俺の選択なんだが
俺が屋敷へ戻ると、簡単にルドさんとルナさんがエリーについて話してくれた。
ただ単に、エリーがグラムさんとの模擬戦で怪我をしたようで、今屋敷の一室で治療中だそうだ。
「そしてエリー様は、大変暴れているようでしたので今は一旦、地下室にいらっしゃるとのことですよ」
ルドさんがそのモノクルの奥から冷静な視線を俺に投げつつ、淡々と述べた。
「地下室?何でそんなことに……?」
「なんでも、アリサ様がこちらが迷惑をかけている以上、そうしてもらえると助かると言っていたとか。そのような事、お気になさらなくてもいいのに……」
頬に手を当て、考え込むようにルナさんが言う。
何となく状況は分かった。
(エリーはグラム卿との戦いに敗北しそれを悔しがり、それで暴れていたため地下室へと入れられたのか……?)
グラム卿はあの人自ら、良い医師を探しに行っているとのこと。
この一件に責任を感じているのか、熱いグラム卿ならやりそうなことだ。
最後にルドさんがアリサが俺を呼んでいたと教えてくれる。
俺はルドさん、ルナさんに簡単に礼を言い、すぐにそちらへと向かった。
***
コンコン、と軽く部屋のドアを叩く。
「――誰?」
中からアリサの声。
「俺だ」
内側からかちりと鍵が開く。
ドアからこそっとアリサが顔を出した。
そしてその表情に驚く。
予想以上にアリサに余裕はなさそうだった。
「いいから早く入って」
「……?ああ」
俺は言われるままに部屋へ入った。
***
俺とエリーがベットに隣り合って座ると、早速アリサは話を切り出す。
「……エリーが逃亡奴隷だっていうのは知っているわよね?」
「あ、ああ。でもそれがどうしたんだ?エリーは今、休んでいるんだろ?」
アリサは否定も肯定もしない。
(エリーの怪我が思った以上にやばいのか、それとも……)
様子のわからないエリーに不安になる俺だったが。
――薄々俺は感づいていた。
問題はそれだけではないと。
いや、そんなものではないと。
次第に震えてくる俺の声。
しばらくの間をあけて。
アリサの声が部屋に響いた。
「……グラムが今のエリーの主だったわ」
「……は?」
俺の脳が一瞬フリーズする。
「お、おいおい、何言ってるんだ、アリサ?今自分が何を言っているのかわかっているのか?」
あのおっさんが?
闘いのことしか頭にないような、純粋そうなあの人が?
それにアリサは首を振って応える。
「残念ながら本当よ」
なら、今のエリーの状況は……俺の想像とは全く違ったものとなる。
「エリーはもしかして……」
「今、グラムの元で監禁されているわ」
「……このままだと、エリーはどうなる?」
「奴隷として暮らすことになるわ」
「なるわ……ッて――!どうにかできないのか?なぁ、アリサ!」
いつの間にか俺はアリサの肩を掴み、そして叫んでいた。
「私だって同じこと、考えてるッ!」
そしてれはアリサも同じ。
今俺達は、お互いに混乱し、不安になり、それをぶつけあっているだけだ。
……これでは話は一歩も進まない。
ここでしなくてはいけないことは、口論ではない。
そんなことをしている暇はない。
「……すまない、アリサ」
「私の方こそ……」
深呼吸。
精神を落ち着かせる。
「それでこれからどうする?というか、今の俺達に何ができる?」
「……そうね。エリーに悪い言い方だけれど、今、エリーはグラムの所有物の一つと言っていい状況にああるわ。そして私達はそれを奪いたい。どうすればいいと思う?」
アリサが俺に問いかける。
俺からどんな答えが出てくるか怖いのか……その目は少し不安げだった。
だがこればっかりは手段は選べない。
俺達は思いついたことを一つずつ並べていく。
「金で買う」
「お金を欲しがるとは思わないわ」
「何かと交換する」
「おそらくエリーと釣り合う物を私達は持っていない」
「交渉して譲ってもらう」
「……不可能ね」
「あまりやりたくはないが……盗む」
「それこそ向こうの思うつぼよ。向こうも全力で阻止して来るわ。それに今後の私達の生活に支障が出るかもしれない……犯罪者になるわけだから」
「……なら他に何かあるか?アリサ」
「……一つだけあるわ。もしうまくいけばこちらに被害はないし、そして間違いなく向こうも受けるだろう手が一つ」
「完璧じゃないか。ならそれで決まりだ」
「……でも、これは最も大きなデメリットがある」
そして、それっきりアリサは黙りこくってしまった。
もうそこに、いつものように明るいアリサはいない。
ここにいるのは違う方のアリサ。
不安定な方のアリサだ。
「アリサ。教えてくれ」
「……」
俯いて、こちらを見ようともしない。
「……わたしちょっと外の空気を吸いに」
ベットから立ち上がろうとするアリサの腕を、思わず掴む。
「アリサ……!」
そしてその弱く震える、孤独な少女ををゆっくりと抱き締めた。
アリサも俺の背に手を回し、お互いに抱き締め合う。
「アリサ。心配するな。俺はお前の前からいなくなったりしないから……」
俺は耳元で囁く。
それにアリサは俺をより強く抱きしめることで答えた。
「エド、ダメよ。やっぱりだめ。エリーとはここでお別れよ」
「その方がダメだ」
「だめじゃない。あのね、エド。最後の方法はね――お互いの命を懸けた、決闘よ」
決闘。
決闘か。
命懸けの戦い、か。
「なら俺が戦おう」
迷いはない。
「――ダメよ!」
部屋に響き渡る、アリサの叫び声。
「いい?エド!?決闘とは命で何かを勝ち取る闘い。命を落としてしまうかもしれないのよ!?
