたキミト君はエミリちゃんの快楽奴隷として生きていくことになったとさッ――!
めでたしめでたしィッ――!
***
「……!!!」
読み終えた三人の頭に電撃が走る。
――これ、悪くない、と。
エドはどんな表情を浮かべるだろう――と漫画の蕩けきった表情を浮かべるキミト君を見て、アリサはそう思う。
エドガーはどんなふうに懇願するのだろう――とエミリちゃんにさらなる快楽を求めるキミト君を見て、エリーはそう思う。
エドガーさんはどれほど自身に依存してくれるだろう――とエミリちゃん以外のことを考えられなくなったキミト君を見て、セルティはそう思う。
――もちろん、これを故意にやってしまったらそれはもう、犯罪だ。
エドガーなら許さない……いやなんだかんだ言って赦してくれるかも……いや微妙に、二割くらいは許さない、かもしれない。
――だが、もし事故でこんなことになってしまったら?
もうそれなしでは生きていけない程の禁断の快楽を、たまたま知ってしまったら?
いやそこまではいかなくても、恐ろしいほどまでの興奮を覚えるようになったら?
それらがもたらす結末とは……一つだけ。
男と女の世界が広がるのだ。
枷から解き放たれたように、私達は常にお互いを求め合うのだ――!!!
ぽちゃり。
アリサの鼻から赤いものが垂れる。
「……少し考えすぎたみたいね……」
アリサはそれを拭くものを探しながらも考えていた。
――エドを召還する時手に入れて置いた強力な媚薬、倉庫のどこにしまっておいたかしら、と。
「で、でもこんなのは卑怯な感じがするからあれだよね――!」
とエリーは耳を掻きながら、興奮を誤魔化すように明るく振る舞った。
「……そうですか?別にアリだと思いますけど」
セルティがあっけらかんと言う。
「……で、でも、そんなのダメだよ……!!」
そう口では言いつつも、にやにやと口が緩むのをエリーは止められない。
――大方、暴走したエドガーが自身に襲い掛かって来た時の事でも想像しているのだろう。
「ならエリーさん。冷静に考えてください。もしエドガーさんが不慮の事故で死んでしまったとしましょう。魔法の暴走、魔道具の暴発、危険な魔獣の出現。この世界ではよくあることです。
その時、まだエリーさんはエドガーさんとそういうことができてはいなかった。子供を授かってはいなかった。この時、後悔しないのですか?もと積極的に迫っておけばよかったと、子供を授かりたかたっと」
「……絶対、するよ」
「……なら、答えは一つよね?」
アリサがきりっとした表情でエリーに問いかける。
「わかったよ、アリサ様。私、やります!」
「ふふ……それでこそ私の弟子よ、エリー」
天使のような笑みを浮かべ弟子の決断を褒め称えるアリサ。
……何がそれでこそなのだろうか?
「これでもう、私達は生涯の友人ですよ……!」
あなたとは親友だ、と言いがっしりとその手を握りしめるセルティ。
……はた迷惑な友人である。
「……うん!」
それにエリーは満面の笑みで答えたのだった。
***
その晩より、着々とその計画は練られていくことになる。
どんな卑怯な手……薬であろうと、脅しであろうと何でも用いる。
最終目標はエドガーとの乱れに乱れ……否、幸せな家庭を築き上げること。
名付けて、エドガー篭絡作戦である。
***
『ごぎゃぁぁぁ……』
“そんなことよりお腹へったのじゃ……”
巨大なドラゴンの姿のまま、番犬のように研究所の前に丸まったベロニカは、どうでもいいというようにただ空腹に切ない鳴き声を上げていた。




