エリーとアリサのご対面なんだが
俺は飛び込んで来たアリサをやさしく抱きしめた。
「ごめんな、遅れた」
「……許さない」
「悪かった……」
「頭撫でで」
「……あぁ」
頭を撫でられているアリサは、とても気持ちよさそうにしていた。
しばらくそうやっていると――。
「……コホン」
俺の背後から咳払い。
「あの……私やっぱどっか行くね、ご主人様」
エリーは気まずそうに俺から離れていく。
その一言で俺はハッ、と我に返った。
「待ってくれ、エリー!」
俺はエリーを追おうとするが。
――ぎゅむ。
アリサにシャツの袖を掴まれる。
「やだ、どこにも行かないで、エド……!」
アリサが、ぐりぐりと頭を俺の胸のあたりに押し付けてくる。
その腕はがっちりと俺の腰に回されていた。
(……動けない!)
「……ぅっ……ぅ」
涙と鼻水でぐちゅぐちゅの顔を俺に押し付けるアリサ。
「アリサ、あとで!あとにしてくれ!
エリー!待て!待ってくれ!行かないでくれ!」
なんとかアリサを引き離そうとする俺。
少し寂しそうな顔をして俺達から離れていくエリー。
不動のアリサ。
(なんだこの浮気が見つかったような状況は……勘弁してくれ……)
その後なんとかアリサを説得し、エリーを連れ戻し、俺達は三人揃って帰ることが出来た。
***
「それで、この子は?」
俺はリビングのソファーに座る。
その隣にアリサ。
向かいのソファーには短い黒髪のケモ耳少女。
俺が帰ってきてからずっと、アリサは俺から離れようとはしなかった。
お互い落ち着いたところで、俺達はこの数日間で何があったかを話し始める。
「そうだな、この子は……」
(色々なことがあった。何から説明するか――)
「……いいよ、ご主人様。わたしの方から説明するから」
と、俺の話を遮るエリー。
「……ご主人様?」
アリサが胡散臭げに俺を見る。
「こんな小さな子にそんな風に呼ばせて……エドの変態……」
それは次第に蔑むような視線に変わっていった。
(それは誤解だ、アリサ……)
俺は抗議の視線をアリサに送るが、じとぉっとした目で見られるだけだった。
「わたしはエリー。黒鉄狼の一族の者です。
イールトの村で何者かの襲撃を受けたところを、ご主人様に助けていただきました」
そして、エリーはアリサに一礼する。
じゃらり、とエリーの首についた鎖が揺れる。
アリサもそれを見てエリーの事情を何となく察したのか――エリーを優しく見つめた。
「ありがとう、エリー。その様子を見ると、今まで大変な目に合ってきたようね。
心配しないで。ここにいる以上、悪い人達からは私たちが守ってあげる。
こう見えて、私達そこそこ強いんだから」
そう言ってアリサはソファーの上に立ち、腕を胸の前で組む。
「何を隠そう、私は火の魔導士、アリサ・フェオ・アステリア――最強の魔術師の一人!
貴方に危害を加える奴は、私がぶっ倒してあげるわ!」
それを聞いたエリーの動きが止まる。
「ま、どうし……?まどうし……?」
彼女はしばらくの間、呆けていた。
そしてその言葉の意味が理解できたのか。
「ま、魔導士……!本物なの……!?
行方をくらませていた、“火”の魔導士……!