それにあの男は文字通りの戦闘狂。そして最後はこの方法しかないことに、当然気付いている。そうである以上、むこうは確実にこの手以外は突っぱねるでしょう」
「なら簡単だ。俺があいつに勝てばいい」
それにアリサは頭を振る。
「だめだめだめだめ!
それは絶対ダメ!
そんなことは許さないわ!
こんなくだらないことで命をかけることなんてダメッ!
お願い、エド。
今日のお昼。二人で楽しかったでしょう?今までも二人でやって来たじゃない。前みたいに二人で暮らしましょう?
エリーは不幸だったの。私達は遅かったのよ、遅すぎたの。
あの子のことは忘れて、私たち二人に戻りましょう……!」
「まだだ、アリサ。まだ遅くはない……!
俺は助けたいッ!エリーを、あの少女を助けてあげたいんだ……」
初めはあの酷い惨劇の村。
あの子は孤独に泣いていたんだ。
それは前の世界の俺と同じ。
その気持ちが、俺には痛いほどわかる。
だから、助けたいんだ。
助けなくちゃいけないんだ。
「……だめよ、エド。
私は一番エドが大事なの。
私にはエドしかいないの。
わかるでしょ?
私がどれだけエドを大切に思っているか。
私はエドを助けるためなら何でもするわ。
文字通り何でも。人殺しでもなんでも。
でも、いいの?エドは許してくれるの?愛してくれるの?
エドを理由にいかれたニンゲンになってしまった私を?
どうして?どうしてわかってくれないの?私がどれだけエドガーのことを思っているかを、愛しているかをッ!」
俺を見るアリサの目。
その目は俺に、救いを、愛を求めていた。
そして俺を思うアリサの心からは、その奥からは。
凝り固まった何かがどくどくとあふれ出て。
それが言葉なって形と成し。
俺の心を少しずつ、少しずつ。
犯していく。
犯されていく。
抱き締め合った俺達の間は僅かなのに――どうして心の距離はこんなにも遠くに感じるのか。
「……エドがどうしても助けたいというのなら。エドも私のお願いを一つ聞いてくれる?」
「……ああ。聞くさ」
なんだって聞いてやる。
俺の言葉にアリサは口角を吊り上げ――そして言った。
「私を抱いて。今ここで」
それを聞いた俺の心に浮かぶのは、喜びでも恥ずかしさでも興奮でもなく。
(……こんな状況でか?)
――悲しみとやるせなさ。
(こんな苦しそうな、自分の闇に取り込まれたようなアリサを抱けというのか――?)
「……アリサ。本気で言ってるのか?」
やっとアリサは顔を上げ、俺に笑いかける。
「本当よ、エド。さぁ、私を抱いて……」
アリサの手がしとりと俺の胸板に触れ唇を寄せた。
普段のアリサとはかけ離れた、その妖艶で妖しい笑み。
「待て、、待ってくれ、アリサ……他の頼みならなんでも聞こう。デートはどうだ?俺がデートコースからしっかり決めてお前を楽しませてみせる。また二人で美味しいものでも食べに行こう。アリサに似合うアクセサリーや服を選びに行こう」
「そんなのこれに比べたらどうでもいいわ。
大丈夫、エドに責任をとってもらおうとかそういうのはないから。
ただ今この瞬間だけ。私の性欲を満たしてくれればいいの。
簡単でしょ?もちろんエドガーも私を好きにしていいわ」
アリサが俺をすっ――と押し倒す。
俺の上に四つん這いになったアリサ。
情欲にうるんだ目。
アリサの甘い匂いが、より強くなった気がした。
本気だ。
冗談はではない。
(――でもなんでだ。なんでそんな辛そうなんだ。泣きそうなんだ?)
「エド、どうするの?
私を抱いてエリーを助けるか。
それとも何もせず、これまでと同じように暮らしていくか」
俺は今、二択を迫られている。
俺達の関係の変革か。
それとも保守か。
アリサの手がゆっくりと俺のシャツのボタンをはずしていく。
そして裸になった俺の上半身をアリサの掌が蠢いた。
そのアリサの細く白い指はその感触を確かめるように、楽しむように俺の上を這い回る。
「ねぇ、どうするの?エド?
私達は決めなくちゃいけないの。
こうなった以上、前に進まなくてはいけないの。
進むか、止まるか。どちらをあなたが選ぶの?」
俺に耳元で、蠱惑的に囁くアリサ。
その一言一言に、その強く甘いアリサの匂いに、俺の思考がだんだんと奪われていく。
「さぁ、選んで。私の愛しい愛しいエドガー……!」
俺は。
「俺は……ッ!」




