俺達の行く末なんだが
「……」
アリサの部屋。
相変わらずファンシーだ。
ぬいぐるみや裁縫がアリサはとてもうまい。
それもあってか単に楽しいのか、かわいいぬいぐるみの量も以前より増えている。
……俺に似たぬいぐるみもだが。
眠っているアリサの側。
俺はただ静かに、アリサが起きるのを待っていた。
「――すぅ――ぅ――えど――ぅ――」
寝息を立て、時折俺の名を呼ぶ。
そのたびに、俺はアリサの手を握りしめた。
「エドガー、もう寝た方がいいよ。エドガーだって疲れてるでしょ?」
「……エリー」
背後から、エリーに優しく肩に触れられた。
「アリサ様のことは私に任せといて――ね」
「――起きた時に傍にいてやりたいんだ」
「それでエドガーが体調を崩したら元も子もないでしょ?」
「それでも――」
「お願いだから、言うこと聞いて?エドガー?もう三日だよ?」
「……」
そう、あれから三日が経つ。
まだアリサは目を覚まさない。
俺はそれがとても不安だった。
なぜなら魔獣化は、精神が大きく振れ動くことでも起こりうる。
その場で俺が対処しなくては、エリー達をも巻き込んでしまうかもしれない。
「魔獣化のことなら心配するでない。妾が見張っておるぞ」
部屋の入口に長髪の少女のシルエット。
褐色の肌に、白髪赤眼の少女。
「……ベロニカか。もう動けるのか?」
「ああ、多少なら戦えもする。だからお主はできるだけ休んでおけ。セルティが暖かいスープを作っていたぞ」
休む――か。
「なら少しだけ」
エリーがほっとしたように微笑んだ。
「うん。アリサ様は任せといて」
「頼む」
***
リビングに行くと、俺に気付いたセルティが台所から顔を出した。
「あ、エドガーさん。もう少しで出来上がりますから、そちらで待っててください」
「……ありがとう、セルティ」
「ふふ。いえいえ」
その優しい笑みに、なんだかほっとした。
どさり、と俺はソファーに横になる。
――頭が痛い。
若干視界も暗く感じる。指の傷口がずきずきと痛む。
多分疲れだ。疲れのはずだ。少し休めば治るはず――。
「どうぞ、エドガーさん。熱いので気を付けてくださいね」
「ああ」
セルティからスープの入ったカップを受け取った。
ころころと飲みやすいように小さくきられた、野菜や肉片。
ベースはコンソメスープ。
「……いいにおいだ」
「お代わりもあるのでどうぞ」
「……ああ」
ずず、とすする。
「――うまい」
全身にぶわっと温かみが広がる。
しばらく黙々と俺はただスープをすすった。
「……エドガーさん」
ぽす、とセルティが俺の隣に座る。
「アリサさんはどうですか?」
「まだぐっすり眠ってるよ」
「……魔獣化の影響でしょうか?」
「……わからない」
ずずず――。
そしてスープを最後まで飲み終える。
「お代わり入れましょうか」
「頼む」
「はい……!」
とてとて――と俺のカップを大事そうに抱えながら、台所へと向かうセルティ。
金色のツインテールがひょこひょこと揺れる。
なんとなくそれに目を奪われた。
「……どうかしましたか?」
不思議そうなセルティから、カップを受け取る。
暖かい。手がほかほかとする。
「それかわいいなって」
ふーふーとスープを冷ましながら、ツインテールを指差す。
「ど……どうしたんですか急に」
ぷくっと頬を膨らませる。
それを見てぷす、と頬を指で潰した。
「んぶひゅぅ」
空気がぬけ、変な声がセルティから漏れる。
かわいいな。
「……むむ……」
じとっとセルティは俺を睨んだ。
それでも俺の隣にちょこんと座る。
かわいい。
「……それにしても髪、どうしたんです?思い切りましたね。おしゃれですか?」
ちらり、と俺は自身の前髪を見る。
黒髪の中、混じる白髪。
「おしゃれ……ではないが」
「染めます?」
「いや、このままでいい」
「エドガーさんがそう言うなら、それはそれでいいんじゃないですか?」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
こてっとセルティが俺の肩に頭をのせる。
慣れた重み。
セルティの……重みだ。
「……エドガーさん」
セルティが俺の名を呼ぶ。
「……なんだ?」
俺もこてりと頭をセルティに預けた。
お互いに支え合う形。
それが俺とセルティの関係。
「いつまでエドガーさんは戦うんです?」
「……俺達が幸せになるまでだ」
