アリサとグラム
「おお、これはこれはアリサ様。本日はご機嫌がすぐれないようですが……何かおありで?」
グラム卿が両手を広げ、アリサに語り掛ける。
この状況でのその行動。
まるで道化の様。
「ふざけるな!グラム卿――いや、グラム・ゼンド・ヴァニシューラ!
エリーに何をしたと言っているの!」
その全身から漏れ出す冷気。
アリサの目は吊り上がり、その視線はグラムを殺さんと射抜いていた。
それにくつくつとグラムは笑う。
「視てわからぬか?畜生に少し躾をしてやったのだ。どうも身の程を知らぬようでな」
グラムが片手を掲げ、その手のひらから熱が放出される。
――パキンッ。
あっけなく砕け散るアリサの氷壁。
壁の向こうに倒れるエリーを指して、グラムは言う。
「いけませんなぁ、アリサ殿!魔女の生まれ変わりとでもあろうあなたが!畜生一人満足に扱えぬようでは!」
そして両手を天に掲げ、空を仰ぐようにしてグラムは言う。
「魔女!かつてこの世界のニンゲンのほとんどを滅ぼし!我らをお救いになった存在!
そのような至高の御方で有らしめられる、あなたの代わりに!儂ができることはこのくらいでございますからなぁ!」
「……何ッ?何なの!?あなたは一体何を言っているの……?」
突然豹変したグラムに、言いようもない不気味さを感じるアリサ。
そして、グラムが叫ぶ言葉――魔女。
(――いや、どうだっていい。私には、どうでもいいはずだ。エドガーさえいればどうだって……ッ!)
アリサは自分の頭に浮かぶ不吉な考えを、推測をかき消す。
「貴方はまだ、あなたの運命は何なのか……という答えには至ってないようですなぁ……」
その混乱している様子のアリサに、グラムは心底失望したというようにため息をついた。
「どうですか、アリサ殿。一度儂達と共に来てはくれませぬか?
仲間の一人に、あなたにたいそう興味を持つものがおりましてなぁ。
そいつが是非一度アリサ殿と腹を割って話してみたいと言っておるのだ」
グラムの話を聞き流しながら、アリサは現状を正確に把握する。
グラムの、一見隙を見せるような言動。
しかし、グラムはいつでもエリーを殺せる位置を離れようとはしない。
アリサの探るような視線に気付いたグラムがすっと目を細める。
「……ふむ、アリサ殿は儂達についてより、そこの畜生の娘の方が気になるご様子。如何様な思いでそのような弱き獣を弟子におとりになったのだ?」
「どうでもいいでしょ?さっさとエリーから離れなさい……殺すわよ」
そしてアリサが右手を掲げるが。
「おお、こわいこわい。流石は魔導士様ですなぁ!」
そう言いつつも、一向に動こうとしないグラム。
アリサにはいまいちこの男の真意が読めないでいた。
(何のためにこいつは私の前に対峙し続ける?目的は?)
私に興味があることはあるのだろう。
だがその程度。この男から本気で私をどうこうしよう、という気は待ったく感じられない。
今の状況――私がやろうと思えば一瞬でこいつを殺せる。
向こうもそれはわかっているはずだ。
私の氷の魔術は、魔獣はともかく、〝人間”という脆弱な生物であれば一瞬で凍らし、死滅させることが出来る。
ニンゲン相手では、それに対峙した瞬間、それに死をもたらすことのできるのが火の魔導士。
(――なのにこいつは私からこれほどまで敵意を向けられながらも、こんなに余裕でいられる?)
「ときに、アリサ殿」
グラムがポツリとつぶやいた。
「そこの畜生のお嬢さんはどうやら元奴隷だったようだ。その首輪を見ればわかる」
ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつエリーへと足を進めていくグラム。
「――動くな!」
アリサがグラムの足元を凍らす。
しかし、グラムはそれをふっと鼻で笑いながら氷を砕き、踏みつぶし、進んでいく。
「動かないで!死にたいの!?」
次は膝まで。
そこまでされたグラムは、忌々しそうに足元を見つめた。
「ふむ、面倒ですな……」
そしてアリサは見た。
こちらをにらみつけるグラムのその目。
暗く、深く、淀んでいて闇に染まっていて。
人のあらゆる負の感情が詰まっている、その目
「――ひっ!」
何もかもがありすぎて、故に何もない。
悲しみ?
怒り?
いや。
何も。
そこにあるのは闇のみ。
そしてグラムは口を開いた。
「いえね――アリサ殿。
ダイアウルフの少女の奴隷。
儂はこれにちと心当たりがありまして」
ぽつ……ぽつ、とグラムは語り出す。
「実は以前、友人より生きがよくほどよく憎しみがのったらしい上物の黒鉄狼を譲り受けたんですがねぇ。
不幸にも、いや、その奴隷には幸運だったんでしょうが――運ぶ途中でどうやら事故にあったようで。
いやぁ、あの時は探しましたとも。
事故現場の近くの村を、探して探して探し回りました。
なんていったって、わしの唯一の楽しみですから。
本気の殺し合いをするのは。
そしてね、結果は見つからず。
この辺りでは珍しい、黒い毛並み。そして獣の耳。豊かな尾。
こんな特徴的な少女であれば、すぐに見つかると思ったのですが」
そこまでの話を聞いて――アリサの目は次第に開かれていく。
「そこで、アリサ様が連れてきてくれたこの畜生の少女――儂が探していたそれに随分と似ていると思いましてな。ちと確認をしなくては、とね。
もしそれが正しいならこの畜生は、アリサ殿、貴方の弟子の前に――儂のものですわなぁ……!?」
まさか……こいつ。
まさか。
まさか……まさか……まさか……!
アリサの心臓が、バクバクと激しく鼓動する。
グラムは自分を拘束している氷を火魔法で一瞬で破壊し、再度エリーへと足を進めた。
そして、エリーの前に手を掲げると――。
「――ッ!」
――ヴォン。
エリーの額に、うっすらと浮かび上がる、奴隷の紋章。
それはグラムがエリーの主である証。
「ふむ、やはりか」
にやりと笑うグラム。
その光景に唖然とするアリサの前で、その歪んだ笑みはますます深みを増した。