嘘、でしょ……!」
目を見開き、絶句するエリー。
その体の震えは驚きからか、それともほかの何かから来るものか。
「――だからね、エリー」
アリサはソファーから降り、エリーをその胸に抱きしめた。
エリーはその一挙一動から目を離さない。
「もう不安を感じる必要もない。一人でいなくてもいい。
私たちが一緒にいてあげる、守ってあげる。
おいしいごはんも、あったかい寝処も用意してあげる」
アリサの胸の中に抱かれながら、エリーは抵抗することなくじっとしていた。
「……今まで頑張ったな、エリー」
「……ッ!」
俺の言葉に目を見開くエリー。
しばらくそのままでいると、エリーの中にそれまで残っていた緊張が抜けたのか、くてっとアリサに体重を預けた。
アリサはエリーの頭をやさしく撫でる。
「本当に……?」
「本当よ」
しっかりとエリーの目を見つめ、アリサは言う。
「守ってくれるの?あの人達から……」
「ああ、絶対守ってやる」
俺がポンポン、と優しく頭を撫でると、エリーの中の何かが崩れたのか――。
「う……うぇ、うぇ」
エリーが嗚咽を漏らす。
「うぇぇぇぇえん……」
エリーは幼い子供のように泣きじゃくる。
アリサの胸に顔を押し付けながらエリーは泣いた。
***
泣き疲れたのかアリサの腕の中でエリーは眠ってしまった。
俺はエリーを背中におんぶして、空いている寝室まで運ぶ。
……軽い。
十分に食べていないのだろう、がりがりにやせ細っている。
その事実に、俺心に冷たい風が吹いた。
俺の背中から彼女に用意したベッドにエリーを移す。
「……でもね」
その時まだ、エリーは起きていたのか、ボソッとつぶやいた。
「おかあさんも、おとうさんも、いもうとも。みんな死んじゃったんだ……。
私だけ助かっても、もう遅いんだよ……全部」
それだけ言うと、エリーは布団を頭からかぶった。
俺は布団から僅かにはみ出ているケモ耳をひと撫ですると、静かにその寝室を後にした。
***
リビングでは紅茶とクッキーを用意したアリサが待っていた。
「エド。エリーは?」
「……眠ったよ」
「……そう」
アリサはその手に持っているカップをテーブルに置く。
カチャリと音が鳴る。
「全部話して、エド。あの子のことを」
「……ああ」
ぐいぐいと強引に俺の膝に乗ってこようとするアリサを、無理やり隣にどかす。
「……むっ」
不満気に口をとがらせるアリサ。
今日のアリサはなぜかいつもよりかなり積極的だ。
「……アリサ、寂しかったか?」
「……知らない」
アリサはムスッとしたが、俺はそんな可愛らしい彼女に少し笑って、アリサに今回の旅で何があったかを話した。
アリサに黙って村に行ったこと。
そこは何者達が村人を虐殺した直後だったこと。
エリーが生きていたこと。
そして、説得してここまで連れてきたこと。
全てを聞いたアリサは、はぁ~、と溜め息。
「エドは人が良過ぎるわ。普通、逃亡奴隷なんて厄介事には手を出さないわよ?
……まぁ今回は許してあげるけどね」
そう言ってアリサはクスリと笑った。
「ありがとう、アリサ。それで俺はエリーが望む限り、ここに置いておいてほしいと思ってる。
できるか?」
「ええ、もちろん。むしろここまでやっておいて投げ出すことは許さないからね、エド。
そうね……エリーには私の助手でもしてもらおうかしら……」
アリサはそういうとポキッとクッキーを口で折る。
「はい」
折った半分のクッキーを俺の口に押し付け、俺はそれにぱくつく。
そんな俺を見たアリサはそわそわしながら、「こ、こういうのもいいわね……餌付けしてるみたい……!」
と、嬉しそうにしていた。
「それで、アリサ。エリーの様子を見て何となく分かったが、この世界の奴隷の待遇はやばいものなのか?」
「そうね。主によってその待遇は大きく変わるけど、基本的に家畜のように扱われることが多いわ。基本的には労働力。その他は決闘奴隷や性奴隷など、ほとんど何でもありね。
もちろん、一応法律では死に至らしめるような行為や扱いをすることは禁止されているけど、理由がありさえすればそれすら許される」
「――つまり」
「そう、奴隷の主が文字通り奴隷の生死とその人生を握っているわ」
――エリーもそうだったのだ。
「でも、エリーは特別ね」
「……それはどういう意味で、だ?」
哀しそうにアリサは目を伏せる。
「エリーは獣人。さらにその中でも珍しい黒鉄狼――おそらく取引される値段も高かったでしょう。そして、そんな高い奴隷を購入できるのは一般庶民にはできないわ」
つまり、エリーの元の主だったのは――上流階級。
「――貴族か」
「そう。そこがエリーの不幸なところね。もちろん裕福な暮らしを奴隷にもさせてくれる、優しい人も中にはいる。でもエリーの様子を見ると――」
「……相当変わった奴だったってことか」
エリーは言っていた。
もう遅い、と。
両親と妹はもう死んだ、と。
――恐らく殺されたのでは、と俺は思う。
そしてこうも言っていた。
仲間を殺してしまった、と。
――前の主に仲間同士で戦わされた、のか。
道楽で、数少ない仲間と、無理やりに。
最後は、助けを懇願する仲間を殺すことに――。
「……ッ!」
俺の頭が、沸騰したように熱くなる。
今まで感じたことのないような怒り――それが俺の全身を巡る。
「……エド?」
アリサが不安気に俺を見た。
彼女のその表情。
それが俺を冷静にする。
「……」
(落ち着け……落ち着くんだ)
「大丈夫、エド?」
アリサに頷き、何とか俺はこの熱い怒りを抑え込むことができた。
「……すまん」
「あの子は心配ないわ、エド。私たちが守るんだもの」
「……そうだな」
そうアリサに答えつつも、エリーの寝る前に言っていた言葉に俺は一抹の不安を感じずにはいられなかった。