「……何でエドガーさんの前には厄介事ばかり舞い込んでくるんでしょう」
「……俺がお人よしだからじゃないか」
「……わかってるのにやめないんですか?」
「ああ、いやだね」
「……」
ぎゅっと俺の服の裾をセルティが握る。
俺の手と比べたらずっとずっと小さなそれで。
「俺が目を背け、逃げ出したこと。それが他人に標的を変えてしまった時……絶対にそれを忘れることが出来ない。どうしても、割り切れないし後悔してしまう」
「……」
「後悔したくない」
「……そうですか」
そしてセルティは頭を俺に寄せたまま、その位置をずらし。
視線を俺と通わせる。
「エドガーさん」
「……なんだ?」
「実は私、エドガーさんに協力するの、やめようと思っていたんです」
「……そうか」
何となくわかっていた。
だから答えを聞くのが怖かったのだ。
エリーとセルティ。
二人は割り切れる人間なのだ。
俺よりずっとずっと強い人間なのだ。
俺のように、ガキみたいな駄々をこねたりはしない。
――すべてを守りたい、全てが欲しい。
こんなものが通るわけがない。
何かを得たいならば何かを犠牲にしなければいけない。
当たり前だ。
「もしエドガーさんが諦めてくれるなら、私はエドガーさんと駆け落ちして――表現はあれですけど――そのまま二人で田舎の村に受け入れてもらって、幸せに暮らすなっていいかなって思ってたんです」
「……いいな、それも」
「……ですよね」
「……でも」
「わかっています」
セルティは俺の膝に乗る。
俺に向かい合うような形となる。
そのまま俺の腰に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。
すりすり、と頭を俺の胸板にすりつける。
そんな状態のセルティに、ふっと懐かしくなった。
「俺達が出会ったばかりの頃は、ずっと抱き着いていたよな」
「ふふ……その時から変わりません。とっても幸せなんです。暖かいんです。この感じが、私を受け止めてくれるこの温もりが大好きなんです。しょうがありません」
「……そんなもんか」
「……そんなもんです」
お互い浮かべるのは、苦笑い。
俺の左手は自然とその頭に伸びた。
――さら。
「――あ」
手を髪の間に滑り込ませる。
――ぴくり。
セルティの体が僅かに震えた。
ぎゅむ、と巻き付く腕に、さらに力が籠められる。
――さらさらさら。
ゆっくり丁寧に、セルティの滑らかな金髪を撫でた。
「……女の子の髪を撫でるの上手ですね」
「……こっちの世界に来てからアリサといい、エリーといい、撫でる機会ばかりだったからな」
「その答えはちょっと男としてありえないです」
「……そういうものか」
「そういうものです」
不満そうな言葉とは裏腹に、すりすり、とセルティは頭を気持ちよさそうにゆらしていた。
しばらくその感触を楽しんでいると、セルティは哀しそうに、俺の右手を撫でる。
「怪我……大丈夫ですか?」
「指一本くらい、どうとでもなるさ」
「……」
指のなくなってしまったそれを。
優しく。切なく。
慈しむように撫でる
「私達がこれを見た時、なんて思ったかわかりますか?」
――さらさら。
セルティの髪。
とてもきれいだ。
「――これ以上戦ってほしくない、です」
「……」
「エドガーさん。もう戦うのなんてやめませんか?」
「……やめることはできない」
「こんなんじゃいつか、死んでしまいます」
「……流石に死んだりはしないさ」
「死にますよ。だって、あなたはそういう人じゃないですか」
ぽつり、と呟く。
「……」
答えられることは、ない。
「考えたこと、あります?」
「……何を?」
「あなたが死んだときのこと」
「……」
胸をすすとセルティの指が撫でる。
「まず、アリサさんはどうなるでしょう。また一人ぼっちで生きていくことになるんでしょうか。貴方を死なせてしまったことを悔やみながら。
次にエリーさんは?できるかもわからない復讐のために、狂ってしまうんでしょうか。自身すらもその復讐の標的にして。
私は?他人を全て敵だと思いながら、びくびくと怯えながら生きていくんでしょうか?弱い自分に、傲慢な自分を怨みながら」
それは想像だ。
あるかもしれない、一つの未来。
あったかもしれない未来。
「それとももしそんなことになったら、みんな揃ってあなたの後を追って死ぬかもしれませんね」
「――!」
