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ヤンデレ少女の弟子にされたんだが。  作者: ぱりぽり土鍋
第二章 奴隷の少女と城塞都市の領主
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アリサとエリー1

「……アリサ、エリー」


 修練場の真ん中で呆然としているエドガーに、私は思わず飛びついた。


「エドガー、良かった……生きててよかった……よかったよぉ……」


 ――生きててくれて私の前からいなくならなかった、という安心。

 嬉しくて、胸が苦しくて、私は泣いてしまった。

 エドガーは私の頭をさわさわと撫でてくれる。


「……エリー、やっとエドガーって呼んでくれたな」

「……ダメ?ご主人様の方がいい?私、エドガーならご主人様でもいいよ?」


 上目遣いながらの提案だったが、それにエドガーは苦笑いして断った。


「……エドガーでいい。改めてよろしくな、エリー」


 そういって笑うエドガーに私も笑顔で答える。


「うん、エドガー!」


 ***


 私が少しだけ自分に素直になれた理由。

 それはほんの少しだけ、時間を(さかのぼ)る。

 

 私がグラムに牢屋へ閉じ込められて、そしてエドガーが行ってしまった後――アリサ()が、私の前に現れた。


 その目に冷たさを秘め、私を道端の小石を見るような目で見つめながら。 


 あんなに優しかったアリサ様が、なんでそんなに変わってしまったのか――その理由は、わかっていた。


 アリサ様の命より(・・・)大事な人――エドガーをこの戦いに巻き込んでしまったから。


「……申し訳ありません、アリサ様。私のせいでエドガー様が戦うことに……」


 それを聞いたアリサは冷たく言い放つ。


「そうね、あなたのお陰でエドガーに一つ、辛い思いをさせることになってしまったわ」


 静かな地下で、アリサ様の声だけが響く。


「……貴方なんていなければよかった」

「……ッ!」


 アリサ様から私へ向けられるのは――殺意。

 それを直感的に感じた私は、自分の体が小刻みに震えているのにそこでようやく気付く。


 エリーの牢屋まで近付くアリサ。


 そして――その格子を《《腕》》で捻じ曲げる。


 グギィィンと鈍い音を鳴らしてひしゃげる鉄の格子。


「う、うそ……!?」


 か弱そうな一人の少女が、素手で鋼鉄を捻じ曲げる?


 ――馬鹿げてる。


 その光景を見たエリーは戦慄する。

 

 ――ああ、この人は違う。


 私とはレベルが全く違う。

 生き物としての枠が、そしてなにより()が違う。

 この人からしたら、私なんかは虫けらなのかもしれない。


 その諦観にも似たような感情に、一瞬エリーは支配される。


 ――ここからの行動一つ間違えたら、間違いなくこの人に殺される。

 エリーの脳裏に浮かぶその予感。いや、確信。

 

 体の震えがより一層強くなり、歯がガチガチと音を鳴らしていた。


「……出なさい」

「はいッ!」


 即座に反応する。


 ――ぐいっ。


 そしてアリサは牢屋から出たエリーの頭を掴み、自分の顔の近くに引き寄せる。


「ひッ!?」


 その強引なアリサに思わず全身がすくんでしまう。


 ――いやだ、死にたくない、死にたくない、助けて助けて助けて……!


「エリー。貴方は弱いわ」


 暗闇の中で輝く、紅の瞳。


「はぁッ……はぁッ……はぁッ……」


 自分の呼吸がおかしなことになっている。

 息がどんどん荒く。短く。だけど息は吸えない。苦しい。


「でも、良かったわね。私の愛しい愛しいエドガーは、貴方を助けたいみたい。救ってあげたいみたい」

「ぁぁ……ぁ……ぁ……」


 エリーはアリサから目をそらせない。そらすことが出来ない。

 

 そしてエリーの頭の中で、本能が告げている。


 ――今までで一番、今が死に最も近いと。


「だからね、エリー。今はあなたを生かしてあげる」

「………ッ…………ッ…………ッ!」


 ――本当なの?それは。ならなんで吐いてしまいそうな程の強い殺意を、私にぶつけてくるの?

 

「エドガーのお陰で生きられるのよ、貴方は」


 アリサはそこまで言うと、その殺気(・・)を――しまい込んだ。

 その瞬間、思わず声を上げてしまうエリー。


 「くは――ッ!?」


 そのままごほごほと呼吸を再開するために、咳で呼吸を正常に戻そうとする。そう、あまりの恐怖の中で、エリーは呼吸(・・)を忘れていたのだ。


 呼吸が落ち着き、そこでようやく感謝の言葉か何かを述べようとするが。エリーはアリサの言葉に返事が出来ない。

 返事の言葉など考えることもできない。

 もはや頭が働く余裕などない。

 

 ――命が助かった。それ以上の思考を脳は拒否していた。


 そして、アリサはエリーを抱き締めた。


「ねぇ、エリー?」

「……ア、アリサ様」

「あなたは何のために生きてるの?」

「……今は……家族の復讐のためです」

「それは命を懸けられるほどのもの?」

「……はい。掛けられる、と思います」


 そのあいまいな答えにクスリとアリサは笑う。


「中途半端なのね、貴方って」


 そういってアリサはエリーを離した。


「あなたと最初にあった時。

 あなたはその復讐(・・)のことしか考えていなかった。

 その時は私とあなたは似ていると思ったわ。

 一つのことにどうしようもなく狂っている(・・・・・)

