俺についてなんだが
それからしばらく、アリサが俺に抱き着いて離れようとしないので、研究室をそのままに、アリサを担いで仕方なくリビングへと戻った。
「……」
ソファーにアリサと並んで座る。
――ぎゅ。
アリサは、俺の服を掴んで離そうとしなかった。
「アリサ?とりあえず落ち着かないか?」
――ぎゅむっ。
アリサは、さらに握る力を強める。
「……」
そして、何も、しゃべらない。
俺の服に顔を埋めるままだ。
「研究室のことは悪かった……俺の不注意だ。どんな罰でも受けるし、どんなことでも協力するつもりだ」
「……そんなことどうでもいいわ。重要な書類は同じものが別で保管してあるし、機材、部屋はいくらでも代わりがあるもの」
そして、アリサは俺の眼をのぞき込みながら言った。
「あなたの代わりはいないけどね、エドガー」
「……本当に悪かった」
アリサはそれに答えない。ただ俺の胸に顔を埋めて泣いていた。
俺もそんなアリサを見ているとこれ以上何も言う気になれず、右手でアリサの頭をゆっくりと撫でる。
しばらくそのまま、無言の時間が続いた。
***
三十分、いや一時間ほど経ったか。
アリサは泣き止んだようだ。
……ここはとりあえず、とりあえずだ。
俺の魔法の話から始めよう。
「アリサ、いやアリサ先生。俺が火属性の魔法が使えたのはなんでだと思う?」
俺は、優しくアリサの頭を撫で続ける。
アリサは撫でられるまま俺を見上げると、しぶしぶその考えを口に出した。
「……エドが異世界人だから」
「……!」
俺はアリサが口を開いてくれて少し嬉しかった。
「何でそれが?」
「まず、こちらの世界の人間には魔力を生み出すとされる器官、“魔臓”があるの。これは魔術使用には必要不可欠と言われる臓器で、ここを損傷した場合は魔術の行使に著しい悪影響が出るわ」
アリサは少しずつ説明を始める。
「そしてこちらの世界の人間ではないエドには当然これはないはず。でも、エドは魔法が使えた。そこで私はこの事実が示す意味を考えたわ」
確かに俺達の世界の人間にはそんな臓器はない。アリサはそこまで言うとゆっくりと俺の服から手を放し――。
「……話が長くなりそうだから、紅茶とお菓子を持ってくるわ」
と言ってソファーから立つ。
「俺も手伝おうか」
と言って俺も立とうとするが、アリサに押され、邪魔される。
「エドは座ってて」
アリサは冷たく、言い放つ。
ぷりぷり、と頬を膨らませるアリサ。
まだ少し機嫌が悪そうだ。
「ありがとう、アリサ」
俺がそう言うと、アリサは普段よりさらに赤くなった眼を腕で隠しながら、キッチンへと向かった。
***
俺の隣に戻ってきたアリサは紅茶を一口飲むと話の続きを始めた。
「……えーコホン、さっきも言ったけど、私はエドが異世界人なのに魔術を使える点に目を付けたわ」
「……ふむ」
相槌を打つ俺。
すっかりアリサ先生モードである。
「魔臓のないエドでも実際に魔術が使えることから導かれる答えは、実際は一般的に考えられているように魔臓が魔力の全てを作り出してはいなかった、ということ。魔臓はあればより多くの魔力を生み出せるのでしょうけど、なくても魔術の行使自体には影響がないの」
「……ぽりっ」
アリサの話を聞きながらクッキーを食べる俺。
それをちらり、とアリサは見る。
「そこで問題は、魔臓が何か、というところよ。魔力を作る器官であり、でもここを損傷すると魔術の行使に大きな影響が出る。魔力は魔臓がなくても魔術を使用する程度には困らないのに、よ。ここまででは魔臓が何かははっきりとわからないわ。でも大きな手掛かりがエドの中にある。何だと思う?」
――手掛かり、か。
俺が鍵となる手掛かり。
「俺の属性……か?」
「そう。魔臓のないエドは、魔術は使えるけど、その属性は『空間』。この世界の誰も今まで持っていなかった属性よ。そして、さっき、エドは魔石の助けを借りることで火属性と土属性の魔法を使った……いや、使えたわ」
あーん、とアリサは口を開ける。
俺はそこへクッキーを運ぶと、パクッ!とアリサはそれに噛み付いた。
小動物のようでかわいい。
もぐもぐ、と口の中クッキーを食べ、こくり、とそれを飲み込むと、アリサは話を始める。
「ところでエド。魔臓を損傷した人が魔術を使うにはどうすればいいかわかる?
魔石を使うのよ。つまり、魔石は魔臓の代わりの働きができるということ。エドは実験の時、疑似的にこの世界の人間と同じ体になっていたのよ」
アリサは一気にまくし立てた。
「……ぅ……ん?」
……何となく言いたいことはわかるが、頭が混乱する。
「要するに、魔臓は魔力の変換装置で、俺はそれがないから『空間』属性だったってことか?」
「そういうこと。流石私の一番弟子よ、エド」
アリサが手を伸ばして俺の頭を撫でる。
自分より小さな少女に頭を撫でられるのは照れ臭い。
だがアリサの一番弟子と言われた時、俺はこの少女と新たなつながりを得られたように思えて不思議と悪い気分はしなかった。
「はいはい、ありがとうございます、アリサ師匠」
そういって俺はアリサの手をぱしり、とガード。
手を引っ込めたアリサは“照れているの?エド、照れているの?”とニヨニヨしていた。
「でもアリサ、これって結構凄いことなんじゃないか?」
俺はアリサの話が見えてくると、このアリサの発見は、とてつもなく大きな発見じゃないか?と思う。
……下手したら魔術の理論すべてが変わってしまうほどの。
「そうね、つまりエドは魔石さえあればどんな属性の魔術でも使えるってことね!本当に凄いわ!」
とアリサ先生は大変興奮しているご様子だ。
「いや、そこじゃなくてだな…。この発見を学会的なもので発表すればすごいことになるんじゃないか?歴史的発見をした大魔導士アリサ!みたいな感じで歴史に名を遺すかもしれないぞ?」
それを聞いたアリサは本当にどうでもいいように言った。
「私は地位、名誉なんていらないわ。ましてや私の名を、姿を遺すなんて……。
私にはエドだけいてくれればそれでいいの」
俺からはアリサがその言葉の反面、寂しそうに見えた。
「だからね、エド。今日みたいなことはもうしないでね」
アリサが俺の胸に顔を埋める。
「エド、あなた死ぬところだったわ。あんな威力の魔術を見たのは初めて。私の師匠の魔術すら超えてた」
アリサの体がぶるり、と震えた。
「……エド、お願いだからもっと自分の命を大事にして。あなたがいなくなったらわたしは――」
そこまで言うと、アリサは口を噤む。
――ぽとり。
何かが、俺の掌に落ちた。
アリサがぽろぽろ、と涙をこぼしている。
――それは俺を失うことへの恐怖。
「……悪かった。俺は絶対いなくならないよ、アリサ。約束する」
今日何度謝ったかわからない。
――でもアリサ、ごめん。俺は、強くなりたいんだ。おお前を含めた大事な全てを、理不尽から守れるくらいに。
もう後悔しないように。
「……エド……約束よ?」
「……ぁぁ」
俺は優しくアリサの頭を抱きしめた。
「――絶対よ、エド?」
でも、アリサの目は、俺の想いを見透かすようだった。
***
数日後、俺はアリサに監禁された。