――くち。
それまで胸を撫でていた指で、俺のシャツから露出している皮膚を強くつまむ。
俺はその鋭い痛みに顔を僅かに歪める。
爪が皮膚を突き破り、僅かに血が出た。
「私達が望むもの。そんなの本当に一つだけ。あなたとの平和で幸せな日常。それだけです」
「……」
ぺろり、とセルティは自分で作った俺の傷口を舐める。
ぬるぬると俺の首筋まで舌が這う。
トロン――とした瞳のまま、セルティは俺を糾弾した。
「あなたが暗闇から引っ張り出してくれたから、こんな普通なことを考えられるようになったんですよ?」
唾液でべとべとになった俺の傷を、優しくなぞる。
「私達はみんな、エドガーさんと会うまではそれはもう、とっても辛くて、とっても冷たい中で生きてきました。それこそ生きている意味も分からなくなるくらい。実際生きていても死んでいてもかわらない」
そしてそこをぐっと押す。
鈍い痛み。
僅かに血がにじんだ。
「ですけど、今は違います」
すっとセルティは顔を寄せる。
次に感じるのは、唇に柔らかい感触。
ほのかな甘い香り。
数秒の粘膜同士の接触。
俺の唇を吸うように奪うと、嬉しそうに微笑んで、セルティは話を続けた。
「私達は幸せなんですよ。貴方がいてくれるだけで。貴方が傍にいてくれるだけで。一緒に生きて、一緒に笑って。一緒に幸せになれれば。どれだけ私達は救われるでしょうか。あなたに笑顔で頭を撫でられるだけでどれほど幸せでしょうか。子供も私達でたくさん作って、みんなで毎日を楽しく生きる。どれ程の幸せと笑顔が詰まっているでしょう。そこには」
「……だから、俺は戦うんだ。その全てのためなら、命だって惜しくない」
「でもそこにはエドガーさんが不可欠なんです。貴方がいてくれないと、始まらないんです」
「……俺は」
「あなたさえいてくれれば私達は幸せなんですよ」
「俺が幸せじゃない。誰かを失ってしまったら。俺は……」
「……それで私達みんなが死んでしまってもですか?」
「……そういう意味じゃ、ない」
「……そういう意味ですよ、それは」
平行線。
どこまで進んでも寄り合わない平行線だ。
寄り合っているが故の、平行線かもしれないが。
「セルティは俺を――信じられないのか?」
俺は静かに、問う。
「信じますよ。当たり前じゃないですか。私も、アリサさんもエリーさんも、貴方のすべてを信じています」
「なら……」
「……それでも、怖いんです」
「……セルティ」
「しょうがないじゃないですか。
怖いんです……あなたがもし死んでしまったらって考えずにはいられないんです……」
「……俺も同じだ。戦うしか俺にはできないから、怖い」
――それで救えなかったとき。
俺はどうなってしまうのだろう。
だがそれを聞いた時、セルティが諦めたようにため息をついた。
「……私は弱いですね」
「……俺もだ」
「どうすればいいんでしょう、私達」
「わからないよ、俺にも」
「いつか安息が来るんでしょうか?私達には」
「……俺達で見つけるしかない」
「いつになったら、私があなたを助けられるようになるんでしょう」
「……」
「いつになったらあなたの隣に立てるんでしょうか……!」
ぽたぽた。
俺の胸に、雫が落ちる。
涙。
俺達への涙だ。
その瞬間、無意識の内に、腕が動いた。
「……!」
半ば強引にセルティの頭を俺の胸に押し付ける。
そしてその耳元に顔を寄せ、そのままぎゅっと体を抱き締めた。
「セルティ。俺と一緒に来てくれ。これから先、ずっとずっと」
――きっと俺達には、必要なんだ。お互いが。
もう十分、セルティは俺の隣に立ってくれている。
こんなにも俺の心の支えになってくれている。
「……お互いが終わってしまうまで」
「……はい……どこまででも、どこまででもお供します……」
そしてセルティは哀しそうに笑った。
――あぁ、と思う。
なんでこんなにも一歩が進められないのだろう、と。
重い。俺自身が、俺達はこんなにも重い。
動き出すのも億劫なくらいに。寄り添うために近付くだけで、こんなにも疲れてしまう。
「……苦しいなぁ、セルティ。なんでこんなにも苦しいんだろうな」
「わかりまぜんよ、そんなの……私にもおしえてください……!」
そう。苦しい。ただただ、苦しいだけだ。
俺達はどちらからと言うまでもなく、お互いに顔を近づけ――
「……ん……」
――そして濡れた唇を重ね合った。