 その姿が」


 蔑むようにエリーはアリサに嗤われる。


「……でも今のあなたは、ふ抜けてしまっているわよ」

「――ッ!そんなことない!」


 エリーは勢いよく立ち上がる。


「私は本気で家族の仇を取ろうと思っている!そのためなら、命すら懸けられる!」

「でもあなたは、エドガーとの平和で幸せな生活を送るうちに、いつのまにかそんな毎日が大切だと思うようになってしまった。あの居場所のことが、大好きだと思ってしまった」

「――ッ!……違う、違います、そんなことないです……ッ!」


 頭抱えながら。

 泣きながら。

 わめきながら。

 必死に否定をする。


「エドガーのことも、もうただの他人とは思えないでしょう?

 だって、絶望の底まで落ちてしまったあなたに、人並みの幸せを与えようとしてくれた人だもの。あなたを大切だと言ってくれる、唯一の人だもの」


 ―――違う違う違う!!!

 そんな軟弱じゃない!私は!

 そうよ!もう私には家族なんてもういらない!大切な存在なんてただの弱点!



 ――なら何でわたしは今泣いているの?

 


 ――苦しんでいるの?



「あなたも選ばなくてはいけないわ。

 復讐のために生きるか――それとも新たな家族のために生きるか。」


 アリサの手がエリーの涙を掬い上げる。


「そんなの復讐に決まって……ッ!」

「できるの?あなたに?今の弱いあなたに?

 何も持ってないわ、あなたは。力もお金も。

 少しばかり強いと言っても、グラムに負ける程度の実力。

 それしかないのに、何ができるの?」


 エリーは答えられない。

 答えが出せない。

 無理だ。そう無理。

 わかってるんだ。ほんとは。無理だって。

 だけど、だけど。

 そんなこ風に私は考えられないよ――。


「だから、エドガーとの生活に逃げようとしていたのでしょう?」

「ちがい、ますぅ……ちがうのぉ……」


 否定するがもう遅い。

 エリーの中では、自分に対する疑念が大きく膨れ上がっていた。

 

 ――どうせ復讐なんてできっこない。なんで私はできるはずもない復讐のために辛い思いをしなくちゃいけないの?


 ――違う違う違う!

 復讐しなきゃ!復讐しなきゃ!復讐しなきゃ!

 家族のために!


 ――でも家族って何なの?

 私をこんなにも苦しめる家族って何なの?


 ――エドガーは私を助けてくれるのに。

 救ってくれた(・・・)のに。


「あなたのやっていることは……裏切りだわ」


 アリサはエリーの頭を優しく抱きかかえる。


 その時――外で何かが爆発する轟音。


 ――エドガーとグラムが戦い始めたのだ。


 エリーの頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 ――私の家族。

 ――私のために今闘ってくれているエドガー。

 ――どうすればいい?どうすればいいの?


「ねぇ、エリー。

 私の弟子になりなさい。

 今までのような家族ごっこの延長(・・)じゃない。

 今度は本物(・・)の弟子に。

 あなたに私のすべてを、この世の魔法の神髄を教えてあげましょう。そして、それだけじゃない。

 あなたのその思いの使い方。どうやってその狂ってしまった気持ちを使えばいいか。

 そしてそれは、だれ(・・)に捧げるべきか」

「……ッ!」

「でも、あなたは今までの貴方ではいられない。いてはいけない。

 なぜならあなたは弱いから。今の貴方では強くなれない」

「……どういうことですか?」

「クスクス、私が言いたいのはね。強くしてあげる代わりに、今までのあなたを全部捨てて、狂うことができる?ということよ」


 悪魔。

 いや、違う。

 ――『魔女』か。


 強くなるために、大切な何かを守るために、自分の()魔女(・・)に捧げる――おとぎ話みたいだ。


「強くなったら全部殺せますか……?」

「ええ、もちろん」

「強くなったら全部守れますか……?」

「ええ、もちろん」

「強くなったら、全部、手に入りますか?」


 エリーが頭に浮かべるのはあの人。

 私のために今闘ってくれている人。

 私を助けてくれた人。

 復讐しかなかった地獄から、救い出してくれた人。

 私の新しい家族。

 私の大事な人。

 エドガー。


 ――それを手に入れる。


 その言葉を口から発した瞬間――エリーの全身に甘い痺れが走る。

 今まで感じたことのなかった感覚。

 体がぶるぶると震えてしまうほど強烈な、背徳感。

 先ほどまでの恐怖からの震えではない。


 ――興奮。

 エリーは興奮していた。

 この時、エリーははっきりと自分の中の欲求(・・)を認識してしまった。


 ――もう後戻りはできない。


 エリーの中でこの時。

 産声を上げたこの気持ち。

 エドガーが、欲しい(・・・)

 

 ――とても気持ちがいい。


 これにすべてを委ねたくなってしまう。


 悶えるように身を震わせるエリー。

 そしてその言葉を待っていたというように、アリサは顔に満面の笑みを浮かべたのだった。


「――ええ、もちろんよ、我が弟子(・・)よ」

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